Long story


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 学校は至って普通だった。
 特に何の脅威を感じることのない静まり返った休日の学校。当たり前だが人はいない。
 だが、学校大破を期に最新技術が搭載され万全のセキュリティで守られいる筈の門は、完全にその能力を停止していた。それは壊されているという意味ではなく、何者かによって文字通り停止されていた。
 そんな役立たず同然となっている門を抜け、新校舎ではなく旧校舎に入る。そこまではいつものことだ。


「……やっぱリアルタイムだったんだ」

 侑がそう呟くこの場所は旧校舎、3階。
 いつも向かう部室のある場所ではなく、しかしここ最近は何度か来ているーー常に琉佳のいる、あの場所だ。階段の角から顔を覗かせると、先程までテレビの中で見ていた大人たちが見えた。
 映像が途切れてから10分程度しか経っていないが、あの場所からこの短時間でどうやってここまでやって来たのだろう…と、そんなことは考えるだけ無駄なのだろう。この大人たちの行動は、華蓮の想像の範疇にはないことばかりだ。

「…つまり、例によって蓮さんと瀬高さんのせいでこの学校がブラックホールに飲み込まれそうってこと?」
「そうだ」
「なんだいつものことじゃん」

 一体どんな生活を送っていたら、学校がブラックホールに飲み込まれる事態を「いつものこと」で片付けられるのだろうか。想像が出来ない。
 一方で、蓮と瀬高は幸人に向かって顔をしかめていた。

「俺たちがいつこの学校をブラックホールで飲み込まそうとしたんだよ」
「隕石は落としたろ。学校どころか、町が吹き飛びそうなくらいのやつだたし」
「マントルからマグマを引っ張ってきたこともあったな。この島が溶岩の海になるところだった」

 蓮と瀬高が声を揃えて不服を申し立てたが、すぐさま琉生と隼人が追い討ちをかけた。その言葉に不服を申し立てた2人がぐっと口ごもったことから、それが事実であったことが分かる。
 何が。学校を破壊したことはない、だろうか。
 隕石もマグマも、学校破壊どころじゃない、破滅の域だ。もしかするとこの学校はーーーこの町は、この島は。知らないうちに、何度も壊滅の脅威に晒されているのかもしれない。

「この2人の体たらくを糾弾するのは、ブラックホールを始末してからにすればいい。…何ヵ所くらいあるんだ?」
「7ヶ所だ」
「……てことは1人で1ヶ所?それはちょっと厳しくないか?」

 真柚は渋い顔をする。
 そしてそれは真柚だけではなかった。隼人以外の全員が、同じような渋い顔をしていた。

「高々琉佳の出来損ないだろ?俺1人で全部潰してやってもいいくらいだ」
「お前は何年経っても口だけは達者だな。だったら是非そうしろと言いたいところだが…生憎時間がねぇ。それに、俺も端からお前らに個人戦させるつもりはねぇよ」
「……どういう意味だ?」

 隼人が顔をしかめる。
 すると、その背後にある窓が独りでにガラッと音を立てて開いた。全員の視線が、窓へと向く。

「だから俺は、全員来いって言ったろ」

 ふわっと、妙な浮遊感のような感覚が全身を駆け抜けた。
 多分それは華蓮だけではない。窓の方に向いている全員の表情が強張っていた。それは隠れて覗いている、こちらの面々も同じように。

「おい蓮、落としたらぶっ殺すからな」
「は?」

 琉佳に睨み付けられた蓮が怪訝そうな顔をした。
 瞬間。

「わああああああああッ!!?」

 けたたましく響き渡る声。
 そして、窓からはまるで先日の台風のような暴風が吹き荒れた。
 ーーーーー落ちてくる。
 感覚的にそう感じて、壁にしっかりと手を着きながら窓の上の方に視線が向く。

