Long story


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「ここも違うな」

 巨大な木が聳え立っている。
 松の木だった。てっぺんが見えない程に高く、そして太い。その木にはミミズが這ったような文字が刻まれている。
 この場所で3箇所目。最初に楠、次に桂、そして松。 全て、てっぺんが見えない程に大きい木だった。そのどれにも文字が掘られていて、そしてどの場所も華蓮には気分のいいものではなかった。

「随分と頑丈にしてあるのじゃな、この屋敷は」

 木に彫られた文字をじっと見つめ、良狐が呟く。よくこんな気分の悪いものに顔を近付けられるものだと思うが、妖怪には何も感じないのだろうか。
 良狐の口振りから察するに、これは結界のようなものなのかもしれない。けれど、それにしては随分と歪なものに感じてしまう。
 あといくつこんな場所があるのかは分からない。だが、もし本当にその全てが結界の役割を果たしているのなら、良狐の言うとおり随分と厳重警備だ。

「卑怯で下劣な連中ほど、臆病で用心深い。いつか足元を掬われるのではないかとビクビクとしながら生きているからな」

 女鬼はそう言いながら、また歩き始めた。
 何だろう。先程から言葉の節々に刺をーー嫌悪感と、軽蔑心を感じる。それを隠そうともしていない。

「……あんたは随分とここの人間が嫌いみたいだねぇ」

 華蓮が思うことは勘違いではなかった。
 縁がそう口にすると、鬼は当たり前だと言わんばかりの顔をする。

「基本的に人間は嫌いだ」
「その意見には大いに賛成さね。あたしも人間は大嫌いだ」
「それなのに人間と共にいるのか?」

 女鬼はとても不思議そうだった。
 それに対して、今度は縁が当たり前だというような顔をした。狐の姿なので表情は分からないのだが、華蓮にはそんな風に見えた。

「あたしは運がいいのさ。大嫌いな人間と共に生きているというのに、こんなに幸せなんだからね」

 その言葉に偽りは見えない。
 帰ったら桜生に聞かせてやろう。それから、深月と侑にも。縁は怒るかもしれいないが、これは言わないわけにはいかない。

「……変な妖怪だな」
「確かに、お主にしてみればわらわ等は歪な存在であるかもしれぬの。しかし、お主とてそう変わりはせぬぞ」
「そんなことはない。私は人間等と相容れるつもりはないからな」

 女鬼は頑なだった。
 そう固く誓っているというよりは、それが当たり前だと思っている風だった。だからこそ、それ以外に選択肢はないと。そう心の底から信じ切っている、そんな様子だった。

「種族など大した問題ではない。要は誰と共にいることが自分にとって幸せなのかということじゃ。例えどれだけ嫌悪する種族であってもその者と共に生きることが幸せならば、それ以外に道はあるまい?」
「…そうか。やはり神使というのは素晴らしいな。私にはそれ程素直に、自分の幸せというものを望み受け入れることは出来ない」

 女鬼はとても感心しているようだった。
 そしてどこか、羨んでいるようにも思えた。

「鬼というのは厄介だ。柵に囚われ、修羅となる者ばかり。それが自らの滅びを招くとも知らず、種族の滅びを招くとも知らず。そうして滅する運命なのだろうな」
「それが分かっていて、わざわざその道を行く必要はなかろうて」
「いいや、私はずっと見てきた。そのつもりがなくとも、そうなって行くのが鬼と言うもの。そして私も、ずっとそう生きてきた。今更行く道を変える気もない」
「……ならば何ゆえ、あのおなごとの繋がりを断ち切らぬ?鬼のように生き終えたいのならば、人との繋がりなど邪魔なだけであろう?」

 良狐は随分と食らい付く。女鬼の何かが気に入らないのか、それとも気がかりなのか。随分とずけずけと踏み込むものだ。
 そんな見るからにしつこい良狐を何とも思っていないように、女鬼は淡々と質問に答えていた。だが、最後の質問には少し困ったような顔をする。

