Long story
結局、新聞部に戻った時には授業開始のチャイムが鳴った後だったが。例によって誰一人として授業に出ている人物はおらず、そろそろ特別待遇ではない面々は大丈夫なのかと心配になってくる。
しかしそんな心配は頭の片隅に置いておくとして、秋生と桜生は早々に話を切り出すことにした。
「それな、ちょっと手こずっててな」
大鳥高校七不思議って知ってますか。
秋生がそう問いかけた先の、深月の反応は意外なものだった。
「調べたことあるんですか?」
「この間の文化祭騒動の少し後に華蓮に言われてな。…お前も見たんじゃないのか?」
と、深月は何やら古くさい冊子を取り出してしてくる。そして、秋生に差し出した。
その冊子を受け取りまじまじと目にした瞬間、秋生はそれを見た日のことを思い出し「あ!」と声を挙げた。聞いたことがあったのではない、見たことがあったのだ。
「これ、文化祭の前の日の…」
あの日に起きたことといえば、百鬼夜行騒動が記憶に強すぎてすっかり忘れてしまっていた。もうどこだか忘れた旧校舎の古い新聞部でこれを見つけ、華蓮と共に中を覗いたことを。
そこには色々な新聞があった。そのひとつに「実録!大鳥高校七不思議!」というタイトルが付けられた未完成の新聞があったのだ。
「父さん、存在してないって言ってたのに…あったんだ」
桜生が不思議そうに顔を覗かせたので、秋生はそれを手渡した。パラパラと捲られていくページを横目で見ていると、問題のページに差し掛かる。やはり「実録!大鳥高校七不思議!」と書かれている。ということは、桜生の言う通り…少なくとも、これを完成させようとした人物がいた時代には存在していたということだ。
「いや、実際に存在はしてねぇぞ」
「?……どういうことです?」
「それは七不思議を作ろうとして、結局出来ないままに終わった新聞だ」
「七不思議を作ろうとした…?」
七不思議がある学校、なんてのはよく耳にする。その七不思議の内容に興味を持ち、それを検証する人々もいるだろう。しかし、それがいつ出来たのか、誰が作ったのか……ということは、誰も深く考えないものだ。
だからまさか、七不思議を誕生させようとした新聞だったなんて。全くの盲点だった。
「自他共に認める幽霊学校に、七不思議のひとつもなくてどーすんだってな。自分達で作ろうとしたらしい」
「それもちゃんと幽霊用意して実際に一般生徒をビビらせてからの…という徹底振りだったらしいよ〜」
根拠のない七不思議は浸透しない。だったら、実際にその事実作ってから七不思議にすればいい。
それは確かにその通りだが、七不思議を作るためにそんなことまでするなんて。今も昔も、新聞部に在籍する人物は色々とぶっ飛んでいる。
「そんな、新聞作るのに幽霊引っ張ってくるなんて深月先輩じゃあるまいし…どこの血縁者です?」
「それ冗談で言ってるんだろうけど冗談になっていからね、桜ちゃん」
「え?」
「いや…俺もまさか、本人だなんて思わねぇだろ?在学時期的に近ぇんじゃねーかなって聞いてみたら…それ俺が作ったやつ、とか言い出すからもう」
「え?」
「……ほらここ」
苦笑いの深月が桜生の持っていた冊子を裏返し、背表紙の一部を指差す。「R.NとS.Oがお送りしました」という一文が目に入った。
そのイニシャルに、特にピント来るものはない。それは桜生も同じようで、首を傾げていた。
「瀬高(せだか)、大鳥。俺らの父さん。んで、こっちが蓮、夏川。華蓮の父さんだよ」
「……ええ!?」
つまり、この冊子を作ったのがその2人ということになる。都合のいい偶然、というわけではないだろう。
桜生が目を見開く横で、秋生も同じように目を見開いている。
「驚くのはそれだけじゃないんだよね〜」
「えっ?」
「これ、途中でやめてんだろ?何でも、当時の生徒会長と副会長にそんなもん作って今以上に霊が溜まったりしたらどーすんだってこてんぱんにされて、敢えなく断念したんだとよ」
生徒会との関係は今とあまり変わらないようだ。今ならば、侑が口を出す前に華蓮が深月をこてんぱんにするだろうが。そう考えると、当時にも心霊部はあった筈だが…その辺りがどうだったのも多少なりと気になるところだ。
そして、生徒会の考え方は至って普通だが。それのどこが驚くことなのか。
「で、これが当時の生徒会長と副会長。図書室から卒業アルバム引っ張り出してきたんだ〜」
「…えっ…えええ!?」
