Long story


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 魂というと、火の玉のようなものを想像したいた秋生だったが。それは大きな思い違いだった。
 瘴気の中から放たれた光を追って出てきたのは華蓮そのもので、真っ白いその様はまるでテレビで白黒映像を見ているような感覚だ。

「先輩…!」

 秋生はすかさず手を伸ばし、その腕を掴む。確かな感触があった。そのまま引き寄せると、軽い力で瘴気から全身が飛び出くる。
 それに引きずられるようにして、本来の姿の亞希が。そして。

「何や…ッ!?」
「お兄ちゃん!!」

 カレンが叫ぶと同時に、瘴気から飛び出してきた夢魔が「ぎゃあ!」と声を上げた。
 たった一瞬。瞬きをする間もなく、鎖のようなものでぐるぐる巻きにされている。

「何やこれ、動かれへんやないか…」
「無駄だ。俺の結界とこの部屋の結界で、お前はもうどこにも行けねぇよ」

 琉生が手にしている鎖を引くと、夢魔は再び「ぎゃあ!」と声をあげた。
 秋生はそんな琉生と夢魔のやり取りを尻目に、掴んでいた華蓮の腕を更に引く。

「さっさと戻して!」
「さっさとって…言われても…っ」

 掴んだはいいものの、秋生にはそれをどうするべきなのか全く分からない。しかし、どこか辛そうなカレンの表情を見る限り、そう考えている時間もない。
 こうなったらもう、勢いでやるしかない。
 そう腹を括った秋生は、風船のように揺れる華蓮の背中を支える。そして瘴気の中、支えた魂をそのまま実体のある辺りに押し込んだ。

「うわっ!」

 ずぶっと、まるで体の中に手がのめり込むような感覚に秋生は思わず声を上げる。
 その場の勢いでやってしまったが、もしかして間違っていただろうか。瘴気が邪魔をして、どうなっているのか見えない。


「……やはり、わらわの目に狂いはないのう」

 頭上。
 良狐がくつくつと笑うのが聞こえた。

「えっ…じゃあ……あ、え?…えええ!?」

 徐々に瘴気が晴れていく。
 秋生が思わず声を大きくして驚いた先には確かに、華蓮がいた。

「この程度は仕方あるまい。…亞希、亞希!」
「……問題ない」

 良狐に呼びつけられ華蓮の隣に現れた亞希は、どっと疲れた様子で頭を抱えていた。しかし、秋生はそんな亞希を気遣っている余裕はない。
 まだ寝転んだままの華蓮を━━亞希よりも、随分と小さい華蓮を見下ろす。体に合わせて大きさが変わるジャージが、大きさに対応出来ずぶかぶかになっている。

「あ…亞希さん…っ、先輩が!」
「魂を無理矢理引きずり出した反動だ。君の時と違い、俺も記憶もそのままだから大丈夫」

 亞希からそう言われ、秋生はほっと息を吐く。ただ、まだ目を覚ます様子がないことと、かなり辛そうな顔をしている亞希を見ていると気がかりだ。
 華蓮を抱えてみて伝わる体温がいつもと同じことに再度安堵するも、やはり不安は完全に経拭いきれなかった。

「………これやから、人間に手ぇ出すんは嫌や言うてん」
「は?」
「兄ちゃん、その顔忘れてへんで」
「そりゃあどうも。俺は見ても思い出せないけどな」

 華蓮のことばかりに気をとられていて忘れかけていたが。耳に入ってきた会話を聞き、秋生は華蓮を抱えたまま琉生の方へと視線を移した。
 鎖でがんじがらめにされた夢魔は、琉生の冷めた様子を見てくつくつと笑う。顔が気持ち悪いとか、声色が気持ち悪いとか、そういうことは一切ないのに、気味が悪かった。

