Long story


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 次の映像はすぐに始まった。
 映し出されているのが体育館で、更に屋根に打ち付ける雨音のようなものが雑音に混じっていることから、先程とは別日なのだろうということが予想された。体育館の真ん中に、誰かがいる。

『2回目です。今度こそ、微笑ましい子供たち!的な感じのやつ撮るぞ…と、思ったのですが』
『ふふ、随分と大きな子供ね』

 知らない女性の声がした。
 そう思った瞬間、ドカンッ!!と凄まじい音と共に画面がザザッと砂嵐に包まれた。少しの間画面は荒れたままだったが、やがて正常な状態を取り戻す。しかし、煙のようなものが立ち込めていて、何も見えないに等しい状態となっていた。

『最近の兄弟喧嘩…派手すぎ!お姉ちゃん、大丈夫?』
『問題ないわ。柚生も気を付けなさい』

 お姉ちゃん……?と、秋生は首を傾げる。

「…この声、なぁ」
「ああ、母さんだ…けど」

 深月と双月が秋生と同じく首を傾げている。柚生が姉と呼んだ女性が、深月たちの母とは一体どういうことだろうか。まるでちんぷんかんぷんだ。

「え?まさか本当の姉妹なんて…」
「それはねぇよ。母さんは孤児だった…って、父さんに聞いたことあるし」
「あ、そうか。俺も聞いたことある」

 双月と深月の間には、そんな会話が交わされる。
 つまり、親しみを込めてそう呼んでいるのだろうか。ニュアンス的には、八都が良狐や縁を「姉さん」と呼ぶのと同じ……と、いうことだろうか。今の会話だけでは、分からない。

『録画、止めた方がいいかな?』
『これもこれで微笑ましい兄弟喧嘩よ。せっかくだし撮っておきなさい』
『微笑ましいかなぁ……』

 先程までバチバチと屋根に打ち付けるようだった雨音が、ザアザアと直接的に聞こえてきた。それが、何も見えなくさせている煙を晴らして行く。
 すると、綺麗さっぱりと天井がなくなった体育館と…その真ん中に睨み合っている人物が2人、映し出された。
 
『今日という今日は絶に許さない』
『ウエハースごときでガタガタと…』
『ごときって?貴方、ウエハースの前に土下座させてあげるから』
『やれるもんならやってみろ』

 ダダダダダダダッ!
 耳が痛くなる程に音割れを起こしながら地面が揺れる。睡華が吹き飛ばしたであろう建物の破片が凄まじい勢いで琉佳に襲いかかる。そればかりか、放たれているのはただの破片ではない。何せ、破片が当たった床が片端からバキバキと変な崩れ方をしている。
 一方、琉佳はその銃弾を一発も食らうことなく走り回り、時折睡華に腕を差し出して何かを放っていた。ゆらりと風に乗って飛んでいくあれは多分、呪詛だ。

『兄弟喧嘩って感じがしてきたわね』
『え?どこが?普通の兄弟って、呪詛飛ばしたり凶器飛ばしたりする?』
『あら、兄弟喧嘩ってそんなものじゃなくて?』
『……まぁ、そんなもんか』

 かなりの破壊活動が起こっているが。これをそんなもんかと一言で片付けてしまってもいいのだろうか。
 いつだったか、李月が体育館を破壊した場面に秋生も一緒にいた。これはどう見ても、あの時の比ではない。

「いやいやいや、全然兄弟喧嘩の範疇じゃないよね!体育館大破してるよ!」
「それな、俺が言うならともかくお前は言えた義理じゃねぇからな。麒麟一家!」

 春人が声を上げたことに対して、深月が素早く突っ込みを入れた。確かに、ガトリング砲が飛び交う家庭も大概のものだ。
 しかし、少なくとも家の中で済ませているものと、公共の場を大破壊がてら行われているものとではまた違うような気がしないでもない。

『貴方のその傲慢な態度が気に食わない。大した能力もないくせに…その顔、ボコボコにしてあげる』
『とんだブーメランだな!てめぇこそ、その偉そうな面ヘドロみたいにしてやろうか!』

 瞬き。何の素振りもなく、睡華の顔面に向かい何かが放たれた。睡華はまるでそれを分かっているように、避ける。しかし、ずっと音を立てて睡華の右腕に何かがかすった。

『っう…!ああ、忌々しいッ!』

 巻き付いた呪詛に苦悶の表情を浮かべたのはほんの一瞬だけで、睡華はすぐに右腕を払うような動作を取った。ぶわっと紫色の邪気のようなものが睡華を包む。

『ザマミロ』

 琉佳の嘲笑する様の悪役感といったらない。更なる瞬きは、ずるずると包み込む呪詛を強化するためのものを放った合図だ。
 このまま睡華の全身が巻き込まれてしまうか。と思ったその時。
 ひゅっと、風を切る。床に転がっている無数の破片が、音もなく浮き上がり目にも止まらぬ速さで琉佳を捉えた。