卒業アルバムに「生徒会執行部」と表記された写真を目にして、いよいよ秋生まで声をあげて驚いてしまった。
男子生徒が二人、そして女子生徒が二人。男子生徒の下にそれぞれ「生徒会会長、柊琉佳」「生徒会副会長、相澤大輝(ひろき)」女子生徒に下にもそれぞれ「会計、白城葉月(しらきはづき)」「書記・その他、牧村沙羅(まきむらさら)」と記されてあった。
生徒会会長と記されている人物は、つい今しがた話をしたばかり…それよりももっと、琉生に似ていた。
「ちなみにこの人はみつ兄のお母さんだよ」
「はっ?あっ…確かに、双月先輩にそっくり!」
琉佳に気を取られていたが、春人が指差した会計の女性をよくよく見てみると双月と世月にそっくりだった。記されている葉月という名前からも、母親であることが連想される。
しかし、苗字が深月とは違う。冬野というのは、母方の旧姓ではなかっただろうか。その辺りの話を、秋生はよく覚えてはいない。
「ちなみに〜、残りの2人は俺の両親だったりして〜」
「え!?」
副会長の名字、相澤という文字に目が行く。その時、そういえば春人の名字が「相澤」だったことを思い出した。
ここ最近、テレビで議員である兄の名前を散々見聞きしているというのに、すっかり失念していた。
「えっ、世月さん母さんに会ったことあるの!?」
「えっ!?」
秋生と桜生がパニックを起こしているのに、春人まで加わってしまいもう大パニックだ。何がなんだか、頭が全く追い付かない。
「え?」とか「なんで?」という言葉が口々に飛び交う。しかし、誰もその答えを答えてはくれない。
「でもさ。こんなの見ちゃうと、一体どこからどこまで手の上で踊らされてるのか分かったもんじゃないよね」
「それはそれこそ、考えるだけ途方もねぇ気がするけどな。……おいお前ら、あたふたすんのもいいけど話の続きはいいのか?」
深月に話しかけられ、なんで、どうして、と…疑問ばかりが飛び交っていた、会話にもなっていなかった会話が止まる。そして揃って深月の方を見ると、それを「続けてくれ」の合図と受け取った深月が再び話を始めた。
あたふたしてすっかり忘れかけていたが、大鳥高校七不思議の話だ。確か、それを題材にした新聞は完成を待つことなくお釈迦になった…というところまでが本題だった。
「俺は華蓮に言われて、七不思議の一番最後を調べてたんだけどよ。…この、失われた3年1組ってやつな」
深月が指したのは、七不思議の最後の項目だった。そこで文章は途切れていて、続きはない。
華蓮とこれを見つけた時に、もしかしたら鉛筆で下書きをしていたが消えてしまったのかも…と、話をしたことを思い出した。
「これを調べるのに手こずってるんですか?」
「手こずってるとか言ってるけど、詰んでるってのが正解だね〜」
春人の言葉に、深月は顔をしかめた。
「詰んではねーの。開校当時にはこの学校にも3年1組があって、それが数十年前になぜか一度なくなって、20年前辺りに復活したのちに…1年もしないうちに無くなった…ってことは分かってる」
「数十年…?20年…?……だめだ、僕はリタイア」
深月の言葉を聞いた桜生が何度か首を傾げた後に両手を挙げた。秋生も同じように頭の中で何度かクエスチョンマークを浮かべたが、深月の言葉を何度か脳内で繰り返してなんとか理解した。
そして理解すると、ひとつの疑問が浮かんでくる。
「てことは…今は3年1組はないんですか?」
「まー、秋生は知らないよね〜。そもそも3年のクラスはアルファベットだよ〜」
「えっまじ?」
全く知らなかった。
入学式からおたふく風邪で欠席、その後すぐに心霊部に入部でまともな学生生活を送っていないのだから、致し方ないのかもしれないが。それでも、自分はこの学校のことは知らないことだらけだな、と改めて思う。
「アルファベットになったのは旧校舎からこっちに移転した時らしいけど…それ以前も、3年1組はずっと閉鎖されてたんだよ」
「閉鎖?……あっ、もしかして」
閉鎖という言葉を聞いて、ふと頭に浮かんだのはつい先ほどまでいた場所だった。旧校舎の3階、一番奥…固く閉ざされた、防火扉。その向こう。
華蓮に視線を向けると、秋生に向けられた視線が軽くうなずく。
「ああ。あの奥に、かつて3年1組があった」
やはり、思った通りだ。
「……でも、どうして…閉鎖されたんですか?」
再び深月に視線を向ける。すると、またしても顔をしかめた。