「その態度も相変わらずやなぁ。今度こそ全身串刺しにして、悲鳴のひとつでもあげさせたいもんやで」
「…この状況でよくそこまで口が回るな」

 琉生が鎖を引く。
 夢魔は一瞬だけ苦しそうな顔をするが、すぐにまたくつくつと笑いだした。

「……兄ちゃん、わしかてアホとちゃうねん」
「あ?」
「流石に同じ手は二度も食わん。対策くらい練っとるがな」

 ━━ゆらりと、煙が舞う。

「!!」

 琉生の後ろに、もう1人。
 咄嗟に振り向くが、手が琉生を捕らえる。カレンを捕まえた時と同じように、無数の腕が生えてきた。
 それは言葉で表すよりも一瞬のことで、誰もその場から動く間すらない。

「実体がないとな、魂を分散できるねんで」

 すうっと。息を吐く間もなく。
 琉生の目から中に━━━


 バリンと、ガラスの割れる音がした。

「が…っ!?」

 何が起こっているのか、最早到底理解の範疇を越えていた。
 今、夢魔が琉生を捕らえ、その瞬間に窓が割れる音を聞いた。そして今、真っ黒い何かが全てを串刺しにしている。夢魔の背中から、琉生の体まで突き抜けている。

 今、全てが今。
 瞬く間に起こったことだ。


「……あっ…」
「に、」
「お…」

 兄貴、と。秋生は口にしようとした。
 兄さん、と。桜生が。
 お兄ちゃん、と。カレンが。

 けれどそのどれもが言葉になるよりも、ずずっと真っ黒いものが更に深く夢魔と、琉生と、夢魔を突き刺す。
 ボタボタッと、琉生の口から血が流れた。

「っ……!!」
「うぅ……っ。……あんた、イカれてんのちゃいますのん…?」

 夢魔は苦しげに、瘴気のようなものを口から漏らしていた。
 それは目の前にいる琉生に向けての言葉ではない。琉生の背後にいるもう1人の自分に向けての言葉でも。


「次にこいつに手を出したら、死ぬよりも苦しませてやると言ったのを忘れたか」


 ズブッっと、一気に刀を引き抜く。
 同時に、琉生の背後にいた夢魔が消えた。未だに鎖で繋がれたままの夢魔が「ぐぁぁっ」と、苦しげな声を漏らす。
 しかし、その表情は少しだけ笑みを浮かべていた。

「……わしが殺すのはあかんくて、あんたが殺すのはええ言うんかいな」

 琉生が膝から崩れ落ちた。口から大量に血を吐いて、本当に今にも死んでしまいそうだ。
 しかし、近寄ることができない。
 今すぐに駆け寄って行きたいのに、何かが行く手を阻んでいる。夢魔ごと琉生を突き刺した真っ黒い刀の力か。それとも、それそのものを握っている人間の力か。

「当たり前だ。俺はこいつを殺すために生きているんだからな」

 突如現れた人物━━隼人はそう言って一度刀を振り血を払うと、何の躊躇いもなくスーツの上から自分の腕を刀で切りつけた。
 グサリと刺さった刃が血を吸う。ごくごくと血を飲み込むようなその光景は、目を疑うものだった。数秒間刀は血を吸い続け、黒なのにより黒く染まったように見えた。
 呆然とその光景を見つめる。すると、あろうことか。隼人は膝をついて血を吐いていいる琉生の背中に、もう一度刀を突きつけた。

「━━━!!」

 ごぱっと、更に大量の血を吐き出した。そして間髪いれず、大きく息を吐く。
 生き返った……と、そう思った。

「あれで生きてたんは大した生命力やと思たけど、そういうことなら納得や。それでも、あんたはイカれてると思うけどな」
「誉め言葉か?そんなものドブに捨てておけ」
「いや全く誉めてへん……まぁええわ。そのイカれた頭のお陰で、わしも自由になれそうやしなぁ」

