Long story


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 けたたましいサイレンの音が耳に響く。
 さて、どこのトラップを解除し忘れたか。いつもどのエリアもくまなく確認するのに…そもそも、何のゲームをしていたんだったか。
 ………………。
 ……違う、ゲームじゃない。
 手にはコントローラーもない。目の前にテレビ画面もない。
 何より、ここはベッドの中だ。
 つまり、未だに鳴り響くサイレンはサイレンではなく…アラーム音だ。頭もとを探ると、程なくしてスマホが手に触れた。それを手にして、5時半という華蓮からしてみたら異常な時間にセットされたアラームを止める。
 こいつ、嫌がらせか。というよりも、不満からの抵抗か。
 どっちでもいいが。

「……秋生」

 あんな呪いの曲で一度も寝過ごさず目覚めていたのだから、こんな危機感しか呼び起こさない音に目覚めないはずがない。それなのにピクリとも動かない。
 つまり、最初から止めさせるつもりだったということだ。
 朝からいい度胸だな。と、華蓮は心の中で溢す。

「……作戦は大成功です」
「は?」

 華蓮の読み通り起きていた秋生は、ゆっくりと体をこちらに向けて顔の半分だけを布団から覗かせた。

「これまで華蓮先輩の寝起きの悪さに関して…睡蓮は日々頭を悩ませていましたが。俺はぶっちゃけ、そこまで深くは考えていませんでした」

 そう言ってから、秋生は自分の腕を差し出す。
 一見、何も見えない。
 だがそこには、華がかけた呪詛を二重掛けにして手のつけられなくなったものが、未だに存在している。一体、いつになったら消えるのか。

「ですがこの一件以来、睡蓮の言わんとすることを理解しました。それまでは家を半壊させるなんて大袈裟だと思ってましたが……やったことあるんですよね?」
「……日曜日に起こす方が悪い」
「日曜参観日という公式の登校日だったそうですが」
「……ノーコメントだ」

 あの日はたまたま、前日に李月と喧嘩をしてすこぶる機嫌の悪い中で眠りについたから余計に寝起きも悪かっただけだ――と、華蓮は頭の中でその日のことを思い出す。
 忘れもしない。あの日、危うく睡蓮に怪我をさせかせてしまった華蓮と李月は、琉生から想像を絶するほどの罰を受けた。忘れもしないが、決して思い出したくもない。
 大体、まるで華蓮が1人で家を壊したみたいな言い方をしているが。実際には、起きて頭が覚醒する前に洗面所で李月の顔を見て同時に喧嘩をけしかけて…結果、互いに頭が覚醒してないが故に加減が出来ず洗面所から風呂場、トイレ、2階の空き部屋がどこかに飛んでいったに過ぎない。
 それもこれも全部、日曜日に参観日なんて行事があったせいだ。

「まぁ、とにかく。そんなわけでやっと事の重大さが分かった俺は考えに考えて…色々と試しました」

 何をどれだけ試したのかということについては、敢えて聞かないことにした。
 華蓮は無言で、秋生が語る言葉に耳を傾ける。

「そしてついにこの時が…名付けて、目には目を、歯に歯を、ゲーム脳にはゲーム音を大作戦」

 秋生がぴっと、人差し指を立てた。

「何てったって先輩ですからね。ゲームの音にはどんなに深い眠りについていても脳が反応して、その結果思考回路が一瞬で駆け巡り…その音に類似するゲーム内での様々な状況や可能性を無意識に考えて…結果的に、脳が覚醒するのではと思った次第です」

 最初に警告音を聞いて、色々と駆け巡った連想。そして、それがゲームではないと気が付いてその音を止めてから…数分も経っていない現在。
 普段ならば、間違いなくまだ夢うつつだ。すぐにでも眠りにつけるはず…なのに。いつものように再び眠りにつくにのが難しいほどに、妙に頭がスッキリしている。
 
「作戦は大成功ですね」

 満面の笑み。
 確かに、ここまで冴え渡ってしまえばもう寝ることは出来ない。もう寝られないと諦めてしまえば、抵抗の破壊活動を起こす意味もない。
 腹いせに喧嘩を吹っ掛けたい気持ちがないでもないが、相手が秋生となるとそんな気すら起きない。満足げに可愛い笑顔を向けられると、戦意喪失待ったなしだ。
 これは全く、秋生の完封勝ちだ。

「……それで?休日に俺をこんな朝早くに起こして、その後のことは考えてるんだろうな?まさか、何の予定もなく起こしたなんて言ったらぶっ飛ばずぞ」

 起こされたことに関しては、素直に完封負けを認める(無論、口には出さないが)。そして完全に起きてしまった今重要なことは、普段は安眠しているこの時間を一体どう過ごすのかということだ。
 何となく答えは分かっていつつも問うと、案の定秋生は「しまった」というような顔をした。そして苦し紛れか、ぺろっと舌を出す。

「てへぺろ…痛っ!」

 いくら可愛いからといっても、流石に頭をひっ叩いた。
 華蓮はそのまま起き上がってカーテンを開ける。まだ日も満足に昇っていない。

「考えなしに人を起こしやがって…」

 仮にライブや学校がある日ならばまだいいものを。それだとしても、早起きなんて絶対にしたくないというのに。
 よりにもよって本当に何もない休日に、日も昇らないうちから起きるなんて。まだ何か予定でも考えているなら譲歩するが、本当に何も考えずにとなると。何となく予想はしていたとしても、喪失したはずの戦意が再燃しそうだ。

