Long story


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「この村は元々、ダムに沈んだ場所にあったそうだ」
「…ダムに沈んだ?」

 老人と別れて、さっそく仕事に取り掛かるのかと思ったが。
 李月はどうしてか、村に隣接している森の中に足を向けた。手入れがされていないことが一目で分かる森に何の躊躇もなく足を踏み入れられたのは、最近同じような森で遭難に近い体験をしたばかりだからかもしれない。
 それにしても、なぜ唐突に森の中を進むのか。桜生がその理由を問う前に李月が口を開くと、ついその話に食いついてしまい質問のタイミングを失った。

「そうだ。そこには長年この村が称えていた水の神様の祠があったが、自分達の村を守ってくれなかったと…その神を新しい場所に移すことなく、空っぽになった村と一緒にダムの底に沈めたのが全ての始まりだ」

 何と自分勝手な人間たちだろう。李月の話を聞いていると、そう思わずにはいられない。
 村がダムに沈むことなどそれこそ人間の勝手だというのに、それを神のせいにするなんてお門違いもいいところだ。むしろ古くから続く自然を汚す行為に、神の方が怒っても不思議ではない。
 立場を弁えろなどと大それたことを言うつもりはないし、桜生にはそんな権利も地位もない。しかし少なくとも、李月が村人たちを脅し大金を吹っ掛けたことへの同情心は綺麗さっぱりなくなった。

「それで…どうなったの?」
「ダムに沈み村の場所がここへ移ってしばらくは問題なく暮らしていたらしいが…ある時からめっきり雨が降らなくなり、作物が育たなくなった」
「……まさか、それが神様の祟りだとでも言うの?」

 馬鹿馬鹿しい。
 もし話が本当なら、神はダムに沈む前に人々を祟りで疫病を流行るなどしていたはずだ。ダムに沈んでしまった後では、いくら神とて成す術はない。
 祠を失くすことは、神が滅びるということ……それは死だ。神に死という概念があるのか桜生には分からないが、消えてしまうのだから、違えども等しいと言っていいだろう。
 この地の水神は――人々に殺されたようなものだ。

「よく分かったな。正にその通りだ」
「…そんなの、自業自得でしょ」

 祠を手放して生き延びられる神など……それこそ、人や妖怪を喰らえばいいのだろうが。そうなると既に神という存在ではない。
 だが、仮にそうなって尚もこの村の人間たちを呪おうとしたとしても。やっぱり桜生は、この村の人々には全く同情する気になどなれなかった。
 例えそれが大昔の話で、今暮らす人々は関係ないと言われても――今現在の村人たちも、同じ状況なら絶対に同じことをするという確信がある。
 だからやはり、仮に神が他の何かに堕ちて呪っていたとしても…同情には値しない。

「実際には、祟りでも何でもなかったんだがな」
「どういうこと?」
「調べてみたら、ダムが沈んでから丁度2年たつ頃から数年間ほど、全国的に雨が降らなくて水不足が深刻な問題となっていたらしい」
「……この村だけのことじゃなかったんだ」
「ああ。しかし、閉鎖的なこの村はそれが全国的なものとは露程も思わず、ダムに沈めた水神の祟りだと思い込んだ」
「救いようがないね。…でも、助けてあげるんだ」

 ここまでの話を聞いて察するに、李月は事前に全てを調べて来ているようだ。
 桜生は……桜生の性格では、例え相手がどんな人間であろうと、自分が助けられるのなら見捨てられず手を差し伸べるだろう。もし自分に力があれば、この村も嫌々ながらも迷わずに助けているだろうと思う。
 しかし、李月はそうではない。その性格からして、いくら大金を積まれてもこんな救いようがない人々を助けるとは思えない。それなのに、それでも助けようと思ったのは…単に場所が一番近いからというだけではないはずだ。

「村の人間に同情したわけじゃない」
「……じゃあ…どうして?」

 桜生の問いに李月は答えなかった。
 そしてその代わりにというように、この村の救いようのない歴史の続きを話し始める。

「ありがちな展開と言えばそうだが。神の祟りを鎮めるために貢ぎ物が成されるようになった。始めは作物だったが…それでも雨は降らず、牛などの家畜が捧げれれ、やがて人間にまで及んだ」
「人間の…生贄………」

 すっと、背筋が寒くなる感覚がした。9月になったとはいえまだ汗ばむ気候なのに、一瞬で体の芯まで冷えたみたいだ。
 秋生がそれに纏わることに遭遇し、酷く嫌悪していた。桜生はその話を聞いた時にあまり現実のことように思えなかった。そんな現実離れした話を…まさか、また耳にすることになるとは。それも、こんなにも短いスパンで。

