Long story


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 酷い1日だったと、皆が溢していた。
 双月は唯一その会話に参加しておらず、まるで他人事…実際に殆ど蚊帳の外だったので他人事だったと言っても違いはない。世月よりも関与は薄い。

「もう平気なの?」
「らしい。華蓮はこーんなちっちゃくなってたけど」

 双月はナイフとフォークを置いて、両手で30cmくらいの高さを表現して見せた。それは実に大袈裟で実際は平均的な4、5歳時と変わらない大きさだったが…小さいことに変わりはない。
 そんな華蓮を連れた一行が新聞部に帰って来た時、双月は知らない間に全てが終わっていたことを知った。その時、侑と深月が出て行ってから思いの外時間が経っていたことも気が付いた。

「らしいって…適当ね」
「俺ずっとつらら女房のコイバナ聞いてて、その場にいなかったんだ」

 報告役としての役割を果たしたつらら女房は、どうしてか深月と侑には付いて行かずその場に残った。そして、どういう経緯でそうなったかは覚えていないが…最終的にコイバナをし始めた。双月は真剣にその話を聞いていて、それで時間の経過に鈍感になっていたのだ。
 カレンがやってきて大騒動だったと聞いた時には流石に、そんな一方でコイバナ聞いてましたとも言えず。怖かったら隠れていたと、どっちにしても好感度は下がりそうだが双月らしい言い訳をしておいた。
 
「呑気ねぇ」

 そう溢して、双月の前でクスクスと笑うのは母の葉月だ。食事中の笑いでも変わらずエレガントで崩れない。流石に、積み重ねてきたものが違う。
 色々としがらみが解けて以降。双月は週に何度か、葉月とこんな風に向かい合って食事をすることにしている。別にこれと言って理由があるわけではないが…何となく、会話をする時間を作ろうと思ったからだ。

「やっぱ実際に見てないと、どうしてもさ。…結局俺だけ、夢魔がどんな顔も知らないままだからな」

 他は全員その顔を実際に見ているが、双月は知らない。とはいえ別に、知りたいとも思わないが。
 それに特に気にせずとも、双月がその顔を見ることは一生ないのだろう。

「結局、夢魔はどうしたの?」
「春人んとこの長男…母さん、知り合いだろ?イケメン国会議員。あの人が連れてったって」
「……そう。一体どうする気かしら…なんて考えたらご飯が不味くなるわね」

 双月が新聞部で起こった出来事を聞くなかで、終始繰り返されていたのは「あの人やばい」というワードだった。それは全部、隼人に向けての言葉だ。
 その場にいなかった双月はいまいちヤバさを計りかねていたが…今、葉月が顔をひきつらせるのを見て。何となくそのヤバさを想像出来たような気がした。

「何にしても、終息してよかったよ」
「…そうね」

 双月の言葉に対する葉月の表情は、どこか複雑なものだった。
 実際の所、終息したといっても妖怪の被害は甚大だ。それを考えると、両手を挙げて喜ぶようなことでもないのは…その通りだ。
 それに、終息はしたもののまだ分かっていない問題点もある。それを踏まえると、終息はしても解決はしていないのかもしれない。

「でも結局、誰が封印を解いたのかは謎のままらしいんだよなー」
「……そう」

 葉月はどこか複雑そうな顔をして、空になった食器を前に手を合わせた。いつの間にか、全部食べ終わっていたようだ。それを追うように双月が食べ終わると、空になった食器を手にして揃ってその場を立ち上がる。
 暇そうに欠伸を溢しているメイドは動かない。それはいつものことだし、それを何とも思いはしない。

「どうかした?」
「それは謎のままの方がいいのかどうか、悩ましいところね…」
「え?」

 キッチンと呼ぶには広すぎる場所に食器を持って行くと、いかにも「料理人」という格好をした人達が各々椅子に腰を下ろしてくつろいでいた。葉月と双月が入っていっても誰も立ち上がることもない。
 それもいつもの光景で、それ前に葉月と双月が揃って「ご馳走さま」と声をかけるのもお馴染みのことだ。葉月が意味深なことを言ったのを聞き返そうとした双月だが、つい習慣的に声を出してしまい話が切れる。

