Long story


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『映ってるか?』

 そう問いかける子供━━隼人は、正面からきちんと映ると、その整った顔立ちがいっそう際立った。小さい頃からこれほど美形で、大人になってもあれだけ美形。きっと、生まれてこの方モテなかった時代など一度もないだろう。
 続いて流れ始めた映像は、どこか屋外で撮影されているようだった。背景を見る限り、かなりだだっ広い場所のようだ。

『……』
『おい、聞いてるのか』
『………黙ってれば顔だけは一級品なのに。本当に、宝の持ち腐れだなぁ…』

 問いかけに沈黙され少し苛立ったようすで再度問いかけた言葉への返答。琉生が染々とそう言うのを聞いて、隼人は思い切り顔をしかめた。
 そんなしかめ面ですら整っているのだから、ぶっちゃけ世を渡るのに少々の性格など問題ではないだろう。そうは言えど、現在の隼人が国会議員になったのが顔だけでというわけでないことは百も承知だ。

『お前、俺を苛立たせて殺させようたってそうはいかないからな』
『んなこと思ってねぇし。本当に、心の底から勿体ねぇなぁ…って』
『もういい、黙れ』

 ばっと、映像が真っ暗になる。
 箇所箇所で光が差し込んでいることから、隼人の手でレンズが覆われたのだということが分かった。しかし、それでも琉生は止まらない。

『その性格じゃあ、一生彼女も出来ねぇだろうし。いや…そりゃもしかしたら、そんな性格でも受け入れて………ううん、ねぇな。そんな人間がいるとしたら、頭が沸いてるか、頭がイカれてるか、頭のネジが飛んでるか。もしくは最早人間じゃねぇか?』

 黙れと言われても続いた言葉の途中辺りで、秋生は吹き出していた。桜生と、そして春人もほぼ同じタイミングで吹き出していた。
 果たして琉生は、幼い自分がこんなことを言ったと覚えているのだろうか?もし、今この映像を見たら、一体どう思うのだろう。

『いい加減にしろ。寄越せ』
『あっ』

 暗闇が明るくなったと思ったら、ぐるっと世界が回転した。
 次に映し出されたのが不満気な琉生の顔だったことから、琉生の持っていた機械を隼人が奪い取ったのだということが分かった。

『隼人、琉生、準備はいい?』

 遠くの方から柚生の声がする。
 画面がその声を追うと、少し離れた場所に3人の人物の姿があった。真ん中に柚生と、左に蓮、そして右に瀬高。

『大丈夫、撮れてる』

 琉生の返答を聞いた柚生が、2人から距離を取った。そして対峙するように向かい合い、まるで柚生VS蓮&瀬高のような位置関係が出来上がる。
 確か、子供たちの可愛い姿を残す…と言っていた気がしたが。その話はすっかりなくなってしまったのだろうか。

『呪詛の後遺症を治すなんて、失敗したら目も当てられないよな』
『柚生ちゃんは荒療治だけど、失敗はしないだろ。だから大丈夫だよ、多分』
『多分か…。隼人が多分って言うとすげぇ不安だな……』

 どれだけの時間、どんな呪詛を受けていたら後遺症など残るのだろうか。考えてみても、全く想像ができない。
 まだ3回目の録画だが、何だか違う世界の出来事を見ているような気分になってくる。

『じゃあ、まずは瀬高君からどうぞ。全力でね!』

 柚生がピッと、指を差す。
 瀬高は静かに頷いて、その場にしゃがんだ。その隣に鈴々が顔を出す。

『鈴々、一番でかいの行こうか』
『分かった』

 空気の中に吸い込まれるように、鈴々が消えていく。
 瀬高が地面に手を触れると、突如、明るかった空が暗くなった。真っ暗…というわけではない。カーテンで部屋に差し込む光を遮ったような、そんな暗さだ。