「さぁ、何故だろうな。一時の気紛れか、ただの暇潰しか」

 女鬼はそう言いながら、まだ困ったような顔をしていた。
 自分でもよく分かっていないのか。それとも、分からない振りをしているのか。

「気紛れで人と繋がりを持つのであれば、気紛れで共に生きることも容易いことなのではないか?」

 女鬼は目を見開いた。
 そんなこと考えたこともなかったと、そんなような顔だった。

「……そうだな。…もしも」

 小さく、呟く。

「もしも、お前たち神使のように 生きる鬼を一目見ることでもあれば…或いは、私の気も変わるかもしれないな」

 いつかそれを目に出来ることを願っているのか。それとも、そんなことありはしないと諦めているのか。
 女鬼はどちらとも取れるよな、少し寂しげな笑顔を見せた。


「そんなこと………。…まだ、当てはあるのか?」

 華蓮はこれ以上、この話を掘り下げても仕方がないと思った。だから、良狐がまた何か言い出す前に自らの口を開いた。
 否…、本当は。言いたいことがあったが、言葉になりかかったそれは飲み込んた。掘り下げても仕方がないと思ったのは本当だ。だから、自分も何も言うべきではない。
 そう切り替えるのに遅れたせいで、随分と違和感のある発言になってしまった。

「…ああ、あといくつかある」

 女鬼もきっと、華蓮の発言の違和感が分かったはずだ。しかし、それに何かを指摘することはなかった。
 更に良狐も縁も、これ以上掘り下げまいとする華蓮の気持ちを察したのだろう。同じく違和感に気付いていたはずだが、何も口にはしなかった。
 
「こんな木があといくつもあるのかい?」
「いくつも…と言っても2つだ。向こうと、向こうにある」

 女鬼がそれぞれ指差した方を見る。指差されたほうのどちらもにきちんと舗装された道があることから、この道を辿ればその場所に着くのだろう。それまでもそうだった。
 ここまでの2ヶ所と、この場所。そしてこれから行く場所。辿ってきた道とこれから行く道を頭で想像した華蓮は、ふとあることに気が付く。

「……五芒星?」

 先程、良狐が言っていた言葉の意味が分かった。そして、この木がとても嫌な感じがする理由も。
 五芒星は、一般的に星の形として知られているが、メソポタミアの書物に記されている程に古くから存在するものでもある。そして、日本では陰陽師が魔除けの呪符として使っていた。
 そしてそれを利用しているこれは、予想通り巨大な結界のようなものだ。外からの侵入も、そして内からの逃走も防ぐ。きっと、かなり強力なものに違いない。
 華蓮がその柱を前にしてとても不快に思ったのは、きっと亞希という妖怪との繋がりがあるからだろう。魔除けと妖怪なんて、相性は良くないどころか最悪だ。

「そうだ。随分と物知りな子供だな」
「……こんな物の中で過ごしていて、妖怪たちは大丈夫なのか?」
「近くに寄ると嫌悪感も相当だが、普通に生活する分に支障はない。これは主に外部からの侵入を防ぐものだからな」
「…そうか」

 華蓮は先程の女鬼の言葉を思い出す。
 この屋敷にいる者達は、いつか足元を掬われるかとビクビクとしているが故にここまでのことをするのだろうか。だとしたら、そこまで怯えて過ごさなければならない程、一体何をしでかしたのだろう。

「五芒星で防いでるってことは……それじゃあここは…ああ、なんてこった!全く、あんた達はつくづく飛んでもないね!」

 突然、縁が興奮ぎみに声を上げる。その内容ははっきり言って支離滅裂だった。
 それは華蓮だけが理解していないというわけではなく、良狐も首を傾げている。そして、女鬼も怪訝そうな顔をしていた。

「ひーちゃん、何か分かったのか?」

 良狐の問いかけに、縁は大きく頷いた。

「五芒星なんて強力な結界がある場所に、外部から入ることは不可能さね。それがどんな時代からの侵入でも、いくらあの娘が結界を壊したと言ってもね」
「…確かに。じゃが、となると……そうか!そういうこじゃの!」
「そう、そういうことさね」

 狐同士で勝手に納得しているが、華蓮は全く追い付いていなかった。
 何がそういうことなのか、きっちり説明して欲しい。しかし興奮ぎみなこの狐達は、そんな華蓮の思いなど察しはしないだろう。

「残った2ヵ所の木は何の木なんだい?」
「銀杏と杉だ」
「それは違うね。……この屋敷のどこかに、金木犀はあるかい?」

 縁のその問いで、華蓮はハッとした。
 そして、分かった。
 この場所が一体どこなのかを。

「金木犀か。いや、この屋敷にそんな小洒落た木は……あ。そういえば、あれは確か…」
「あるのかい?」
「離れの隣にあったはずだ。ただ、あの木はもう随分前に死んでいるようだったが……」

