Long story


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 酷い1日だ。
 現在進行形で、酷いこと尽くしだ。華蓮は天井を見上げながら溜め息を吐く気力さえなくなっていた。

「うわっ、華蓮!?何してんのっ?」

 ロン毛の金髪が顔を覗き込む。
 何をしているか。そんなものは見れば分かることだ。
 冷蔵庫からシュークリームを取り出そうとした。以前、秋生が小さくなった時に用意された台を利用すれば、今の華蓮の大きさなら冷蔵庫に届いた。しかし、台を冷蔵庫に近づけさせ過ぎたせいで扉に押し退けられるようになってしまい…そのまま床に転がり落ちた。

「ほら、立って。うわ、髪がびしゃびしゃ!」
「どうせ何やっても無駄だからな」

 先程から、こんなことばっかりだ。
 部屋で椅子によじ登ろうとして、椅子が自分の重さに傾いてひっくり返った。風呂に入ればシャワーを回しすぎて危うくシャワーに殺されそうになった。
 記憶や知識はそのままなのに、普段なら絶対に回避出来るようなミスを侵す。そう、そこまで予測と思考が及ばない。まるで子供のように。

「何やさぐてんの、もう」
「どうでもいい」

 華蓮が吐き捨てるように言うと、侑は顔をしかめた。

「いっきー!いっっきぃー!!」

 いっそ、秋生のように何もかも忘れていればよかったのだ。そうすれば、こんな思いをしなくても済んだのに。
 華蓮は侑に乱暴に抱き抱えられ、シュークリームが乗った皿を持たされて移動させられる。成す術はない。されるがままだ。

「何だ、うるさいな」
「このやさぐれっこ、ちゃんと見といて」

 どこかからリビングに顔を出した李月に乱暴に押し付けられる。華蓮は抵抗することなく、今度は李月に抱えられた。
 侑はそのままリビングを出ていったが、元々用事があってやって来たのではないかと少しだけ思うが。今はもうシュークリームを手にしたので、華蓮としてはどうでもよかった。

「何でこんな濡れたままんなんだお前」
「シャワーが喧嘩売ってきたから」

 シュークリームをかじる。
 この味ひとつで、溜め息を吐く程度には気分も回復するものだ。李月がソファに座らされた頃には、華蓮はシュークリームをひとつを食べ終わった。
 それからしらばくもしないうちに、侑が再びリビングへと舞い戻る。タオルを手にしていた。

「やれやれ、いっそ記憶がなければ存分に子供を謳歌出来たろうにな」
「同感だ」
「子供を謳歌って、別に今と大差なくない?はいタオル」

 侑からタオルを受け取った李月は、本人の確認なく濡れた頭を拭き始めた。華蓮はまたしてもされるがままになりならが、手慣れた手付きだなと思う。
 その間に侑がテレビのリモコンに手を伸ばし、電源を付けた。この時間帯はニュースが放送されている。今は天気予報の時間らしく、明日の天気は全国的に晴れマークばかりだった。

「出来ると思っていることが出来ないと、出来ないことへの苛立ちで頭が爆発しそうだ」
「ああ、なるほど…しそうっていうか、パンクした結果があれってことね」

 確かに、既に爆発したと言った方がいいのかもしれない。
 今の気分は爆発後の何もない殺風景な景色のようで、苛立ちはない。というより、もう何もかもどうでもよくなっている。まさに殺風景な気分だ。

「出来ないと分かってれば最初から誰かに頼むが、当たり前に出来ると思ってるからそもそも頼むという概念がない。一度出来ないと分かれば次は学習しそうなもんだが、学習能力が皆無だから同じ失敗を繰り返す。今こうして話している分には理解しているのに、いざ行動に移すとそういうことすら思考に反映されないんだから、くそみたいな気分だ」

 華蓮はテレビ画面のアナウンサーを見ながら淡々と語る。苛立ちから捲し立てるような口調ではないが、一気に喋るその様からその不満が並々ならないことが伺える。
 髪を拭き終わると、華蓮はそのまま頭だけ李月にもたれ掛かるような体勢でソファに転がった。元に戻るまでずっと寝ていられればいいのにと思うが、子供というのはどうしてか体力が有り余っていて全く眠気がこない。

「急にめっちゃ喋る」
「余程鬱憤が溜まってるんだろうな」

 侑と李月が顔を合わせて、苦笑いを浮かべた。華蓮はそんな2人から視線をそらして、付けたばかりのテレビに視線を向けた。
 学習能力は皆無でも、記憶と知識があるのでテレビの内容を理解することは出来る。テレビでは、アナウンサーが今日のラインナップを掲げているところだった。

