Long story
真っ暗闇だった。
もしかして目を閉じていたままだったかなどと間抜けなことを考えて、秋生は何度か瞬きをした。けれど、やはり真っ暗だった。
「……どこだここ?」
反響するように、自分の声が響き渡った。
目が慣れてくれば何かしら見えるだろうかと思ってしばらくじっと前だけを見てみても、一向に何も変わらない。
「どこかと聞かれれば、夢の中…だろうねぇえ」
「ぎゃああ!?」
突然隣から声がして、秋生は思わず飛び上がった。そして、隣に視線を向ける。
辺りは相変わらず真っ暗闇。それなのに、唐突に現れた隣の人物だけハッキリと見える。
「やあ、こんにちわぁ」
桜生と同じ顔がニヤリと笑う。
それが、桜生ではないということは分かっている。
「……ラスボス…」
鬼神カレン。
いつの間にか、秋生の隣に体育座りをしていた。
「その呼び方は好きじゃないなぁあ」
「知るか、そんなこと」
最初こそ驚いたものの。
ラスボス━━自分達から沢山のものを奪い、沢山のものをけしかけている張本人。それが自分の隣に座っていても大して恐怖すら感じない。これは多分、夏休みの最終日に出会った日に、桜生とバカみたいな掛け合いをしていた様子が記憶に新しいせいだ。
それがいいことなのか悪いことなのか、それは定かではないが。今はそんなことを気にしている場合ではない。
「俺をこんなところに閉じ込めてどうするつもりだよ」
「まぁそうくるよね」
この間と同じだ。突如ねっとりした喋り方から、桜生と同じ声に変わる。
それにすら違和感を感じないのは、流石に危機感がなさすぎではないか…と秋生は思うが。やはり、今はそれを気にしている場合ではない。
「何だよ?」
「どうせ信じないだろうけど、今回は僕も被害者なんだよね」
カレンはそう言いながら、はぁと溜め息を吐いた。相変わらず体育座り。ちなみに、服装はお馴染みのセーラー服だ。
見た目が全く一緒で声まで一緒となると。なんだか、落ち込んでしょげている桜生みたいで思わず笑ってしまいそうになる。
「……被害者って?」
「え、そんなに簡単に信じるの?」
「それは話を聞いてから考える」
妙に親近感が沸いてしまったせいか。胡散臭いことこの上ないが、話だけは聞いてみようという気になった。
それにどのみち、状況を全く把握していない秋生にはカレンを無視したところでどうすることもできない。
「……学校に行ってる途中で突然襲われたんだ」
「誰に?」
「夢魔…と、本人は名乗ってたけど」
「夢魔?…聞いたことあるような、ないような…妖怪の類いなのか?」
その言葉だけは何となく耳にしたことがあるような気もする。だが、妖怪の類いは滅法疎いので、秋生はそう言われても全くピンとこなかった。
そして「夢魔」という言葉を聞いて。どことにもなくどこだろうと呟いた際に、夢の中だろうと言っていたことを思い出す。
「サキュバスとか、インキュバスとか聞いたことない?」
「それは聞いたことある。ゲームとかで」
「浅い知識だな」
「お前、ゲームなめんなよ。日本史とか世界史でめっちゃ役に立ってんだからな」
最近のゲームは色々と凝っていて、リアル思考のものも多いし、実際にある伝説や伝記から作られているものも少なくはない。
そのため、日本史や世界史のテストで「あ、これ知ってるやつ」となるパターンが多々あるのだ。秋生がこれまで日本史や世界史で華蓮に教わるまでもなく欠点を取っていないのは、ゲームのお陰と言っても他言ではない。
「ああ、まぁ…確かにね。最近のゲームはリアル思考だしね」
「……お前もゲームとかすんの?」
「うん、お父さんと。鬼強なんだよね」
「へぇ…」
親子だな。と思った瞬間に、隣にいる人物が自分達から沢山のものを奪った張本人だと再度認識した。カレンの言う父とは、すなわち華蓮の父だ。
それでもこうして話していると、まるで普通の人間と話しているみたいだ。そのせいでついうっかり、忘れてはいけない真実を忘れてしまいそうになる…なんてことは、本当はあってはいけないのだが。
