Long story
これは泣きついているのと一緒なのだろうか、と。頭の中で少しだけ考える。
いつまで経っても。
抱き締めている腕の中にいる秋生を、離すことができない。何の気なしに、いつものようにした行動だったのに。ただ少し、安心したかっただけだった。
秋生は動かない。何を言うこともない。ただ、抱きすくめられてじっとしている。…と思った矢先、少しだけ秋生の体が動いた。
「…先輩、寝そうです」
「……寝るなら寝てもいい」
とにかく、今は。
離したくない。今この場に、間違いなく存在する安心を。一番大切なものを。
「大口を叩いて押し入った手前…それはなんといいますか」
「俺の知ったことじゃない」
「…あ、ちょっといつもの先輩っぽい」
腕の中に収まっていた秋生が顔を上げ、華蓮に手を伸ばす。無意識に抱き締める手を緩めると、秋生は華蓮の首に手回してぎゅっと抱き付いてきた。
その体勢的に、華蓮の方が秋生に抱き締められているようになる。これはいよいよ、泣きついているのに等しいのではないだろうか、と華蓮は思った。
「華蓮先輩、大好きです」
「…何だ、藪から棒に」
「大好きです」
秋生は華蓮の言葉に返すことなく、今一度そう言った。
そしてもう一度。
「大好きです」
どこに吐き出すこともできず。体の中に渦巻く、どうしようもない気持ちが…薄れていくのを感じた。
幼い頃目にした、恨みと憎しみに変えたその辛さが。再び目にして、何にも変えられず心を締め付けていたその辛さが。
それは無くなるのではなく…まるで、別の何かに包まれるような、変わっていくような。不思議な感覚だった。
「……秋生」
「は…うわっ」
自分を抱き締めている体を少し押すと、いとも簡単に転がった。
そのまま、今度はまた華蓮が秋生を抱き締める。しばらくそうして顔を上げると、少しだけ不安そうな視線とぶつかった。
「もう、呪詛…は。勘弁してください」
「呪詛…は?」
「…た…他意はないですっ」
「ふうん?」
「い…いつもの性悪先輩だ…。良いような、悪いよう…っっ」
赤くなりながらぶつぶつ言う秋生に、その口を塞ぐようにキスをする。余計なことばかり言うからいつもこうされるのだと、いい加減学んべばいいのにと思うが。きっと、いつまで経っても学ぶことなはいのだろう。華蓮としては、それはそれでも構わない。
一層赤くなったその顔を見下ろすと、今さら何を恥ずかしがるのか…すっと視線が逸れた。
「秋生」
亞希の言うとおり、言葉で伝えなくても伝わっているのだろう。だからきっと、今のままでも何も問題はないのだと分かっている。
けれど…先程、もう泣きついているのに等しいことをしてしたような気がする今。泣きつくくらいなら、いっそもう何でも同じだとも思う。
「好きだ」
秋生は大きく目を見開いた。
そして、一瞬で耳まで赤くする。
「な、何…」
「大好きだ」
「ちょ、ちょっと待…」
「大好きだ」
途中から両手で顔を覆っていたが。言葉を遮って三度目の言葉を口にする頃には、いよいよ沸騰しそうな程に赤くなっているのが垣間見えた。
そしてしばらくもたたないうちに顔を隠す手が離れ見えた表情は、何故かどこか困ったようなものだった。
「こんな時まで…俺を幸せにしてどうするんですか……」
こんな時…というのはきっと。秋生が何となくでも、華蓮の辛さを感じての言葉なのだろう。
困ったように呟いた秋生は再び華蓮の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついてきた。華蓮はすかさず、それを抱き締め返す。
「まぁ…お前がそうなら、俺も同じだからな」
抱き締めたままそう言うと、秋生の力が一瞬強くなった後…ふと僅かな力で肩を押され、少しだけ体を離す。
そして目の前にある顔を見つめると、華蓮の視線はどうしてかとても真剣そうな瞳とぶつかった。
「……さっきの言葉は撤回です」
「は?」
「他意はあります」
それは華蓮にとっては思いもよらない展開だった。まさか秋生がそんなことを口にするなんて、頭の片隅にもなかったからだ。
そんな唐突な申し出に思わず口許を緩めた華蓮は、撤回の撤回が発言される前にその口を塞ぐことにした。
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mokuji
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