『チッ!!』

 両足を削る。
 破片と共に、血が飛び散った。

『お姉ちゃん、これそろそろ止めた方がよくない?』
『せっかくだから最後まで録画しておいたらいいんじゃなくて?』
『そっちじゃないよ!この喧嘩!』
『やめておきなさい。貴女が割って入ったら八つ裂きになるわよ』
『ちーがーうー!お姉ちゃんが止めるの!面倒臭いからってそ知らぬふりしてっ』

 ドカンッ!とまた耳を塞ぐような音が響き、突風に画面が揺れる。バチバチっと、風に流れた雨が画面にも叩き付けられた。
 どこの戦場だろうか…というような、惨劇が目の前に広がっていた。

『もー!お姉ちゃん!』
『仕方ないわねぇ。……紬(つむぎ)、いらっしゃい』

 ぬらり、と画面に何かがへばりついた。
 これは何だろう。鱗、だろうか。

「ありゃ……蛟じゃねぇか……」
「蛟?何それ?」
「巨大な蛇みたいな妖怪だよ。4本足だけどな」

 画面がズームアウトされる。
 深月の言葉通り、巨大な蛇のような4本足の何かがそこに立っていた。見方によっては、ドラゴンのようにも見える。ぶれる画面に揺れる色は水色か…青色か、反射して確かな色は分からない。

「うわぁ…蛟なんて、初めて見た……」
「蛟の噂なんて聞いたこともねぇのに、何で母さんが………」

 侑と深月は食い入るように画面に映る「紬」と呼ばれた蛟を見ている。秋生はその総称の名前すら初めて聞いたが、その様子からきっと凄い妖怪なのだろうということは想像することが出来た。
 雨が当たる度に光る鱗がキラキラと光り、虹色にも見えてきてとても美しい。

『ぱしこん?』
『ぱしこんはダメよ。止めてらいっしゃい』
『なーんだ。つまーんないのー』

 その迫力のある見た目とは裏腹に、随分と子供っぽい喋り方だなと秋生は思う。もしかしたら、実際に子供なのかもしれない。
 ぴゅっと、長い尻尾が画面から見切れた。画面が後を追うが、その速さに映像は追い付かない。

『何の騒ぎだ?これは』
『げっ、副会長!』

 ピタッと画面が止まる。
 そこには、また見たことのない人物が顔を出した。それはもう、これ以上ないと言うほどに顔をしかめている。

「あ、父さんだ」
「えっ、春くんの?」

 春人の父━━確か、見せてもらった卒業アルバムに書いてあった名前は大輝…だったか。そう言われれば、全体的な雰囲気は似ているような気しない…でもない。
 否、雨に濡れたこの画質とこのしかめ面では、はっきり言ってよく分からない。

『げ、じゃないって。どういうこと?』
『ウエハース兄弟喧嘩よ』
『あの2人か…。建物を一体何だと思ってるんだ、武器か?オモチャか?』
『どっちにしても、どうせ鈴々が直してくれるから…とでも思ってるんじゃなくて?』
『その契約者は揃って今も生徒会室で磔にされているんだけど』
『ああ…そう言えば、そうだったわね……』

 これが前回の撮影日から何日経っているのかは定かではない。しかし、少なくとも1日以上は…あの魂の火炙りに止まらず、まだ懲らしめられているようだ。

『これくらい、あの2人がいなくても直せる』
『ですってよ』
『だからいいってもんじゃないけど』

 秋生は目を擦る。
 瞬きをしたわけでもないのに、いつの間にか…画面の中、春人の父親の腕の中に鈴々が腰をすえていた。それも、いつもの狸の置物かぬいぐるみ姿ではなく、プリッツスカートの少女姿で。

『……でも、ひとつお願い』
『僕に?』
『もう、あの2人を許してあげて欲しい。確かに隼人を怪我させたのは悪かったけど、もう十分反省してる…はず』

 鈴々が切なそうに見上げる視線を受けて、大輝は少しだけ間を空けて口を開いた。

『………丁度、あんな地獄絵図のような部屋で仕事をするのに嫌気がさしていた所だ。琉佳に言っておく』
『ありがとう』

 鈴々が自ら誰かにぎゅっと抱きつく様など、睡蓮を相手にしている以外で初めて目にした。それだけで、大輝がとても凄い人に思えてきた。
 そしてその光景は、実に微笑ましい光景だった。まるでほんわかした家族ムービーのようだ。……戦場のような背景と、音割れを起こしている爆発音さえしていなければ。

