Long story
深月の怒りは収まらなかったようだ。いい加減勝つことを諦めればいいのに、と世月は思った。あのままでは収まりがつかなかったのだろう、深月は華蓮の話が始まるときになっても、ゲームのコントローラーを握ったままだった。
「生霊という言葉くらい、聞いたことがあるだろう」
生霊というのは、生きた人間が強い思念を持つとそれが零体となって現れる――といった類のようなものだった気がする。若干の違いはあるかもしれないが、当たらずとも遠からずといったところだろう。
世月は頭の中で考えつつも反応はしなかったが、秋生と春人は律儀に頷いていた。深月はテレビ画面に視線を向けているが、一応耳には入れているだろう。
「今高校で流行っている病は生霊が原因だ」
「本田紀彦の…?」
華蓮は返事をする代わりに頷いた。これまでの流れでそれ以外に誰がいるのだ――と、仮に世月や深月が聞いていたなら悪態を吐かれていたに違いない。華蓮はつくづく秋生に甘いのだ。
「ああ、そうか。霊は霊でも生霊だから、居場所も気配も感じなかったのか」
秋生はすっきりしたように手槌を打った。普通の霊と生霊とそんなに違いがあるのだろうか。――生きているのと死んでいるのとでは、大違いか。
「それってつまり…、怨念とか呪いとかそういう類のものなの?学校に恨みがあるとか」
「どちらかというと逆だ。学校に行きたいという強い思いがあって生霊となったのだろう」
「そして学校までやってきたっていうの?」
「それに関してはどうだろうな。学校の気に引き寄せられたと言った方がいいかもしれない。自分で行った可能性もなくはないが」
低いのだろう。どうして低いのかは、聞いたところで大して重要なことでもなさそうなので、聞かなかった。
本田紀彦は学校に行きたいという強い思いから生霊となり、そしてたまたま自身が通っていた学校に引き寄せられた。その結果さえはっきりしていれば十分だ。
「でも、学校に行きたいと思っている人が生霊になって学校に行くのと、病気が流行ってるのと何の関係があるんですか?」
春人が首を傾げる。確かにその通りだ。
「何で俺は学校に行けないのに、お前たちはのうのうと学校生活を送っているんだー的な?」
「それってつまり、怨念とか呪いの類じゃん」
「確かに…」
春人に指摘され、秋生は眉を顰めた。
「本田紀彦が深月のように性格が悪かったら、そうなっていただろう。もしかすると、もっと質の悪い結果になっていたかもしれない」
「俺を引き合いに出すなっつの」
先ほどのゲームプレイを見る限り、引き合いに出されても仕方がない。
「でも…恨みもないのに人に危害を加えるっていうのも、なんだかしっくりこないっすよ」
「本人は危害を加えるつもりなどないだろうし、自分のせいで学校が参事になっていることも気付いてないだろう。結果的にそうなっているだけだ」
「……意味が分からないのだけれど」
「だろうな」
納得して頷くところではない。分かるように説明しろ。世月は思いきり顔を顰めた。
「世月は知らないだろうが。この間、秋生が吉田隆を憑依させた後に面倒なことになっただろう」
世月が知らないと分かっているのならば、どうしてその“面倒なこと”を詳しく説明しないのか。世月の表情が更に険しくなる。
「この前、吉田隆っていう幽霊を秋が身体に憑依させたんです。結果的にそのおかげで吉田さんは成仏したんですけど、その反動で秋生が酷い体調不良起こしたんですよ」
世月に気を遣って説明してくれたのは春人だ。実によく出来る子である。
「まぁ、幸い1日で治まりましたけど」
「それはお前がもともと霊に耐性があるからだ」
霊に耐性のある秋生も1日は苦しんだというなら、霊感の全くない世月たちが憑依されたら一体どれくらい苦しむことになるのだろうか。考えたくも――考えるまでもない。
「そうか…!そういうことね!」
世月がガタンと立ち上がったので、視線が一斉に集中した。自分のひらめきに思わず感情が高ぶってしまった。世月はわざとらしくこほんと咳払いをして、椅子に座りなおした。しかし、周りの視線が散ることはなかった。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
春人が心配そうに世月の顔を覗く。その可愛らしい瞳で見つめてたら襲っちゃうぞ――と、いつもならからかうところだが、今この状況でそんな茶番をしていたら華蓮にどやされ兼ねない。
「ああ、そういうことか。俺も分かった。つまり――」
「だまらっしゃい」
世月の方が先に分かったと言っているのに、いいところだけ持って行かれてたまるものか。世月が深月の言葉を制すと、深月は一瞬表情を引きつらせるも口を噤んだ。
「つまり、今回の被害者たちは本田紀彦の生霊に憑依されたことで体調を崩したということね」