『本日も気になる話題が沢山ありますが、まずはこの話題から…女優の◯◯さんとタレントの◯◯さんが、結婚から僅か半年で離婚していたことが分かりました』

 アナウンサーが最初の話題を切り出す。華蓮はそれ聞き流しつつ、ぼうっとラインナップを見ていた。
 ◯◯と◯◯、電撃結婚からの電撃離婚
 交差点で正面衝突、ドライバーは80代女性
 紅葉シーズン到来で客足増加も不安残る
 shoehorn最新アルバム発売か
 餌やり禁止区域で雀に餌やり、住民困惑
 SNSで目撃情報多数「ごんごんじい」
 ずらっと並ぶラインナップ。華蓮は読み進めていく中のひとつにだけ一瞬大きく顔をしかめる。すぐにそれは見なかったことにして視線を先へと進むが、最後までこれといって気になる話題はなかった。

「ま、きっとそのうち慣れるよ。頑張って」
「こんな時間から出るのか?」
「ちょっと山に帰ってくる。なんか、明日は天気が荒れるかもしれないから準備するように伝えてこいって…飛縁魔に言われてね」

 先程テレビでは、全国的に晴れのマークばかりだったような。と、華蓮はテレビを付けたばかりの画面を思い出す。頭の中には、太陽のマークが並んだ日本地図が浮かび上がった。
 とはいえ、天気予報も万能ではない。何でも某国では天気予報が全く当たらないことが有名で、その国の国民が気象庁のことを誤報庁と揶揄しているなんて話も聞いたことがある。それに比べれば日本においての天気予報は比較的信頼性のあるもではあるが、100%ではない。

「準備するほど荒れるのか」
「らしいよ。空見てもそんな感じしないんだけど…飛縁魔がわざわざ部屋に押し掛けてくるくらいだから、一応ね」
「そうか。気を付けてな」
「うん、行ってきます。李月お兄ちゃんの言うことちゃんと聞いて、いい子にするんだよ」
「…いってらっしゃい」

 まるっきり小さい子供扱いで頭を撫でられてもまるで不満に思うこともない。李月をお兄ちゃんと称されてもそれは同じで、華蓮は無意識的に手を振りながら見送りの言葉を返した。
 普段なら口にしないような言葉や仕草が、まるで普通のことのように出てくる。そしてそれを「普段ならやらない」と分かっているのだが、それでも何とも思わない。

「やだ超可愛いんだけど」
「スマホを出すな。さっさと行ってこい」
「ちぇっ、サービスの悪いお兄ちゃんだなぁ」

 少し不満そうな言葉を漏らしながら、侑は玄関に向かって…ではなく、窓から飛び立っていった。
 それを見送ってから、華蓮は再びテレビへと視線を戻す。画面にはアナウンサーの姿はなく、電撃離婚をした妻側の離婚会見の映像が流れていた。

「こんな下らないテレビを見るしかないとは、世も末だな」

 全くもってその通りだ。
 いつもならすぐ画面をゲームに切り替えるところだが、何をしても上手くいかないのはゲームも同じ。手が小さいために自分の思う操作が出来ず、素人のような失態を繰り返してしまうのはもう御免だ。
 普段なら片手でもこなせることに手も足も出ないなんて、本当に世も末。この世の終焉のような気分だ。

「大人になると、子供の頃は良かった。あの頃に戻りたい。とよく聞くが…俺は絶対に嫌だ」
「……大人って言うほどの年じゃないだろ」
「例え大人になっても…むしろ大人になったらより一層、絶対に経験したくない」
「そもそも、大人の言うあの頃に戻りたいってのは、大人の世界を知らない頃のことだろう?前の秋みたいに記憶も全部なくなるから、お前のように苦労はしない」
「都合のいい話もあったもんだな」

 つまり、多くの大人が口にする「あの頃に戻りたい」とは、今の華蓮ではなく以前の秋生のような状態を指す。
 大人なってから出来るようになったことも忘れ、社会のルールも忘れ、大人としての立ち振舞いも忘れて。ただ、その当時の自分に戻る。
 正に、子供を謳歌するのだ。

「それでも…もし本当に大人になってもそう思えるなら、その時のお前は幸せな生活を送ってるってことだな」

 大人になればきっと、今よりも大変なことばかりだ。その年齢と共にやることが増え、求められることが増え、許されることが減り、自由も減る。だからこそ、子供に戻りたいと思う。
 けれど一方、そうは思わないくらい幸せな生活が存在してきれば。

