Long story


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 ぶわっと、一瞬で花が咲き誇った。
 真っ白い花だ。
 誰もが目を奪われる。華蓮も思わず、その花を見上げていた。


「ッ!?」


 突如、自分の上に乗っていた手が離れた。そして間もなく、拘束されていた体も自由になる。満開になった金木犀に気を取られていたせいで、自分の身に何が起こったのかサッパリ分からなかったが…。
 振り向いた瞬間に、その全容を把握した。
 
「……随分と無様にやられてるな」
「別にやられてなんかない」

 先程までの華蓮と同じように木に貼り付けられている鬼を横目に、亜希の言葉にそう返す。本当は手も足も出ていなかったし、自分の無力さを嘆きもしたが。そんなことを認める気は更々なかった。
 貼り付けてられた鬼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、亜希を見ていた。

「なっ…何だこれは……っ」

 鬼はどうにか拘束を解こうと、必死に身動ぎをする。しかし、自身の体を縛り付けているものは微塵も動く気配すら見せない。
 そしてそればかりか、この辺りの空気が一転して澄んでることから…どうやら、あの悍しい妖気までもが封じられているようだった。

「随分と薄気味悪いところだな。ろくな鬼が一匹も…ああ、そうでもないな」

 亜希は辺りをくるりと見回して、女鬼の所で視線を止めた。
 女鬼は状況を理解していないようで、呆然としている。…それは多分女鬼だけではなく、他のどの鬼達も同じであろうが。
 しかし、女鬼はいつまでもそうして呆然とさせているわけにもいかない。

「ぼうっとしている場合じゃないだろっ。俺はもう大丈夫だから、早くあっちを…」
「!」

 華蓮が叫び声が聞こえた方を指差しかなら言うと、女鬼はハッとしたように振り返った。
 先程、ひと一倍大きな声が聞こえて以来、何の音沙汰もない。一瞬の出来事が目まぐるしくおきたせいで、あれからどれ程の時間が経ったかは分からないが…。早く助けに行かなければ。

「それは鬼に噛み付いていた小娘のことか?…それならここに来る前に逃がしたから問題ない」
「はっ?」
「何だその顔は?お前は少々痛め付けられても死にはしない。小娘を優先するのは当たり前だろう?」

 それは分かっている。
 しかし、良狐達が亜希が出てくるまで…亜希は一体、どのタイミングでこちらに来たのだろうか?
 華蓮はてっきり、金木犀の花が満開になった瞬間だと思っていたが。あれは気を逸らすための演習で、もっと早くに来ていたのだろうか?…それならまだ納得できるが。
 もしも、本当に金木犀と共にやって来て瞬く間に少女を助けたのだとしたら。その内にある速さは華蓮の想像の範疇にはない次元だ。


「……お前は…何者だ?」
「見れば分かるだろう。お前と同じ鬼だ」

 亜希はいつもの幼い華蓮の姿ではなく、本来の姿だった。
 だからそれは言われなくとも一目瞭然であろう。そしてきっと、女鬼が聞きたいことはそんなことではない。

「それは分かっている。だが、どうしてこんな所に足疾鬼がーーまさか、神使が呼び寄せたのか?」

 足疾鬼。
 そう言えば、前に鈴々も亜希のことをそんなように呼んでいた。一体どういう意味なのだろうか。

「今はただの鬼だ。それに神使に言われたから来たことに間違いはないが、命じられて来た訳じゃない」
「?……どういうことだ?」
「こいつは俺の媒体だ。だから神使に言われるまでもなく、危なくなれば助けに来る」

 そうしないと自分も死ぬからな。と、亜希がそう続けた言葉は、女鬼の耳に入ってはいないようだった。
 まるで飛んでもないものを目にしてしまったかのような顔をして「媒体…」と、呟く。それがどいういう意味なのか、頭では理解しているが思考が追い付かない。そして思わず口から漏れた…そんな様子だった。

