Long story


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 体育の成績は小学校のころから不動の3だった。正によくも悪くもなくというやつだ。だから、倒れてきた本棚にすぐに反応できたのは意外だった。絶対に間に合わないと思ったが、体力測定なんて当てにならない。人間、窮地に立たないと本当の力は発揮できないのだ。
 侑を突き飛ばし、そして自分も華麗に本棚を躱す。まるで漫画のヒーローのように完璧なシチュエーションだ。これが自分の本当の能力なのだと、深月は秘められた自分の能力が開花したことに、すこぶる気分が良かった。


「深月!」


 上から叫び声が聞こえて、深月は一瞬の夢から覚める。視界は真っ暗で、体が全く動かない。不思議に思って、そしてすぐにハッと我に返った。
 全然間に合っていない。深月は自分のおかれた状況を把握しつつ、何故か冷静だった。

「――――いてぇ」

 状況を把握すると、急に激痛を自覚した。わき腹と右足が尋常でなく痛い。


「深月!?」


 再び上から声がして、深月は顔を上げようと思ったがそれは無理だった。本棚の下敷きになっているのだから当たり前だ。冷静なつもりでも、案外そうではないらしい。


「…生きてる」

 結構大きな声を出そうとしたが、わき腹が痛すぎた。どうにか出した声はかすれ声だったが、自分の無事を伝えると本棚の上から安堵の溜息が聞こえた。

「何で自分から下敷きになりにいくかな!この馬鹿!」

 かと思ったら、今度は怒り出した。助けてもらって相手を馬鹿呼ばわりとはどういう了見だ――と、悪態を吐いてやりたいところだが、今はそんなことよりも、さっさとこの状況をどうにかしてほしい。

「馬鹿はお前だ。無駄口叩いてる暇があったら手伝え」
「…分かってるよ!」

 本当にどうしてキレているんだろうか。一体何がそれほど癪に障ったのか。
 深月がそんなことを疑問に思っていると、ふいに体の重みがなくなり、視界が明るくなった。

「大丈夫そうだな」

 一体どこをどう見たら大丈夫に見えるのだ。

「お前、大丈夫って言葉の意味知ってる?」

 痛い。少し喋っただけで激痛が走る。まるで心配する様子のない華蓮の一言に対して、これだけの苦痛を伴ってまでわざわざ返答するなんてばからしい。しかし、何か喋って気でも紛らわしていないと、ただひたすらに痛みを感じてしまうのでそれも嫌だ。

「………っ」

 深月は同じ痛いならばとりあえず自力で体をうつ伏せから仰向けにしようと試みたが、またも激痛が走った。しかし、誰だかの手を借りてどうにか仰向けになった。脂汗など、人生で初めてかいたかもしれない。

「みつ兄!大丈夫!?死んでない!?」

 バタンと扉が開く音がして、春人が駆け寄ってきた。

「春人危ない。もう少し静かに…」

 焦っている春人はどこでこけてもおかしくない。秋生はそういうところが分かっているようで、春人を静止するように立ち上がった。

「ああ、ごめん。…みつ兄、死んでない?」
「…生きてる」

 死んでいて周りがこの冷静さだったら、少し悲しい。

「よかったぁ…」

 全然よくはない。だが、今にも泣きそうな顔で心配してもらえるのは悪くない。実に可愛い後輩だ。

「救急車を呼ぶと色々と面倒でしょうし、うちの車を呼んだわ」
「…そっちの方が面倒じゃねぇか」
「いや。好都合だ」

 華蓮が割って入ってくる。華蓮が他人の会話に割って入ってくるとき、その思考回路は到底ろくでもないと相場が決まっている。深月は露骨に顔をしかめたが、それに対して世月は楽しそうに口元を緩めた。

「あら、かーくんってば、何企んでるの?」
「元々、深月は入院させるつもりだった」

 何を言っているんだ。まさか、ポルターガイストの時点から計画済みなんてことは――大いに有り得そうで怖い。

「…計画的に下敷きしたってこと?」
「そこまでするか。今回の標的は病院にいる。だが、病院には特別待遇などない。用もないのに居座ってあちこち散策するわけにもいかないだろう」

 今回の標的が病院に居ると言うのは初耳だ。多分、加奈子のポルターガイストがなければ華蓮は今頃話していただろう。

「ああ…なるほど。だから深月を入院させて、深月にも情報を探ってもらいつつ、自分たちでも散策しやすくしようってことね。見舞いってことにすれば、居座っていても変じゃないし」
「そうだ」

 そう簡単に入院なんて出来るのかと問いたいが、問うまでもなく簡単に出来るだろう。何と言っても、この辺の病院は全部大鳥グループが関与している。となれば、後は鶴の一声ならぬ世月の一声だ。何もかも華蓮の都合よくでき過ぎていて嫌になる。

「何で俺なんだよ…。自分でやれよ」

 華蓮がやった方がことは早い。でなければ秋生だ。わざわざ何も感じない深月を潜入させる意味が分からない。

「お前が何でもすると言ったからだ」
「……ああ」

 だから深月なのか。確かに言ったが、いくら「何でも」と言っても少しぶっ飛びすぎているような気がする。その間の学校の出席はどうする気だったのだろう。とはいえ、結果的にどっちにしても深月は入院することになったわけであるし、他に変なことをやらされるよりはマシかもしれない。

「なんかかっこいいねぇ〜!潜入入院だって!」
「漫画みたいだな!」
「お前ら、他人事だと思って…」

 春人と秋生が目を輝かせている。どいつもこいつも、生きていると分かったら途端心配する気配すら見せないとはどういうことだ。とはいえ、深月ももしこうなっていたのが自分でなく他の誰かだったら、春人や秋生と変わりなかったかもしれない。特に華蓮だったなら全力で楽しんでいただろう。

「そんなに喋ってて大丈夫なの」
「…何が」
「さっきから喋るの苦しそうだから」

 そう言いながら、侑がしゃがんで深月を覗き込んできた。長い髪が重力のせいで垂れてきて、深月の頬をかする。流石外国人。それをかきあげるしぐさが様になっている。女装すれば世月よりも綺麗になるに違いない。

「喋ってないと痛みに意識が集中するだろ」
「そう…ならいいけど」
「お前、他に言うことないのか」

 誰のせいでこうなっているのか、分かっているのだろうか。そう言うと、侑は一瞬思いきり眉を顰めてから、ニヤリと気味の悪い笑みに表情を変えた。


「悪運の強い奴、命拾いしたな」
「はっ………っつ」

 別に礼を期待していたわけではないが、予想外の返答に思わず吹き出した。そして激痛が走った。


「大丈夫?」
「…お前、どこのラスボスだよ」

 少なくとも、深月のことを最後まで心配していたのは侑だけだ。それでチャラにしてやろう。しかし、息をするのも痛いのに笑いを誘ったことは重罪だ。


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