『だいだらぼっちだ……』

 琉生の言葉と共に、画面が上を捉える。
 巨大な何かが伸びていた。琉生の言葉がなければ、それが手と認識するのに、もう少し時間がかかっていたかもしれない。
 だいだらぼっち。
 有名な妖怪なので、秋生でも耳にしたことがある名前だ。山を動かすほどの、巨大な妖怪であったと認識している。

「いつくんのお父さんって、妖怪呼べるの?深月先輩みたいに?」
「……もしそうだったら、深月が気付いてるだろ」

 相変わらず、ぬいぐるみのように扱っている桜生を離すことはない。しかし、大分と恐怖か何かから戻ってきたようだ。李月の顔色はマシになっていた。
 このまま放っておけば完全に復活するだろうが、そうなったとしても桜生ぬいぐるみ状態は続行されるのだろう。羨ましい限りだ。

「どうかな。父さん得体が知れねぇし……けど少なくとも、これはほんもんじゃねぇぞ」
「え?本物じゃない?」

 桜生が首を傾げると、深月は軽く頷いた。
 本物じゃない。つまり幻覚のようなものか…と、考えて秋生はハッとする。先程、鈴々が隣にいた。睡蓮が前に、鈴々の力で睡華と柚生に助けてもらった━━と話していたことを思い出す。
 記憶の具現化。華蓮はその力をそう呼んでいた。

「……狸さんって、先輩のお父さんの…使い魔じゃ?」
「ああ…自分でも、そう言っていたな」

 どうやら華蓮も、恐怖から戻ってきたようだ。見上げた先の顔色がマシになっている。
 華蓮の場合、完全に立ち直ると秋生のぬいぐるみ状態が解放されることは間違いない。ならばずっと、ほんの少しだけ恐怖にかられていればこのままでいられるのに…。と考える辺り、華蓮の性悪さが移ってきているのかもしれないと思う。

『ぬるいな』

 柚生の声を聞き、画面に視線を戻す。柚生の頭上、ほんの1メートルもしない所にだいだらぼっち(擬き?)の大きすぎる手が覆いかかろうとしていた。
 その手に向かって手を差し出した柚生は、「本当にぬるいな」ともう一言呟いた。そして、触れる。
 覆い被さってくる手に向かって、たった一度。
 ピンっと、デコピンのような仕草。瞬間、暗がりが一瞬で晴れる。間髪いれずに、突風がガタガタと画面を揺らす。

『きっ…消えた…。いくら後遺症があるからって…今の、そんなぬるかったか?』
『……確かに、精度はいつもの80%くらいだったけど。それにしても…いやでも、後遺症の具合にもよるし…どうだろうな』
『後遺症のせいってことにしとこう。うん、きっとそうに違ぇねぇ』

 琉生はどこか自分に言い聞かせるような口振りだ。そう思うしかないというような、そんなニュアンスだった。

『瀬高君、全力って意味分かってる?虫も殺せないお嬢様なの?』
『えぇ…そこまで言うか?』
『辛辣だな…』
『何他人事みたいな顔してるの。次は蓮君だよ』

 再び柚生が指差した先には蓮がいる。
 どこかに消えていなくなっていた鈴々が、蓮の隣に顔を出した。

『鈴々、今日は天気がいいから太陽にしよう』
『いいよ』

 顔を出したと思ったら、吸い込まれるようにして消える。蓮が片手を空にかかげると、映像はそれを追う。
 ぽつ、ぽつ…と、光が映る。空高くから、赤い光が落ちてくる。

『綺麗だな、流星群』
『空に流れてるうちはな』

 流星群。
 琉生がそういい表した光を赤い光を追って画面が動くが、速すぎて映像が付いていかない。それでも、映像の中にある無数の赤い光が燃えているのだけは分かった。
 そして、爆発音のような音が無数に鳴り響く。

『これもぬるい』

 激しい音と共に辺りが煙に包まれる。そんな中で、微かに聞こえた声を便りにピントが柚生を捉えた。
 煙の中で、微動だにせず立っている。そして無数に降り注ぐ赤い光を、それよりも速い動きで弾いていた。それも、素手だ。

