Long story
秋生と桜生が廊下の角を曲がると、その足音を聞き付けてふわりと風が頬を撫でる。そして、瞬きをした次の瞬間には防火扉の前に人影が見えた。
琉佳は、今日も変わらずその場所に存在している。
「お父さん、やっほー」
「おー…おぉ?」
桜生が声をかけると琉佳は最初普通に短く返事をするが、すぐに何かに気が付いて首を傾げた。
近寄ると、その顔が少し驚いたようなものから怪訝そうなものに変わる。それから、桜生の目をじっと見つめる…というより、覗き込んでいると言った方が近い。
「桜生、何憑けて来た?」
「憑けたとは失礼な!」
「じゃあ…何くっつけてんだ?」
「……まぁ、それならいいか」
そんな会話を耳に、別にどっちでもいいんじゃないのかと思う秋生だったが。口にはしなかった。
それよりも、この前はなかったその存在に琉佳がすぐに気が付いたことに少なからず驚いた。幽霊になってもその常人ならぬ能力と技量は健在なのだと、改めて思う。
「飛縁魔のゆかちゃんだよ」
「いや、俺妖怪の類いはあんま詳しくねぇから、マイナー妖怪は知らねぇ」
「なんて失礼な!流す?ゆかちゃん、流す?」
「馬鹿を言い。飛縁魔なんて広く知れた名前じゃないさね。知らなくて当然だよ」
ぷんすかと怒った様子の桜生に対して、ふわりと頭の上に姿を表した縁がぺしっと尻尾で背中を叩いた。「狐か」と琉佳が呟く。
本当に流した場合、果たして幽霊は流れるのか?という秋生の疑問は、飛縁魔が桜生を嗜めたとこにより解決しないまま終わりそうだ。
「で、今日はその狐を見せに来たのか?」
「ううん、これはおまけ。用事があるのは秋生だよ」
桜生の視線がこちらに向く。
その目は秋生に、今日ここに来た目的を話すように促していた。
「……今日、変な夢見たんだ」
そう切り出して、琉佳に今朝見た夢の話をした。
夢━━だと、あの後に華蓮は言い切った。まるで自分があの悪霊だったかのような恐怖を感じた秋生に、それは夢だと。だから大丈夫だと、そう言われた。
そして、不安ならば相談してみればいい…と、父に相談することを提案された。この件に誰よりも詳しく頼れる人物だろうという華蓮の意見に、異議はなかった。
「安心しろ。そりゃあの悪霊の記憶を夢に見ただけだ。お前はまだ、あいつと繋がりがあるからな」
「あの悪霊の…」
記憶。
あれは現実に起こったとことなのだ。
あの日、桜生の体と秋生の力を奪い取った悪霊は、その足で華蓮の家に向かった。
自分があの悪霊ではないと断言されたことへの安心。そして、あの光景が現実だったということへの恐ろしさ。
複雑な気持ちが入り交じる。
「…でも、どうして急に夢なんか?」
「それは定かじゃねぇが…あいつの力が強くなってきて秋生との共鳴力が強まってんのかもな。まぁ、それでも時期はまだ先だ」
「時期って、何の?」
秋生が問うと、琉佳は腕を組む。
「まぁ、一応宿題はクリアしてっからな。見せても問題ねぇけど…」
「何が?」
「まだ時間もあるし、自分達で調べてみな」
琉佳はそう言うとコンコンと、閉じられた扉を叩いて見せる。つまり、この扉の向こうについて、自分達で調べろということらしい。
しかし、それは全くもって秋生の疑問に対しての答えではなかった。だがきっと、これ以上の答えは得られないだろう。
「調べるって…何をどうやって?」
「それを教えたら意味ねぇだろうが」
「そうだけど、なんかもっと…調べたくなるような、こう…ヒント的な?」
きっと深月ならば「防火扉の先を調べて欲しい」と伝えただけでも、文句も言わずそれなりのとこを調べてくれるに違いない。しかし、せっかく調べてもらうならば何か深月が食いつきそうな面白い話題があった方が、幾分か頼みやすい。
ちなみに、自分で調べようという気は端からない。勿論、何か手伝いを要請されれば喜んで手伝うが。
「大鳥高校七不思議」
