Long story


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「上の空ですね」

 テレビ画面では自分の動かす機体が次々と敵を薙ぎ倒している様が映し出されている。手元に狂いはないし、動きに鈍さだってない。いつもと全く同じだ。
 それなのに、隣にやってきた秋生が何故そんなことを言うのか華蓮には謎だった。

「どうして?」
「どうして…と言われましても。違いました?」
「……いや」

 謎ではあったが、間違いではなかった。しかし秋生に指摘されるまで、自分でも上の空であったことを認識はしていなかった。
 ついこの間、家族を目の当たりにした日のこともそうだが。どうやら知らないうちに、簡単に心情を見透かされるようになってしまったようだ。

「今日のことを考えてたんですか?」
「どちらかというと、今後のことだな…」
「今後のこと?」
「旧校舎の3階にいるいけ好かない奴のことだ。今日会った相手に、少し話を聞いた」

 全ての敵を破壊して戦闘が終わる。ノーミスノーダメージのミッションクリアで、文句なしのS評価。もう少しで次のステージが解放されるところだが、華蓮はそこでゲームの電源を落としてコントローラーを置いた。
 そして、隣に座った秋生へと視線を向ける。両手で持っている皿にはたい焼きのようなものが乗っていたが…華蓮の知っているたい焼きとは、少し出せ姿形が違った。

「勝てそうなんです?」
「…前より可能性はありそうたが、どうだろうな」

 動きを止める手段は分かったが、仮にそれを行ったとしても相手の呪詛でこちらの動きまで鈍らされては意味がない。何より、もう二度と呪詛を食らいたくない華蓮はどれだけ踏み込もうとしても、一歩引く形になってしまうだろう。
 だから呪詛を食らわず踏み込む術を考えなければらないのだが、皆目検討も付かない。おまけに同じ手は通用しないというし、八方塞がりという程ではないにしろほぼ行き詰まりだ。

「らしくないですね。いつもみたいに強気でいけばいいじゃないですか……どうぞ」
「お前は呪詛を解くばかりで食らったことがないから、適当なことが言えるんだろ」

 確かにいつもの華蓮ならば何ふり構わず突っ込んでいくだろう。しかし、呪詛だけはもう本当に食らいたくない。あの痛みを知っているなら誰だってそう思うはずだ。
 差し出された皿からたい焼きらしきものを取りながら、華蓮は顔をしかめた。手に取って見ても、やはり自分の知っているたい焼きとは違った。
 
「先輩速いのに、避けれないんですか?」
「避ける避けない以前に、気付かない」
「……ああそうか。受ける瞬間も見えないんですもんね」

 秋生はそう言いながら自分の腕に視線を落とした。華蓮の呪詛と秋生の呪詛が絡まってどうしようもなくなった呪詛は、未だに解けることなく常駐している。
 秋生には呪詛そのものが見えるので、それが発動した瞬間に視界に入るのだろう。使い方次第で、ただ変態を助長するだけの能力ではないようだ。

「せめて受ける瞬間でも分かれば、対処のしようはあるが」
「…見えなくても、方法がないことはないですよ」
「出来るのか?」

 華蓮の問いに、秋生は小さく頷いた。あることにはあるが役に立つかは分からないと、顔が語っていた。
 しかし、猫の手も借りたい気分の華蓮はどんな情報でも欲しい。そんな華蓮の思いを察したのか、秋生は少し間を置いてから口を開いた。

「呪詛って、普通はこんな風に触れてかけるじゃないですか」
「……何する気だ?」

 秋生が華蓮の腕に軽く触れる。
 微か体温と、僅かな力の流れを感じた華蓮は、思わずに顔をしかめた。

「ね、触れてると力の流れもダイレクトに感じるから気付くんです。ちなみに今のはただ流しただけですので…そんな顔しないでください」

 華蓮には自分がどんな顔をしていたのか見えないが、無意識にかなり警戒していたことは確かだ。
 そんな華蓮を見て秋生がしゅんとした顔をするのを見ると、無意識とはいえ少し可哀想に思えてくる。そして、無性に可愛らしくも。

「悪い。…それで?」
「……普通は今みたいにかけるんですけど、そうじゃない方法もあって…えーと、あ、そうだ」

 秋生は一度立ち上がりキッチンに向かうと、学校でいらなくなった新聞紙を持ち帰ったものを出してきた。職員室で束ねられ捨てられそうになっていたのを生ゴミを包むのにいいからと貰ってきて、それを家に運んだのは華蓮と李月だ。
 そんな生ゴミを包むためだけの新聞紙を、一体何に使うのか。

「こんな風に、触れなくても出来るんですよ」

 秋生が指を指す。そして一呼吸置いた次の瞬間。
 ふわっと、新聞紙が塵と化した。

「………何それ、本気?」
「うわっ、亞希さんっ!びっくりした!」

 突然目の前に現れた亞希に、秋生が驚きの声をあげる。
 一方で華蓮はそんな突然登場よりも、塵になった新聞紙への驚きの方が勝っていた。まるで焼却炉で燃やしたような、跡形もない姿になっている。

「何やったの?」
「本来は霊を動けなくする呪いなんですけど
…これ効力弱くて、害のない霊に数秒程度しか効かないんですよね。でも、小さい物とかだと木っ端微塵にできます」
「君…霊に呪いかけれるの?」
「俺が出来るのはこれだけです……まぁ、こんなの呪詛の内に入りませんけど。だから悪霊に会っても先輩任せなんですし」