『隕石素手で弾くって……』
『実際は触れてないから火傷はしないにしても…まぁ、これも…後遺症のせいで、精度が悪いのかも』
『………うん、そういうことにしとこう』

 やっぱりそうまとめてしまうのか。そうとでも思わないと、キャパシティがパンクしてしまうのかもしれない。
 しかし秋生としては、それを弾き返したという以前に隕石を落とすという段階でキャパシティがパンクしそうだった。もはや妖怪とか霊的な力とか、そんなレベルじゃない。

『ちょっと、何なの?おままごとでもしてるつもり?』
『そんなつもりないけど…』
『辛辣だなぁ…』

 蓮と瀬高の様子を前に、柚生はどこか呆れたようにはぁと溜め息を吐いた。
 そしてその視線は、カメラの方に向く。

『録画、もう止めてもいいよ。…本当は録画映像見て考えようと思ったけど、そんな必要全くなく荒療治確定ね』

 荒療治。一体どんなとこが始まるのか。
 気になるが、どうやら目的は達した…というより、この録画の必要性がなかったようだが。とにかく、何度目かの録画は役目を終えてここでストップしてしまうらしい。

『…止めねぇよな?』
『当たり前だろ』

 ……ストップはしないようだ。
 気になっていた身としてはありがたいが、それでいいのか。

『鈴々、ちょっと』
『何?』

 名前を呼ばれた鈴々がどこからともなく顔を出すと、柚生はそれを手招きする。それから、近寄って行った鈴々に何やら耳打ちをした。そしてそれが終わると、何をするでもなくすっと消えてしまった。

『はい、注目』

 パチンと、指を鳴らす。
 間もなく、ドサドサッと音を立てて柚生の隣に何かが出てきた。

『……何あれ?』
『……ガラクタ?』

 カメラ越しではよく見えない。どうやら、肉眼でもよく見えないらしい。つまり、量は多いがそれほど大きなものではないということだ。
 画面の端に映る蓮と瀬高は、どこか青ざめたような表情をしていた。

『これが何か分かるよね?』
『………』

 柚生の問いに、蓮も瀬高も答えない。

『こっちは蓮君が何時間、何十時間、何百時間とかけてやってきた大事な、だぁ━━いじな、ゲームの山。そしてこっちは、瀬高君がこの世の何よりも嫌いなイカれパパの海外出張に付いて行って、少しずつ、少しずつ集めた、だぁ━━いじな、コーヒー豆の山』

 何とわざとらしく、嫌らしい喋り方だろうか。
 秋生はこれまで、母がこれ程に性格の悪いような顔をしている所は見たことがない。ずっと、本当はすこぶる性格が悪いのをひた隠しにしていたのだろうか。

『それを…こうっ』
『あああああッ!!』

 パチンという指の音と共に、積み上がっていたものが一瞬で塵になった。
 途端、叫び声が音割れを起こす。

『と、いうのは冗談です。今のは鈴々の術だよ』
『……か、勘弁してくれ…』
『まじで、死ぬかと思った…』

 ガクッと膝をついて大きく息を吐く。本当に死んでしまいそうなほど、真っ青な顔をしていた。
 もしもこの家にあるゲームが塵と化したら、華蓮も同じようになるのだろうか。まさか試してみたいなどとは微塵も思わないが、少しだけ気になってしまった。

『ですが、これから試験に合格しなかったら本当にやります』
『ええ!?』

 膝をついていた2人が、ほぼ同時に立ち上がった。シンクロしているような動きだ。

『いーい?今から鈴々が一曲歌い終わる前に、私に武器を抜かせること』
『一曲?』
『但し、鈴々の力を借りるのは禁止。己の実力勝負だよ』
『えぇ…』

 柚生の提案を前に、まるで無理だと言わんばかりに顔をしかめる2人。
 姿の見えない鈴々が「情けないなぁ」と呟く声が録音されていた。

『その代わり私も呪いの類いは一切使わないから、遠慮なくかかってきて。2人は武器も使っていいし、殴ろうが蹴ろうが、袋叩きにしようが八つ裂きにしようが……とにかく、自分の実力に頼る分なら何でもりだから!』

