Long story


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 部屋の前から中を覗き見た秋生は、亞希がふらふらしているその姿を目にして「わぁあ…」と泣きそうな声をあげる。
 秋生の背後から出てきた良狐が、狐の姿となり華蓮の横をすり抜けて亞希の前に顔を出した。

「おぬし、大丈夫よの」
「あ?…良狐?……何だ、どういうことだ?」
「……ひとまずこれと言って害はなさそうじゃ」

 良狐が振り返りそう声を漏らすと、秋生は心底安心したように溜め息を吐いた。
 のも、つかの間。

「先輩、亞希さんっ。ごめんさなさい!!」

 安心したような顔から一変して、凄い勢いで頭を下げる。そのまま頭を床に打ち付けて、尚も土下座にシフトしそうな勢いだ。
 取り合えず秋生が本当に頭を床に打ち付ける前にその腕を引く。ゆっくりとあがってきた顔は「申し訳ないです」と大きく顔に書いているような…本当に、そんな顔だった。

「……お前たちの仕業なのか?」

 秋生は小さく頷いた。
 そして、再度「本当にすいません」と呟くような声を出した。

「言い出したのはこやつじゃが…手を貸したわらわも同罪よの。すまぬ」

 良狐までがなんの躊躇もなく謝るとは、何事だというのか。
 華蓮は思わず亞希と目を合わせる。その顔に驚きが隠れていないのは、どちらも同じだ。

「一体…何をしたんだ?」

 驚きながらも問いかけると、秋生がおずおずと腕を差し出した。それは、夏休みが終わる直前に華蓮が呪詛をかけたその腕だ。
 ただの腕にしか見えないが、これが…この呪詛が、一体どうしたというのだろう。もしも強引に解かれたのなら気付くはずだが、そんな様子もない。

「華蓮先輩の呪詛に、呪詛を二重掛けしました」
「……解くだけじゃなくて、かけることも出来るのか」

 最初に秋生から呪詛を解いてもらった時に、掛ける方のことを言っていたかどうだったかは覚えていない。
 ただ、その解き方は祖父を見ていて覚えたと言っていた。それならば、掛ける方も祖父を見て覚えたのだろうか。解く方を専門にしている人間が…それを掛ける側に回ることがあるのか疑問に思うが。

「……呪詛のかけ方は…小さい頃、父さんに教わりました。あんまりいいものじゃないから…基本的に隠せって言われてたので」
「小さい頃って…」

 呪詛がかけられるのを隠していたことに関して、それほど思うことはなかった。それよりも驚いたことは、教わったのが秋生の父が生きていた頃…2歳とか3歳とか、幼いと言うにしても幼すぎる年齢だ。

「才能だな…」

 亞希が呟く。
 ふらついていた頭もおおよそ回復したようで、床にあぐらをかいて良狐を抱えていた。その良狐が亞希の言葉に賛同するように頷き、そして口を開く。

「そやつのもっとも秀でた才能じゃの。それもただの二重掛けではなく…そなたの呪詛を取り込むことで、そなたの力ごと取り込むという…とんでもない代物じゃ」
「そんな馬鹿な」

 良狐の言葉に亞希が目を見開く。
 華蓮はあまり呪詛に詳しくない。しかし、元々かかっている呪詛に呪詛を重ねて相手の力を取り込むなんて話は聞いたこともない。そして、亞希の反応からするにきっと…普通では有り得ないことのようだ。

「わらわもこやつから話を聞いた時には、よもやそのようなことが出来るはずはあるまいと思うたが…結果はその通りじゃ」
「……先輩、これ」

 秋生が背中から、何かを出してくる。
 先程まで何も持っているようには見えなかったが。恐る恐ると差しだしたそれは…紛れもなく、華蓮のバットだった。
 華蓮は何も言葉が出ず、そのバットを受け取る。手にしてみても間違いなく、新しくしたばかりの自分のバットだった。

「つまり俺は…その子に呼び出されたということか?」
「そういうことになるの。亞希が目の前に出てきた時には流石に肝が冷えたが…お主、すぐに呼び戻したであろう?」
「……ああ」
「いくら呪詛とはいえ、契約者には及ばぬということじゃ。ただ…武器だけ残されていた故、何かの不具合で亞希に異変が起きていては…と思うての」

