Long story


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「ひ……飛縁魔さん!!」

 目の前に現れた飛縁魔ーー縁に、桜生は思わず飛び付いていた。
 それは幻でも幽霊でもなく、確かにそこにいた。しっかりと触れ、体温も感じる。

「人の話聞いてたかい?…いや、まぁいい。そんなことより…あの蛇を助けてやらないと」
「え?」
「しゃきっとしな。あんたが助けるんだよ」
「えっ?…あっ、呼び方はゆかちゃんでどうですか?」
「そんなことは後にしな。さっさとしないと、手遅れになるよ」
「でっ…でも、どうやってですか!?」

 今、桜生が分かっていることは。
 確かに死んだ縁が、奇跡的に生きているということだけだ。

「あんたねぇ…自分の力なんだから、自分で分からなくてどうするだい?」
「…ぼくのちから?……僕、力は悪霊に根こそぎ持ってかれたので…ありませんけど」

 桜生が申し訳なさそうにそう言うと、縁はこれ以上ない程に呆れたという顔をして深い溜め息を吐いた。
 そして桜生を見て、もう一度深い溜め息を吐く。

「先が思いやられるね……」
「え?」
「…とりあえず、あの霧を晴らすからね。集中して、空から波が降ってくるところを想像しな」
「そ、空から波…?」
「いいから、やんな!」
「はっ、はいっ」

 バシッと背中を叩かれた桜生は、言われた通りに目の前にある霧に集中した。そして、空から波が降ってくる所を想像することにした。
 頭の中で思い描くのは、テレビでサーファーが高い波に乗っているところだ。青空が海、そこから高い高い波が押し寄せるところを想像した。空からというなら、神様や天使だろうか。天使と言えば世月だが。世月がサーフィンをしている姿を想像して、思わずくすりと笑ってしまう。

「気を散らすんじゃないよ」
「あ、ごめんなさい」
「…まぁ、初めてにしては上等さね」
「え?……えぇ!?」

 ざぱん、と音を立てて霧の上に波が流れ込んできた。
 そして、八都と妖怪を覆い隠していた霧を晴らす。というより、飲み込んでしまったと言うほうが正しいのかもしれない。

「……何…?」
「……」

 巨大な妖怪の目に刀を突き刺している八都が、呆然と天を見上げている。赤く染まっていた服がすっかり白さを取り戻しているが、全身びしょ濡れだった。
 そして、片目を潰されている妖怪が…ギロリと残った目でこちらを睨んだ。

「わぁああ!こっち向いた!」
「これくらいのことで怯むんじゃないよ」

 またしてもバシッと背中を叩かれる。

「……ひの、姉…さん?………ちょっと待って…まさか」
「そのまさかさね」
「飛縁魔さん改め、ゆかちゃんだよ!」
「はい?…ちょっ、っ!!」

 桜生の声に首を傾げる八都だったが、妖怪が身じろぎをしたことで振り落とされそうになる。八都は咄嗟に刀を引き抜き飛び上がり、妖怪から距離を取って地に足を着いた。
 妖怪の目から、じゅわじゅわと蒸気のようなものが立ち上る。それが妖気ではなく、この辺りの瘴気を吸い取ったものだと、桜生にはすぐに分かった。そして、ハッとした。

「……あれ、瘴気が見える?」
「そりゃ当たり前でしょ」

 苦しそうにじたばたしている妖怪の横を通り抜けて、八都が近寄ってくる。桜生は妖怪から放たれている瘴気を見つつ、首を傾げた。

「えっ?何で当たり前?」
「え……桜生、もしかして何も分かってないの?」
「え?」
「えぇー…」

 先程と全く同じだ。
 八都は一度深い溜め息を吐き、桜生を見て。今一度深い溜め息を吐いた。

「先が思いやられるね…」

 台詞まで全く同じだ。

「2人して何なの?」
「何なのって…あのね。桜生がひの姉さんを…」
「ゆかちゃんね」
「……ゆか姉さんを取り込んだの。桜生が」
「は?」
「いや、だからね…」

 どこか呆れたように八都が説明しようとしたところで、ずんっと地面が揺れた。身悶えていた妖怪が、目からだらだらと瘴気と血を流しながら体ごとゆっくりとこちらに向く。
 正面を向かれると、また一段と恐ろしさが増した。

「顔の動きさえ止めてもらえれば、首が切れるんだけど……桜生に出来そう?」
「やるしかないだろう?むしろ、あんたは大丈夫なのかい?」
「うん。李月から完全に断ち切ったから、あっちの影響は受けないし」
「えっ、そんなことして大丈夫なの?」

 先程までぐったりしていたのに、やけに元気に……それも、ごく稀にしか見たことのない姿で動き回っていると思ったら。
 李月の力で生きてるというのに、そこから完全に離れてしまうと魂だけが放り出された状態――つまり、死んでしまうのではないだろうか。

「僕が断ち切っても魂の一部が一時的に隔離されるだけだから問題ないよ。そう時間を空けなければ、またすぐに戻れる」
「…それなら、いいけど」
「あんたら、悠長に喋ってる暇はないよ」

 視線を向ける。
 目の前に、大きく開かれた口があった。

「姉さん、言うのが遅いって!」
「うわぁ!?」

 八都が飛び上がると同時に、桜生は縁に腰をひっ捕まれ宙を舞う。何とも情けない姿のまま妖怪から距離を取る間に、八都はその背中に乗っていた。

「きゅーちゃんの尻尾があるだろう?」
「え…あ、はい」
「あれを出して、あいつの動きを止めるんだ。あたしのは一本だその分強度が高いからね、顔をしっかり掴みな」
「あれを出してって…」
「つべこべ言わずに、さっさとやんな!」