「人身御供と言ってな。人間にとって最も重要とされる命を神に捧げることが、最上級の奉仕と考えられてのことなんだそうだ」
「それで…人を生贄に」

 更に背筋が寒くなった。

「既にダムに沈めた神にそんなことをしても何の意味もないが…間の悪いことに、この村で最初に人間を生贄とした年、全国的な水不足が解消された」
「………それが…生贄のおかげだと…」
「以来、20年以上も続けられたらしい。言い方が悪いが、当時は農作業には使えないとされた10歳より幼い子供だ」

 ―――嗚呼、なんてことだろう。
 思わず嘆きそうになる。

「……少女たち」

 頭の中で、あの老人が言っていた「少女たち」という言葉が思わず口を吐いた。
 20年以上。最低でも20人以上の幼い少女たちが、何の意味もない生贄に捧げられた。
 神と同じように……無慈悲に、殺されたのだ。

「中には、村のためならと腹を括って生贄となった者もいたのかもしれないが。多くの少女たちはこの世へ…この村に恨みを残し、その計り知れない憎悪があの井戸を呪っている」
「……どうしてあの井戸なの?あの場所が水源だって分かっててやってるの?」

 より多くの人間に呪いが行き渡るように、村のメイン水路を狙うのは当たり前のように思えるが。
 10歳にもならない子供ばかりで、そこまで考え付くだろうか?本当にそこまで考えて、皆で結託しあの井戸を呪っているのだとしたら…底知れない恨みを感じる。

「いや、既に少女たちに意思はない。もう完全にこの世への憎しみに呑み込まれてしまっていたからな。理由は単純で、彼女たちが捧げられた場所があの井戸だからだ」
「はっ!?」
「あの井戸が文字通り、神の口とされたってことだな。まぁ、神などいはしないが」
「あ、あ…あの井戸…って、あの井戸っ?あのっ?あの井戸なの!?」

 軽いパニックだった。
 桜生はその言葉の意味を理解しようと、頭をフル回転させる。しかし何度考え直しても答えは同じで、やはり軽いパニックだった。

「俺も何度も八都に聞き返した」
「…………でも、あの井戸から…村に…。あれ、って……のみ…飲み水、なんだ…よね?」
「ああ、そうだ」

 パニックを起こした脳が混乱していて、言葉が上手く出てこない。それでもどうにか吐き出した言葉に、李月が頷く。それがまた、更にパニックを起こしそうになる。
 あの井戸の中には、少なくとも20人の少女たちがいる。それは言葉通り物理的に、あの中に存在している。

「ひ…人を沈めた井戸の水を……、飲んでるの?」
「それだけじゃない。村人は皆、その事実を知っている」

 今度は吐き気が込み上げてきた。
 そして同時に、この村では決して何も口にしないと決めた。

「あっ、頭おかしいんじゃないの!?…それとも、昔は皆そうだったのっ?」
「そんなわけあるか。確かに、人身御供という言葉があるくらいだから、時代によっては生贄そのものはそう珍しくはなかったのかもしれない。ただ、流石にもっとこう…ちゃんとしてたろ」
「テレビとかで見るみたいな…祭壇を設けるとか…せめて滝に落ちるとか……?」

 桜生はよくアニメなどて見かける光景を思い浮かべる。それはあくまでアニメの…架空の、創造の産物として見ていたものだ。だからこれまでは、何とも思わずに見ることが出来た。
 今――確かに感じているこの肌寒さは、テレビの中の出来事では決して感じることはなかっただろう。こんなもの、感じたくはなかった。

「俺も詳しくはないから何とも言えないが、まぁそんな所だろう。それがいくら何でも、村の生活水源である井戸に生きたまま突き落とすなんて揃いも揃って常軌を逸してる。その事実を口にするだけで吐きそうだ」

 閉鎖的な村で時代遅れの風習が蔓延っていることはそう不思議じゃない。だが、この件については流石に時代云々の話ではない…ということだ。
 李月がここまで軽蔑の眼差しで、それも段々と声を大きくして何かを語ることは珍しい。それほど、この村の惨状が有り得ないということだ。

「……いつくん、それ全部1人で調べたの?」

 3日前に掲示板を見てからにしては、とても人間業とは思えない程の情報収集力だ。
 それも、こんなおぞましい内容を。
 例え村で聞き込みをしたからと言って簡単に教えてくれるわけもなく…ましてや、用が済んだら始末してしまおうと思う人間になど、尚更何も教えないはずだ。それなのに、一体どうやってここまで詳細に調べ尽くしたのだろうか。

