Long story


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 教会は神社のように勝手に入っていいのだろうか。秋生がそんなことを考えている間に佐藤は勝手に中に入って行った。
 門のある場所から既にかなりの霊が姿が見えるが、春人の兄の言葉通りこの中には何人か外国人らしい霊も見受けられる。

「…行くか」
「はい。…妙に緊張しますね」
「そうだな」

 神社なんて何も考えずに一礼して鳥居を潜るというのに、教会の門を過ぎるだけでこんなにも緊張するものなのか。環境の差とは凄いものだ。
 李月の後に続き足を踏み入れると、何とも感じたことのない空気の変化を感じた。決して悪い空気でないことから、きっと教会独特の雰囲気なのだろう。

「…落ち着いた霊が多いですね」
「ああ。こんなところにあいつが行って大丈夫なのか不安になるな」
「まぁ、女の人相手にギャーギャー叫びはしないですよ」

 先程から喚き散らしてばかりで悪霊予備軍のようになっていたが、ここの空気に触れれば少しはマシになるだろう。と、思いたいところだ。
 佐藤は教会の敷地に足を踏み入れて一目散に礼拝堂のような所に入って行ったようだった。秋生と李月もその後を追い礼拝堂の中に入る。すると、かなりの数の霊たちが椅子に座って祈りを捧げていたり、霊同士で会話をしていたりと賑やかだった。そしてやはり、外国人の霊も少なくない。
 そんな中で、佐藤の姿を探そうと見回す…までもなく、簡単に見つかった。

「ああ、麗しの君!どうして逃げて行くんだ!!」
「………」
「待ってくれ!俺の恋文を…!」
「………」
「ヘイ!そこのプリティーガール!」
「………」

 言葉がないとはこの事だ。
 こんなにも霊が賑わっているのに、佐藤の周りだけ結界でも張られているような有り様だった。
 そしてこの礼拝堂の中は、敷地内に足を踏み入れた時よりも更に奇妙な感覚がした。何だかそわそわするような、変な感じだ。

「……秋の渾身の謝罪は回避だな」

 何とも言えない気持ちで佐藤を目で追っていると、李月が静かに呟いた。佐藤に話しかけられた霊たちが次々と消えて行くのが目に写る。つい今しがたまで穏やかな霊たちが沢山いたのに、このままではあっという間にもぬけの殻になってしまいそうだ。

「…見てるのも気が引けますね」
「外で待つか」
「はい」

 そうして、2人して入ってきたばかりの礼拝堂を出る。
 そわそわしていた気持ちは落ち着くが、それでも不思議な感覚は拭えない。そんな気持ちのまま来た道を戻るように門に向かいながら、秋生はふとあることを思い立った。

「そういえば…牧師さんとかって、いないんですかね」
「いないことはないだろうが…どうだろうな」
「休暇で旅行とか?」
「……それなら門は閉めるんじゃないか?ああ…でも、墓があるのか」

 李月が足を止める。
 先程は佐藤を追うことしか考えていなかったために、辺りをよく見渡すことはなかったが。李月が視線を向けている、礼拝堂から門とは反対側向かう道の向こうにそれらしきものが見えた。

「…キリスト教のお墓ってことですよね?」
「多分な。行ってみるか?」
「外国のお墓って珍しくて気になりますけど…そんな物珍しさで見ていいもんですかね」
「気の悪い霊がいたとして、呪われる前に見えるから大丈夫だろ。文句を言われたら立ち去ればいい」
「確かに…そうですね。行ってみます」

 これから先、教会に来る機会があるかと聞かれればきっとない確率の方が圧倒的に高い。観光名所になっているような場所ならあり得なくはいが、こんな…お墓が隣接しているような教会にはきっと縁もないだろう。
 そんな思いでお墓に向かう。先程は垣間見ただけだったが、開けた場所に出るとその敷地の大きさと墓の数に圧倒されそうになった。

「うわ、すごっ…めっちゃ広い」
「海外ドラマで見るあれだな」

 李月の言葉は正にその通りだった。
 広大な芝生のような土地に幾つも並ぶ低いお墓。生まれた年と亡くなった年、そして名前がローマ字で彫られている。
 今だかつて、墓地を目にしてこれ程感動したことはない。…人が眠っている場所を目に感動とは不謹慎かもしれないが、してしまったものは仕方がない。
 秋生は墓地に足を踏み入れ、並んでいる墓石に目を落とした。