 そう締めくくって、柚生はぱんっと手を叩いた。その手が離れると、ふわりとその間に和柄がカラフルな丸いボールのようなものが現れる。マジックのようなその光景だが、空から隕石が降ってきた後では、その驚きも大したことはない。きっと、あれも鈴々の術なのだろう…と、簡単に納得できてしまう。
 ただしかし、もしもそれを利用するつもりならば、先程の言葉とは矛盾しているのではないだろうか。

『…先生、それは既に武器なんじゃないでしょうか』

 やはり、矛盾していると思ったことは間違いではなさそうだ。武器を抜かせろと言ったのに、既に武器のようなものを手にしている。
 瀬高が挙手をしながら問いかけると、柚生はあっけらかんとした顔で首を横に振った。

『いいえ。これは蹴鞠です』
『…先生、蹴鞠は武器ではないんでしょうか』

 今度は蓮が問いかける。
 柚生はまたしても、首を横に振る。

『こんな綺麗な丸い玉で人を殺せる?』
『殺すだけが武器じゃないだろ』
『あと使い手によっては殺せるとも思う』
『うん?何かな聞こえないな?』

 この録画映像にしっかりと声が入っているのだから、聞こえていないはずがない。耳にてを当てて、何と白々しいことだろう。
 多分、自分が華蓮に同じ事をやったらひっぱたかれる。しかし画面の中の2人は、柚生のその態度に自らの主張を諦めたようだ。溜め息を吐いてから、それ以上の抗議をすることはなかった。

『琉生、半径5メートルくらいで円状の結界張ってくれる?危ないかもしれないから』
『うん、分かった』

 返事の声が聞こえて間もなく。ゆらっと、画面に映る3人の姿が蜃気楼のようになった。しかしそれも一瞬のことで、すぐに鮮明な映像が映し出される。
 鮮明ではあったが、先程よりも少しだけ光の反射が映り込んでいる。画面に映る3人はまるで、超巨大なシャボン玉の中にいるような…そんな光景だった。

『じゃあ、よーい始めっ』

 ぽんっと、柚生が蹴鞠をなげる。
 すると、結界の外に別の蹴鞠を持った鈴々が顔を出した。と思ったら、ぽんぽんと地面に跳ねさせ始めた。

『あんたがたどこさ』

 バン!!
 何かが弾けるような音を耳にして、鈴々から結界の中へと視線を移す。
 蹴鞠が凄い速さで宙を舞っていて、瀬高が苦悶の表情を浮かべている。とんでもない速さで飛んできた蹴鞠を、腕で弾いたのだということが分かった。
 その蹴鞠の背後に、すっと柚生が現れた。

『肥後さ』

 バン!!
 柚生が蹴った蹴鞠が今度は蓮に向かい、そしてまた弾かれる。
 またしても、柚生は弾かれた蹴鞠を一瞬で捉える。そして。

『肥後どこさ』

 バン!!
 まるでリズムに合わせるかのように、蹴りを入れ、それが目にも止まらぬ速さでどちらかに向かう。それがどちらに向かうかはその瞬間まで分からない。しかし、動作が一瞬のことなのでそれを見切ることは難しく、どちらも身動きが取れなくなっている。
 そんな結界の中など知りもしないというように、鈴々は歌いながら器用に鞠つきをしている。ぽんぽんと鞠が跳ねる間にくるりと回転すると、プリッツスカートがふわりと揺れた。背後に過激な演出がなければ、なんと可愛らしいことかと頬を緩める程だ。