 死んだ金木犀。間違いない。

「そこだ」
「……案内しよう」

 女鬼が歩き出す。少し足早だったが、それでも華蓮が付いていくのに苦しくない速度を保っていた。随分と気遣いの出来る鬼だ。
 そんなことを思いながら歩く姿を見上げながらーーー華蓮はふと、あることを思い出した。
 もしかして、この鬼は。



「あそこだ」

 女鬼が立ち止まり、思考が止まる。
 指差す先には、小さい小屋のようなものが見えた。これまで見てきた建物とは、どこか雰囲気が違う。
 近寄っていくと、小屋はまるで一人用の家のようだということが分かった。大きさは我が家のリビングくらいしかないが、そこに玄関と窓、縁側がくっついている。
 そしてその縁側の前に、金木犀があった。

「……間違いない。うちの金木犀だ」

 毎日目にしてる。見間違う筈はない。
 普通の金木犀よりも随分と大きいこの金木犀が、どうしてこんなに大きくなったのか。それは分からないが「きっと皆が座れる為ね」と、小さい頃に母がそう笑ったの思い出した。そんな母の言葉通り、あの金木犀には常に誰かが腰を据えている。そして満開に花を咲かせ、人々を魅了している。
 その金木犀は今、いつも目にしているような花は一輪も咲いておらず、枯れ木として佇んでいた。それでも、確信を持ってそうだと言える。
 ここはーーー我が家だ。
 敷地の広さも、建物の多さも豪華さも、自分の住んでる様子とは随分と違う。しかしそれでもこの場所は間違いなく、我が家のある場所。

「うちの…?それはどう…」
「きゃああ!!」

 女鬼が顔をしかめてすぐに、遠くの方から叫ぶような声がした。あれは、先程の少女の声だ。
 一体何が起こっているのか、華蓮には全く分からない。しかし、女鬼の顔がより険しくなったことからあまりいい事態ではないということは読み取れた。


「……お前たち、あの子に何をした?」

 すっと、華蓮達を庇うように女鬼が前に出る。
 怒ってる。先程までとは違いうんと低く呟く声を聞いて、すぐにそうと分かった。
 華蓮は微塵も気付くことが出来なかったが…いつの間にか、妖怪達に囲まれていたようだ。僅かに妖気を感じる。それも、1人2人という人数ではない。

「それはこちらの台詞よ。一体何のつもりだ、雑草めが」

 雑草。その言葉が、頭に引っかかる。
 それがどうしてかは分からない。

「何ということはない。客人を送り返すところだ」
「うわ…っ」

 女鬼にとんと体を押され、華蓮は思わぬ不意打ちにバランスを崩した。狐を2匹も抱えていることもあって直ぐに体勢を建て直せない。しかし、ドンッと背中に何かがぶつかったお陰で転倒を免れた。
 ーーーベリッ。
 背中の後ろから、何かが剥がれるような音がする。それはここにやって来た時と同じ、扉が開く音だ。

「さぁ、行け」

 このまま。
 ここまま背中に体重を掛ければ、きっと帰れる。自分の家に。
 だが、それでいいのか?
 あの少女がどうなっているかも分からない。この女鬼がどうなるかも分からない。
 それを放って帰って、本当にそれでいいのか?

「そうはさせるかっ!」
「うわぁっ!?」

 華蓮が踏ん切りを付けられずもたついていると、背後からぐるっと何かに巻き付けれた。そのまま引き摺られるようにして、金木犀から遠ざけられてしまう。
 バシッと、別の木に巻き付けられるような形になってしまい、全く身動きが取れなくなってしまった。なんと無様なことか。
 こうなることさえも逃れられず、この状態で全く何の抵抗も出来ない。そのことを目の当たりにすると、今の自分が足手まといにしかならないことを痛感せざるを得ない。

「……人間の子供一人捕まえるのに、お家元までお出でとは。お笑い草だな、修羅の鬼」

 修羅の鬼。
 そう呟く女鬼の視線は…華蓮。ではなく、その背後に向いていた。
 あちこちに妖気を感じるせいで、どこにどんな妖怪がいるのかさっぱり分からない。しかし少なくとも…今目に見えている妖怪達は、全員鬼だった。
 そしてゆらりと、華蓮の背後から誰かが顔を出す。