本田紀彦は学校に通いたいと思うあまりに生霊となって学校を徘徊し始めた。そして、楽しい学校生活をしている生徒を見て――自分も楽しい学校生活を送りたいと思った。だから、他人の身体を借りて楽しい学校生活を送ろうと思ったのだ。
「当の本人は自分が生霊になっていることも知らないだろうし、ましてや他人に憑依して学校を怪異の恐怖に陥れているなんて考えてもないだろうな」
深月が言葉を付け足す。
そう。本人は別に誰かを呪いたいわけではない。ただ楽しい学校生活を送りたかっただけなのだ。
「なるほど、それなら辻褄があう…。でも、生霊ってどうやって対応するんですか?」
腕を組んだ春人が納得したように頷いて、それからすぐまた首を傾げる。
実に可愛らしいことこの上ないが、今はそんなことを言っている状況ではない。
「本人が考えを改めれば消える」
「それってつまり本人に……あなたが学校に行きたいと思ったせいで、あなたの生霊が学校で迷惑をかけています。だから、今すぐ学校に行きたいと思うのをやめなさい…って言いに行くわけ?キチガイと思われて追い出されるわよ」
「だから、お前の出番だ」
「はぁ?どうして私なのよ」
何でここにきて突然、自分の名前が出て来るのか。
名前が出る時点で意味が分からないし、それ以前に今回のことで世月は十分働いている。それどころか、華蓮が一番何もしていない。人から情報を得て真相を突き止めただけだ。それ以外は人を罵倒することと、ゲームしかしていない。もう少し肉体労働をするべきだ。
「この間のことを思い出してみろ。お前は既にその階段を上り始めている」
「ああ、あの一緒に飯食いに行った日な。確かに、夏の言う通りだ。今さらキチガイと思われても何ら問題ねぇな!」
華蓮の言う“この間”が何を言っているか分からなかったが、深月の最初の一言で把握することができた。だが、把握できたから納得するというわけではない。
「そういうプライベートの話をこの子たちの前で言わないでくれない?」
世月が顔を顰めて言う先には、首を傾げた秋生と春人の姿があった。
「この間のご飯って…前にみつ兄が夏川先輩に飯に付き合えって言ってた、あれかな〜…?」
「かな…?2人で行ったんじゃなかったんだな……」
「ていうか、ご飯行ってキチガイの階段上るってどういうこと……?」
「全くな、ライト様じゃあるまいし」
案の定、秋生と春人はその話題に興味を持ってしまっている。
それどころか、“キチガイ”というワードだけであのバンドの名前まで出て来るとは。 状況はよくない。実によくない。
世月が睨み付けると、深月は苦笑いで視線を逸らしたが華蓮はまったく悪びれる様子も見せなかった。
「とにかく、私は嫌よ」
「なら俺に行けと言うのか?逆効果なのは目に見えている」
確かに、華蓮が行けば病室に入った瞬間にナースコールを押されかねない。
「他にもいるでしょ。深月は…動けないけど、秋君とか」
「こいつがまともに人を説得できると思っているならば考えを改めろ」
随分酷い言い草だ。
「酷い……だが反論できない…!」
いや、そこは反論してくれ。
世月はそう突っ込みたかったが、本人がそう言うなら多分言っても無駄だ。
「じゃあ…春君とか」
「えっ…俺!?無理に決まってるじゃないですか……」
春人が目を見開いて手にしていたクッキーを落した。
今の今まで食べていたのか。食い意地が張っているというか、緊張感がないというか。
「本人はこう言っているが、無理矢理押し付けるのか?お前が行かないなら、俺は脅してでもこいつに行かせる」
「ええ…!?」
落したクッキーを拾っていた春人の目が再び見開かれ、せっかく救出されたクッキーがまた手から滑り落ちた
春人を引き合いに出すとはなんと卑怯な男だろう。世月は一瞬顔を顰めるが、すぐに諦めたようにため息を吐いた。華蓮はそう言う男だ。それはよく知っている。
「分かったわよ。行けばいいんでしょう、行けば」
世月は華蓮を睨みならがそう返して、立ち上がった。
どうせ行かなければならないなら、さっさと済ませてしまうに限る。面倒事を後に取っておくのは御免だ。
「お前らも行って来たら?俺は今からガンタンクに挑むから、うるさくなるぞ」
自覚しているのならば、声を抑えればいいのではないのか。世月はそう思ったが、多分気にしていても出てしまうものなのだろう。加えて、華蓮が深月をからかうような発言ばかりするから、余計にヒートアップしてしまうに違いない。
「どうする?行く?」
「そうだね〜行こうか」
そんなわけで、世月に続いて秋生と春人も立ちあがった。
自分で言うことではないかもしれないが、お世辞にも強そうとは言えない組み合わせだと思う。とはいえ戦うわけではないし、説得しに行くのならこれくらいの風貌がいいかもしれない。
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mokuji
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