繋がりがあるせいなのか何なのか。普通に話せば話すほど、危機感が薄れてしまう。
「それで夢魔の話だけど。夢魔っていうのは、ローマ神話とキリスト教の下級悪魔だよ。まぁ平たく言えば、夢の中専用の強姦魔かな」
「もっと他に言い方ないのかよ」
「ないね。男の姿をしたインキュバスは寝ている女性を襲って子を孕ませる。女の姿をしたサキュバスは寝ている男のを襲って精液を奪い取る。ね、とんだ強姦魔でしょ」
「……まぁ、確かに」
下級悪魔と言われていることもあり、ゲームの中に出てくるその類いはその多くを語らずに雑魚キャラとして倒されていく。あるいは味方となったとしてもレアリティが低く使うことはない━━というのは、あくまで秋生の偏見だが。
何気なく目にしていたサキュバス及びインキュバスがそんな悪魔だったなんて知りもしなかった。今度からはゲームで見かけても、近寄りたくなくなってしまう。
「ここでいくつか矛盾点を挙げるなら、襲ってきた夢魔がインキュバスで…僕も男だけどいいの?ってところがまずひとつ」
「…そいやぁ、聞こえてきた声は男だったな。それになんか、関西弁…っぽかったけど」
「その辺は君のところの天狗と同じ感じなんじゃない?顔は外国人だったよ」
つまり、両親はローマかどこか出の外国人。しかし何らかの理由でこの日本…多分関西に移住することになり、生まれた子供は外国人同士の子供ながら日本語がペラペラ。もうひとつの可能性としては、本人が自ら何らかの理由で海を渡ってきた地が大阪辺りで、あっという間に関西色に染まってしまったか。
どちらにしても、ぶっちゃけどちらでもいい。そして、そこはそれほど重要な問題ではない気がする。
「……お前がそんな格好してるから、女と間違えられんだよ」
例によってセーラー服。胸元のポケットにはお洒落なのか、ソフトクリームを型どったかわいらしいヘアピンが付けられている。そしてなぜか、ちらりと赤い毛糸が覗いていた。
その風貌はどこからどう見ても、女子高生そのものだ。男ですなんて言われても、まず信じないだろう。
「いや、人のこと言える格好?」
「きっ…今日はたまたまだよ、たまたま!」
ここ最近の休日の外出はともかくとして、学校では比較的普通の格好をしていたというのに。今日に限って桜生が「そろそろ夏服が終わるから」と、ブレザーの夏服バージョンを引っ張り出してきた。勿論、着る気などはなかったが…口車に乗せられてじゃんけんに負け、今に至る。
最後の足掻きとしてツインテールは絶対に嫌だったので、ポニーテールにしてもらったが。だからどうということもなく、こちらも完全に女子高生だった。
「どうだか。…でもね、そうというわけでもないんだよ」
「どういうことだよ?」
「僕を狙ったのは単に男女を間違えたからじゃないってこと。本人がそう言ってたからね」
「……何て?」
「僕を殺して力を奪いたいだけだから、手荒なことはしない…ってさ」
「十分手荒だろ、それ」
というより、これ以上ないほどに手荒だ。
「その辺は価値観の違いってことで」
「さっきから適当だな…つか、それだとやっぱりお前のせいじゃねぇか。俺や桜生だけじゃ飽き足らず、神の残り香なんて取り込んだりするからだろ」
ライブ会場から見知らぬ山の中に飛ばされたとこを思い出して、秋生は少しだけ苛立った。あの時秋生と桜生はこの悪霊が手に入れたばかりの力で遊ばれ、そのせいで夏フェスを堪能できなかった。
そしてあの時この悪霊が使った力は、神の力。それもただの神ではなく、天から罰を受けて燃え尽きた神の成れの果ての残り香だった。そんなおぞましいものを、よく取り込もうなんて思うものだ。
「……確かにそれを取り込んだのは事実だけど、今はもうないよ。体に悪そうだったから捨てた」
「諸悪の根元みたいな奴が何言ってんだ」
