Long story


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 ファミレスだった。
 華蓮はこの場所をよく覚えている。何せ、この間行ったばかりだ。

「…この前、秘書と会ったファミレスだ」
「え?まじ?」
「じゃあ、やっぱり最近の映像?」
「ずっと前からあったファミレスかもしれないよ」

 そんな会話をしていると、コーヒーが出てきた。
 深月と侑、それから双月はダイニングテーブルに移動する。自動的に残った華蓮と李月が、ソファに座ることになった。



『うわ、一番乗りかよ』

 その声と共に、誰かがファミレス内に入ってきた。カメラがピントを合わせる。軍服のコスプレをしているような、単に作業着と言われればそれまでのような、そんな風貌をした成人男性。どこかで見たことがあるような顔立ちだったが、思い出せなかった。
 薄暗かった店内が、ぱあっと明かりを灯す。どこにでもあるようなファミレスと同じのような、そんな明るさだ。

『幸人、いらっしゃい』
『おぅ紬、おひさー』

 どこからともなく聞こえてきたその声から、入ってきた人物が春人の2番目の兄だということが分かった。
 見たことがあると思ったのは、よくテレビで見かける国会議員とどことなく似ているからだ。とはいえそれも言われてみれば、という程度だが。

「……つまりこれ、かなり最近ってことか?」
「そう、なのかな。春人に聞けば分かるんだろうけど…今日実家帰ってるからな」
「……まぁ、とりあえず見ときゃ何となく分かるんじゃない?」

 春人は何やら重要な用事があるとかで朝早くから実家へと帰っていった。いつになく真剣な表情だった。
 一方秋生と桜生、そして睡蓮は揃って島の外まで買い物に行った。良狐と縁が一緒ということ。更にいざとなれば秋生は亞希も呼べるということで、華蓮と李月の付き添いはなしだ。

『何か、俺だけめっちゃ楽しみにしてるみてーじゃん』
『楽しみじゃない?』

 幸人の隣にふっと鈴々が現れた。「久しぶりだなー」と頭を撫でられ、とても満足そうな表情をしている。

『楽しみじゃないことねぇけど、俺が一番楽しみにしてるみたいなのは嫌だ』
『意味不明』
『鈴々。男にはな、複雑な心境ってもんがあるのよ』
『知ってると思うけど、僕も雄』
『そんな嘘をついてもおじさんは騙せないよ。さぁ、大人しく言うとこを聞くんだ』
『あははっ、あはははっ!ちょっと、やめて!』

 変態オヤジのような言葉を投げ掛けられながらこしょこしょとくすぐられ、鈴々が大声で笑う
 鈴々はいつも、この家では常にどこか冷めた様子で遠巻きに物事を見ている。この間酔っていた時は少々感情的であったが…それでも、無邪気な子供のような姿を見せることはない。

『観念したかね、可愛子ちゃん』
『あはははは!しんじゃう!しんじゃう!』
『笑いすぎで死にゃしねぇ……そいやぁ、いつか琉生にこれで1時間攻め続けたら笑いすぎてぶっ倒れたっけか』

 ピタリと動きが止まる。
 鈴々の笑い声も止まり、少しの間、静寂が流れた。

『……琉生、今日来るの?』
『どうだろうな。あいつもう、相当やべぇんだろ?』
『……蓮はそう言ってた』
『じゃあ、来れねぇだろうな』

 一体、琉生の何がどうやばいのか。2人はそれを口にしはしない。
 しんみりとした空気が、画面から伝わってくるようだ。

『……可愛子ちゃん、そんな顔してもおじさんはやめてあげないよ』
『えっ、またっ…あはははは!』

 再び笑い声が響く。
 重たい空気を凪ぎ払うように、甲高い声が音割れを起こしていた。
 そのため、ファミレスの入り口でカランと音が鳴ったことに、幸人も鈴々も気付いていなかった。そしてそれは、映像を見ている華蓮たちもまた同じだ。