『熊本さ』

 バン!!瀬高が弾く。

『熊本どこさ』

 バン!!蓮が弾く。

『船場さ』

 バンバン!!
 再び蓮が弾いたものがそのまま瀬高に当たり、そしてまた宙を舞う。
 堂々巡りだ。

『どっちから突っ込む?あれはどう見ても武器だよなってとこ?それとも、何でよりによってその歌のチョイスってとこ?』
『突っ込むな。突っ込んだら負けだ』

 琉生の言葉に隼人が返す。
 確かに、突っ込みたい気持ちはとてもよくわかる。しかし、突っ込んだら負けだと思う気持ちもとてもよく分かる。

『船場山には狸がおってさ』

 バン!!
 瀬高が弾く。
 何の代わり映えもないままに、もう歌が終盤まできてしまった。このままでは、一方的に蹴鞠の的にされただけで終わってしまう。
 そう思った瞬間、動きが変わった。
 バシッ!
 一瞬で蹴鞠の前に顔を出していた柚生が現れず、蹴鞠がそのまま結界にぶち当たって跳ね返ったのだ。 

『それを漁師が鉄砲で打ってさ』
『捕まえた』

 蹴鞠の弾けるような音の代わりに、蓮の声が聞こえた。
 空中に飛び上がっている柚生が、ガラスケースのようなものの中に入っている。そのために、鞠を蹴ることが出来なかったのだ。

『いいね。でも、甘いよ!』

 バリンッ!!
 ガラスのような結界を回し蹴りで蹴り破る。その勢いのままに華麗にくるりと体を回転させると、そのまますたんと地面に着地した。
 その視線は既に、琉生の張った結界に当たりあちこちに跳ね回っている鞠へと向いていた。その全く劣らない速さから、先程まで柚生が蹴っていたその威力がいかに凄いものだったかが伺える。

『甘くない、これでいい』
『うわぁっ!』

 バシバシと跳ね返っている蹴鞠に向かって再び飛び上がろうとした柚生が、まるで何かに足を捕まれたようにつんっと前のめりに転びそうになった。
 秋生が何もない所で転ぶようなそんな感じにも見えたが、きっと、そうではない。柚生の背後に瀬高が立っているのが、その証拠だ。瀬高は柚生の影を踏んでいた。

『煮てさ、焼いてさ、食ってさ』

 瀬高が飛ぶ。
 その瞬間に柚生はおっとっとと言わんばかりに前のめりになるが、転ぶことなく体制を立て直した。
 しかし、既に瀬高は蹴鞠を捕らえていて。蓮は柚生に向かって手を差し出していた。

『トドメだ』
『それを木の葉でちょいと隠せ』

 ドドッと、柚生が蹴破ったガラスの破片が向かう。同時に瀬高が蹴った蹴鞠が破片のいくつかに当たり弾け、カラフルな蹴鞠の欠片が同じように柚生に美しい刃を向いた。
 それは一瞬の出来事だったが。その向かってくる無数の凶器を前に、柚生は笑っていた。

『上出来』

 ざぁっと、土煙が舞う。
 何が起こったのかまるで分からない。結界の中だけ嵐が巻き起こったかのように、空気が茶色く濁って見えなくなった。
 そんな結界の外で、鈴々はまりをぽーんと高く蹴あげてそのまま姿を消す。太陽に当たってきらきら輝いて飛んだ鞠も、空へと消えた。

『琉生、結界』
『うん』

 ゆらりと再び蜃気楼のようなものが映り、結界が解ける。結界の中にだけ舞っていた土煙がぶわっと広がる。
 煙が薄れると、丁度瀬高と蓮が地面に足を着くところが映った。無数の凶器の標的となっていた柚生は、かすり傷一つ負わずその場に立っていた。
 その両手に握られているのは、漆黒のバット。そして同じく、漆黒の刀。画面越しにでも分かる。それがただ黒いというだけではなく、何か、普通ではない異様な空気を醸し出していることが。
 そんな、得体の知れない刀を柚生がひと振りする。残っていた土煙が、一瞬で晴れた。