「……仕方ないじゃないですか。今日は料理も出来ないし」
「料理が出来ない?どうして?」

 それが「仕方ない」の言い訳になるかは置いておくとして。
 ほぼ秋生の為だけにあるのようなこの家のキッチン。秋生のためだけにあるような様々な食材の買い置き。それがあるのに、料理が出来ないとはどういうことだろうか。

「睡蓮が独り立ちするから、今日はどんなことがあっても7時までは降りてくるなって」

 独り立ちというのは言うまでもなく、朝食作りの話だろう。これまでも何度か挑戦しているのを見かけたことがあるが、いずれも最後までやりきったところは見たことがない。
 きっと、秋生が近くにいるとどうしても頼ってしまうのだ。だから、今回は絶対に頼れない環境を作っての挑戦なのだろう。

「今日は先輩並みに寝坊する気だったのに、目覚ましかけてないのに目が覚めるし。そうすると下が気になって仕方がないし。気になると今度は二度寝も出来ないし。何です?この悪循環?」
「悪循環だろうと何だろうとどうでもいいし、そんなことに俺を巻き込むな」
「……だって、先輩に相手してほしくなったんですもん」

 しゅんと落ち込んだように、秋生は小さな声で呟いた。そんな顔でこんなことを言われてしまっては、華蓮に悪態を吐く場所はなくなった。
 狙ってやっていても許してしまいそうな程なのに、これを素でやっているのだから本当に質が悪いと言ったらない。そればかりか、何だかこちらが悪いことをしているような気分になってしまう。

「分かった。もういいから、そんな顔をするな」
「ぶへっ」

 本当は抱き締めたかった所を、最後の意地なのか何なのか。華蓮は秋生の顔面に自分の手を押し付けた。
 不細工な声を出した秋生は、その勢いに押されぱたんとベッドに横たわる。そして、そのまま何かを考えるように天井を見つめた。

「今日、何か懐かしい夢を見た気がするんですけど…。それがどんな夢だったか、全然思い出せないんですよね」

 秋生はそう言いながら、天井に手を翳す。
 見た夢が思い出せないことが少しだけ寂しいような、そんな表情だった。

「懐かしい夢……」

 そういえば、華蓮も何か夢を見ていた。その夢を秋生と同じく全く思い出せないのは、間違いなくあのけたたましいアラーム音のせいだろうが。
 懐かしい夢、と言われれば。何か、そんなような夢だった気がしないでもない。

「でも、起きて寝られなくなって。しばらくして夢見たなーって思ってたら…何ていうか、すっごく先輩に相手して欲しくて。先輩の夢でも見てたんですかね?」
「……懐かしいって程、古い付き合いじゃないだろ」

 ごろごろっと転がってきた秋生が、胡座をかいていた華蓮の足元に当たる。華蓮がそう返しながら足元にある秋生の髪に触れると、少しくすぐったそうにしながら「確かに」と笑った。
 それ見て、華蓮の頭にふと過るものがあった。それは今の秋生と同じような、誰かの笑顔だった。

「まぁいっか。無事に先輩も起こす方法も発見したし、なんだかんだ相手してもらってるし。朝からハッピーです」
「どこがハッピーだ。今後毎回あれで起こされる俺の身にもなってみろ。お前にもやってやろうか」
「俺より早く起きることないじゃないですか。それに多分、俺には効果ないですよ」
「どうして?」

 華蓮が問うと、秋生は自信満々の様子で笑って見せた。
 そして、人差し指を立てる。


「あれは華蓮先輩専用ですからね」


 突如、アラーム音にかき消された夢が一瞬で頭の中に駆け巡った。
 幼い自分がそこにいた、かつての日常。それを当たり前のように過ごしていた、日々の記憶。

 懐かしい。家族の夢だった。

 心配しなくても、そのうち見つけてくれる人が現れるよ。その言葉が、頭の中で繰り返される。
 小学校には、間に合わなかった。


「……華蓮先輩?どうかしました?」

 突然無言になった華蓮を秋生が見上げる。不思議そうな、それでいて少しだけ不安そうな表情だった。
 華蓮はそんな秋生を見下ろした。

 会うべくして会う。
 もしあの懐かしい家族そのままそこにあれば、もっとずっと早く出会うことも出来たのかもしれない。小学校に上がるのに、間に合っていただろうか。
 夢の最後に見た人物を朧気に思い出しながら、華蓮は一瞬だけそんな風に考える。

「……いいや、何でもない」

 もしそうなら、今のこの一瞬はなかったのかもしれない。もっと遅くか、あるいは存在すらしなかったか。
 どうなのかは分からない。
 けれど、華蓮にとっては今ここにあるもの、今のこの家が、そこにいる人たちが、そして秋生が。あの時の家族と同じように、一番大切なものだ。
 だからきっと、あの家族は過去の懐かしい記憶でいい。
 今はまだ取り戻しせないとしても、すぐそこにある。手を伸ばせば、いつでもそこにある。


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