 蜃気楼のように、夢魔がゆらりと揺れた。
 琉生が血反吐を吐いて崩れ落ちたことで、夢魔をがんじがらめにしていた鎖が解けている。動き出す夢魔を、止めるものがない。

「……さて、それはどうかな」

 ビッと、空気を切り裂く音がした。
 しかしそれは夢魔の顔の隣をすり抜けていく。

「何を狙うてますの?」


 あ。

 と思った時に、ふと自分の体が軽くなるような感覚がした。
 夢魔の背後に黒い影が映る。それは飛ばされた真っ黒いバットを、両手で掴んいた。
 そして。

「よくもこんな姿にしてくれたな」

 真横から振りかぶる。

「?」

 夢魔が首を回す前に、その首が跳ねた。


「うげぇ…」

 誰がそんな言葉を吐いたか。桜生か、春人か、侑か世月か。分からないが、秋生も同じ気持ちだった。
 そこから瘴気が吹き出る様は、スプリンクラーが勢いよく回っているそれに見えた。吹き飛ばされた首は一瞬で消え去り、体がゆっくりとその場に倒れる。
 もしもその場に首が転がり、血飛沫であったなら吐き気を催すほどの光景立ったに違いない。しかしそうではなかったことで、その光景にそこまでのグロテスクさを感じることはなかった。

「……せ…先輩っ!!」

 それよりも、倒れた体の後ろに立っていた人物がゆらりとふらつくのを見て、秋生は足を踏み出した。先程の琉生が吐血した時は違い、すんなりと前に進むことが出来た。
 すぐまさその場に駆け寄り、ふらふらとよろめく華蓮を受け止める。

「……大丈夫だ」
「そんなふらふらで何言ってるんですか!」
「……俺じゃない、これだ」
「え、あ…これ……?」

 華蓮が手にしていたバットをその場に投げ捨てる。そうすると、ふらついていた足腰が急にしっかりとなった。
 改めてまじまじとその真っ黒いバット見ると、様々なものがぐるぐると渦巻いているのが見えた。どこかとても高等な呪詛が掛けられた時のそれと似ていたが、それがどんな意味を成しているかは分からない。
 しかし、1つだけ確かなことは。
 とてもじゃないが、人間が素手で持ち歩くような代物ではない。ということだ。

「その小ささで扱うには少々強すぎたか」

 隼人が何事もないようにそれを拾うと、そのまま手に吸い込まれるように消えてしまった。そして転がっている夢魔の体の方へと移動すると、まだ手にしていたままの刀をその体へと向けた。
 そしてグサッと、容赦なく突き刺す。すると湯気が立ち上るように、じわじわと瘴気が漏れだしてきた。


「こ、今回はまだ人間には誰も手ぇ掛けてないんやし…大目に見てくれへん?」

 顔がないのに、喋り出した。

「誰も?」
「………ほんのちょっとやんか。1、2本やし、ほら…ピンピンしてるやろ?せやから堪忍してぇや、なぁ?」

 先程までとは打って代わった猫なで声が、秋生には異様に気持ち悪く感じる。
 首のない体がゆっくりと動く。その手に足首を捕まれた隼人は、至極嫌そうな顔をして溜め息を吐いた。

「少しそこで大人しくしていろ」

 隼人の刀が、グサリと足首を掴む手を突き刺す。夢魔は「ぐぅっ」と苦悶の声を漏らした。そのまま刀は地面を突き刺して、夢魔の動きを封じた。
 そうして刀から手を離すと、隼人は顔を上げてくるりと体の向きを変えた。 



「久しぶりだな、■■」

 夢の中で、聞いた名だった。
 けれど、もうそれが何という名だったか覚えていない。今も、肝心の名前が聞き取れなかった。けれど不思議なことに、隼人の呼んだ名前がハッキリとその名だと分かった。
 カレンと過ごしたつかの間の記憶が、徐々に消えているのが分かる。何をしていたのか、何を話したのか……。
 結局、その名を呼ぶことはなかった。
 しかしなぜ、隼人がその名を知っているのだろう。

「………久しぶり?初めましての間違いでしょ?」

 隼人の言葉にそう返すカレン。床に膝を付いた状態から動かず、どこか疲れきったような表情をしていた。
 そんなカレンを前に、隼人は薄ら笑いを浮かべる。

「随分と無様な有り様だな」
「3人分の魂を一気に引き出したんだ、当たり前だよ。今は多分、歩くので精一杯だ」

 やはり、疲れきって見えたのは間違いではなかったようだ。
 魂を引き出すことが、それ程に体力のいることだとは意外だった。前に秋生が亞希の魂を引きずり出しても何ともなかったのは、ほんの一瞬だったからかもしれない。