『まぁ、合格でいっか』
『よかった……』

 画面はほとんど土煙に覆われていて一番肝心な所を撮影できていなかったが。様子から察するにきっと、歌が終わるか否かというギリギリの所だったのだろう。蓮と瀬高は、心の底から安堵したという様子だった。

『やっぱり瀬高君のあれはやっかいなんだよねー…警戒してたのに。てか、瀬高君がいなくなって動けるまでに少し時間がかかったのって、気のせい?』
『この間、離れてからも少しだけ動きを止める方法を教えて貰って…初めて使ったけど、案外出来るもんだな』

 画面の外から「みつ兄のお父さんって妖怪なの?」「いや、ちげぇよ」という会話が聞こえる。しかし、やっていることは妖怪の力を借りれる深月と全く同じだった。
 あれを初めて目にしたのは、確か小さくなった華蓮が深月たちから逃げ回っていた時だ。何だか随分と、昔のことのように感じる。

「俺のは妖力を貰ってる妖怪の力を、その妖力を使って出すんだよ。でもあれはどっからどう見ても、自分でやってたろ」
「いや、俺にそんなこと言われても分かんないよ」

 春人の言う通りだ。秋生にも全くその違いは分からなかった。
 ひとつ分かることと言えば、そのどれを取っても常識の範疇ではないということだけは確かだということだ。春人はそれ以上追求することをやめ「もうどうでもいいけど」と理解することに匙を投げた。

『なにそれ、反則』
『あんな凶器みたいな蹴鞠使っといて何言ってんだよ…』
『私はいいのっ。それを言うなら蓮君も、壊した結界をそのまま凶器に出来るなんて聞いてないし!いつの間にあんなの出来るようになったの?』
『……どうしてもファンネルが出したくて練習した』
『そんな理由で!?』

 もうひとつ分かったことがある。
 華蓮が三度の食事よりも…は言い過ぎかもしれないが。生活している時間の殆どの時間をゲームに費やしているのは、父の影響に違いない。
 画面の中の柚生は溜め息を吐きながら「病気だな…」と呟いていた。今後もし華蓮がファンネルを練習し始めたら、秋生もきっと同じことを思うに違いない。

『ところで2人とも。琉佳先輩に勝ちたなら、やっぱり武器のひとつくらい持った方がいいと思うよ?』
『武器なぁ…まぁ、あればいいのは分かってるけど』
『鈴々がいたら、その場に応じて出してもらえるからな』

 蓮と瀬高はあまり乗り気でないように、互いに目を合わせて苦笑いを浮べた。普段から所構わずバットを刀を振り回している華蓮と李月とは大違いだ。
 バットと刀と言えば。先程柚生が出にしてたものも…バットと刀だった。と、秋生はつい先程のことをもうすっかり忘れていて、唐突に思い出した。

『確かに鈴々は臨機応変に出してくれるけど、それに気をとられている分行動に制限が出るでしょ?2人が最初から武器持ってるってだけで、大幅に戦略が広がると思うよ…てことで、はい』

 バットと刀。
 どちらも、見た目はただの真っ黒いそれだ。しかし、華蓮が持っているものよりも数段禍々しく、李月が持っているものよりも数段おどろおどろしいものだった。

『はい、って?』
『私の貸してあげる。どっちがいい?』

 柚生はそう言って、禍々しくておどろおどろしいバットと刀を蓮と瀬高に差し出した。
 もしも秋生が同じように差し出されたら、全力で断っているに違いない。それどころか、速攻でその場から逃げ出しているかもしれない。

『いや、いい。そんなおぞましいの』
『手にするだけで死にそうだしな』
『睡華先輩とお姉ちゃんからの誕生日プレゼントになんて失礼な!上手く使わないとちょっと魂削られるけど、死んだりしないよ!』

 誕生日にプレゼントするものではない。
 上手く扱わないとちょっと魂を削られるようなものは、誕生日にプレゼントするものではない。秋生は無意識に、心の中で2度繰り返していた。

