Long story


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 目の前に現れた人物は、全く想像していないどころか…この場にいるのが有り得ないような人物だった。
 桜生と春人はぽかんと口を開けて、そのまま完全に固まってしまった。意識がどこかに吹っ飛んでしまったような、そんな様子だった。

「何で学校の部室程度にこんな結界張り巡らせてんだよ!」

 バタンッと、扉が閉まる。
 その音に桜生はハッと、意識を取り戻す。

「に……兄さん!?」

 目を見開いたまま桜生が声をあげると、苛立った様子の琉生はその声に反応して顔を向けた。その最中、まるで当て付けるように部室の扉を荒々しく蹴飛ばした。

「久しぶり…って程でもねぇな」

 桜生に話しかける琉生は、その苛立ちを忘れてしまったかのように普通だった。しかし、一瞬扉を見てから「チッ」と舌打ちをして今一度蹴りを入れている辺り、苛立ちそのものが収まったわけではないということが分かる。
 そんな様子の琉生の脇には、雑な扱いで何かが抱えられていた。それは人間、いや、見た目はそっくり人間そのもの…。
 桜生、そのものだが。

「せ…先生っ!それもしかして、ラスボス!?」

 脇に抱えられているその人物━━と言っていいのかは定かではないが。とにかく、そのラスボスこと鬼神カレンを目にした、今度は春人が声を上げた。
 桜生も最初から何となく気が付いていたが、春人程に驚きの声を上げることはない。十分驚いてはいるのだが、秋生が倒れた時ほどのパニックは起こさなかった。先日、夏フェスで対面した時のやり取りが記憶に新しいからだろうか。その姿を目にしても、あまり恐怖を感じていないのだ。

「今は完全に持ってかれてるから大丈夫…いや 、それが大丈夫じゃねぇんだけど」
「いや、全然意味分かんないよ。何なの?」

 床に寝転ばせたのは、やはり間違いなく桜生…の姿をしたカレンだった。
 あれだけ雑に扱われていたというのに、まるで眠り姫のようにすうすうと寝息を立てている。全く動くことなく━━秋生と、全く同じ状況だ。
 つい今、人物と表現していいのかと悩んだところだが。ここまで人間らしくなっているのなら、もう人物でいいだろう…と、桜生は思った。

「こいつが夢魔に狙われたことで、秋生まで取り込まれたんだよ。そうなる前にどうにかしたかったのに…どこの馬鹿がこんなクソみてぇな結界張りやがったんだ」
「これやったのは、夏川先輩のお父さんだけど……」

 と、それは李月から教えてもらったことだ。桜生にはこの結界の凄さがよく分かっていないが、李月はこの中にいれば核爆発が起きても生き残れると言っていた。
 そんなことを思い出しながら、琉生の言葉に返す。すると、苛立っていた顔が更に苛立った表情になった。

「通りで…。何でもかんでも頑丈にしときゃいいってもんじゃねぇんだぞ」
「わらわはその結界のおかげで助かっておるがの」
「……まぁ、間に合わなかった今はそれだけでも救いか」

 琉生は良狐に向かってそう言いながら、並んで寝息を立てているカレンと秋生の手を繋ぐ。その瞬間ふわりと白っぽい煙のようなものが立ち上ぼり、そして直ぐに消えた。
 桜生は春人と顔を合わせて首を傾げる。一体何が起こっているのか、未だにほぼ何も把握はしていない。

「やっぱりそうみたいだね」

 縁が桜生の頭から顔を付き出して、秋生とカレンの頭を覗き込む。その姿を目にした琉生は突如、まるで宇宙人でも目にしたかのように目を見開いた。
 縁と、桜生。交互に目を向ける。確認して、また確認して。視線の行き来が五度目ななろうかというところで、ようやくその視線は桜生で止まった。

「桜生まで何かくっつけてんじゃねぇか…!」
「なんかじゃなくて、ゆかちゃん!もう、お父さんと兄さんといい失礼だな!」

 どうして桜生よりも格段に力を持っていて、沢山の事が出来るというのに。こうも体たらくなのだろう。
 桜生は腹立ちをそのまま声を荒らげる。いっそ、水で流してやろうかと思ったが、頭の中で縁に「おやめ」と強く言われて腹立たしい気持ちを抑え込んだ。

「父さん?お前父さんに会ったのか?」
「少し前にね。聞いてないの?」
「何も。まぁ…もうずっと意識もなかったし、何聞いても覚えちゃいねぇけど」
「え、意識がなかったって…」
「あんたら、無駄な話をしてる場合じゃないんじゃないのかい?」

 縁の言葉に遮られ、桜生と琉生の会話が止まる。
 黒い狐は桜生の頭からぴょんと飛び降りてカレンの顔をまじまじと見た。それに続くように、良狐が縁に近づいて同じように顔を覗く。

「……こっちが的だね」
「夢魔…と言うたか。相当に荒らしたようじゃの…それも、最近のことばかりではないようじゃ」
「ああ。これ程の邪気をきゅーちゃんが気付かない訳はないと思ったけど、こっちが的だってんなら納得がいくね」
「こやつの意識から直接秋生の意識に飛んだのじゃな。外部からではなく、内部から内部へ…それで、気付く間もなく一瞬で弾き出されたようじゃの」
「いやっ、いやいやっ。2人して分かってる風に納得してるけど全然分かってないからね?」