 それで亞希の身を案じて、血相を変えて走って来たということだ。

「…今はもう、何ともない。魂が揺さぶられたことで衝撃を感じただけのようだ」
「無理矢理呼び出してすぐに呼び戻したゆえ、反動が大きかったのやもしれぬ。……何にしても、軽率な行動であった。すまぬの」
「……すいませんでした」

 良狐が謝辞を述べると、秋生も再び頭を下げる。
 確かにかなり焦りはしたが。理由が分かってかつ、結果的に何もなかったのならそれほど目くじらを立てる理由はない。
 しかし、気になることはある。

「それはまぁ…いいが。……呪詛はどうなったんだ?解けたのか?」
「いえ…どっちの呪詛も解けてません。というよりむしろ…自然に解けるのを待つしかなくなりました」
「亞希が出てきたことに驚いて、最後の締めでこやつが中途半端なミスをしたのじゃ。変に絡まってもう収集がつかぬ」

 狐姿でも、どこか呆れているのが見てとれる。自分でやっておきながら、自分で収集をつけれなくなるとは…何とも秋生らしいものだが。
 とはいえ、大事に至らなかったからいいものの。呪詛の締めを失敗するなんて、一歩間違えば大事になるかもしれないことだ。

「お前、やるからにはもう少し気を付けろ」
「すっ…すいません……」

 しゅんと肩を竦める。
 本当はほいほい呪詛なんてかけようとするなと言いたいところだが、秋生にほいほい呪詛をかけている手前そこまでは言えなかった。そもそもこうなったのもその呪詛があったからこそで、元を辿れば華蓮のせいと言えなくもない。
 そう考えると、あれだけ焦らされたと言えどもあまり怒れない…そして、そんな気分にもなれない。
 目の前から亞希がいなくなった…一瞬だけ、失ったかと思った時に感じた、あの焦り。それを思い出すと、つい脳裏に浮かぶのだ。自分が、本当に失ったものが。

「……もういい。気にするな」

 華蓮は一度溜め息を吐いて、脳裏にあるものを振り払った。そして謝り続ける秋生の頭に手を置くと、その瞳と視線が合うと同時に秋生の手が自分のそれに重なった。

「何だ?」
「あ…いえ。えっと…」

 手が離れる。しかし秋生は、どこか不安そうに華蓮を見上げたままだ。
 気にするなと言ったが、それでもまだ気にしているのだろうか。秋生ならそれも有り得るが、何だか違うようにも思う。

「…俺は縁側に戻る。良狐」
「うむ。わらわも行く」

 背後から聞こえた声に振り替えると、亞希は言うや否や窓から足を踏み出していた。その頭には良狐を乗せて、そのままふわりと夜空に舞った。
 ひゅうと吹いた風が、頬を撫でる。まだそんな季節でもないのに、どこか冷たく感じた。

「……俺も…戻ります」
「ああ」

 再び秋生に視線を戻し、短く答えた。
 ゆっくりと踵を返す秋生を最後まで見送ることなく、ドアノブを引く。その視線は既に、真っ暗な部屋の中へと向いていた。

「―――やっぱり!」
「うわっ」

 再び扉が開かれ、自分のかけていた力と反対に働く力に引きずられた。少しだけバランスを崩したがすぐに持ち直し、開かれた扉の先にいる秋生に視線を向ける。

「……ここに、います」

 それは、いつものように許可を取るような問いかけではなかった。

「どうして」

 短く問う。
 秋生は一瞬だけどこか困った表情を浮かべるが。それはすぐ、何か…まるで、確信を持ったような表情に変わった。

「…俺がいてどうこうなることじゃないと思いますけど。でも、今…華蓮先輩を、1人にしたくないです」

 じっと見つめられる。

 ……きっと、泣きつくことは出来ない。
 しかし。
 
「あ…でも、出ていけと言われたら逆らえないんですけど」
「……いや」

 追い出すはずはない。
 秋生の腕を引き、華蓮は静かに扉を閉じた。


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