「俺が調べたのは当時の全国の雨量程度だ。人身御供のことは深月に聞いて…」
「後は一昨日のうちに僕がここまで足を運んで調べたことだよ」

 ふっと、李月の隣に八都が顔を出した。

「やっくんが…ああ、そうか。やっくんなら聞き込みなんて必要ないしね」

 妖怪である八都ならば見つからずに人の家に出入りし、好き放題に調べることが出来る。どんな集落でも大体のことは記録として残しておくだろうし、それさえ見つけてしまえば調べるのは簡単なことだろう。
 更には、会話を盗み聞くことも出来る。もしかすると、李月を始末するような話をしていたことも聞いていたのかもしれない。

「うん、まぁね。……でも、どっかに忍び込んで記録を盗み見たわけじゃないんだ」
「……どういうこと?」

 問いかけると、八都はちらりと李月を見上げる。その先の顔が頷くのを確認して、再び桜生へと向いた。
 その意味深なやり取りを見て、もしかして自分に同伴依頼があったのは…先程老人を脅すために利用する以外に別の目的があるのかと、桜生は勘ぐった。

「………あの井戸を見た時、僕はこの村はこのまま滅ぶべきだと思った。少女たちも既に悪霊の成れの果てのようになっていて、救うことは出来ないと分かっていたし。だから、李月には他の仕事を探すように言おうと思ったんだ」

 八都は李月よりも直球だった。
 少女たちを目にして、すぐにそれが生贄であることが分かったのだろう。そして井戸に少女を投げ入れるような、この村の本質も。
 とても厳しい言葉がだったが、見放されても仕方のないことだと思った。

「じゃあ…どうして?」
「……滅んで欲しくないと思い…守っている人がいたからだよ」
「守ってる…?」

 八都は頷いてから、どこか悲しそうに溜め息を吐いた。

「そもそも生贄が行われていたのは何十年も前のことなのに、その子供たちの怨念――この土地に染み付いた底知れない呪いが、今になって効果を成すなんておかしいと思わない?」
「……もっとずっと前に滅んでてもおかしくない…呪いそのものは、その何十年前からあった、ってこと?」
「そう。でもそれが今まで効果を成さなかったのは、その呪いが意図的に抑制されてたから。この村は数十年前からずっと、第三者の手によって守られていたんだ」

 どう見ても救うに値しないこの村を、数十年も守り続けてきた第三者。
 どうしてそこまでして、この村を守ろうとするのか。そしてどうして……数十年も守り続けてきたものを、今になって見放すのか。
 理由は明白だ。決して見放した訳ではない。
 全ての事柄において永遠など有り得ない。
 それがきっと、その理由なのだ。そう思い付くのは容易なことだった。
 しかし…そうまでして守ろうとするならば、いっそ呪いそのものを無くすることは出来なかったのだろうか。

「……抑制するんじゃなくて、呪いを消すことは出来なかったの?」
「ただ人が人を呪うような…そんな簡単な話じゃないからね。命を対価とした恨みが土地に…それも何十人もってなると、とてもじゃないけど消し去ることなんて無理だよ」

 それは多分、大鳥高校が長い年月をかけて悪しきものを蓄積してきたのに似ているのだろう。それを積み重ねた結果、あの場所はもう手の施しようがない程になってしまった。
 そして同じくこの場所ももう、手の施しようがない。
 神に捧げられるはずの命、それを受けとる神はいない。その結果、命はこの土地を呪うために捧げられたものとなった。
 命を対価とした呪い。
 何十人もの命があの井戸を中心として水を伝って土地に染み付き、この村全体を呪っている。
 そんな呪いを……底知れぬ恨みに満ちた魂たちを、解き放つことは不可能ということだ。

「じゃあ…その誰かの代わりに、抑制するの?」
「ああ、そういうことだ」
「ぶっちゃけ、それすらも出来るかどうかは半信半疑だけど…」
「それでも助けろと言ったのはお前だろ」

 八都の言葉に李月は顔をしかめた。
 そしてそれが、先程答えて貰えなかった桜生の質問の答えだった。李月がこんな救いようのない村を助けようと思ったのは、八都に頼まれたからだ。

「…これから何十年も、守っていくの?」
「………抑制している中で、本当にごく僅かにだが…呪いの効力は衰えているらしい。だから、もしかしたら…いずれは解放される時もくるかもしれない」

 ごく僅か。もしかしたら…いずれは。
 表情から察するに、きっと途方もなく長い年月なのだろう。

「ま、李月が生きてる間にはまず無理……向こう数百年は消えやしないよ」
「いちいち人のやる気を削がないと気が済まないのかお前は。この度何の役にも立たないことを忘れたんじゃないだろうな?」
「それとこれとは話が別でしょ」
「…え?やっくんもやるんじゃないの?」
「いや、僕じゃ役不足だから。こういう恨み辛みは一都じゃないとね」
「…そんなに凄まじそうな呪いに一都君だけで?大丈夫なの?」