「それがサッパリなんだよ。何で閉鎖になって、何で復活して、何でまた閉鎖担ったのか。それがどんだけ調べても出てこねぇ…ってーより、完璧に揉み消されてる」
「揉み消されてる…?」
「そう。大鳥グループ…父さんが、全身全霊をかけてありとあらゆる媒体から一掃してて、マジで何の痕跡も残してねぇ」
「どうして深月先輩のお父さんが?」
「知らねぇ。それ聞いたの李月だから」
今度は李月に視線を向ける。
「深月が音を上げそうって春人から聞いてな。この間一緒に仕事した時に、それとなく聞いてみたんだ」
「音はあげてませんけどね」
「…とにかく聞てみたら、そりゃあ俺が本気で消したんだから正式な記録としてはこの世のどこにも残ってやしない…って、ケラケラ笑ってた」
「んなもん、俺が何となく聞いた時点で予測できてたろ。ぶん殴ってやろうかって感じだわ」
李月は苦笑いを浮かべる。
そして、深月の恨めしそうな顔と言ったらない。
「それが本当なら、音を上げるしかないんじゃないの?」
「誰が父さんに白旗なんか挙げるかってんだよ!誰が!」
深月がバンッと机を叩く。先程から父親に対しての苛立ちが目立つが、前からこれ程に敵対心のようなものを抱いていただろうか。
秋生のそんな疑問に図らずも答えたのは双月で、ひきつった顔の侑に「最近、仮が多くて」と苦笑いを浮かべた。
「…でも、ぶっちゃけ詰みなんでしょ?」
「正式な記録としてはってことは、そうじゃねぇものが残ってるって意味だろ?俺はな、もういよいよ頭を抱えて、母さんのとこまで行ったんだからな!」
再びバンッと、机を叩く。机に散乱していた紙が床に散らばるが、誰も見向きもしない。というか、そんなものに目を配る余裕はなかった。
というのも、それがどれだけ凄いことか。というような深月の迫真の表情に圧倒されそうになっていたからだ。実際のところ、深月が母の所に行くというのは相当なことのようで侑は「そこまで?」と目を見開いていた。
「それで、手がかりはあったんですか?」
「…あの人たちは新聞を作ることに全青春を注いでいたわ。だから、その結果やそれまでの過程を思い出を余すことなく保存して…いっそ家宝にでもする気かしらね?…貴方達、自分の足元はちゃんと見た?灯台もと暗しという諺を知らないことはないでしょう?……っだと!」
よくもそんな長台詞を忠実に再現できるなと、秋生は内容よりもそちらの方に驚いてしまった。そのため、内容はあまり頭に入ってこなかったが…。
深月のあの態度から察するに、これといって手がかりは掴めなかったということだろうか。またしてもバンッと机が揺れたことから…やはり、聞くまでも無さそうだと思った。
「……全く手がかりなしか?」
それをわざわざ聞くとは、李月は深月の苛立ちを全く何とも思っていないようだ。その末に同じ顔に凄まじい顔で睨まれても平然としている辺り、流石に長男だと思った。
「いいえ?地下室にまで足を伸ばしても何もありませんでしたけど?だからってまだ全部探したわけじぇねぇし?」
「うげ、あの地獄にまで行ったのかよ。それで何も出なかったとか…もう諦めた方がいんじゃね?」
「誰が!」
バンッともう何度目ともならなくなると、慣れてくるものだ。
散らばった紙を眺めながら辺りを見回すと、怒り心頭の深月を侑は苦笑いで見ていて、李月は呆れているようだった。双月の隣で春人が「世月さんが怒ってますよ」と言っているのが耳に入る。桜生はずっと新聞の冊子に目を通している。
そして華蓮は…じっと、腕を組んで何かを考えているようだった━━━いや。丁度、それが終わったところか。
「何かピンと来たんですね」
声をかけると、華蓮は少し驚いたような顔をした。しかし、それも一瞬のことだった。驚きの表情はすぐに消え、秋生に向かって頷くと同時に立ち上がる。
目で追ったのは秋生だけではない。ひとつの話題を前にしつつもそれぞれに動いていた視線が、一斉に華蓮に集中する。
「行くぞ」
「あ、はいっ」
それが全員に向けてなのか、秋生にだけへの言葉だったのかは定かではない。しかし、秋生がそれに返答して立ち上がったのとほぼ同時に…他の全員も立ち上がった。
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mokuji
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