 先程の波の時といい、何て無茶振りなんだろう。桜生はそんなことを思いながら、頭で真っ黒な尻尾を想像した。
 秋生は何となく感覚で出しているようなことを言っていた。桜生はそれがどんな感覚かも分からないので、ひとまず自分の尾てい骨辺りから尻尾が出ている様を想像してみた。
 すると、本当に出てきた。

「わぁっ、尻尾!」

 自分から出ている訳ではないようだが、背後から一本の尻尾がひょろりと出てきた。もふもふしていて、とてもさわり心地がいい。

「バカだねあんたは。そんなお飾り出してどうするんだい?…もっと大きく、あいつをぐるぐる巻きにするんだよ」
「も、もっと…大きく……」

 桜生は頭の中で想像する。
 真っ黒くて巨大な尻尾が、あの薄気味悪い妖怪の顔をぐるぐる巻きにする。しっかりと掴んで動けないようにしないといけない。そうすると、もふもふの尻尾に涎がつく。汚い。

「桜生、集中して。もっとキツく絞めて!」

 八都に指摘されて初めて、妖怪の顔に真っ黒い尻尾が巻き付いているのを知った。そしてそれを自分がやったことと、余計な雑念が入ったせいできっちりと動きを止めきれてないということも。

「う、うん…っ」

 桜生は再び想像する。
 涎は後で洗って乾かせばいいから、今はひとまず妖怪の動きを止める。精一杯の力で動きを止める。止めきる。

「……よし!」

 八都が刀を振りかざす。
 その時、初めて気が付いた。その腕が一本しかないことを。

「や、やっくん……!」
「ちょ、桜生…っ!まだ完全に…」

 桜生が集中を途切れされたせいで、尻尾の締め付けが緩んだ。八都は体ごと刀を突っ込み円を描くように首を切っているが、まだ半分までしか到達していない。このままでは刀を抜くことも出来ず、体ごとのめり込んでいる八都も動けない。
 しかし、今一度集中して尻尾を閉めようにももうほどけてしまいそうだ。間に合わない。


「この、ボケがぁ!!」
「ぎゃあ!?」

 突然、八都の頭に何かがぶち当たった。

「あ…」

 桜生が目を見開いた瞬間。
 すぱんっと、首が千切れる。ずどんと音と立てて、その場に転がり落ちた。


「てめぇ何考えてんだよ!ぶっ殺すぞ!」

 首の落ちた場所からよく知る怒鳴り声がする。首と一緒に地面に落ちた八都の首に、蛇が巻きつていた。

「…くるっ、苦しいってっ!」
「刀持ち出して完全に消えた挙げ句に腕1本失くすとかマジで殺すぞ!俺の動きが鈍くなるわ、李月は腕が動かなくなるわであわや大惨事だったんだからな!」
「……あっ、李月の腕は?付いてるの?」
「痺れてる程度だ。問題ない」

 首の反対側から李月が顔を出した。刀に付いた血を振って払っている。
 いつか――秋生に聞いたことがある。本体に戻った亞希が傷を受けると、それがそのまま華蓮に反映されたと。つまり、八都の腕がなくなったということは李月の腕もなくなるということなのだが。きっと、魂の断ち切りと同じで8分の1制度のおかげで痺れる程度で済んだのだろう。

「おお、よかった」
「問題なくねぇしよかねぇよ!」

 八都がいつもの姿に戻ると、一都もいつもの姿に戻る。しかし、八都の腕はなくなったままだ。
 双子アンドお父さんの再来だったが、それにうきうきしている場合ではない。

「ギャーギャーうるさいなぁ、一都は」
「そう言うな。こいつ、早く行かないとお前が危ないからってかなり無理したんだからな」
「はぁっ?」
「…そうなの?」
「誰がてめぇの心配なんかするか!バーカ!」

 そう吐き捨てると、しゅっと消えてしまった。そんなあからさまな態度を取ると、照れ隠しなのがバレバレだ。
 八都のために人一倍頑張った一都といい、満更ではない八都の表情といい、感情の共有が一際いい傾向に進んでいることに桜生は頬が緩んだ。

「……それで、何だってこんな物騒なものを相手にしようと思ったんだ?」
「最初は李月たちが来るまでの時間稼ぎになればと思ってたんだけど。桜生と姉さんが復活したから、いけるかも…って思って。李月、あれ見た?」
「あれって………あれ?」

 八都がこちらちを指差した。
 李月は疑問系で短く言葉を発しながら八都の指に誘われこちらを向き、そして全くおなじ言葉を再び放った。

「まぁ分かってると思うけど、取り込んだのはひの姉さん改め、ゆか姉さんね」
「……深月が知ったら卒倒するぞ」
「そりゃ楽しみで仕方がないね」

 李月が苦笑いを浮かべると、縁はくつくつと笑った。桜生には、その会話の意味が理解出来ない。

「何の話?」
「桜生、お前…何も分かってないのか?」
「えっ、何が?」

 何度目になるか。
 李月までもが、まるで示し会わせたように深い溜め息を吐き。そして桜生を見てから、また深い溜め息を吐くのだった。


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