Long story


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 真っ暗だった。
 その中に動物の目が4つ、光っている。
 それ以外は何も見えない。
 一方で、かび臭い臭いが鼻につく。どこかの室内であることは明らかだった。

「異世界…か……?」

 ぐるりと辺りを見回す。
 しかし、闇が続くばかりでまだ何も見えない。

「どうかのう、何とも言えぬのう…」

 ぽうっと、明かりが灯った。良狐の尻尾の1本から小さい炎が上っている。
 薄暗いながらも部屋の全貌を見ることが出来た。華蓮は今一度、辺りを見渡す。すると、炎がその視線を追うように付いてきた。

「蔵…?」

 目の前には大きな鉄製の扉があった。そこから上の方に風通しのための隙間があるが、板か何かで封をされている。
 背後には、大量に積み重ねられた俵のようなものがある。つまりここは、米蔵ということだろうか。

「さて、どうだろうねぇ…。倉にしては随分と物騒な気もするけどね」

 縁の声がする方に顔を向ける。その足元には、床下に繋がる扉が開かれていた。
 華蓮は足元に気を付けながらそちらに移動する。そして、地面に膝をついてから顔だけ床下へと覗かせた。

「………物騒なんて、そんなもんじゃ…ないだろ…」

 梯子が繋がり下った先の、部屋の中央。石で出来た長細い机のようなものがある。それが机ではなく人を乗せるためのもだということは、その回りに散乱しているものを見れば一目瞭然だった。
 それをどんな風に使うのか。そんなこと考えたくもないようなものが、無造作に置かれている。それも大量に。
 それだけじゃない。仄かに漂うこの生臭さが、何よりも華蓮をゾッとさせた。

「ここがどのような世界であれ、ろくでもないことは確かじゃの。ロマンの欠片もありはせぬ」
「世の中そんなに甘くはないってことさね。飛んだファンタジーもあったもんだ」

 良狐と縁の言葉はもっともだった。こんな物騒な出だしのファンタジーなんて、漫画でもアニメでも小説でも見たことがない。というより、誰も見たくない。そんなことを思いながら、華蓮は床下に繋がる扉を閉める。
 それから間もなく、ギィッと…目の前にある方の扉が音を立てた。

「……ここがどこで、どんな世界かは置いとくとして。今のこの状況は不味いんじゃないか?」

 ゆっくりと扉が開き始める。
 光が差し込むと同時に、良狐が灯した明かりを消す。

「そうだねぇ。不味いなんてもんじゃないだろうねぇ」
「もしもわらわがその扉の向こうにいる側であったら、生きては返すまいて」

 華蓮は咄嗟に、良狐と縁を両脇に抱えた。
 どこかに隠れるしかない。俵の裏か、そんな場所ではすぐに見つかってしまうか。しかし床下の部屋は絶対に嫌だが、そんなことを言っている場合ではないか。


「隠れても無駄だ。そこで大人しくしていろ」

 ギイィと耳障りな音と共に段々と差し込む光が大きくなる中で、そんな声が聞こえた。女の声だった。
 既にここ場にいることが分かっているのならば、もうどうしようもない。万事休す。華蓮は2匹の狐を抱えたまま、その場に立ち尽くす他なかった。
 良狐と縁の尻尾が、ぐるりと体に巻き付いた。ぎゅっと締め付けられ、少しだけ苦しい。

「こんな所に入り込むなど、余程物好きなネズミかと思ったが…」

 扉が完全に開いた。
 その先に、女性が立っていた。

「これはまた、随分と珍しいお客であったな」

 女性はそう言ってクスリと笑う。
 尻尾の締め付けが緩むのを感じた。

「……ほう、鬼か。珍しいのう」
「鬼?」

 華蓮が首を傾げると、良狐が頷いた。
 今一度、女性を見上げる。浴衣を身に纏った、ただ美人な成人女性のように見えた。
 真っ白い浴衣に描かれた真っ黒い花がとても印象的だ。とても綺麗だった。

「神使を2人も連れた子供とは。まさか神の子ではないだろうな?」
「……違う」
「そうか。まさかあの子が神でも呼び出したかと肝が冷えたが…いや、そうでもなくても巻き込んでしまったことに変わりはないな」

 一瞬だけ安心したような顔をした女鬼は、すぐにどこか申し訳ないような顔をした。その顔を見て、敵意がないことはハッキリと分かった。
 しかし、その言葉の真意が分からない。