「……日本人っぽい名前も多いですね」
「日本人にもキリスト教は少なくないからな」
「この辺のキリスト教徒の人は皆ここに埋葬されるんで………あれ?」

 ふと、ひとつの墓石に目が止まる。
 秋生の一歩後ろを歩いてきた李月が並び、同じ墓石を見下ろした。

 19XX−20XX
 Mikihisa Onigami

 墓石にはそう記されてあった。

「……鬼神」
「って…結構、珍しい名字ですよね」
「……ローマ字だから…漢字が同じとは限らないが。……秋、見てみろ」
「え?………え、何これ」

 隣の墓石も、その隣の墓石も。
 歩き進めていくその先の墓石には、どこまでも同じ名字が連なっていた。

「全部、亡くなった年が同じだ」

 李月のその言葉を聞いて、秋生は背筋が冷たくなった。
 不気味という言葉では片付けられない。とても恐ろしい何かを見てしまったような、そんな気がしてならない。

「……先輩の…親戚、でしょうか?それとも偶然?」
「いや」

 秋生の言葉に李月は首を横に振る。その横顔は、確信を持っているという表情だった。
 そんな李月の顔を見て、そして今一度墓石に視線を落として。秋生は思わずハッとした。

「李月さん、この年って…」
「ああ。この年は桜生が体を奪われ…」
「それから、華蓮先輩が家族を奪われた」

 自分達を取り巻くものの全てが始まった――始まったはずの、あの年。
 そんな年に「鬼神」という苗字の誰かが亡くなっている。それも、数人という単位ではなく…数十人という単位で。
 偶然にしては出来すぎている。また、背筋がひゅうっと冷たくなった。

「…で、でも。先輩の家って…お寺、ですよね?」
「ああ。だが、だから無関係…ってのは、少し無理があるだろ」

 華蓮の家の寺はあってないような扱いになっているので、その存在すら忘れそうになってしまうが。実際に寺は存在しているし、聞くところによれば鈴々がしっかり管理しているらしい…というのは余談だが。
 とにかく華蓮の家系は古くからお寺に関係してたずだ。だからこそ大鳥高校の心霊部があり、華蓮の家系から学生が配属され、その部に入ることが大鳥家との約束事になっている――と、最初の頃にそんな話を聞いたのは深月からだったか。その時に学生がいない場合はどうするのかと聞いたら、数年前までは大鳥高校に鬼神家の学生が途切れたことはなかったと深月は答えた。そうならないよう、一族で計画的に子供を生んでいたからだと。しかしある年から華蓮が入るまではしばらく途切れてしまい、酷い有り様だった……と、そうだ。そんなことを教えてもらったのだ。深月は確か、途切れた理由は分からないけど、とそうも言っていた。
 数年前に途切れた理由が、ここにあるというのだろうか。しかし、寺の家系である鬼神家の墓が、どうして教会にあるのか。或いは、奇跡的な偶然…それはやはり、李月の言葉通り無理がある。

「……先輩に聞いてみたら何か分かりますかね?」
「自分が母方の名字だということすら知らなかったくらいだからな。当てにはならないが…………何だ、気持ち悪いな」
「え?」

 当てにはならないと言いながらポケットからスマホを取り出した李月が、画面を見て顔をしかめる。どうしたのかと秋生が首をか傾げると、その画面を見せてくれた。
 「華蓮」と言う文字と、そして電話のマーク。つまり、今正に電話をしようとしていた相手から電話がかかっているということだ。サイレントモードにでもしているのか振動も音もないが、間違いない。

「え、えすぱー?」

 秋生が目を見開く横で、李月は通話ボタンを押す。

「お前、いよいよ秋の脳内まで監視し始めたのか?」

 スマホを耳に当てて第一声になんて言葉を発するのか。それも冗談ではなく本気のテンションと真顔で…というのは秋生にしか分からないのだが。
 電話の向こうから「はぁ?」という声が微かに聞こえる。当たり前の反応だなと思いながら、秋生は今後の会話がスムーズに進むことを祈りつつ苦笑いを浮かべていた。


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