「実は奥様の肉を少々焦がしてしまったのはお気づきで?」
「ええ、気付いていたわ」
「…そういうのって普通、隠しとくもんじゃね?それで後から、私に焦げた肉を出したのはどの料理人?打ち首よ!とかなるもんじゃねぇの?」

 相変わらず座った椅子から立ち上がることもなくそう声をかけてきたのは、料理長だった。全く悪びれもせずにそんなことを口にするので、双月は思わず何世紀前の貴族かというようなシチュエーションを思い浮かべながら声を出す。
 広いキッチンには広い流し。高校生と成人女性が2人並んでも広く、蛇口も2つ付いているので洗い物も並んですることが出来る。この家の中で誰よりも葉月が親しまれ、信頼されているのは普段からこういう場所にこうして当たり前のようにいるからだ。

「双月貴方、私をどこぞの国の独裁国家の女王陛下とでも思っているの?」
「そんなことで打ち首にされてたら、ここの人間はもう何百回首切られてることか」

 そんな言葉に葉月が少し顔をしかめても、料理長はケラケラと笑っている。
 それを目にすると、我が家ながらここは超優良ホワイト企業だなと思わずにはいられない。そして、きっとこれに慣れてしまったら他では働けないだろうなとも。

「貴方ねぇ、もう少し料理人としてのプライドを持ちなさいよ」
「そんな高そうなもん、持っても扱い切れませんよ」
「あら、格好良いこと言うわね。今度どこかで使わせて貰うわ」

 そんなキザな言葉、一体どこで使うというのか。漫画の世界だって中々使い道がなさそうなのに…というと、今当たり前のように使って見せたこの料理長は実はかなりやり手なのかもしれない。
 そんなどうでもいいようなことを考えている間に、自分達の使った食器と、ついでにシンクに転がっていた他の食器や道具まで洗い終える。双月と葉月は「いつも悪いね」と料理長の本当に感謝しているのか分からない言葉を聞きながらキッチンを後にする。


「奥様!おくさま━━!!」

 キッチンを出てすぐ、大きく長い廊下の端から端まで届きそうなほどの声が響いた。双月は「奥様」ではないが、あまりに大きい声に隣の奥様本人と一緒に思わず振り返ってしまった。
 バタバタと、メイドが走ってやってくる。年齢は20代前半だが、双月が物心つく頃からずっとこの家で働いている人物だ。まぁ、この家にいる使用人の殆どは、幼い頃から変わらない顔ぶれであるが。

「声が大きすぎよ。そんな大声を出して、お客様がいらしたらどえするの?それでなくても、お義父様の…… 」
「奥様!お説教は後程!!」

 葉月の言葉を何の躊躇もなくピシャッと手を翳して止めるとは…肝の据わったメイドだ。
 話を遮られたことに少し不服そうな顔をした葉月であったが、再びお説教を始めることはなかった。それは多分、息を切らしてやってきたメイドがとても切羽詰まったような表情をしていたため、緊急事態と踏んでのことだろう。

「どうしたの?」
「旦那様が…っ」
「ああ、帰って来たの?」
「はい。つい先ほど戻られて…」

 双月が聞いた話では、父━━瀬高は1週間ほど前から海外に出掛けているということだった。それも仕事ではなくプライベートらしく、メイドの2人が「たまの休みくらい奥様とお過ごしになればいいのに」「どうしようもない方だわ」と愚痴っぽく溢していた。しかも、それを葉月の前で普通に話すのだから、この家の使用人は皆肝が据わっている。しかし、葉月本人は全くそんなこと気にもしてない様子で「別に必要ないわ」と言っていた。
 その場にいた双月は、もしかして両親の夫婦関係は破綻しているのか…。なんて、必要のない不安を感じたことをよく覚えている。

「大怪我でもしたの?」
「いえ。ですが……プッチン寸前です」

 それがプリンの話ではないことは、流石に双月も分かっている。しかし、もし別の意味となるとそれはまた想像しかねるものだった。
 一方で、葉月には何か思い当たることがあるのか。その表情が少しだけ強張った。