 呪詛の内に入るとか入らないとかの問題なのだろうか、と華蓮は思う。それを口にすることも忘れるほど、塵になった新聞紙への驚きはまだ収まっていない。

「本当はもっと強力な呪詛もあるんですけど、それは本当に呪詛の才能に特化してて更に力が強くないと無理ってじーちゃんが言ってました。…父さんはよく使ってましたけど」
「……君のその才能は父親譲りってことか」
「いや、父さんは桁違いでしたよ。俺が触れずに出来るのは今みたいな…軽めの呪いだけですけど。父さんはどんな呪いでも触れずに出来ますから。それも本当に一瞬で」

 今、秋生が新聞紙に向けた呪詛も殆んど一瞬のようなものだった。
 それよりももっと一瞬となると、華蓮が全力で速度を上げた時よりもまだ速いのだろうか。それこそ、瞬きをするよりも。

「そして、触れないから相手は呪詛をかけられてることも気が付きません」
「………なるほど。それで気が付かなかったのか」

 前回、いつの間にか呪われていたことを思い出した。
 あれは二刀流と言って出してきた刀に触れたからだと華蓮は思っていたし、あの男もそれらしいことを言っていたが。どうやらそうではなく、それとは別に触れることなく呪詛を受けていたのだ。

「それで気付かなかったのか…って。方法が分かっても、気付けないなら同じだろ」
「そこがミソなんですよね」

 秋生がそう言って人差し指を立てるのを見て、華蓮はどこかデジャヴのようなものを感じた。
 それがどうしてなのかは、サッパリ分からなかった。

「触れない呪詛っていうのは、普通の呪詛よりも何十倍も神経を使うんです。だから呪詛に集中するために、何らかのアクションを起こします。これは誰でも絶対と言っても過言じゃなありません」
「何らかのアクション…?」
「はい。例えば俺は一呼吸置かないと集中出来ませんし…それで遅れを取っちゃうんです。父さんなんかは一度の瞬きで集中出来ちゃうから、ずるいですよね」

 呼吸と瞬き。
 どちらも一瞬のことのようだが、その一瞬の差は大きく違う。

「だから、その相手の集中方法が分かれば呪詛をかけられる瞬間は分かります。でも、それを見つけるのってそう簡単じゃないですから…役に立つかは分かりません」

 秋生の言う通り、普通に考えればそう簡単なことではない。ただでさえ一瞬で呪詛をかけられるのだから、その前の更に一瞬のアクションなどそう易々と見極められるものではない。それこそ、それを見極めるためだけに何度も呪詛を食らっていれば、いつかそのうち分かるのだろう。
 しかし、華蓮にはもう分かっていた。だから、二度と呪詛を食らう必要などない――二度と食らったりなんかしない。

「…君は救世主だね」

 突然現れた亞希は、そう言うとすっと消えていなくなった。
 それには華蓮も全く同意だった。

「これ程お前を尊敬する日がくるなんてな…」

 全く思い浮かばなかった打開策が、まさか秋生から得られるなんて。華蓮は思わず、そんなことを口にしていた。
 それを耳にした秋生は、どこか複雑そうな顔をする。

「……えっと…それ、褒められてます?」
「ああ」

 華蓮が頷くと、秋生はまた複雑そうな顔をした。そして何故か腕を組んで顔を俯かせて少しだけ考え、顔を上げた。

「じゃあ、ご褒美もらえます?」
「……何か欲しいもでもあるのか?」

 最近は少しばかり遠慮をしあくなった秋生だが、褒美が欲しいなんて…そんなことを言い出すなんて、また珍しい。
 そんなことを思いながら問いかけると、秋生はポケットからスマホを出してきた。

「…大好き」
「は?」
「を、録音させてください」
「……馬鹿か?」

 華蓮は呆れ返って、溜め息を吐いていた。
 しかし秋生は至って本気のようで、ずいっと前に乗り出してくる。

「二度とないかもしれないチャンスを二度も逃すなんて!」
「大好きだ」
「えっ…お、おれもだいすきです……じゃなくって!まだ録音ボタン押してないんですけど!」
「知るか」

 一度赤くなった後で怒ったように声を上げ、秋生はスマホを振り上げる。その瞬間に手からすっぽ抜けたスマホは勢いよく床に転がり、秋生は赤い顔を一瞬で青くした。
 華蓮はそんな秋生を横目に、ゲームの電源を入れる。しかし自分がどこのステージを進めていたかすら覚えておらず、余程上の空だったということを再認識した。

「画面割れてない…よかった。…華蓮先輩、何さっさとゲームしようとしてるんですか」
「お前がのろのろしてるからだろ」
「だって先輩が…」
「大好きだ」
「ああまた!先輩のばか!」
「勝手に言ってろ」

 喚く秋生を軽くあしらった華蓮は、既に開始画面が起動しているテレビ画面に視線を向けた。コントローラーを手に出来ないので、ずっと手にしていた形の変なたい焼きを口にする。形は変だが、味はそこら辺の屋台よりも十数倍に美味しいたい焼きだ。
 色々なことを頭に詰め込んだような一日だったが、結果としては悪くない一日だった。華蓮はそこら辺の屋台で売っているたい焼きよりも人一倍美味しいたい焼きを食べながら、思いの外満足していた。


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