「黙れ、雑草が」


 ……鬼だ。
 それも、他の連中とは格が違う。
 華蓮が目の前に出てくるまで気が付かなかったのは、他の鬼たちの妖気が混在していたからではない。この鬼の妖気があまりにも巨大過ぎて他の鬼たちの妖気まで飲み込んでしまっているからだ。
 目に見える程に、禍々しい妖気がその体から溢れ出ている。全てを飲み込みそうな程に、巨大な妖気が。

「貴様にそれ程の大口を叩く余裕があるか?」
「私がお前如きに尻込みするとでも?」

 女鬼は怯むことなく、目の前に現れた鬼を睨み付けた。
 
「せざるを得ない」

 くつくつ笑う様に、ゾッとした。
 恐怖とは違う。これは多分、嫌悪感のようなものだ。

「何を…」
「きゃああああ!!」

 叫び声が響く。
 先程よりも大きく、そして悲痛なもののように聞こえた。

「貴様…!!」
「さぁ、どうする?この子供を助けるためにあの子を見殺すか?」
「!!」

 ガシッと頭を捕まれる。
 身の毛もよだつような嫌悪感が全身を走る。気持ち悪い、脳だけではなく全身がそれを訴えていた。
 これが、本物のーーー修羅の鬼。
 それはこんなにも、おぞましいものなのか。

「……そんなことは出来ないだろう。あの子はこの家の跡取りだ。許されない」
「勿論、肉体を殺しはしない」

 華蓮の頭に手を乗せたまま、鬼はくつくつと笑う。するとその感情が伝わってくるようで…そのあまりの気持ち悪さに、吐き気がした。
 しかし、そんなことはどうでもよかった。女鬼が目を見開き、まるで絶望したような顔をしたからだ。

「貴様…何を……」
「肉体を滅ぼさすとも、中身を滅ぼしてしまえばあの娘は我らが思いのまま。お家元もさぞ喜ぶことだろうな」

 肉体滅ぼさずとも中身を滅ぼす。
 どういう意味なのか、問いかけるまでもないことだった。その詳細は分からずとも、それがどれだけおぞましいことかは想像が出来る。
 そんなことは、あってはならない。

「早く、あの子の所に…っ」
「…だ……だが…」
「いいから、早く!!」

 女鬼は先程の華蓮と同じように、躊躇っている様子だった。
 この女鬼はここにいる他の鬼達とは違う。会ったばかりの、よく知りもしない相手を見捨てることを躊躇うような、優しい鬼だ。そんな鬼を、修羅に引き込むような出来事を与えてはならない。悲しませるわけにはいかないのに。
 さっさと帰っておけばよかった。どのみち自分は足手まといにしかならないのだから、直ぐにあの金木犀に飛び込んでいればよかったのだ。
 そうすれば、こんなことにはならなかったかもしれない。あの少女が傷付くことも、この女鬼が傷付くこともなく…どうなったかは分からないとはいえ。今の自分にはどうすることも出来ず、だからこそ後悔ばかりが先に立つ。

「案ずるな。お主は常に間違わぬ」
「え?」
「心配ない。直ぐに戻ってくるさね」
「は?…あっ!!」

 華蓮と共に木に巻き付けられていた狐たちが、そう言うや否やしゅるっと拘束から抜け出した。
 そして、脱兎のごとくに駆け出す。

「にっ、逃がさんぞ!」

 鬼達が一斉に良狐と縁に飛び掛かった。しかし、どちらもしゅるしゅると鬼達の間を抜けていく。まるで、数多の鬼達が遊ばれているようだ。
 そして立ち止まることなく走り行き、そのままするりと金木犀の中に飛び込んで行った。正に、あっという間の出来事だった。

「……随分と薄情なペットだな」
「ペットじゃない」

 自分は本当に間違っていないだろうか。今この場にいることが正しいのだろうか。もしそうだとするならば。自分はどうして、今この場にいるのだろうか。
 そんなことを考えているとーーーふと、女鬼が視線に入る。
 神使が華蓮を置き去りにしたとこを驚いているのだろうか。目を見開いて金木犀の方を見ているその髪に……ふわりと、白い花が落ちる。
 


「俺の媒体に手を出そうとは、いい度胸だな」



 ーーー金木犀が、満開になった。
 


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