「巻き込んだってのは、どういうことだい?」
「私の知り合いが派手をやったせいで空間に淀みが出来たのだ。お前たちはその淀みに巻き込まれここに飛ばされたのだろう」

 つまり、金木犀に出来たあの裂け目は異世界へのロマンではなく、誰かが起こした副産物だったということか。
 そしてもう1つ、ここは異世界でも何でもない。

「どこの時代から来たのか知らないが、どのみちここは子供のいる場所でも神の使いがいる場所でもない」

 だがどうやら、自分達のいた時でもないようだ。

「付いて来るといい。帰り道を探す手助けをしよう」

 女鬼が踵を返す。
 開かれた扉が徐々に閉じ始めた。明かりが少しずつ減り、陰りを取り戻す。
 扉が閉まりきる前に、華蓮は2匹の狐をしっかりと抱え直す。そして、この生臭い場所から踏み出した。



「ねえさぁあああん!」

 外に出て蔵を振り替えると、かなり大きくて立派な蔵であることが分かった。 だが、それについて深く考える間もなく、高く響く声に釣られて振り返る。
 猛スピードで何か。少女が、こちらに向かって走ってきていた。

「股を開いて走り回るな」
「きゃあ!」

 女鬼は容赦なく走ってきた少女の足を引っ掻ける。そして顔から地面に滑り込むように転んだ少女を、片手で抱え込むように持ち上げた。

「はしたなく大声で叫ぶな」
「ふごっ」

 もう片方の手で少女の口を塞ぐ。
 少女は足をバタつかせるが、女鬼は頬をむぎゅっと掴んだ。

「私はお前の姉ではない」
「ぷはぁっ!」

 女鬼が両手を同時に離すと、少女は大きく息を吸うと同時にスタンと地面に着地した。とても軽やかな動きだった。
 近くに来て立っている姿を見ると、少女とはいえ今の華蓮よりも大分と背が高かった。察するに、睡蓮と同い年くらいだろう。

「いいの。どうせすぐに姉になってもらうんだから」
「そんなことは有り得ない」
「そう言ってられるのも今のうち…あらっ?この子達は誰?どうしてこんな所にいるの?」

 ふと、少女の視線がこちらに向いた。その時初めてまともに見た少女の顔は、どこかで見たことがあるような顔だった。
 しかし、華蓮にはショートヘアの少女との面識がある記憶はないが…と言う以前に、ここは自分達のいる時代ではないという。それならば、この少女と面識があるはずもない。

「お前が派手なことをして空間を歪ませた結果の被害者だ」
「……だって、あいつが私のお菓子を勝手に食べたの。それも3つも!」

 何だか、どこかで聞いたことがあるような会話なような。そうではないような。
 少女は怒った顔をしながら三本指を立て、地団駄を踏んだ。きっと、余程そのお菓子が好きなのだろう。

「そんなことはこの子等には関係ない。まずは謝罪だろう」
「でもっ、………そうね。巻き込んでしまって、ごめんなさい」

 女鬼に睨まれた少女は一度言い返そうとしたもののしばし黙り、そして納得したように頷いた。そしてすぐこちらに向き直ると、丁寧に頭を下げる。
 特に悪いことをされたと思っていない華蓮は、急に頭を下げられたことに少し戸惑った。

「いや、別に…」
「……あらあなた、どこかで会ったことがある?」
「え…いや」

 偶然にも、少女も華蓮と同じようなことを思ったようだった。
 しかし、実際に顔を合わせたことがあるはずもない。華蓮が首を振ると、少女は「そう」と軽く答え、それ以上追求することはなかった。

「…それで、お前は私に用事があったんじゃないのか?まさか、お菓子を取られた話をするためにここまで走って来たんじゃないだろうな?子供が東屋に立ち入るのは禁じられているだろう」
「東屋だけじゃない。西も南も北も、母屋と離れ以外はぜーんぶだめ。あれもだめ、これもだめ、それもだめ、駄目ばっかり!」

 この蔵を見たところ、この屋敷が立派だということは何となく想像できていた。
 しかし、母屋があって離れがある他に、東西南北に家屋があるのか。もしかすると、凄まじい豪邸に迷い込んでしまったかもしれない。

「駄目なうちが幸というものだ。…それで、何があったんだ?」
「さっきから皆が皆が騒いでいるの。侵入者があったって」

 ああ、それは。
 何だかとてつもなく、嫌な予感がする。

「侵入者?」
「誰が結界が破ったんだーとか、裏切り者があったかーとか、すぐに引っ捕らえろーとかって、血眼になって探しているんだけれど…それってもしかして、私のせいかな…?」

