Long story


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 バン!!
 視線が、一斉に窓ガラスに向いた。
 女子高生が、張り付いている。

「……つらら!?」

 侑が驚いてガラッと扉を開けると、女子高生はへなへなとよれるように窓から室内へと入ってきた。
 文化祭の前の日、深月が呼び出した妖怪の1人。つらら女房だ。

「いってぇ…まじでいってぇ……」
「え?どうしたの?何でこんなところに?学校は?」
「今日は創立記念日で休み…じゃないんだよ!そんな場合じゃないんだって!!」

 どうやら相当に切羽詰まっているようだが、これは深月と侑の領域であって自分には関係ない。そう決め込んだ華蓮は一度あげた顔をゲームに戻して、停止状態を解除した。もう少しで、隠しルートを出す条件がクリア出来るところだ。

「どうしたの?何かあった?」
「何かあってからじゃ遅ぇから来たんだよ!まじやばいんだって!」

 つらら女房はそう叫びあげてからバンッと机を叩いた。パキパキッと、机の端から氷柱が何本か生えた。
 とにかく口の悪い、不良臭い女子高生だな…と思いつつ、華蓮は再びゲームを止める。こう騒がしくては、気が散って集中できない。

「落ち着け。俺の部屋を氷河期にするな」

 深月は顔をしかめながら、空いている椅子を引いた。まずは座って、それからゆっくりと話をしろと言う意味だ。
 つらら女房が叩いた机から手を離すと、広がりかけていた氷柱が一瞬で消える。そして深月の意思に沿い、引かれた椅子に腰を下ろした。

「…どうしたの?」

 改めて侑が問いかけた。しかしつらら女房はその問いには答えず侑の目の前にある紅茶を我が物のように手にし、そのまま口を付ける。そして紅茶を何口かすすると、一度ふうと溜め息を吐いた。
 どうやらようやく、落ち着いたようだ。

「……あたし、学校に妖怪友達がいんだけどさ。その子最近ずっと、登校してなかったんだよ」

 最近の学校には当たり前のように妖怪が通っているのか。侑が学校に通うという話になった時にはそれはもう揉めたというのに、たった数年で時代の流れとは恐ろしいものだ。
 それから、知らない間に妖怪と日常を過ごしているかもしれない…ということに関しても。妖怪がこれ程身近でなければ、きっともう少し驚きを感じていたのだろう。

「その子がどうかしたの?」
「うん。今日突然、うちの山に逃げ込んできたんだよね」
「逃げてきた…って、自分の山からか?」
「そう。山が滅ぶ、殺される……って、めっちゃ怯えてて」

 物騒な話になってきた。最初こそ驚き半分迷惑さ半分だった侑と深月は、既に真剣な顔になっている。
 ゲームを中断している華蓮もその話に耳を傾けているが、教科書を読んでいた李月も、不気味なファンレターを開いていた双月も、その会話に耳を傾けているようだった。

「それで詳しく聞いたら…何でも、数日前からその子のいる隣の山で妖怪たちの突然死が多発してたらしくってさ。たった5日程度で、妖怪の5分の1…50も死んでるって」
「……尋常じゃねぇな」
「うん。で…その原因ってのが、妖怪特有の疫病じゃねーのか…ってなってて。だからその子は、自分が感染してるかもしれないから…あたしに移しちゃいけないと思ってずっと学校に通ってなかったんだって」

 たった5日で50もの妖怪が死んでしまう疫病なんて、人間に感染する病原体でも中々聞くことがない程の殺傷性だ。もし本当にそんなものがあるのならすぐさま感染者を隔離して手を打たないと、妖怪はたちまち滅んでしまう。
 しかし多分、そんな殺戮兵器のような病原体の心配をする必要はないのだろう。敢えて避けてきたにも関わらず友人がつらら女房の元へ逃げてきたことと、殺される…という言葉からそれは想像できることだった。

「……でも、そうじゃなかった?」
「そう。もっとやばいもんだったんだ」
「もっとやべぇって?」
「……島の、ここから一番遠い町があるじゃん?」

 ここから一番遠い町。
 華蓮はこの間行ったばかりだ。
 父と母がいた、あの家がある町。あの悪霊がいる町だ。

「……そこが、どうかしたのか?」
「あの町の山に、ある悪魔が封印されてたんだと」
「悪魔?…妖怪じゃなくてか?」
「うん、悪魔だって。インキュバスっていう、どスケベエロ悪魔」

 インキュバス。ゲームなどでよく耳にする下級悪魔だ。
 妖怪が実在するのだから、悪魔が実在したとしても不思議な世の中ではない。しかし、何だか急に話が夢物語のようなものになってきた。

「……緊張感が薄れるじゃねぇか」
「んな呑気なこと言ってる場合じゃないって。山の年寄り連中がその名前を聞いた途端に青ざめててさ、すぐに深月を呼んで来いーって騒ぎ立てるから…あたしもつい興奮しちゃって」