「………幸せな生活か。今でももう充分だけどな 」

 今、華蓮の手にあるものは溢れそうなくらい大きい。
 その中で過ごす毎日は、紛れもなく幸せな生活だと言える。

「絶望に底がないのと一緒で、幸せに充分も限界もない。それをどこまで掴めるかは自分次第だけどな」
「どこの主人公だよお前。俺にはそんな、いかした台詞も考え方も思い浮かばない」

 くるりと体を回転させて、李月の膝の上にうつ伏せで転がる。勢いがつきすぎて落ちそうになったが、李月がそれを阻止した。
 じっとしていられず、遠慮もない。この辺りは正に見た目年齢相応の動きだなと━━無意識に動いてから、華蓮はそんなことを思った。

「主人公はお前だろうが。大体まだ取り戻さないといけないものがある奴が何言ってる、しっかりしろ」

 取り戻さないといけないものがある。
 そう、その通りだ。
 それを取り戻した時には、今よりももっと幸せだと思える日々が来るのかもしれない。それこそが、本当の幸せなのかもしれない。
 だから、今で充分だと足を止めてはいけない。それは分かっている。そんなつもりはない。



「………どうして秋生が、あいつの手を離さなかったのかは分からない」

 あの時、夢の中で。
 夢魔に捕まったカレンの手を、秋生は頑なに離そうとしなかった。華蓮は秋生にその理由を聞いてはいないし、今後も聞くつもりはない。
 華蓮はその時にその光景を、干渉できないすこし遠くから見ているような感覚で見ていた。どうしてそんな風に感じたのかは分からない。手を伸ばせばすぐに秋生だけを連れて行くことが出来たのに、どうしてそれをしなかったのかも分からない。
 ただ、そこは自分の領域ではなかったのだ。

「……でも、あいつが言ったんだ」

 その時、自分にも領域が出来た。
 いや、抉じ開けてでもそこに割って入る必要があった。

「僕はいつだって愛されない、と」

 そう言った瞬間。
 秋生が何を考えてカレンを助けようとしているとしても、その行動が間違いないことを察した。決して、その手を離してはいけないと察した。

「それで、自分をこんなにしてまで助けたのか」

 静かに聞いていた李月が、もうすっかり傷のなくなった華蓮の手をふにふにと触る。
 ふと、とても楽しそうにゲラゲラ笑いながら人の手に釘を刺す顔を思い出した。何とも悪趣味な奴だったが、今頃どうなっているのか。

「俺の場所を奪い、俺として生きているのに愛されていない筈はない。もう何年もそこにいて、そんなことも分からないのか…って、言ってやるのを忘れたな」
「部室の話をしてる暇があったらそれを言えよ、それを」

 寝返りを打つようにうつ伏せから仰向けにる。すると、李月が呆れたように苦笑いを浮かべていた。
 確かに李月の言う通りだが、あの時は目が覚めたばかりで体は小さくなっているし、夢魔の数は増えているしと、色々と把握することが沢山あった。その中で最終的に部室が散々な姿に戻りかけているのを目の当たりにすると、頭にはもうそれしかなかった。

「起きて部室の惨状を目の当たりにしてからは、そっちにしか頭がいってなかった。失敗した」
「…じゃあ、次会うことがあったら言ってやるのか?」
「馬鹿言え。次は絶対に仕留める」
「じゃあ、あいつがそれに気付くことは一生ないのか」


 ━━━気付かないのか。

 鬼神カレン。
 自分がどれだけ、睡華から愛されているのか。

 気付かない筈はない。
 睡華の愛情は、その程度のものではない。
 それが例え、操られた故に存在するものであっても。
 決して偽りではない。


「……あいつは多分、気付こうとしてないんだ」

 自分が誰よりも愛されているのことを。
 知っている振りをしながら、全然分かっていない。それを人から奪ってまで受け止めながらも、そこにある揺るぎないものに気付こうとせずにいる。
 だから、華蓮はカレンを助けた。

「そんなことは絶対に許さない」

 いつだって愛されない。
 だから誰からも選ばれない。

 華蓮から全てを奪い、その場所で何年も生活していた分際で。そんな戯れ言を言いながら消え去って行くなど許さない。
 そんなことも分からないのなら、華蓮は何も奪われていないも同然だ。カレンが全てを理解し、全てを受け入れ、その時に漸く奪い返す場所が出来る。

「じゃあやっぱり、教えてやらないといけないんじゃないのか?」
「そんなこと自分で気付け。甘えるな」
「いや俺に言ったって仕方ないだろ」

 そう返されひょいと抱えあげられ目があった瞬間に、リビングの扉が音を立てた。横目で見ると、風呂から上がったらしい秋生と桜生が全く同じしかめ面でこちらを見ていた。
 面倒臭いことになりそうだな、と思う。多分、目の前で複雑な顔をしている李月も同じ事を思っているに違いない。



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