Long story


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 リビングに行くと、まずキッチンに目を向けるのが習慣になってる。別に確認してどうなるということでもないが、何となく一番に目を向けてしまうのだ。
 それは今日も変わらず。いつもと同じように視線を向けると、いつもある顔…と全く同じだが違う顔があった。

「あ、夏川先輩。おはようございます」
「…おはよう」

 顔が同じなのにこんなに違和感を感じるものかと思いながら、華蓮はリビングに足を踏み入れた。
 ダイニングテーブルには「本日は和食しか受け付けません。各自お皿によそって食べるように!」と大きく書かれた紙が置かれてある。その文字を見て、味噌汁の匂いがすることに気がついた。

「夏川先輩、一大事ですよ」
「何が?」

 フライ返しをピッと立てた桜生は、真剣な眼差しを華蓮に向ける。どうやら料理をしているのではなく、フライパンから焼き魚を取ろうとしていたようだ。
 そんな桜生を横目に食器棚から皿を取り出しなから聞き返す。多分、今ここに秋生がいないことと関係しているのだろうと漠然と予想はしてみるが、今一よく分からない。

「これは浮気デートと判断します」
「………何が?」

 焼き魚を取った桜生は、事前にご飯をよそっていた茶碗を手にダイニングテーブルに移動する。そして今度は味噌汁をよそい、腰を落ち着けた。
 ほぼ同じ要領で華蓮も食事を準備して桜生の向かいに座る。それを待っていたのか、桜生は手を合わせるのと同時に口を開いた。

「何でも、秋生は夏川先輩と一緒にいると幸せ過ぎて死ぬ可能性があるのでいつくんと出掛けることにしたそうですよ」
「…はぁ?」
「というのは冗談…ではなく、秋生の幸せ過ぎて死ぬ発言は本当みたいですけど。朝早く学校に恋の伝道師を迎えに行ったら、そのまま行くって聞かなかったらしくて。秋生がじゃんけんに負けて、伝道師の意向に従うことになったんですって」
「それで李月が一緒に行ったのか。……悪かったな」

 もし華蓮が早起きをして秋生と一緒に学校に行ってら、予定通り華蓮と秋生が行くことになっただろう。
 つまり、今桜生が顔をしかめているのは、華蓮のせいということになる。しかし、桜生は華蓮の謝罪に対して首を横に振った。

「いえ、実際のところそんなに気にしてません。秋生といつくんに何かあるなんて微塵も思ってないですし。…ですよね?」
「ああ」
「でもなんか、ちょっとずるいっていうか。僕たちが学校に行ってる間に楽しく遊んでる…わけじゃないですけど。2人きりでお出かけなんて、ねぇ?」
「……やっぱり気にしてるってことだな」

 多分それは、李月と秋生の仲を疑っている訳というではない。ただ、自分の知らないところで…それも自分が真面目に(かどうかは置いておくとして)勉強をしている時に、どこかに出掛けて楽しんでいる(かもしれない)ということが気になるということだ。
 華蓮はそんなことを気にするような性格ではないが、何となく言いたいことは分かる。

「だって僕もお出かけしたいですっ。絶対にただ行って帰ってくるだけじゃないですよ!茶屋に寄り道とかして仲良くみたらし団子とか食べるんですよ!」
「茶屋って……江戸時代じゃあるまいし」

 どうして茶屋でみたらし団子なのかは不明だが。やはり華蓮の予想通り、桜生は李月と秋生が人知れずどこかで楽しんでいるかもしれないのが気になるようだ。
 桜生は一気にそう捲し立ててから、ずずっと味噌汁をすすった。そしてそんなに忙しないと噎せるのではという華蓮の予想通り、咳き込む。