「そんな僕よりもっと邪悪だったってことだよ。あの変態オヤジといい…君も変なのに目をつけられるのが好きだよね」
「うっさいわ!」
確かに、思い返してみると変なのに目をつけられたことは一度や二度じゃない。しかし、こいつにだけはそんなこと言われたくないと思った。何せそう宣う目の前の悪霊こそが、これまで出くわしたどんなものよりも悪質で、甚大な被害を出していて、おまけに未だに解決出来てない…さっきもくちに出したが、正に諸悪の根元そのものもだからだ。
大体、自分だって夢魔なんかに目を付けられているくせに…とも思ったところで、秋生はふと疑問に思う。この悪霊が狙われたのは、夢魔が必要とする力を持っていたからだ。しかし見たところ、まだ力を奪っている様子はない。それならば。
「……何で俺まで?」
この悪霊から力を奪い取る前に、自分まで引き込んだのか。
そう言えば、頭の中に響くように聞いた台詞は「見つけた」だった。つまり、夢魔は自分を探していたということになる。
「やっとそこに気が付いたんだ」
「…お前のせいか!」
「違う、と言いたいところだけど…その通りだよ」
カレンはそう言って溜め息を吐いた。
そして、秋生が文句を口から出す前に言葉を続ける。
「僕が人間じゃないと知ってそれでも力を奪おうとしたけど、君との繋がりがあるせいで出来なかった。だから、君を探し出して呼び込んだんだ」
「完全にお前のせいじゃねぇか」
「だからその通りって言ったでしょ。でも僕が襲われたのは僕のせいじゃないから、責めるなら夢魔本人を責めてよ」
そう言う顔は、至極迷惑そうだった。
「襲われた心当たりは?」
「全くないね」
こんな所で嘘を言う必要もない。つまり、きっと本当に何の心当たりもないのだろう。
それ以前に、この話そのものがこの悪霊の嘘ならば話は別だが。もし作り話ならばそれこそ、何のための作り話か分かったものではない。だからやはり、嘘は吐いていないだろう。
「それは単純に、里に降りて一番にそのお嬢ちゃんが目に入ったからや」
どこからともなく声がした。
「……お出ましか」
体育座りをしていたカレンが立ち上がり、秋生もつられて立ち上がった。そしてその視線が向いている方を見ると、真っ暗闇の中に金色の目だけが浮かび上がっているのが見えた。
次の瞬間、ガシッと腕を捕まれた。一瞬、夢魔に動きを封じられたのかと思う秋生だが、すぐにカレンが自分の腕を掴んでいるのだと分かった。
「何…」
「馬鹿だな、逃げるんだよ!」
そう言ってカレンが走り出すと、腕を捕まれている秋生は同じように走り出すしかない。夢魔の登場時こそ冷静に見えたカレンだったが、声を大きくして走り出したところを見ると…どうやらそれ程落ち着いているというわけでもなさそうだ。
そしてその時、ようやく気がついた。繋がりである秋生の存在があったがために、夢魔はカレンの力を得ることが出来なかった。しかし、秋生がこの場にやってきてしまった今。夢魔の目的を遮るものは、もうない。
つまり、逃げなければ殺される。それは勿論、秋生も同じはずだ。
「ど…どこに逃げんだよ!?」
「夢の中」
「は?」
「出てきた、行くよっ」
「はっ?」
走り出して間もなく、真っ暗闇の中に一筋の光が見えた。
その奥に何かがある。しかし、もやのようなものがかかっていてハッキリとは見えない。
「飛んで!!」
腕を引かれ、有無を言う間もなくもやの中に飛び込んでいく。
そして。
「うわっ、わゎあああああ!?」
いつだったか。まだ李月がマンションに住んでいた頃に、そこを訪問した時のことを思い出した。
今のとは逆の状態だが。
秋生は訳も分からないままに逆さまに落ちながら、あの時の同じように絶叫するのだった。
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mokuji
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