大鳥高校七不思議。
父の口から放たれた言葉は、まるで深月に調べて貰うために存在しているような…いかにも深月が食いつきそうなワードだ。これなら間違いなく超乗り気でやってくれるに違いないと秋生は思う。
そして、最近…だったかどうかは定かじゃない。けれど、どこかで聞いたことがあるのような気がするワードだとも思った。
「何それちょー面白そう!深月先輩が100パー食いつくやつじゃん!」
「早速調べてもらおう…てか、そんなの存在してたら聞いたことある気がするけど」
というよりも確実にもう調べている気が━━そればかりか、本当かどうか検証していてもおかしくないレベルに食いつきそうなものだ。しかし、深月がそんなことをしていたのは見たことがない。それに、秋生はここに入学してからそんな噂は耳にしたことがない。
もしかしたら、秋生が入学するよりも前に深月が検証済みか、秋生が周囲の一般生徒とあまり交流がないせいで噂を耳にしたこがないだけかもしれないが…。
「存在してねぇからこそ、調べる甲斐があんだろ?」
とても意味深な言葉だった。
それが未だにかつて存在したことがないのか、それとも無くなったのか。どちらにしても、現存しないものを調べることはないだろうし、検証をしたこともないだろう。
そう考えると、何だかワクワクしてきた。
「よし、早速戻って深月先輩に話さないと!今ならまだ授業行ってないだろうし!」
「七不思議を暴くとか、これでこそ新聞部!って感じだよねっ」
どうやら桜生も同じようにワクワクしているようだ。
「あ、そうだ桜生。次来るときはオロチ連れた奴も一緒に来い」
「いつくん?いいけど何…あ!まさか、夏川先輩みたいに半殺しにする気!?」
桜生が青い顔をして頬を両手で覆う。華蓮が半殺しにされた時…あの時は本当に、目を離して死んでしまっていたらどうしようと気が気じゃなかった。
そして、その犯人が琉佳だったとこを知り、前回は会えた嬉しさもそこそこに怒濤の勢いで怒りをぶつけた。というのは、また別の話だから今はいいとして。
もう二度と、あんな思いはしたくない。もちろん、桜生にだってして欲しくない。
「ありゃ特別。大した理由もなくボコるよ趣味ねぇって」
「……本当に?」
その言葉を素直に信じられる親ならいいのだが。生きている頃から誰かを呪っている所ばかり見ているせいで、全く信じられないのが痛いところだ。それは桜生も同じようで、かなり疑り深い眼差しを向けている。
そもそも秋生は華蓮を半殺しにした理由を聞きはしたが、それでもそこまでする必要があったのかと…既にやられた本人が気にしていないようなので、とやかく言うことではないのだろうが。それでも若干、根に持っている。
「本当だって。あいつに用事があるのは、分裂してる蛇の件だ」
「分裂してる…?……あ、そう言えばやっくんがそんなこと言ってたかも」
「そうなのか?」
秋生は全くそんな話は知らなかったので、驚きを交えて桜生に問いかける。すると、桜生は何かを思い出すように頷いて見せたら。
「うん。やっくんの思春期が収まった頃から上手く連携が出来ない…って。内緒だけど、この状態で亞希ちゃんと喧嘩したら絶対に勝てないって言ってたよ」
「そうなんだ。全然そんな風には見えないけど……てか、父さんは妖怪には詳しくないんじゃねーの?」
「その辺りは企業秘密だ。とにかく、殺しゃしねぇから連れて来いよ」
「………本人が行くって言ったらね」
桜生はまだ琉佳の言動を疑っているようで、信用なさげにそう答えた。それに対して琉佳は苦笑いを浮かべたが、特に何も言うことはなかった。
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mokuji
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