 あはは、と笑う。
 つまり…最初にやって来た時のパニック状態は、山の年より連中に感化されたものということらしい。通りで、紅茶を飲んだだけで随分とすんなり落ち着いたわけだ。

「……つまり、お前はどこがどうやべぇか分かってねぇと?」
「うん、さっぱり」
「お前な…。大体、相手が妖怪じゃねぇのに俺にどうしろってんだよ」
「ジジイたちも大分と慌てふためいてたからね。多分、何も考えてないんじゃね?」
「まじでお前な……」

 最初の緊迫感は既に塵と化し、呆れた顔の深月が溜め息を吐くばかりだ。
 しかし、笑い話にするわけにもいかない。何せ、既に50もの妖怪が犠牲になっているという事実があるのだ。それだけでも「やばい」と表現するには十分に事足りる。

「……とりあえず話をまとめると。そのインキュバス…つまり夢魔だよね?」
「ああ。古代ローマ神話…」
「あ、それはいいから。その夢魔の封印が解かれて…片端から妖怪たちを襲ってるってこと?」

 深月にとって、悪魔の類いも妖怪と同じ扱いらしい。無駄に深い知識で詳しく説明しようとした所を侑に遮られるのは、いつものことだ。
 そして、侑の問いかけにつらら女房が頷く。つまり、たった1人…か、1匹だかに、ものの5日で山ひとつが壊滅させられようとしているということだ。

「んで、逃げてきた子によると。十数年前にこの島にやって来て…同じようにそこら中の山が荒らさたんだけど、人間が封印してくれたんだと」
「人間が…?」

 妖怪たちのいざこざに人間が介入することは珍しい。それに関してそもそも人間が納めている侑の山は特例と言ってもいいし、そんな状態でも飛縁魔は根本的には人間を毛嫌いしている。それが本来の妖怪というもので、自分達の周りにいるもの達が異端である。十数年前にもなると、それこそ妖怪たちは姿を隠して人間の前に現れることなど滅多になかっただろう。
 いや……しかし。
 そんな風に思う反面、華蓮はふとこの間の録画映像を思い出した。そこには自分たちの周りにいるような、異端的な人間の中に当たり前のように溶け込む妖怪たちが確かに存在していた。
 あの映像は、十数年よりも更に前のこと。その時ですら有り得ていたのだから、十数年前に自分達のような存在がいたとしても不思議ではないのかもしれない。

「うん。何でも…妖怪に飽きたか何かで里に降りて力の強い人間の子供を狙った。でもその子供本人か知り合いかがちゃんちゃらおかしくって、力を奪うどころか逆に封印されたんだってさ」
「いや、ちゃんちゃらおかしいって何なんだよ」
「あたしの友達もその当時はいなかったから聞きかじりで、詳しくは何とも…」

 つらら女房は困ったような顔をして首を傾げた。口の悪さと最初の気性の荒らさがなければ、押し掛け女房の妖怪なだけはあって可愛らしい容姿をした妖怪だと改めて思う。ただ、その女子高生の服装では多くの男性は押し掛けられても理性的に受け入れてくれるのかは定かではない。

「つまり、点で当てがねぇと?」
「小豆洗い辺りの古参にでも詳しく聞けばもう少しは分かるかもなぁ。でもあいつ、夢魔って名前聞いた瞬間に土間に逃げ込んで籠城してんだよね」
「……インキュバスでしょ?それなら、男には興味ないんじゃないの?」
「つーかそれ以前によ。インキュバスの本来の目的としちゃあ、殺したら意味ねぇじゃねぇか」

 色々と話が混乱してインキュバスについて深く考える余裕はなかったが。
 この5日間の妖怪たちの突然死について、インキュバスが夢の中に入り込んで殺しているというのならば納得はいく。しかし、本来のインキュバスとは女性の夢の中に入り込み子を成すという下級の悪魔だ。それが、夢の中で殺してしまっては肝心の子供を生ませることが出来ない。
 つまり深月の言う通り、殺してしまってはインキュバスの目的として意味がないのだ。

「それについてはハッキリしてて、だから小豆洗いはビビってんだけどさ」
「…どうハッキリしてんだよ?」
「前の時はそれなりに子作りもしつつ、片手間に男ばっかを付け狙って殺して力を奪ってたんだよ。でも今回は封印から目覚めたばっかで力が足りないから、男女問わず片端から殺して力をかき集めてるんじゃないかって」

 本来の目的は封印されていたことですり減った力を回復させてから。確かに、弱った状態で子作りに励むよりはその方が安泰ではある。
 しかし、50もの妖怪を殺したのなら力としてはもう十分過ぎるほどに得られたはずだ。それなのにまだ欲しているのなら、それ程に力を蓄えて一体何をする気なのだろうか。