『うるっせぇな!外まで…何だここは天国か!』

 甲高い声に被せるように、こんどは苛立った声が響いた。
 変態オヤジのような態度で鈴々を笑わせていた幸人の動きが止まる。その流れで、鈴々の笑い声も止まる。
 しん…と、沈黙。

『……………あ』
『あ?』
『悪霊退散ッ!』

 バァンッ!
 突如、破裂音がビリビリと画面を揺らした。

『はぁあ!?』

 驚いた声を追うようにカメラが動く。
 即座に映ったのは入り口付近。丁度入口から入ってくる所だった人物に、ピントが合わせられる。
 カランという音が、今度は誰の耳にも届いた。

『……手厚い歓迎だな』
『あれっ、瀬高さんじゃん!おひさー』

 華蓮も何度か会ったことがある。大鳥グループの社長は、いつもスーツをきっちり着こなしていた。それは映像の中でも変わらない。
 しかし、先ほどの破裂音に驚きの声を上げたのはこの人物ではない。先に店内に入ってきたもう1人、苛立った様子でつかつかと幸人の方に詰め寄る人物だ。

「……まんま父さんに琉生じゃね?」
「……まんま父さんに琉生だな」

 深月と双月が確認するように言い合った。華蓮も全く、同じ意見だ。
 この映像がかなり最近撮られたものということか。それとも、2人とも顔が年を取らないタイプなのか。今のところはまだ、何とも言えない。

『何がおひさだぶっ殺すぞ!』

 入り口の端で消炎が上っているのが、カメラの隅に映り込んでいた。あれは間違いなく銃弾だ。
 そんなことどうでもいい…ことはないから、このような状況になっているのか。カメラの中心に映ってる琉生は、キレ気味に幸人の胸ぐらを掴んでいた。

『いやいやいや!お前もうヤバいんじゃねぇのかよ!?』
『そんなこと俺が知るか!』

 凄まじい返しだ。そこまで自信満々にそう言われてしまうともうどうとも言えない。
 案の定、幸人は「えぇ…」と顔をしかめるばかりだ。

『瀬高と琉生が一緒なの、珍しいね』
『近くでたまたま出くわして一緒に来た…というか、公園のベンチでホームレスの如く死にかけてたから引っ張ってきた』
『……やっぱりやばいの?』

 紬と呼ばれている子どもをハッキリと見たのはこれが初めてだった。可愛い顔をしているため、雄か雌か(そもそも蛟に性別があるのかは謎だが)は分からない。
 心配そうに、琉生を見上げている。

『もうずっと、殆んど意識がなかったんだけどな。最近、頭痛が酷くておちおち意識を飛ばしてる時間もねぇんだよ』
『頭痛?』
『それで公園のベンチに転がってたんだと。酷い時は立てない程らしい』

 琉生が流れ込むように席のひとつに座る。瀬高はまた別の場所に座り、バラバラとファミレスの席がが埋まり始めた。

『いやそれ違う意味でやべぇんじゃねぇの?』
『知らねぇけど、眠い』
『唐突だな』
『ここに入った瞬間、頭痛が消えてくそ眠い』

 入ってきた瞬間の「天国か」という発言の意図がここで分かった。
 ベンチでホームレスのようになっているくらいだ。きっと、寝ることすら儘ならないのだろう。

『寝れそうなら寝てればいい』
『ダメだよ。こいつ枕ねぇと寝られねぇから…蓮さんにでも持ってきて貰ったら?』
『……蓮さん、夜勤明けでそのまま行くって言ってた』
『え?その割には遅くねぇ?もうすぐ昼だぞ?』

 どうやら、この撮影が行われている時間帯は昼頃らしい。何となくリビングの時計に目をやると、時刻は11時30分を回ったところだった。ちょうど今ごろの時間帯だったのかもしれない。
 その時華蓮は、店内こそこうこうと明るいが、映像に映る窓の外は真っ黒だということに気が付いた。まるでこの場所だけ異空間のような、不気味さを感じる。

