Long story


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玖拾陸―――受け取り方はそれぞれ


 いいのだろうか?
 本当に、こんなことでいいのだろうか?

「喧嘩売ってんのかてめぇ」
「は?」
「何でそんな幸せそうなんだよ!喧嘩売ってんのか!!」

 恋の伝道師こと佐藤はそう声を荒らげ、バンと机を叩いた。幽霊なのに机が叩けることに驚くが、それよりもそれにより部屋全体が揺れたことに驚いた。
 時刻は午前7時。まだ誰も登校する時間ではないこの時間、秋生は佐藤を迎えに学校に来ていた。新聞部の結界の中に閉じ込められ一夜を過ごしたせいか、佐藤はかなりご機嫌斜めのようだ。

「それが悩ましいところなんだよな…」

 そう秋生が腕を組むと、佐藤はこれ以上ない程に顔をしかめる。

「……まじで喧嘩売ってんのか…」

 佐藤のそんな呟きは、秋生には聞こえていない。多分今なら、佐藤の歯の浮くような恋文の朗読も聞き流してしまうだろう。
 それは決して、秋生がどこか浮かれているというわけではない。端から見ればそうなのかもしれないが…秋生は割りと真剣に悩んでいる。

 昨日、華蓮の様子がおかしいと感じたのは間違いではなかった。それは呪詛の様子が変だということだけではなく、普段とは何ら変わりないようなその姿にも少しならず違和感のようなものを覚えたからだ。
 勘違いかもしれないと思っていたそれを確信したのは、亞希を呼び出してしまった後に会ったときだ。パッと見はやはり普段と変わりないように見えたが、すぐにいつもとは違うと分かった。それが自分の失態に怒っているということではないとも。
 そして、昼間のことを思い出した。
 華蓮が、家族を見たと語った時のことを。まるで他人事のように語っていた、あの違和感を思い出した。その時、それが原因だとすぐに分かった。
 けれどそれは華蓮の問題であり、秋生にはどうすることも出来はしない。そう思って、立ち去ろうとした。そうして振り返った瞬間に、そうしてはいけないと直感した。
 結果的にそれは間違っていなかった。
 ただ、秋生は何も出来ないと言いながらも、本当は少しでも華蓮に何か出来ることがあればと思っていた。しかし秋生が何かするでもなく、華蓮はいつの間にか立ち直っていた。
 はっきり言って、昨日はこれ以上ない程に幸せだった。問題は、自分が幸せになってどうするのかと言うことだ。
 いいのだろうか?
 自分ばかりこんなに幸せでいいのか?
 自問自答の結論……駄目ではない。けれど、良くもない。華蓮は秋生がそうなら自分もそうだからと言っていたが、秋生的にそれでは納得できない。あれだけ言葉で伝えても、それを上回ることを返される。昨日はわりかし頑張ったつもりだったが、それでも足りなかった。足りない、本当に足りない。どうすれば、同じだけの幸せを感じてもらうことが出来るだろう。

「妬んで呪うなよ。…秋、終わったぞ」
「あ…李月さん、早かったですね」
「無駄に巧妙に張られていたが…大したことはない。それに、助っ人もいたしな」
「こんなことなら、朝から顔を出すんじゃなかった」

 新聞部に足を踏み入れた李月と、その隣にどこか不服そうな亞希が顔を出す。普段は大勢で賑わって狭い室内に、2人プラス、1妖怪プラス、1幽霊。自分を含め、何ともちぐはぐな組み合わせだなと秋生は思った。
 そして、このちぐはぐな組み合わせになった経緯はとても単純だ。学校を休み出掛ける秋生は生徒が登校する前に佐藤を回収したい。しかし、結界を解くために必要な華蓮は朝早くに起きない。だが、桜生に叩き起こされ比較的早起きが多くなった李月ならいる。普段から何かと張り合いほぼ互角の李月と華蓮だが、早起きに関しては李月の方が勝っていると言えば、或いは華蓮も早く起きるのかと秋生は考え、そんなこと口にして華蓮の逆鱗に触れては嫌なのでその疑問は心にしまうことにしたが。とにかく、李月なら結界を解けるということで同行。そして。

