Long story


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 春人に「落ち着け」と思い切り背中を叩かれた桜生は、かなりの衝撃と痛みを感じると共に落ち着きを取り戻した。
 改めて見てみると、青ざめて倒れているとか、息もしてなくて死んでいるみたいだとか。そんなことは全くなく、そればかりか熟睡してますと言わんばかりにすやすやと寝息をたてている。
 春人が桜生程に取り乱さなかったのは、最初からこの寝顔を見ていたからだろう。自分と同じ顔ながら、見ていて和む可愛さだと思った。

「……勢い余って夏川先輩呼んじゃったけど、こんなに急いて呼ばなくても大丈夫だったかな?」
「この顔見てると大丈夫そうだけど。でも、急に倒れたことに変わりはないし…それに」

 春人の視線がソファで横になって寝息を立てている秋生の顔から、その足元に移った。ゆらゆらと9本の尻尾を揺らす白い狐は、いつものように欠伸をこぼしている。

「わらわが追い出されたということは、ただ事でないことは確かじゃの」

 桜生があれ程までにパニックになっていたのは、秋生が倒れると同時に弾き出されるように良狐が飛び出してきたことも原因のひとつだ。そんなことは本来有り得ないことで、だからこそ桜生はパニックになったのだが。そんな危機も欠伸混じりに言われたのでは、些か緊迫感に欠ける。だから、妖怪を体に宿したいない春人はやはりそれ程取り乱さなかったのだろう。

「魂ごと追い出されちまって、大丈夫なのかい?」
「うむ、それが自分でも驚く程に平気での。この部屋の頑丈な結界のおかげじゃろうて」
「最初に見たときにゃ、こんな場所に籠城みたいな結界張ってどうすんだいと思ったもんだけど…備えあれば憂いなしってことさね」

 良狐の隣にひゅるりと縁が顔を出す。黒い尻尾と白い尻尾が交差するようにゆらゆら揺れているのを見ると、こちらまで眠くなりそうだ。
 桜生は頭を振って意識をはっきりさせてから、再び秋生を見た。やはり、熟睡しているようにすやすやと寝息を立てている。

「一体、どうしちゃったんだろうね〜。苦しんでないのはいいことだけど…でもなんか、あまりにただ寝てるだけ過ぎて逆に不安になってきそう」
「……良狐ちゃんとかゆかちゃんとか、何かこう…これじゃない?的なこととか、ない?」

 春人にそう言われると、桜生も不安になってくる。このままずっと目を覚まさず寝たままになってしまうんじゃないかと、そんな想像をしてゾッとしてしまった。
 そんな縁起の悪い想像から思考をそらすように、足元の狐たちに問いかける。どちらも桜生の方を向いて尻尾の揺れがピタリと止まったことから、表情が分からずとも何かを感がていることが分かった。

「……そうじゃの。先にも言うた通り、この部屋には頑丈な結界が張られておる故、外部からこやつに干渉することは不可能じゃ。これは多分という領域ではなく、確実にと言ってよい」
「つまり…元々、何かが秋生の中にいたってこと?」
「それも有り得ぬ。こやつに何かが干渉することがあれば、必ずわらわが気付くからの」
「えーと、つまりどういうこと?」
「可能性を挙げるのならば……知らぬまに玉手箱の呪いに感化されて一時的に影響を及ぼしたか。もしくは、外部の者が外部からではなくこやつの意識へ介入したかじゃ」

 玉手箱の呪いが一時的に影響を及ぼした…というのは、何となく納得した。それがどうして今のタイミングなのかとか、良狐がそれに気がつかなかったのかという疑問は残るが。呪いが体に浸透するのに時間がかかったとか、少しずつ影響しているために良狐にも気が付かなかったとか、考え様などいくらでもある。
 しかし、外部の者が外部からではなく意識へ侵入…というのは、いまいち理解出来なかった。 意識への介入ならばそれこそ、良狐には分かるのではないだろうか━━否、入ると同時に良狐が追い出されたのなら、気付く間もなかったのかもしれない。意識への介入については、そう考えると納得がいく。だが、外部の者が外部からではなく…というのは、一体どういう意味なのだろうか。全く意味が分からなかった。

「そう言われると……何となく、思い当たるところはあるんだけどねぇ」
「えっ?そうなの?」

 縁がふわふわと尻尾を揺らしながら、桜生の頭の移動して秋生を覗き込む。縁に思い当たりがあるということは、妖怪の類いの仕業なのだろうか。
 桜生が縁を見上げると、縁は秋生から桜生に視線を落として複雑そうな顔をした。実際のところ顔は見えないが、桜生は何となくそう思った。

「いや…でもねぇ。あの封印が解かれるとは思えないしねぇ。それに、きゅーちゃんが気付かないのも……」
「封印?って…何の……」

 バタン!!
 言葉を遮って、扉が物凄い音を立てた。春人と桜生は同時にビクッと肩を鳴らし「ぎゃあっ」と情けない叫び声を上げた。そしてすぐさま振り返る。
 桜生がいかにも秋生が死んでしまうような電話をしたことで華蓮が血相を変えてやって来たのかと思いきや。そこに立っていたのは、全く予想だにするどころか…有り得ないような人物だった。


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