Long story
「━━━!!」
起き上がると、周りに沢山の人がいた。
しかしそんな人たちには目もくれず、秋生は辺りを見回した。そしてすぐさま、同じように焦った顔をしている人物と視線がかち合う。
「…君、一体何考えてるの?」
「…他に、どうしようも出来なかっただろ」
呆然と、静かに言葉が交わされる。
だがそれも、最初の一言だけだった。
「僕と華蓮を天秤に掛けて僕を取ったってことだよ!馬鹿なんじゃないの!?」
「天秤になんてかけてないし、もしそうだとしたら先輩を取るに決まってるだろうが!」
「じゃあこの結果は何!?」
「まさか、先輩の方が手を離すなんて思うわけないだろ!」
勢いよく胸ぐらを捕まれ、近くで横たわったままの華蓮を指差される。秋生は同じく胸ぐらを掴み返すようにしながら、カレンに噛みつくように言葉を返した。
あの場では、絶対にカレンの手を離す気はなかった。けれどまさか、こんな結果になるなんて考えもしなかった。
もしもそれが分かっていれば、最初から手を離していただろうか。華蓮は、絶対に離すなと言った。秋生は間違っていないとも。
どうすれば。
どうすればよかったのか。
何が正解だったのか。そもそも、正解なんてあったのか。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。記憶で見た悪霊が人間を食らうあの様のように、ぐちゃぐちゃだ。
「お前ら、ちょっと落ち着け」
半ば無理やり、カレンから引き剥がされる。その時初めて、その場に琉生がいたことに気が付いた。
深呼吸。と言われ、睨み合ったままのカレンと秋生は同時に大きく息を吸って、吐いた。するとようやく、周りが見えてくる。気を失う前は桜生と春人しかいなかったのに、随分と大勢が集まっていた。
━━そうだ。ここにいる筈のない、人物も。
「何で、兄貴が……」
「……それは中で話したでしょ」
「…ああ、そうか。そんなようなこと言ってたっけ」
起こったことを理解しつつも状況を飲み込めない。深呼吸で多少の冷静さは取り戻したように思えたが、まだ情緒が不安定なのかもしれない。
何だかまた呆然としたような感覚になってききた。辛うじて琉生がいることへは反応したが、その他の見知らぬ人物への関心は全く湧いてこない。それはどうやらカレンも同じようで、未だにどこか呆然としていた。
それでも、カレンにそう言われて夢の中での会話はハッキリと思い出せた。
「……え?…何で俺、覚えてるんだ?」
カレンの中で見た光景、話したこと。
それは夢から覚めれば忘れる筈だったのに。あやとりをして、他愛もない会話をして、実に呑気に過ごしていたを……覚えている。
「まだ出たばかりだし、元々魂が引き合ってるから…」
そこまで言った所で、カレンはハッとしたような顔をした。
「引き合ってるから…?」
「まだ僕の意識と混同してる今なら…華蓮を見つけ引きずり出せる!!」
秋生にはカレンの言っている言葉の意味がさっぱり分からなかった。
それを悟ったのかは定かじゃないが。カレンは続けて、より詳しくその意味を早口で捲し立てる。
「僕が華蓮を見つけて魂ごと引き出せば、華蓮の意識と一緒に夢魔も引きずり出されるはず。お兄ちゃんが夢魔を捕まえて、君は華蓮の魂を捕まえる」
「……いや、魂を捕まえるって…どうやって……」
今の早口の説明で、カレンのやろうとしていることは理解ができた。しかし、そこに関わっている自分の役割を果たす方法を秋生は知らない。
魂を引きずり出す…その点については、この間映像を通してそれが出来ることは知っていた。しかし、それを見たわけではないし、ましてや出てきた魂を捕まえるなんて全く想像がつかない。
「お前と華蓮は繋がってるから、特に考えなくても捕まえようと思えば捕まえられる。けど、それ以前に…」
「貴様は俺の媒体を殺す気か?」
ふわっと、秋生の隣に亞希が姿を表した。同時に、良狐が秋生の頭へと姿を見せる。