『蓮ならそこにいるぞ』
『へっ?』
『えっ?』

 琉生と幸人が顔を見合わせた。

『……幸人、さっきの銃貸してくれ』
『え?何すんの?』
『こうする』

 バァン !!
 瀬高の動きは速かった。あっという間にトリガーを外し、銃口が1つの席に向けられる。そして次の瞬間には引き金が引かれ、けたたましい破裂音が再び画面を揺らした。
 すると、何もなかった場所に1人の人物が浮かび上がってくる。

『……何してんだこの人…』

 浮かび上がった人影は、紺色の、これは間違いなく作業服というような服装をしていた。席の1つに胡座をかいて、目を閉じて腕を組んでじっと考え込んでいる。
 そんな蓮を見た幸人と琉生は、どこか引いたような様子で声を揃えてた。
 
『もう3時間この状態』
『3時間!?…えっ、何かあったのか?』
『知らないけど、ビッグバンから身を守るの?ってくらい結界の重ね掛けしてる』

 鈴々のその口ぶりは、明らかに蓮をバカにしているようだった。
 もしかすると、反抗期なのかもしれない。

『そりゃあ見えねぇよ…』
『瀬高さんは何で分かったんだよ……』
『まぁ、長い付き合いだからな』

 琉生と幸人は、そう言う瀬高にも若干引いたような目線を送っていた。

『どうする?壊して取りに行かせるか?』
『それなら自分で新しいの買いに…いや、多分隼人が持ってくるだろ』
『隼人と連絡取り合ってるのか?』
『全く。でも隼人だからな』
『そうか』

 今のは全く理解できない会話だった。
 当人たちは理解しているから、そこですんなりと会話が終わったのだろうが。見ている側としては全く意味がわからない。

『いやいや。どこにお前、枕持ち歩いてる国会議員がいんだよ。流石にないだろ。瀬高さんもそうかじゃないだろ』

 あまりに自然な会話で話を終わらせた瀬高と琉生。本当にそれが当たり前のような会話だったので、おかしいのは全く意味が分からないこちらの方なのかと思ったが。今の幸人の反応からして、そういうわけでもないようだ。

『じゃあお前買いに行くか?』
『…………嫌だよ。それで持ってたらバカみてぇじゃねぇか』
『ほらな』
『なんかムカつくな!』

 幸人がバンッと机を叩く。否定しつつも、それがあり得るかもしれないと思っているのだ。いや、この雰囲気を見た限りでは「持ってくるかもしれない」よりも「持ってくるだろう」の方が近い。
 普通に考えれば、天文学的に低い可能性。国会議員が理由もなく枕を持っているかもしれないという突拍子もないことが、この人物たちの中では大きな可能性として存在している。
 そんな幸人たち横目に、突然ぐるりとカメラワークが変わる。その中心は、再び入り口へと向いた。

『噂をすればとはこのことだな』

 瀬高の言葉が合図と言うように、ファミレスの入り口が開いた。
 カランと、音が鳴る。

『隼人だー。久しぶりだけどテレビでいっぱい見てるからそんな気しなーい』
『そもそも久しぶりでもないだろ』
『その通りー』

 紬がとたとたと駆け寄って行くと、隼人はくしゃくしゃとその頭をかき回した。紬が「やめてー」と言いながら、その割にはそれ程嫌じゃなさそうな顔をしている。
 どこかで見たような光景だな、と華蓮は思う。さて、これはどこでみた光景だっただろうか。

『隼人ー』

 と、琉生が名前を呼ぶ。
 すると途端に隼人の顔が険しくなった。琉生の存在を見たからだろうか。いやしかし、この間の夢魔の騒動でも顔を会わせていたので、そうと考えるにも…と思っていると。
 隼人はどこからともなく何かを取り出してきて、それを琉生に手渡している。その険しい顔を改めてよく見てみると、迷惑という文字がピッタリ当てはまるような表情だった。