「…何か辛く当たられたの?」
「いいえ、まさか!」

 メイドが大きく首と手を横に振る。

「今日も例によって…お帰りなられた旦那様にただいまと声をかけて頂いた際、外の植木に朝やり忘れた水やりをしていた私は振り向き様にホースごとくるっといってしまい、旦那様に華麗な水鉄砲をぶちかます事態となってしまったのですが。日常に戻ってきたと実感するなと、笑顔で許して頂きましたので」

 例によって…という言葉の通り。このメイド、物心つく頃からいつもこれだ。それも瀬高にだけ。何か恨みでもあるのかというくらい、いつも水をぶつけている。そして、一度だって瀬高がそれを咎めていた所を見たことはない。
 双月としては、そこは怒って然るべきではないのか…と思うが。被害者が瀬高だけであるし、本人が良しとしてるならば、他人が口を出すことではない。

「それなら、どうして?」
「はい。それが……会長はいるか?…と」

 ピリッと、葉月の顔色が変わる。
 双月にも、その言葉だけでメイドが慌ててやってきた理由がわかった。

「……聞かれたの?」
「そうなんです。それで、本日は出張で…とお答えしたんですが。そうしたら、何処に?と」

 生まれてこの方、瀬高が祖父と顔を会わせている所を見たことはない。葉月はよく「おじいさまにおねだりしてみたら?」等と口にしたりするが、瀬高は絶対にそんなことは口にしない。存在を否定しているかのように、徹底的に避けている。
 仕事に手を出すようになって、深月は初めてそんな2人が合間見える所を見たそうだが。曰く、同じ部屋の中にいても必要最低限の会話しかせず、いつも室内は通夜状態だそうだ。
 そんな瀬高が、自ら祖父を探す言葉を発した。それだけと言われればそれまでだ。しかしそれはきっと、相当なことなのだろう。

「今日は確か、九州だったかしら?」
「福岡に行ってらっしゃいますが、シラを切りました」
「いい判断ね」
「ですが、今しがた会長のお部屋にスケジュール確認に行かれたので……着替えられている間に隠しましたが、見つかるのも時間の問題かと」

 出来ないメイド感が溢れ出ていたというのに、急に出来るメイドのように見えてきた。そして実際、このメイドの対応は間違いないのだろう。
 
「明日には戻る予定だったわね」
「午前中には戻られます」
「……」

 メイドの返答に、葉月はじっとどこか一点を見つめる。何かを見ているわけではなく、何かを考え込んでいるのだ。
 しんと静まり返った廊下に沈黙。妙な緊張感があった。

「…双月、貴方の管理する物件に20人程度住める場所はあるかしら?」
「えっと………あ。あるよ」
「すぐに住む手配は出来る?」
「うん。ただ、島の外で交通の便もよくない上に色々修理中だし、一部事故物件だけど」

 双月は頭の中でその物件を思い浮かべる。唐突な申し出にすぐにそれが思い浮かんだのは、その場所がつい最近買収したばかりの場所で記憶に新しかったからだ。
 古いアパートは買収に当たって全ての住人に引き払ってもらって以降(勿論別の物件は用意した)、まだ誰も契約されてはいない。今度は隙間から人を無理心中に巻き込まないように、補修工事を行っている途中だからだ。

「問題ないわ」

 実際の所、事故物件にいた霊は成仏しているし、補修工事もほぼ終わりかけているため、交通の便以外の不便さは感じないだろう。とはいえ、住む人々のことなどお構い無しに即答で言い切るとは。余程の緊急事態と伺える。

「……料理長、料理長!!」
「はぁい、はいはいっ!何でしょうか?やっぱりクビですか?」

 何も知らない料理長が、キッチンから顔を出してそんな冗談をかます。しかし、それに向かって葉月が「馬鹿ね」とキツく言うと、何かを察したのか少し真剣な目付きになった。
 この家の使用人は本当に、オンオフの切り替えが分かりやすい。ただ、少しばかりそのスイッチのタイミングがずれているような気がしないでもないが。