「……易々とそんなことを口にしていいのか?」
「何?僕を始末する気なの?」
「その気があったら遠の昔にやっている」
「まぁ、だろうね」

 それは隼人だけに限った話ではない。
 多くの人間が、目の前にいるこの悪霊を消す力を持ちながらもそうしない。この悪霊の悪事をそのままにし、容認している。
 そこに理由があることは分かっている。けれど、秋生はまだその理由を知らない。

「だが俺以外はどうかは知らないし、お前はここにいる誰に消されても文句は言えない」

 隼人はそう言うと、再び夢魔に向き直る。突き刺している刀を引き抜き、猫掴みをするように夢魔の服の襟を持ち上げた。
 そして首のない夢魔を引きずり、歩き始める。

「隼人、帰るの?…ってか、どうしているの?」
「今日はどうしても実家にいないといけない日らしくてな。生まれるのはまだ先の筈なんだが……まぁ、自ずと分かるだろ」
「は?生まれる?」
「次もまた弟らしい」
「えっ?おとっ…はい!?」

 春人が目を見開く横を、隼人は夢魔を引きずり歩く。そして慌てふためいている弟など知りもしないというように、やってきた窓から飛び出して行った。当人が華麗に窓から飛び出る一方で、夢魔が冊子に勢いよく体をぶつけて「ぎぃっ」と呻き声をあげていた。
 嵐のようにやってきて嵐のように去っていくとは、正にこのことだ。それもただの嵐ではなく、かなりの大嵐だった。



「……それで、僕は帰ってもいいの?」

 それは特定の誰かに向けての言葉ではなかった。ここにいる全員が、それに答える権利があると言えるだろう。
 桜生が体を奪われた。次に華蓮が家族を。
 月日がたち、成長した悪霊に学校で最初に襲われたのは春人だ。その場には李月もいた。李月はずっと、桜生を守って生活していた。
 次は侑。そして深月。
 皆、一度は対面している。そして、確実な被害に遭っている。
 それに比べると、自分はこの間どこかの山に飛ばされたが…被害がという程ではなかったな。と、秋生はそんな呑気なことを考えていた。

「僕はいいよ。死ぬかと思ったけど、いっきーが戻ってくるきっかけになったからね」
「俺もパス。何だかんだ絡新婦の妖気吸ったしな」
「俺は悪霊なんかに手出ししたくないよ。世月さんやる?」
「私はほぼ部外者だわ」
「じゃあ僕が!と言いたいところだけど、今はいいや。面倒くさい。いつくんどうぞ」
「俺は別に、怨み辛みがあるわけじゃないからな…」

 そんなことでいいのかと言いたくなるような言葉が、口々に飛び交った。
 あまりに脱力した言葉の数々だが、わざとだということは分かっていた━━いや、本心なのかもしれないが。それでも、その真意はその言葉にはない。
 満場一致で、その判断を残った1人に委ねるつもりなのだ。



「俺の気が変わらないうちに、さっさと帰れ」

 今、華蓮がどんな気持ちなのか。
 それは本人以外には想像の余地もない。ずっと憎み、怨み続けた存在がそこにある。その存在を消すことだけのために生きていた時期もあったような、その存在が。
 その存在を消すことの出来る状況下。そんな今、華蓮が何を思ってその言葉を口にしたのかは、他の誰がどんなに想像しても分かることはない。
 しかし、きっと、華蓮の気が変わることはないだろう。秋生はどうしてか、そんな風に思っていた。


「ほら、行くぞ」
「……」

 その時を待っていたかのように立ち上がった琉生に背中を押され、カレンは歩き出す。そこに言葉ない。
 その表情を見ても、どういう感情でいるのか分からなかった。

「あ、ちょっと待て」

 華蓮が引き止め、カレンが振り返る。
 まさか、気が変わった…という風でもないが。秋生だけではなく、皆が不思議そうな表情を浮かべていた。

「父さんに、また時間がある時にこの部屋を直して欲しいって伝えとけ」

 その言葉に、カレンはどこか拍子抜けしたような顔をした。





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