「ごほっ…ごほっ。……秋生といつくんだけずるい」

 噎せて尚も続けるとは。
 毎日あれだけ遊び倒しているのに、それでも遊び足りないのかと一瞬思う華蓮だったが。すぐに、桜生ならばそれも仕方がないかと思い直した。

「……なら、俺たちも行くか?」
「へ?」

 胸をさする桜生が、きょとんとした顔をする。

「浮気デート」

 先程、桜生が使った言い回しをそのまま引用した。すると、きょとんとした顔が、みるみるうちに明るくなっていくのが分かった。
 そしてそれが頂点に上り詰めた瞬間、桜生はガタンっと音を立てて勢いよく立ち上がった。

「夏川先輩とデート!」
 
 これは多分、イエスの返答の代わりなのだろう。桜生は声を大きくしてそう言うと、再び椅子に腰を下ろした。
 そして噎せ返ったばかりだというのに、立ったまま瞬く間に食事を掻き込みはじめる。まだ半分以上残っていた朝食を、1分もしないうちに食べきってしまった。

「デートというからには、ジャージはダメですよっ」
「ああ」
「僕も飛縁魔さんに勝負服選んでもらわなきゃ!1時間後に出発でいいです?」
「ああ、分かった」
「よしっ。ごちそうさまでした!」

 桜生は手を合わせるとすぐさま食器を重ねて流しに放り込み、そのままリビングを後にした。あんなに忙しなければ秋生ならまず間違いなくこけているが、同じ双子ても違うものだ。
 そして再び食事を再開し何の気なしにテレビに目を向けると、テレビ前のソファに座っている侑と深月の怪訝そうな視線が目にはいった。

「秋生くんといっきーはあくまで目的あってのものでしょ?…これだともう間違いなく、言葉通りただの浮気デートだよね?これはアリなの?」
「…俺的には服選びに飛縁魔を呼びつけることの方がアリなの?って感じなんたけどよ。俺なんかこの前呼び出したことでまだこき使われんのに、あいつ桜生にだけ甘過ぎねーか」
「僕たちは子供扱いだけど、桜ちゃんはどちらかというと妹感覚なのかもしれないね。……いやじゃなくて、僕たちは浮気を黙認していいの?共犯だよ?いっきーにぶっ飛ばされない?」
「飛ばされるとしてもどうせ俺だろ…あ、まてよ。……ついでに伝道師の住んでたアパートでも見てきたらどうだ?もしかしたら、俺には分からなかったことが見えるかもしんねーし。うん、そうだ、それがいい。妙案だ。…だろ?」

 自分に言い聞かせるように納得した深月の視線が、華蓮に向く。口では「見てきたら」と言いながら、その目力は「見に行け」と強く主張していた。
 華蓮は焼き魚をつつきながら、その強い目力に軽く頷いた。

「妙案かどうかは定かじゃないがな」

 というより、やっつけ感が強いと言ってまず間違いない。華蓮としては、そんなに警戒しなくても李月に殴られることもないと思うが。深月は言っても聞きはしないだろう。
 それに、これといって行き先があって桜生に外出を提案したわけでもない。桜生に行きたい場所があれば話は別だが、立ち寄るくらいなら何の負担でもはない。

「よし。これで用事が出来たから李月たちと同じ土俵、俺はフルボッコ回避」
「今のニュアンスじゃあ、デートが本命でアパートがおまけみたいな言い方だけど…」
「うるせーな。丸く収まったんだから余計なこと言うんじゃねーよ」
「………いいのかなぁ」

 どこか煮え切らない侑の言葉を耳に、華蓮は丁度食べ終わった食器を重ねて席を立った。
 テレビではまた春人の兄のインタビューが特集されていて、本当に引っ張りだことはこのことだなとつくづく思う。その背後にいる秘書のような人物もかなり若く、これがまた随分と美形だった。それもあって世の奥様たちから絶大の人気だ…と、女性アナウンサーが興奮ぎみに語っている。
 狭い世の中だ。そのうちに見える全ての人物が自分達に関係してくるのではないかと、そのテレビを横目に華蓮はふと思う。そしてすぐに、さすがにそこまではないかと自分の考えに苦笑いを浮かべながらリビングを後にした。


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