「ありがとうございました、亞希さん」
「まぁ、礼を言われるだけマシか。じゃあ、俺は帰るよ」
「はい」

 秋生が頷くと同時に亞希は消え、秋生が手にしていた華蓮のバットも消えた。
 この仕組みは未だにサッパリ分からない。しかし、それを理解する必要はないのだろう。

「……秋が亞希を呼び出すのは、流石に見慣れなさそうだな」
「そもそも、見慣れるほどやったりしませんよ」

 昨日の失態から一夜明け。いつものように朝食を作るべく一番に起床した秋生がリビングに向かうと、ダイニングテーブルに良狐と亞希がいた。
 普段はいるはずのない姿を目にして、もしかして後遺症でも出たのかと心配した秋生だが。そうではなく、呪詛の効力が強まっているようだの教えられた。そして、華蓮が寝ている間に今一度亞希を呼び出すよう言われ、最初は拒否した秋生だったが。しつこく迫られて観念し、実行してみると…驚くほどすんなりと、まるで良狐を呼び寄せる時のように簡単に亞希を呼ぶことが出来た。それも、亞希の魂を引きずり出すことなく呼べたために、華蓮を含め何の負担もないという。そして何より、勝手に手にバットが握られていたことに一番驚いた。
 そんな訳で結界を張った華蓮の動力源である亞希を呼び寄せ、李月の手伝いをしてもらったのいうわけだ。ちなみに、呼び出せるだけで華蓮のようにバットを飛ばしたり、巨大な手を出したりという芸当は出来なかった――といようり、亞希曰く秋生にはその辺りの才能がないということらしい。ちょっとショックだったが、そこは仕方がない。

「じゃあ、用も済んだしひとまず帰るぞ。大人しくしとけよな」
「は?これから俺の恋人探しにいくんだろ」
「まず1回家に帰ってからだよ」
「何でだよ」
「…今日先輩、何か当番でしたっけ?」
「いや」
「それならあと1時間は起きないし、起きてすぐ出るわけでも…」
「んなこと知るか!」

 バンッと音がして、またしても部屋が揺れる。今はまだ大丈夫だが、何度も繰り返されると乗り物酔いになりそうな嫌な感覚だ。
 秋生と李月は一度顔を見合わせて、それから佐藤に視線を戻す。この霊は終始怒ってばっかりだが、それがこの環境に少しばかりでも感化され気性が荒くなっているのか。それとも持って生まれたものなのかは今のところ分からない。

「俺は今すぐ行く!一刻も早く恋人が欲しいんだ!」
「いや…でも、先輩がいないと…」
「お前最初は1人で行く気だったろ!」
「……1回地獄を回避した後でやっぱり地獄なって、地獄二割増しじゃん。嫌だよ」

 華蓮が自らやっぱり行かないと言うのなら諦めるしかない。しかし、そうではないのにどうして自分から地獄を選ぶ必要があるのかと、秋生は顔をしかめる。
 多分、今の悩める秋生にはその地獄も大したことではないのだろうが…何せ、本人はそれに気付いていない。

「あいつがいないなら、こいつと一緒に行けばいい」

 と、佐藤は李月を指差した。
 確かに、華蓮でないといけないわけではない。地獄のポエムを間に入って阻止してくれるか、せめてあの地獄を共有し愚痴を吐き出せる誰かがいればいい。つまり、李月でも問題はない。

「それは…申し訳ないし」
「まっくろくろすけだって同じだろ」
「う、まぁ…そうだけど」

 決して、華蓮ならば申し訳なくないという意味ではない。
 ただ、何というか。きっと秋生のことを思ってなんだろうが…それでも、自分から申し出た華蓮と。このままでは明らかに巻き込み事故になってしまう李月とでは、申し訳ない気持ちの持ちようが違う。

「つまり、秋が華蓮にだけは遠慮を感じなくなってきたか…感じつつも頼れるまでにはなったってことだ。進歩だな」
「それって……進歩…なんです?」

 そう言われてみれば、そうかもしれないと秋生は思った。今回のようなことも申し訳ないという気持ちを持ちながら、でも華蓮なら頼ってもいいかもと思う気持ちがある。
 しかしそれは、見方によっては図々しいということではないかと、少し不安になってしまう。

「進歩に決まってるだろ。なぁ?」
「知るかよ…。んなことどうでもいいから、さっさと俺の麗しの君を探しに行かせてくれ。こいつが嫌ってんならお前だけでもいいんだからよ、俺は」

 怒りを爆発させ過ぎて疲れたのか、佐藤はトーンは低めだ。しかしそれでも、言葉の断片に寒気を感じるような言葉を織り混ぜて来ることは忘れない。ポリシーなのだろうか、だとすればとんだ大迷惑なポリシーだが。

「……まぁ、俺はそれでもいいが」
「いやそれは色々と本末転倒というか…結局何もしてなくて罪悪感が…」
「お前まじ自己中だな」
「いやあんたにだけは言われたくねぇよ」

 秋生と佐藤が睨み合う。
 すると李月が溜め息を吐きながら「やめろ」と、2人の間に割って入った。

「じゃんけんだ、じゃんけん。勝った方に従う」
「じゃんけんか…それならまぁ、いいだろ」
「…異論なしです」

 このまま言い争っていても決着はつかないし、ならば勝負で解決するというのは単純かつ聡明な判断だろう。そして幽霊とでも出来ると勝負としてじゃんけんほど、これまた単純で分かりやすいものはない。
 秋生と佐藤はお互いに手を出して、そしてまた睨み合った。


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