良狐が「大丈夫か」と問うと「分からない、追い出された」と少し深刻な表情で答える。
「本人と鬼と夢魔、3つの魂を体から無理矢理引きずり出すことになるからな…。凄く程度の負担じゃねぇよな」
「だから殺す気かと言っている。精神的な強さ云々の問題じゃないんだからな」
「それなら聞くけど、他に方法が思い付く?もしくは、このまま見殺しにするの?……ああ、見殺しは君たちの得意分っ…むぐっ」
「やめろ」
琉生がカレンの口を押さえつける。「見殺しは得意分野」と、言おうとしたのだろうか。それが一体何のことを言っているのか、全く分からなかった。
カレンが睨み付けるように琉生を見上げる様は、少しだけ悪霊さながらの怨念のようなものを醸し出していた。しかし、琉生は全く怯むことなくそれを睨み返す。
「そうじゃないから、お前は今ここにいるんだろうが」
「……」
琉生が怒ったようにそう言ってから手を離すと、カレンはそれ以上何も言わなかった。
カレンの配下にいるはずなのに、琉生の態度はまるで自分たちに対するそれと変わらない。カレンが言っていたように「兄」としてのそれだった。
「だが実際問題、手段は選んでる暇はねぇかもしんねぇな。枕返しは華蓮を送って秒で逃げてったし」
「あっ……だから知らなかったんだ…」
琉生の言葉を聞いた桜生が辺りをキョロキョロして、どこか納得したように呟いた。
ずっと夢の中にいた秋生には、枕返しすら何のことだか分からない。勿論、桜生の言葉の意味が分かるはずもない。
「あ…!!」
一際甲高い声が聞こえ振り向く。そこには、世月が少し青い顔をして華蓮を見下ろしていた。
視線の先は華蓮の右手。
「せ…先輩…ッ!」
秋生は思わず華蓮に近寄ってしゃがみこんだ。覗き込んだ顔色は全く変わりなく、ただ寝ているようにしか見えない。
一方で、その右手の甲にはまるで何か細いもので突き刺されたような傷が出来ていた。だらだらと、血が流れ出ている。
「始まったか」
琉生が呟く。
始まった━━━何かが。
始まった。
ゾッとするような、何かが。
「亞希、前にわらわが言うたことを覚えておるか?」
良狐が問いかける。
その時ふと、良狐の記憶が頭を過った。
良狐が言う。「わらわの選んだ者が妖怪の中で至極であるように、わらわの主の選ぶ者も人間の中では至極じゃ」亞希への言葉。
自信を持ってそう言う記憶に浮かぶ背景には、金木犀が咲き誇っていた。
「……本当に、その目に狂いはないか?」
問いかけに問いかけで返した亞希に、良狐は力強く頷いた。
「信じよ」
良狐の言葉に、亞希はまるで何かを決心したように息を吐いた。
そして華蓮から秋生へと視線を移す。
「君の選んだ人間が本当に至極かどうか、試し時だ」
「あ…」
そう言って、亞希はその場からすっと消えた。
秋生は良狐のように自信家ではない。ただ、記憶の中での良狐の言葉に異論はない。……少しだけ恥ずかしくもあるが。
華蓮を選んだ自分の目に、狂いはない。
「…やろう」
秋生のその言葉が合図になった。
カレンが秋生の隣にしゃがみ、その胸元に手を当てる。
「僕が引きずり出したら、すぐに華蓮を捕まえて。そしてお兄ちゃんが夢魔を捕らえたら、元に戻す」
「分かった」
やるしかない。
やり方なんて全く分からないけど、華蓮を信じるしかない。
そして何より。選んだ自分に狂いはないと、自分を信じるしかない。
「……いくよ」
華蓮の心臓辺りに手を翳すと、ぶわっと凄まじい瘴気がカレンの手から放たれた。目が眩む程の瘴気が、みるみるうちに華蓮を包み込んで行く。
吐き気を感じながらも、秋生は目を離さなかった。じっと見つめ、その時を待つ。
刹那━━━紫か、黒かといった邪気の間からするりと白い光が刺すように放たれた。
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mokuji
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