 聞いている限り、とても1匹――8分の1の力でどうこうなるようなものとは思えない。主体は一都だとしても全員で挑む程のものではないかと、桜生は不安に思う。
 桜生の不安そうな顔を見た八都が、何故か苦虫を噛み潰したような顔になった。

「それが……皆がそれぞれ感情を持ち出してから、8匹がひとつとなるのがどうも上手くいかなくなってるんだよね。いや、ひとつにはなれるんだけど…本来の力が出しきれないっていうか、どうも動きが鈍いっていうか」
「そうなんだ……。全然、そんな風に見えなかったけど」

 最後にまとまっていたのを見たのは…確か、文化祭の前の日だ。
 あの日は八都こそ参加していなかったものの、いつも通り巨大な蛇が頭を7つ並べて大層暴れまわっていた。相手が相手だったので一都は応援を要請していたが、その動きそのものに鈍さを感じはしなかったように思う。

「特に僕が…その、ほら」
「あ…思春期が治ってから?」

 思春期が治まってからということは…つまり、桜生が最後にまとまっていたのを見た時よりも後になってのことだ。
 桜生が学校の屋上で八都と飛縁魔と話した時のことを思い出しながら首を傾げると、八都が嫌そうに顔をしかめる。

「その言い方やめてってば。……とにかくその辺りから、それが特に顕著で。全員を呼ぶより、1匹に力を集中した方がまだマシなんだよね」
「…それで、一都くんだけで」

 八都は頷いてから、溜め息を吐いた。
 まるで自分が思春期を脱したことを申し訳なく思っているようだ。

「絶対に言わないけど、今亞希と喧嘩になったら確実にぼろ負けだよ……絶対に言わないけど」
「亞希とお前の力の差なんて俺の身体能力でカバーできる。仮に喧嘩になったとしても、勝つまでやめない」

 李月はそう言って八都の頭を思い切り叩いた。バシンという音と共に「痛っ」と声をあげた八都が、睨み付けるように李月を見上げる。
 多分、李月なりの励ましの言葉なのだろう。桜生にはそれが分かったが、すぐさま蛇の姿になって李月の腕に噛みついている八都にそれが理解出来ているかは謎だ。

「………それで、一都君と行くっていうのはいいんだけど。やっくんはどうして…そうまでして助けたいの?今…守ってる人と何か関係があるの?」
「僕はまだ、人の感情とか想いとかに慣れてないから…その人に同情したとかそういうんじゃないんだけど。…………桜生なら、きっと助けたいって言うと思ったから」
「え?僕?」

 首をかしげると同時に、道が開けた。
 光が差し込み、思わず一瞬だけ目を閉じる。

「何も知らないまま、泣かれるのは嫌だったから」
「え?何―――――あ」

 ゆっくりと目を開く。
 最初はぼんやりとして見えなかったが…しばらくすると、目の前に何かが広がっているのが分かった。

 ダムだ。

 それも……これは。
 ついこの間、秋生と一緒に見たばかりの…あのダムだった。

 桜生を一瞬でそう確信させたのは、通り抜けてきた森が似かよっていたことでも、ダムの大きさでもなく、ダムに貯められたその水が濁りなく澄みきっていたことだった。
 透き通るように綺麗な水は、今日も太陽の光を取り込んでキラキラと光っている。まるでその一面全てが宝石で埋まっているような、そんな輝きだった。

「……桜生、ここ知ってるの?」
「え?……いや、初めて来た。綺麗な水だね」

 この間の件は、桜生と秋生、それから睡蓮と春人だけの秘密だ。秋生が良狐にも口止めをしていたので、八都も亞希も知らない。
 夏フェスさえ終わってしまば話しても問題はなかったが、上手く誤魔化せたのだからこのまま誤魔化したままにしておこうという結論に至ったからだ。


「……じゃあ八都、後は任せたからな」
「うん」
「え?…いつくんどっか行くの?」

 森を出て数分もしないうちに、李月は元来た道へと踵を返そうとする。
 どこかへ行くのかと聞いたが、その行き先が先程の村であることは答えられなくても分かっていた。そして言わずとも分かっていることを察したのか、李月は桜生の問いには答えず、八都を指差した。

「桜生は八都と一緒に行け」
「………どこに?」
「行けば分かる」
「…分かった。……気を付けてね」
「ああ」

 桜生が今日ここに連れてこられたのは、あの老人に一泡吹かせるためではない。この時点でそう悟った桜生は、それ以上何も問うことなく李月を見送ることにした。
 きっとその答えは、八都に付いて行けば分かるのだろう。



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