「貴方達は今から有給休暇よ。今日中に全員を連れて、双月の用意してくれるアパートに行って頂戴」
「……何かあったのか?」
「今から何かあるかもしれないの。……貴重品は勿論、大切な家具や家電も全てよ。費用は惜しまないでいいから、早急に」

 何だか凄く大事になってきた。
 父が祖父を探すということが、どう転べば一家総出の夜逃げのような事態になるのか。双月には全く想像出来ない。

「双月、悪いけれど急ぎアパートの手配を」
「分かった」
「それから、それが終わったら私が行くまでお父さんの足止めをお願いするわ。何も知らないフリで上手く誤魔化してね」
「えっ…」

 こんな、前代未聞の一家夜逃げの状況で、明らかにその元凶のような人物の相手をしろというのか。
 それも李月や深月ではなく、双月に。

「頼んだわ」
「………分かった」

 ノーとは言えない。
 決して威圧的な口調ではなかったが、双月は肯定以外の言葉を口にすることが出来なかった。
 双月はそれからすぐ、アパートが使用できるように手配をした。アパートの管理会社に
料理長に鍵を渡すように言い、生活導線を整える。水道は明日になると言われたが、取りあえず電気はすぐに応してくれるとのこだった。ひとまず電気さえあればどうにかなるだろう。風呂は使用できないが、マイクロバスで銭湯にでも行ってもらうしかない。
 そんなことを思いながら手続きを終え、そのまま父がいるはずの祖父の部屋に向かう。そうして部屋に辿り着こうとしたところ、運がいいのか悪いのか丁度父が部屋から顔を出した。

「父さん」
「…帰ってたのか双月。おかえり」
「ただいま。父さんもおかえり」

 部屋の鍵を閉めて振り返った瀬高はいつもと何ら変わりはないように思ったが。双月に「ただいま」と返して間もなくに「すぐに出掛けるけど」と付け加えられたことで、双月の緊張は一気に高まった。
 この部屋の中で、目的のもの━━祖父の出張先を見つけたのか。それとも、見つけられなくて他の手段を探すのか。

「どこ行くんだ?」
「福岡だ。急ぎなんだけど、何か用か?」

 急いでいることは知っている。だから話しかけた。用事はある。父を止めることだ。
 今の一言で既に目的地が定まっていることが分かってしまった。となると、何としても葉月が来るまで足止めをしないといけない。
 そして、上手く誤魔化してと言われたからには…それを直球で伝える訳にはいかない。
 

「あーっと…」
「?」

 双月には、李月のように機転の利いた会話は絞り出せない。深月のように、適当な話で上手くはぐらかして場を持たせる事も出来ない。
 口ごもる双月に、瀬高の顔が不信感を持つ。万事休す。

「か━━━母さんに」
「母さんに…?」
「…………な、何も知らないフリで上手く誤魔化して父さんを足止めしてって言われた。ので、何も知らないように上手く誤魔化されたフリをして足止めされて下さい」

 双月が早口でそう捲し立てると、瀬高は一瞬びっくりしたような顔をした。だがそれからすぐにクスクスと笑ったのを見て、双月の緊張感が緩んだ。

「また酷い役回りを引き受けたな」

 いつもの父だった。

「…お願い出来る?って聞くんじゃなくて、お願いするわ、だもん。嫌ですとは言えない」
「それが分かってて、そう言うんだ。それだけじゃない。双月が我慢出来ずに正直に話すことも全部分かっててやってる」
「何それちょー質悪い!」

 しかし、そう言われてみればその通りだ。葉月は子供たちのことをよく観察し、分かっているから、李月や深月でない双月がこの役目に役不足なことは聞くまでもない。
 だからその役不足をそうでなくさせるための、これは葉月の作戦だったのだ。わざとらしく、知られないように、誤魔化して等の言葉を使い双月を追い込む巧妙な手口。

「まぁでも、母さんのやるのことに失敗はない。実際、こうして立ち止まってる訳だからな」
「………強行突破しねーの?」

 瀬高の言うことは最もだ。ただ、それが分かっているのならば、それこそ無理矢理突き進むべきではないだろうか。
 もしもここで押しきられれば、双月には瀬高を止める手だてはない。それに、仮に押しきられたとしても双月が葉月から叱咤を受けることはないはずだ。