『朝から俺に枕を持ち歩かせたのはお前だったのか』
『いやまじで持ってんのかい!』

 素早い突っ込みだった。
 まさか、枕を持ち歩く国会議員が本当にいたとは。驚きを隠せない。それも、ただの枕ではなくなぜか猫のぬいぐるみ型の枕だった。
 そして、その状況を誰も驚いていない。鋭い突っ込みを入れていた幸人でさえ、その顔に驚きはなかった。

『何で猫?』
『朝一で立ち寄った店にこれしかなかったんだ』
『真柚!久しぶり、会いたかった』
『久しぶり。私もだ』

 猫の枕に疑問を抱いた琉生にそう返したのは、隼人の後を追うように入ってきた真柚だった。その瞬間の琉生の顔といったら、先程までの苦悩の顔が嘘のように明るい表情だった。
 そして隼人と真柚のどちらもスーツを着ていることから、午前中は仕事だったのではと思わせる。つまり、仕事中ずっとあの枕を持ち歩いていたということなのだろうか。

『まゆには俺が見えてないのかな、お兄様?』
『日頃の行いの賜物だな、愚弟』
『否定はしないけどブーメランでもあるぞ、お兄様』

 何とも辛辣な会話だ。
 ただ、聞いていて仲の良い兄弟なのだなと感じさせる会話でもあった。

『真柚に会えてもう満足したし寝るわ。おやすみ』
『おやすみ』

 辛辣な会話など聞こえていないというように、琉生は真柚にだけ挨拶をしてそのまま枕をテーブルに置いて突っ伏すように顔を伏せた。
 本当に眠かったのだろう。ものの1秒足らずで寝息が聞こえてきた。

『まゆに会い来ただけかよ。つーか、やっと全員揃ったのに寝たら始められねぇじゃん。蓮さんはあんなだし、自由過ぎるだろ』
『あんな?…何であんな所で悟りを開いてるんだ、あの人』
『知らねぇけど、もう3時間も座ってるってさ。あの結界、ビッグバンも凌げる分厚さらしい』
『相変わらず常軌を逸してるな』

 真柚が幸人の向かいに座る。そして隼人は、寝入っている琉生の向かいに座った。その瞬間に、魔法のように全員の前にカップが現れた。中にはコーヒーのようなものが入っている。そんな魔法に驚く人物は誰もいないばかりか、気にもしていないようだった。
 違う席に座っていた瀬高が立ち上がり、何もない場所をノックするように叩く。そこに結界があることを示すように、コンコンと音がした。

『琉生はせっかくだから寝かせるとして、こっちは起こすか』
『大丈夫?何か重要なこと考えてるんじゃないのか?』

 真柚が手を伸ばし同じようにコンコンと結界を叩く。
 蓮はまるで置物のように、ピクリとも動かない。その様ときたら、息をしているのかも怪しい程だ。

『こんな考え込む程、何かあったのか?』
『俺はあまり関与してないからな。琉佳さんとも会わないし』
『いやむしろ、瀬高さんのせいでこうなってるんじゃないのか。この間の一件は間違いなく予定外だっただろうからな』

 いつもテレビではピシッとしている国会議員が机に頬杖をつく様は、何だか貴重なものを見たような感覚だった。
 そんな隼人の言葉を聞いて、瀬高はどこかばつの悪そうな顔をする。何かあったことは明白だ。

『………いや、あれは、関係ないだろう。少なくとも、蓮と琉佳さんの予定に迷惑はかけてないはずだ』
『迷惑そのものは掛けまくりだったけどな』
『俺その話あんま知らない。教えて』
『私も。瀬高さんがいよいよ大鳥グループの会長を殺しに掛かったってことしか知らない』
『別に取り立てて話すようなことじゃ…』
『タイトル、大鳥グループ社長、ついに会長への積年の恨みが爆発し手を出す。始まり始まりー』

 パンパンッと、ハリセンを叩くような音がする。
 カメラが素早く動いた。



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