Long story
「空間の裂け目?」
縁側のある部屋、本来は秋生と桜生の部屋であるが…昼間は妖怪たちが我が物の如く利用している部屋。そして、今は呪いの玉手箱の一時保管室になっているその部屋。
亞希と八都は手渡されたタオルで頭を拭きながら「空間の裂け目に飛び込もうと…」と、揃って口を開いたのだ。そしてすかさず、華蓮が聞き返した。
「これは妖怪たちの間でまことしやかに囁かれている…お前たち人間の言うと所の、都市伝説のようなものだ」
「台風が来た時、その目に飛び込んで真逆の風を起こすと空間の裂け目が出来る。その中に飛び込めば、たちまちこの無情な世からおさらばできる…とね」
正に、都市伝説のような話だった。
「何だい、あんた達。そんな繰り返して口にするのも馬鹿らしいことを本気で試すほど、この世に嫌気がさしてるのかい?」
「馬鹿を抜かせ。毎日浴びるほど…とはいかないが、程よく酒を呑み、そこら辺の阿呆と下らない会話をし、たまには体たらくに手を貸し、そして隣にはいつでも美しい狐もいる。今以上に幸せな生活などありはしない」
相変わらず、何の躊躇もなくこっ恥ずかしいことを言う。それはいいことだと思う。
ただ、手を貸している体たらくというのが華蓮のことを指しているのならば…しばらく秋生から酒の肴の差し入れは取り止めにしてもらう他ない。
「そこら辺の阿呆って僕のことじゃないだろうね?ちなみに僕も最近やっと感情の共有にも慣れてきたし、お酒も美味しいし、そこら辺の低俗と下らない会話もするし、所有権のないもふもふをたまにもふもふ出来るし充実した日々を送っているよ」
八都が縁の尻尾に手を伸ばすと、バシッと弾かれていた。どうやら今は「たまに」の時間帯ではないらしい。
「ならばどしてそのような阿呆なことに手を出そうと?」
そう言う良狐と、並ぶ縁の背後。
普段は襖。その先に廊下と縁側との境にガラス戸、そしてその奥に金木犀が佇んでいる場所。襖が開き、ガラス戸が閉まり。そして今は雨戸も閉まっている。
すっと、雨戸に隙間が出来た。
「あのね、姉さん。この世からおさらばできるってことはつまり、異世界に行けるってことだよ?異世界、正にファンタジー!これぞ男のロマン!」
「それがどういうことか分かるか?見たこともない冒険の世界が待ってるかもしれないということだ。目眩く大冒険とあらば、一度は夢見るものだろう!」
狐の姿でも分かる。
これ以上ない程に呆れ返っている。
「男とはどうしてこう……」
「ろくでもないかねぇ……」
良狐と縁の背後。
雨戸が開いた隙間から、ガラス戸越しに金木犀が見える。暴風が吹き荒れ、どこからやって来たのかも分からない木々が散乱していた。そんな中で、微動だにしない金木犀。
ペリッと、皮が剥がれる。
「仕掛けは作った。ここに台風の目がやって来た時、逆に風を起こす呪いをこの家の地盤に施して来たんだ」
「これで後は待つのみ。運良くこの真上を台風の目が通れば道は開く……はずだ」
八都と亞希が興奮ぎみに話すのを、良狐と縁は冷めた目で見ていた。
しかし華蓮は、亞希と八都の気持ちが良く分かる。RPGさながらの冒険ファンタジー、男のロマン。男なら誰もが一度は夢見るものだ…と言っても過言ではない。
「……ロマンを目の前に、尻込みする男はいないな」
ベリベリっと、金木犀の皮が剥がれる。
華蓮は既に駆け出していた。
「やれやれ。男とは本当に…」
「どうしようもない生き物だねぇ…」
ふわりと、両肩に艶やかな毛並みを感じた。
勢い良くガラス戸を引き、向かう風の中に足を踏み出す。
「えっ!?あっ、あーー!」
「ああーーーッ!!」
背後から聞こえる声に構うことなく。
華蓮は一目散に、何とも言えない光を放つ金木犀の中へ飛び込んだ。
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