 困ったような顔をする少女の前で、女鬼は頭を抱えるようにして深い溜め息を吐いた。
 やっぱり、とてつもなく嫌な予感がする。というよりも、予感的中がすぐそこまで来ている気がしてならない。

「もしかしなくてもお前のせいだ。まさか結界まで破壊していてたとは…全く、飛んでもないことをしでかしたな」
「やっぱり!?どうしよう…っ。早くその侵入者って人を探して逃がしてあげなくちゃ!私のせいで酷い目に遇わされちゃう…!」

 さあっと青ざめた少女の顔を見て、華蓮たちも血の気が引きそうな気分だった。
 先程見た、蔵にあった床下が頭を過る。

「とにかくお前は母屋に人を集めて、事の次第を正直に話せ。それで収まる連中とも思えないが…時間稼ぎにはなるだろう。少々手荒なことをしてでも、とにかく話を長引かせるんだ」
「うん、それならあいつにも協力させる。…姉さんは?」
「時間を稼いでいる間に、侵入者たちを逃がす。それから、私はお前の姉ではない」
「分かった。お願いね、姉さん!」

 少女は元気よくそう言うと、走って来た道を一目散に引き返していった。
 それを見送った女鬼は、今一度大きな溜め息を吐いてから改めて華蓮たちに向き直った。そしてどうしてか、その場に膝をつく。

「事態は随分とお前たちに不利な状況だが、私が責任を持って元の場所に返すことを約束する。だから、どうかあの子を責めないであげて欲しい」

 その姿を見て、華蓮は感じた。
 この女鬼にとって少女がとても大切な存在であることを。欠けがえのない存在であることを。
 そう、妹であることを。
 ならばどうして。

「……どうして、妹というのをそこまで否定するんだ?」

 見ず知らずの他人に膝をついてまで、守ろうとしている少女なのに。
 そんな風に、大切な者を守ろうとする心を、家族を守ろうとするその心を、華蓮は知っている。それがどんなことがあっても揺るがないものであると、よく知っているのだ。

「……あの子は人間、私は鬼。どう足掻いても姉妹になどなれはしない」

 人間と鬼。
 確かに、その存在は大きく異なる。生まれも、育ちも、生き方も。何もかもが大きく違う。
 だから本来は、決して進む道が交わることがない。出逢うことのない存在なのだ。

「つまりそなたは…鬼と人間は、相容れぬと。そう申すのか?」
「その通り、私とあの子が共に生きる道はない。あの子が人間で、私が鬼である限りな」

 良狐の問いかけに、女鬼はハッキリとそう答えた。

「……それは…」

 ドカン!!
 突如、凄まじい爆音が鳴り響いた。先程、少女が走って行った方向だ。
 もくもくと立ち上るのは、煙…ではない。あれは、呪いが舞っている。黒い筋のようなものが、蛇のようにいくつもうねっていた。

「話をしろと言ったことを丸で聞いてなかったようだな。……まぁいい、この騒ぎに便乗して出口を探すとしよう」
「…出口?」
「あの子が作り出した空間の歪みが出来た場所を探す。お前たちがそこに行けば、元いた場所との繋がりが出来て再び開くだろう」

 女鬼はそう言うと、呪いが舞っている方とは明後日の方を向いて歩き出した。
 どこまでも続く舗装された砂利道と植木。そして、延々と続く屋根瓦。先程の少女と女鬼の会話と合わせて、この家が生半可な屋敷ではないことを痛感する。

「その場所に心当たりがあるのかい?」
「いくらあの子が馬鹿げた力を持っていると言っても、火のない所に煙は立たない」
「そうかい。まぁ…これだけの妖怪屋敷なら、そんな火の粉の1つや2つあっても不思議じゃないさね」
「妖怪屋敷?」

 この屋敷のどこにそんな様子があるのか、華蓮には全く分からなかった。どこを見渡しても、ただの物怖じしそうな程に大きい屋敷という印象しかない。
 そんなことを思いながら華蓮が問うと、縁は「やっぱりね」と言いながら頷いて見せた。

「今のあんたじゃ気が付かないだろうさ。上手く隠してはいるようだけど、そこら中から妖怪の臭いがぷんぷんするよ」
「……何の妖気だ?」
「鬼」

 華蓮の問いに答えたのは女鬼だった。
 その言葉は続く。


「命を囚われた、哀れな鬼達だ」


 吐き捨てた。
 まるで、微塵も哀れみを抱いていないように。



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