 桜生はまるで自分が蚊帳の外のような気分になって思わず声を大きくした。しかし、それも致し方ない。実際に蚊帳の外なのだ。
 琉生はカレンと桜生の手の繋ぎ目に何やら施しをしているようだが、それが何かは桜生には分からない。分からないことばかりだと嘆きたくなった所、春人がそっと手を上げた。

「てか、もうすぐ夏川先輩来ちゃうけどラスボスはこのままでいいんです?」

 敬語であることから、その言葉が琉生に向けてであることは直ぐに分かった。向けられた本人もすぐにそれを理解し、視線を春人に向ける。

「もう来てる」
「えっ?じゃあ何で入ってこないんですか?」
「俺がここに入る瞬間に廊下の角に影が見えたから、締め出した」

 琉生が入ってきた時に、苛立ちを紛れに扉を蹴飛ばしていたことを思い出す。どうやら、あれは単に怒りをぶつけていただけではなかったようだ。

「そんなことして大丈夫なの…?」
「時間さえ稼げれば何でも…」

 ドカン!!
 桜生の問いに琉生が答えかけたところで、爆発音と突風に思わず目を閉じる。切り裂くような空気が頬を掠めた。
 突風が過ぎ去ったことを確認してゆっくりと目を開けると、扉があった場所ががらんどうになっていた。

「お前、少しは手加減しろ」
「扉なんかなくても死にやしない」

 顔をしかめる李月と、あっけらかんとしている華蓮。その様子から、どちらが直ったばかりの部室をまた大破させようとしていたかは明白だった。
 桜生の隣で、秋生とカレンが吹き飛ぶのを阻止していた琉生がまたしても「チッ」と舌打ちをするのが聞こえる。

「一体誰がこんなトラップ…」
「……」

 李月の言葉が途中で止まる。それがどうしてかは明白だった。琉生を目にし、そして…その先にいる人物を目にしたからだ。

「っ!」

 刹那、ゾワッと背筋が凍るような感覚が全身を駆け抜けた。思わず両肩を抱える。
 空気の色が変わった。赤いような黒いような…何とも言えない空気が室内を包み込む。それが全身に鳥肌を立たせているのだ。
 その空気を放っているのは華蓮だった。赤くもあり黒くもある空気に呑み込まれている華蓮が、どんな表情をしているのかは分からない。しかし、華蓮も李月と同じように琉生の向こう側の存在に気が付いたということは確かだった。

「今邪魔されると不味いな。桜生、どうにか説得しろ」
「……えっ」

 目の前の華蓮に気を取られていて、琉生の言葉に反応するのが少し遅れた。間抜けな声を出しながら琉生の方に向こうとしたが、まるで金縛りにあったかのように華蓮から視線を離すことが出来なかった。
 赤く、黒い空気に覆われている華蓮の表情は相変わらず見えない。しかし、肌に触れるピリピリとした空気が華蓮の感情を語っているような気がする。

「このままじゃ切れる…桜生!」
「っ!」

 完全に金縛り状態の桜生だが、琉生に背中を叩かれ強制的に一歩前に足を踏み出した。肌に感じるピリピリとした感覚が少しだけ和らいだような気がしたのは、ほんの一瞬だけ華蓮から視線が離れたからだった。
 再び視線を向けその空気の根元を目にすると、今すぐに逃げ出したくなってしまう。しかし、ここで逃げてしまったらきっと秋生は助からない。
 けれど、一体どう説得すればいいのか。目の前に、自分から多くを奪っていった存在がいるというのに━━━それは桜生にとっても同じだが。

「そりゃあ、秋生まで危ないってんなら仕方ないよ?仕方ないけど…どうして僕がこんな奴を庇わないといけないの?」

 と、桜生は唐突にそんなことを思う。
 桜生にしてみれば、既に体も戻って、秋生とも一緒にいることが出来、李月とも恋人同士になったし、縁とも親しい仲になれたし、死んだ父とも再開できた現状から、かつて奪われたことへの恨み辛みはもう必要ないと言ってもいいかもしれない。むしろ、それがあったからこその今なのかもしれない。
 しかし、だからといって決してそれを良しとはしない。今はよくても、辛かったことに代わりはないし、奪われた時間そのものが返ってくる訳ではないし、兄である琉生はまだカレンと共にいる。
 元より、奪われたものよりも手にしたものの方が多いからといって許せるという問題ではない。どうして許すことの出来ない相手を、自分が庇いだてしなければいけないのか。

「……ちょ、桜ちゃん…?」
「いやだから、それは秋生を助けるためなんだろうけど。それは分かってるんだけど」

 けれど、それでも何だか納得がいかない。

「いっそ夏川先輩にぎたんぎたんにされればいいよね?もし秋生がぎたんぎたんになっても簡単に治るもんね?」
「いやいや、桜ちゃんっ」
「馬鹿、そういう問題じ……」

 刹那、目の前で床が飛び散った。


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