「じゃあ……お前は、その子供と共に生きていると言うのか?」
「ああ、そうとも」
「……何故」

 という言葉に、亜希は首を傾げた。

「そうしたいからに決まっているだろう?」

 それは、当たり前の事を聞くなと言わんばかりの物言いだった。
 過ぎ行く日々。
 その毎日に程よく酒を呑み、そこら辺の阿呆と下らない会話をし、たまには体たらくに手を貸し、そして隣にはいつでも美しい狐もいる。今以上に幸せな生活などありはしない。
 だから亜希は、華蓮と共に生きている。

「私の知る鬼とは……皆、修羅に成り行き滅ぶものばかりだ。だからそれが、鬼の道だと思っていた」
「それは見ての通りだ。幾年か昔は、俺も似たようなものだったしな」

 見ての通りと亜希がちらりと視線を向けた先には、がんじがらめにされた鬼がいる。そして亜希はそこから、ぐるりと周りを見渡した。
 修羅の鬼が一瞬で捕らわれたことに怯んでいるのか、他の鬼達は動く気配がない。あの鬼達も全て、いずれ修羅となると言いたいのだろうか。…もしくは、華蓮には分かっていないだけで既にそうなっているのか。

「それでも、人と共に生きる覚悟があるか」

 覚悟。
 死ぬ為に華蓮と契約し、それが完遂された時。亜希は再び生きる為に、契約をした。
 それが亜希にとってどんな覚悟だったのか。華蓮は知らない。

「俺はそんな、高尚なものを掲げているつもりはない」

 亜希はそう言って薄ら笑いを浮かべた。それはまるで、そんなもの持つ気もないというような顔だった。
 ……ような、ではない。本当に、覚悟など微塵もないのだろう。
 そんなものはなくてもいい、と。

「分かっていると思うが、鬼という生き物は常に自分達の種族のことしか考えていない。他の何者も必要とせず、他の何者からも必要とされようともしない。故に他の種族を理解しようともしないし、理解もされない。そうして相容れぬままに別ち、血をもって制しあい、修羅となって滅び行く。お前の言葉の通り、鬼とはそういう存在だ」

 もしも他の者を必要としていたら。もしも他の者を理解しようとしていたら。或いは、滅びはなかったのかもしれない。
 故郷も失くなることなく、自らが修羅に落ちかけることもなく。違った人生があったのかもしれないとーー亜希は、そんな風に思っているのだろうか。

「……だが、差し伸べられた手を取らない理由はない。そこに修羅であるかどうか、いずれそうなるかどうかは関係なく…自分を必要としている存在がいるなら、その声には応えるべきだ」

 初めて亜希に会った日のことを思い出す。
 華蓮が出会って最初に「お前の力が必用だ」とそう言った言葉だけで、亜希はその要求を二つ返事で了承した。…後からあれこれ条件を付け加えられはしたが。
 それでも、華蓮が自ら話すまでは特に理由を問うとはなく。いつでも、華蓮が必要とする時に力を貸してくれた。
 それは今も同じだ。

「…そうすれば、滅び行く運命から逃れられると?」
「それは分からないが」

 亜希はそこで言葉を止めた。
 しかし、またすぐに口を開いた。

「だから俺は、修羅のなり損ないと言われている」

 女鬼は一瞬、すごく驚いたような顔をした。
 そしてふと、笑みをこぼす。それはまるで、張り詰めていた糸が解けたような、柔らかい微笑みだった。

「素晴らしい俗名だな」

 その言い回しはいつも、良狐が亜希に悪態を吐くのに使う言葉だ。しかし女鬼にとってはそうではなく、ましてや嫌みでもなく。
 本当に心の底から、それを素晴らしいと…羨ましいとさえ思っているような。そんな様子だった。