「想像してみろ。ここで押しきる、目的を果たす。そこまではいい。だか帰ってくる、すると…」
「あー、母さんが玄関で仁王立ち」

 瀬高はその通りと言わんばかりに頷いた。
 その光景は何度か目にしたことがある。見ただけではない。双月も、李月も深月も、それから世月も体験したことだってある。
 例えば、音楽が鳴ったらすぐに帰ってきなさいと言われているのに真っ暗になるまで遊んで帰ってきた時。家にある何かを壊して、それを隠して逃げるように遊びに出て帰ってきた時。夜中に抜け出して、肝試しだと散々遊んで帰ってきた時。
 玄関に人影を見つけ、それが葉月だと分かった時。その瞬間の絶望感と言ったらない。

「いつものように水をぶちまけられ、息子の健気なお願いも聞けないのか。そんなことよりも私利私欲の方が大事なのか。そんな自己中な人間に今後会社をまとめられるのか……なんて説教は序の口だな」
「想像するだけで怖い」

 葉月は決して怒鳴りはしない。
 静かに、淡々と、それでいて刷り込むように語るのだ。どうしてだか、それは「殺すぞ」と脅されるよりも怖い。

「だろう?…少し頭も冷えたような気もするし、大人しく足止めされるよ」

 瀬高はそう言って、扉にもたれかかった。このまま葉月がやってくるのを待つ気なのだろう。
 本当に頭が冷えたのなら、もう双月が足止めする必要はないので立ち去ってもいいのかもしれない。しかし、立ち去る前にひとつだけ気になることがあった。

「………福岡まで突撃するほど何にそんなに怒ってるか…聞いてもいい?」

 聞いてもいいかと聞いてからすぐ、もしも思い返すことで怒りが再燃したら…。強行突破をされてしまってはどうしようかと、双月は少しだけ不安になった。
 しかし瀬高はもたれかかった扉から動くとはなく、溜め息を吐く。

「……世の中には、生きる価値もないような人間が山ほどいる。会長もそのうちの一人だ」

 紛いなりにも実父、そして双月にとっては祖父となる人物に対してそこまでハッキリと言うとは。相容れないことはずっとまえから分かっていた。祖父はよく父のことを悪く言っていた。しかしこれまで、父が子供の前で祖父を直接罵ることはなかった。
 やはり、怒りを再燃させてしまったのか。

「でも母さんは、あんは人間でも意味があって生き続けてると言うんだ。価値はなくとも、意味を持って生きていると」
「生きる意味…何の為に、生きているのかってこと?」

 瀬高は頷く。
 自分が何の為に生きているのか━━そんなこと、考えたこともない。
 けれど、それはきっと、ほんの些細なことでいいのだ。明日の朝御飯を食べるため…そんな、本当に些細なことで。

「何か意味があってこの場にいるはずだから言われて、だからずっと放っておいた。……でも、それが間違いだった」
「間違い?」
「そうだ。もっと早くに……」

 瀬高は何かを言うとして、けれど言葉を途中で止めた。
 そして今一度、溜め息を吐く。

「やっぱりまだ頭が冷えてないな」
「……ごめん。俺が余計なこと聞いたから」

 冷えていないのではなく、冷えかけて頭を再燃させてしまった。それを申し訳なく思い謝るが、瀬高は首を横に振った。

「いや、双月のせいじゃない」
「……大丈夫?」

 瀬高は頷いた。


「別に冷やす必要などないわ」

 階段を葉月が上がってくる。
 足音もなく。静かにやってくる。

「けれど、その先に得るものもない」

 その目は鋭かった。
 葉月はまるで矢を射るような視線で瀬高を見た。そして瀬高が目を逸らすと、その視線が双月に向く。
 
「双月、貴方たちも気を付けなさい」
「……え?」
「同じなら、何かを得る方法を選択なさいと…伝えることね」
「……どういう意味?」

 何が同じなのか。一体誰に伝えるのか。理解が出来なかった双月は、今の発言の全てに首を傾げた。
 しかし葉月は双月のその問いに、優しい笑顔を向けるだけだった。


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