「で、そのエロ悪魔がうちの山にやってきたらやばい…と」
「うん。でも今は人里に降りて霊とか人間の力を奪ってるらしいから」
「えっ?人里!?」
「今は自分の封印されてた町中を腹いせに荒らしてるけどそのうち……あ、そうだ。小豆婆にこれも忠告してやれって言われてたんだ」
「ちょっと!?」
「ジジイどもが騒ぐからすっかり忘れてた」

 つらら女房はまたしてもあはは、と笑う。
 が、笑い事ではない。

「バカお前、そんなんこの学校なんか格好の餌じゃねぇか!」
「そうそう、それそれ。ここには深月や侑だけじゃなくて沢山いるから、見つかったらすぐ狙われる…って言ってた、言ってた」
「お前まじでなぁ……」

 深月は呆れ返った様子で頭を抱える。侑は苦笑いだったが、呆れているのは同じだろう。
 しかし、そうおちおちと呆れている場合でもない。もし本当にここが見つかったら、本当に笑い事では済まなくなる可能性がある。

「だからすっ飛んで来たんだろ」
「肝心なことも頭から吹っ飛ばしながらね。他にも何か忘れてないだろうね?」
「話すことはもうない……けど」
「けど?」

 侑がじろりと睨むと、つらら女房は苦笑いを浮かべて「そんな睨むなよ」と呟いた。そして、何かを思い出すように腕を組んでから天井を見上げる。

「小豆洗いが逃げ際に意味深なこと言ってた。えーとね、あの結界は人間にも妖怪にも破れない。だからあの男に違いない。あの男は血を汚した悪魔だから…って」
「……誰だよ、あの男って?」
「分かんない。とにかく、その当時のこと知ってる連中はビビりまくって話になんねんだもん」

 遥か昔からこの世を生き、様々な時代を生きていたであろう妖怪達が話にならないようなパニックを起こすとは。インキュバスはそれほどまでに厄介な相手ということだ。
 今、こうして話をしている間にも、どこかで誰かが命を狙われている。そして、明日は我が身だ。

「…とりあえず、ビビり妖怪たちを強制的に呼び出して話でも聞いてみたら?」
「そうだな…人里に降りてる以上放置もできねぇし。かといって、今のままどうにもなんねぇしな」
「せめて誰が封印したのか、それから誰がその封印を破ったのか…くらい聞けば、突破口が見つかるかもしれないしね」

 侑の言葉に頷いた深月が椅子から立ち上がる。どうやらこの場で妖怪を呼び出す気でいるらしい。下級生組がいないのでいつもより多少は広く感じる新聞部だが。それでも、「ビビり妖怪たち」と複数の妖怪が現れれば人口密度は一気に上がる。
 華蓮はそうなる前に自分の部室にでも避難しようかと席を立とうとした瞬間。
 ジャンッとギターの音が耳に入り「食洗機――!!」と、肉声ではない侑の叫び声が響き新聞部の室内に渡った。皆が驚いて一斉に侑を見るが、当の本人も目を見開いてた。

「桜生…また勝手に…!」

 叫び声が終わり曲が流れ出して直ぐにそれは止まった。これ以上ないくらい顔をしかめてスマホを取り出した李月を見て、苦労人だなと華蓮は思う。しかも「また」と言っていることからこれが初めてのことではないのだろう。
 桜生が勝手に変更していたのはどうやら電話の着信音だったようで、李月は顔をしかめたままスマホを耳に当てていた。仮にも授業中に電話とは、李月がきちんと教室で授業を受けているかもしれないという思考はきっと皆無なのだろう。
 
「お前またかっ…」
『秋生が死んじゃった!!』
「はっ?」

 李月に同情の念を抱きつつも立ち上がろうとしていた華蓮だが、スマホから聞こえた叫び声に思わず顔を向ける。顔をしかめっぱなしの李月が、また更に顔をしかめていた。

『桜ちゃん、落ち着いて…死んでないから!多分これ寝てるだけだから!』
『あ、ああ…そっか、そうだね。……秋生が死んじゃった!!』
『もうっ、貸して!』

 完全にパニック状態になっている桜生の叫び声が再び聞こえる。それに痺れを切らした春人がスマホを奪い取ったのだろう。ザザッと雑音が入った。

『いつも一緒だし、夏川先輩もいますよねっ?今すぐ新しくなった部室に来られますか?』

 春人は桜生に比べて冷静のようだが、それでもかなり焦っているようだった。いつもの語尾を伸ばすような喋り方ではなく、真面目なトーンでもなく、声が若干上ずっていた。
 そして、どうやら3人は今から華蓮が避難しようとしていた部室にいるらしい。揃って授業をサボっていたのだのいうことは明白だ。

『秋生が、冬眠したみたいに動かなくなっちゃったんです』

 李月と目が合った。
 華蓮はすぐさま、部屋の出口に足を向けた。



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