「…ッ!!」

 突如、蓮が窓枠から手を伸ばした。
 そしてほぼ同時に、どうっと…暴風を巻き上げながら蓮の手の先で何かが跳ねる。「ぎゃあっ」と間抜けな声がいくつか重なって聞こえた。
 あまりの速さに、その存在をハッキリと見ることが出来たのは落ちてきた物体が何度か跳ねた後のことだった。まるでトランポリンに落ちたように幾度か跳ね上がって…そして、ようやく止まる。
 空中に1人、横たわっている。そしてその背中に2人、尻餅をついたように座っていた。

「え、何!?何…あ、父さ……死んだ!?僕たち死んだの!?」
「ええ!?…なんかいる!いっぱいいる!!」
「ふっ…2人とも、重いよぉ……」
「きゃああ春くん!?ごめんっ!」
「すぐ退…どうやって!?」

 緊張感の欠片もない。
 しかし、もしも何の前触れもなく突然どこかからこんなところに落とされたのだとしたら、それも無理もないのかもしれない。そして多分、本当にそうなのだろうと思う。

「バカなことやってねぇで、こっち来い」
「えっ?あ、ありがとう兄さん…え?兄さん?」

 まず琉生の手を取って廊下に降りた桜生が、首を傾げる。

「ほれ春人」
「あーッ、隼人に幸人!弟が生まれようって一大事に何でこんなとこで油売って…あれ?ここどこ?」

 次に幸人の手を借り、爆弾発言気味なことを言いながら降りてきた春人。桜生と同じように、首を傾げている。

「転ぶなよ」
「ありがとう父さん。もうだい…うわっ」

 お約束だ。琉佳の手を取って降りてきた秋生は、大丈夫と言いながら何もない場所に躓いている。
 何の驚きもない。考えるまでもなくそれが分かってた華蓮は、秋生が降りてきた時点で既にその場に移動していた。

「あれ…っ?せんぱい…?」
「……あ、しまった」

 不思議そうな秋生の顔を見て、ハッとする。何も考えず、ついいつもの癖で助けてしまった。
 秋生が体制を立て直すのを支えながら、大人たちの視線が一斉に集まるのを全身で感じた。何を問われても逃げ道はない。

「だから俺は全員って言ったろ」

 琉佳の視線が、廊下の角に向いた。
 つい今しがたまで華蓮が隠れていたあの場所は、侑の妖気で完全に隠されている。華蓮でも存在が見抜けない程に、完璧に隠されている。
 だが、琉佳の視線は確かにそこを捉えていた。

「んー?…あ、天狗に堕天使に妖怪マイスター。…天使のおまけ付きじゃねぇか」

 目を凝らして見た幸人がそう言った所で、侑の術が解けた。解かれたという訳ではなく、諦めて自ら解いたのだろう。
 華蓮は現れたその全員(見えない天使も多分)から、お前のせいだぞ言わんばかりに睨み付けられる。が、即座に目をそらした。

「え?よく見ると何この凄いパーティー?」
「えっ、やだ大人がいっぱいいるっ」

 春人がサッと隼人の後ろに隠れるのと同時に、桜生は琉佳の後ろに隠れた。そうなると、秋生は華蓮の後ろに隠れる所までがまたしてもお約束だ。
 とはいえ、突然こんな所に連れてこられた挙げ句にこんなヤバそうな大人たちに囲まれるというこの状況では、隠れたくなるもの無理はないのかもしれない。…というか、本当なら華蓮もずっと隠れていたかった。

「確かにロクな大人はいねぇが、別に取って食われやしねぇよ。…ま、詳しい話しは散らばってから聞け」
「……え?どういうこと?」

 桜生が顔を覗かせて見上げると、琉佳は意味深に笑みをこぼした。
 一体、何が始まると言うのだろうか。

「大番狂わせもいいところだが、こうなっちまったもんは仕方ねぇ。小旅行にでも行くつもりで行ってきな」

 何がーーと、聞く間は誰にもなかった。
 いつかと同じように、目の前に壁が迫っていた。またしても一瞬の間に、壁の前まで移動させられていたのだ。そして前回同様、そうと気が付いた時には自分の手は壁に触れている。
 感じるのは。また、どこかに吸い込まれるような、そんな感覚だった。



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