「それならお前も…」
「姉さぁーーーーーん!!」

 甲高い声に、亜希の言葉が遮られる。響いた声は先程聞いた悲痛な叫びとは違い、とても活気に漲る声だった。
 華蓮はその声を聞いて少なからず安堵したが、女鬼は頭を抱えて溜め息を吐く。

「股を開いて走り回るな」
「きゃあ!」
「はしたなく大声で叫ぶな」
「ふごっ」
「私はお前の……」

 数時間前に見たものと同じやり取り。しかし、その最後で女鬼の言葉が止まる。

「姉さん?どうしたの?」

 いつものやり取りが続かず不安になったのか。少女は心配そうに女鬼を見上げた。

「初めて会ったときに言ったな。今から私を負かすから、そうしたらお前の姉になれと」
「……そうよ。…姉さんは、嫌だと言ったけれど」

 少女は心配そうな顔をしたまま…そしてどこか寂しそうに、そう返した。

「気が変わった。その勝負に乗ってやることにしよう」

 その言葉を耳にいれたその時。
 心配そうな顔が一変、きょとんとした顔になる。
 …そして。

「ほ…本当に?本当の姉さんになってくれるの?」
「一度でも私に参ったと言わせたらな」
「……本当に本当?」
「ああ、本当だ」
「ーーーーありがとう!!」

 少女は飛び上がり、そのまましがみつくようにして女鬼の胸に飛び込んだ。女鬼は凄く嫌そうな顔をしながらも、少女が落ちてしまわないように抱き抱えている。

「こら、はしたな…」
「姉さん!薺姉さんっ!大好きよ!!」


 ーーーー薺。

 その言葉を聞いて、全てが繋がった。
 頭に引っ掛かった雑草というワードを、一体どこで聞いたのかを思い出した。ここ違う時代だというのに、少女に会ったことがあるような気がした理由も分かった。
 そして華蓮が今ここにいる理由はきっと、そうだ。
 逢うべくして逢う。
 その為に、華蓮は今日ここにやって来たに違いない。

「……あっ、花が咲いてる!どうして!?」

 少女が指差す先。
 満開だった金木犀…いつの間にか、その花は半分ほどに減っていた。

「さっきはもっと満開だった」
「そうなの!?…私も満開が見たかった!」

 少女がジタバタと足をばたつかせ、女鬼がバシッとそれを叩く。
 そうしている間にも、花はみるみるうに減って行く。これはもしかして、タイムリミットを示しているのだろうか?

「嘆くことはない。満開の花が見たければ、咲かせてくれる誰かを呼び寄せればいいだけのこと」
「…呼び寄せるって?」
「方法は幾らでもあるだろう。まずは姉に頼んでみることだな」

 亜希に言われ、少女はちらと姉を見上げる。女鬼はまたしてもとても嫌そうな顔をしていた。
 けれどきっと、この花が散りきった後にはまた違う色の花が咲くのだろう。

「さて、帰る前にこの度胸のない連中を蹴散らすのを手伝うか?」
「気持ちはありがたいが、遠慮しておこう。次にこの子に手を出せばどうなるか、しかと目に焼き付けれてやらなければならないからな」

 多分どいつもこいつも、もう戦意は喪失している。しかし女鬼はまた同じ事態が起きないように、自らの力で脅すつもりなのだろう。
 少女は事を理解していないように首を傾げている。しかし、自分がどれだけ大事にされているのか…それはきっと、伝えるまでもなく分かっているだろう。

「ならば行くか」
「ああ」

 女鬼と少女に背を向け、金木犀を見る。花はもう殆んど散っていた。そして華蓮たちを待っていたかのように…向いた瞬間にまた新たに木の皮が捲れ、道が出来た。
 華蓮は亜希に抱えられ、その隙間へと飛び込む。


「……母さんをよろしく」


 華蓮は飛び込みざまに振り返り、女鬼に向かってそう声をかける。すると、女鬼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
 そんな顔を横目に、華蓮と亜希は金木犀の中へと消えた。


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