『ねー。とめたよー』

 声を聞き付け画面が揺れる。
 次に映ったのは、仲良く蛇の尻尾にぐるぐるまきにされた琉佳と睡華だった。どちらも不貞腐れたような顔をして、ボロボロの床に座り込んでいた。

『ありがとう、もうよくってよ。後で美味しいお菓子をあげるわ』
『わーい』

 しゅるるっと、2人に巻き付いていた尻尾が消える。しかし、琉佳も睡華も、また動き出して喧嘩をしようとはしなかった。
 ふと、女の子とも、男の子とも取れる小さい子供がたたっと画面を横切って行く。きっとあれが紬と呼ばれていた蛟が人を姿をした様子なのだろう。

「あいつ…」
「亞希さん、知ってるんですか?」
「……この間の、あれだ。こいつの家系の生き残りに会いに行った喫茶店で、片隅に縛り付いていた」
「縛り付いてた…?」

 それはつまり、封印されていたということだろうか。
 しかし、「縛り付けられていた」ではなく「縛り付いていた」という言い方が気になった。まるで、望んでそこにいるような言い方のように聞こえた。

「俺たちと同じだ。魂だけの存在が、何者かの中に巣食い…別の力によってあの喫茶店に居を構えていた」
「えっ、人の中じゃなくても生きられるんですか?」
「相当な結界が必要になるが、不可能じゃない。俺たちのように力を貸すことは出来なくなるけどね」

 つまりあの妖怪は、深月たちの母親に巣食うているが…今は、華蓮がこの間行った喫茶店に居を構えているということか。
 それならば、深月たちが知らなくても無理はない。あくまで、推測の域を出ないが。

『あーあ。結局また、血塗れの映像になっちゃった』
『いいじゃないの。多少血生臭いくらいが微笑ましいものよ、ねぇ?』
『同意を求めないように。僕は君たちとは土俵が違う』
『確かに、それもそうね。貴方は別格だわ』
『副会長は次元が違いますからねぇ。平気な顔で血の海でも泳ぎますもんね』
『君たちは僕を何だと思ってるんだ…』

 そんな会話が聞こえる中も、録画映像は琉佳と睡華を映し続けている。しばらく座り込んでいた2人だが、やがてボロボロの床から立ち上がり始めた。
 2人はゆっくりと立ち上がると、血にまみれた両足も呪詛が巻き付いた右腕もそのままに、制服についた瓦礫の破片を取り払う。足の傷も呪詛も、互いに気にもしていない様子だった。

『どうでもいいけど、貴方何か用事があって来たんじゃないの?』
『わざわざ見に来た訳じゃねぇだろ』

 その視線はカメラに向いているようで、少しだけ違う方向を見ていた。つまり、映像に映っていない誰かに向けられているということだ。
 琉佳と睡華は、まるでつい今しがたまであれほど大がかりな喧嘩をしていたことが嘘のように、互いの背中の瓦礫を払っていた。

『ああ、そうだった。また双子が家出して保護されたそうだよ』
『え!?』

 柚生の驚く声が、ビリビリっと音割れを起こした。
 双子?
 一体何の話だろう。

『お前な…んなもん、そうだったって思い出して言うことじゃねぇだろうが』
『行方不明ならまだしも、警察に保護されてるんだから慌てることもないだろ』
『そりゃまぁ、そうかもしんねぇけどよ…』
『お姉ちゃんじゃなきゃ帰らないと言い張ってるみたいでね。姉は学生だと伝えたら、放課後に寄ってくれたらいいと言われたから…帰りに迎えに行ってくれって』

 双子━━━お姉ちゃん。

『わかりました。…睡華先輩』
『ええ。今日は部活はいいから、迎えに行ってあげて』
『ありがとうございます』

 ひとつ前の映像の、最後の方に感じた違和感と同じだ。
 あの時は不思議に思ったすぐあとに、親近感を感じる事が起こって…すぐにそっちに思考がシフトしてしまった。そのせいで、深く考えることはなかったのだが。

『それにしても、あの子達もとんだ困ったちゃんずね』
『全くです…』
『本当に、誰に似たのかしらねぇ』
『何お姉ちゃん、その目。私に似たっていうの?』
『ノーコメントよ』

 お姉ちゃん。
 同じ言葉だが、柚生が深月たちの母をそう呼ぶことにそれ程に違和感はない。
 それなのに、どうして…柚生を「お姉ちゃん」と指すその言葉に、あんなに違和感を感じたのか。

 ブツリ。
 秋生が感じた違和感の答えを導き出す前に、唐突に映像が途切れた。



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