『あれってそんなやべぇもんだったのか?いや、見るからにヤバそうなのは知ってたけど…』
『まぁ、鬼が本気で打った刀と蛟が自分の牙から作ったバットなんて、魂くらい喰らって当然だろ』
『……よくその辺に転がしてるから、しょっちゅう触ってるんだけど…』
『使用する意思がなきゃ何ともないから平気だ。けど、あれで野球とかするなよ』

 いくら使用する意図がない場合は大丈夫とはいえども。そもそも、そんなおぞましいものをその辺に転がして置くのは間違っているのではないか。

『ほら、さっさと決める!どっちがいいの?』
『……じゃあ、こっち』

 蓮がバットを指差し、瀬高が刀を指差したのは同時だった。
 それを聞いた柚生はどうしてか、これ以上ない程に顔をしかめる。秋生はその顔を見て不満を露にする桜生にそっくりだな…と思いながら、つまり自分も同じということか。などと間抜けなことを考えていた。

『2人とも、自分の好みじゃなくて自分にどっちが合ってるかちゃんと考えた?』
『……いや』
『でしょうね。どう考えたってスピードタイプの蓮君は刀だし、パワータイプの瀬高君はバットだもんね。まぁ分かってたけど』

 そう言われると、華蓮はいつも速いなと秋生は思う。相手を一瞬で、まるで切り裂くように消してしまう。そして、いつだったか体育館で巨大な化け物を相手にした時の李月は、切るというよりも刺して押し通すという感じだった。
 しかし、華蓮はバットを手にしているし、李月は刀を手にしている。何とも不思議な感覚だった。

『決まってるなら最初から聞くなよ』
『鈴々のこともそうだけど。自分達がいかに勿体ないことしてるかちゃんと考えてってこと!そんなんだから、いつまで経っても勝てないだよ!』

 柚生はそう言いながらバットを瀬高に押し付け、刀を蓮に押し付けた。
 秋生はふと気になって上を見上げる。そこには、何だか複雑そうな顔をしている華蓮の姿があった。

『……柚生ちゃん』
『ん?どうしたの?』
『もし、その2人がどうしても自分の好みの方がいいって駄々捏ねたら、やり方があるのか?』

 隼人の問いかけに、柚生は一瞬不思議そうな顔をした。どうしてそんなことを聞くのか…と、そんな顔だ。
 しかしすぐに真剣な表情になって、腕を組む。それから幾ばくもいないうちに「ないこともないよ」と返答した。 

『じゃあ、琉生にそれ教えてやって』
『は?俺?…何で?』
『お前に必要だからだよ』
『……何で?』
『知るか、そんなこと』
『何だそれ。意味わかんねぇ…』

 自分で言っておいてキレ気味に「知るか」とは。流石、超直感型だ。
 何より凄いのは、その直感が見事に的中しているところだが。深月の言う通り、ここまでくると予言に近いかもしれない。

「いつくん、駄々こねたんだー」
「うるさい」

 けらけらと桜生が笑う。それに李月は顔をしかめて返していた。
 それは李月だけでなく華蓮も同じだったのだろう。だが残念ながら秋生は、桜生のように華蓮を指差して笑うほどの度胸はない。
 
『隼人がそう言うならいつか必要になる時が来るんじゃない?覚えといて損はないよ、きっと』
『……分かった』
『よし、じゃあさっそく始めようか。是んは急げって言うしねー』

 画面に誰かの瞳がアップで映る。それがずっと撮影していた隼人の目だということは、少しだけ遠ざかり顔全体が見えたことで分かった。
 どうして突然、レンズの前に顔を出したのだろう。ずっと撮る側に徹するのが飽きてしまったのだろうか。

『続きは琉生が教えてくれる。いや…きっともう、その後か』

 微かな笑みが映る。
 そしてブツリ、と映像が途切れた。



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