Long story


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 人がいて、話題があり、会話がある。
 そうすると、元々自分の脳を占めていたものが頭の隅に追いやられていく。しかし、それらがなくなった瞬間、まるでその時を待っていたかのように頭の中に浮かび上がってくる。そしてまた、脳内を占める。
 自分の部屋の中に誰もいないのは当たり前だ。寝転び、天井を見上げていても話題などない。一人で会話などもっての他だ。
 頭の中に浮かぶ。
 遠い昔のことにように思っていた記憶が、目の前にある。頭の中から離れない。
 それは、笑顔の溢れた幸せそうな家族だ。


「……静かな夜に、随分と荒れているな」

 誰もいないはずの部屋の中にどこからか声がして、あるはずのない会話が始まろうとする。華蓮はそれを特に不思議とも思わず、その会話を始めることにした。

「酒が不味くなると、文句でも言いにきたか」
「いや」

 窓に視線を向ける。閉めていたはずの窓が開いており、月明かりに照らされて酒瓶が輝いて見える。
 華蓮の言葉に、亞希は首を振った。

「……悪かった」

 思いもよらない言葉に、華蓮は酒瓶からその顔に視線を移した。しかし窓の外を向くその顔が、どんな表情をしているのか分からない。
 華蓮は何も答えなかった。全く想像していなかった言葉に対して、何と言っていいのか分からなかったからだ。

「先に家の中を見ておくべきだった」
「……どうして?」
「言わずとも分かっているだろう」

 静かな夜に、随分と荒れている。
 亞希の先程の言葉が、頭の中で繰り返される。異論はない。

 今日見たあの光景を、忘れられずにいる。
 笑顔で幸せそうに暮らしている家族を。

 ずっと前に、同じ光景を見た時。
 華蓮の中にはどうしようもない悲しみと、怒りと、憎しみと、恨みが込み上げた。その時の感情を、忘れたことはない。
 あの瞬間、それは確かに華蓮の生きる糧となった。その恨みを晴らすことだけしか頭になくなり、二度とこんな思いはしなくないと人を遠ざけた。

 けれど今は、違う。
 あの時とは違い、家族よりも大切なものがある今。
 同じ光景を目にして感じるものは、怒りでもない。恨みでもない。憎しみでもない。
 それが生きる糧となることはない。恨みを晴らすことで頭が支配されることもない。人を遠ざけることもない。
 だが、いつか取り戻すと誓った気持ちは変わらない。一番ではなくなっていても、それが自分の大切な家族に変わりないからだ。
 
 そしてだからこそ、今は。

「……キツいな」

 ただ。ただ、辛い。
 その気持ちが溢れるばかりで。恨みや憎しみのような、捌け口がない。
 溢れるばかりで、行き場がない。止めどなく流れてくるこの気持ちを、どうすることも出来ない。

「それはきっと、誰にもどうすることも出来ない」
「分かっている」

 だから自分で、どうにかするしかない。

「違う。乗り越えろと…そういう意味じゃない」
「お前…」

 また勝手に人の心を読むな、と言おうとしてやめた。きっと読もうとしなくても感じ取れるほどに、漏れ出しているのだろう。
 溢れているというのはそういうことだ。自分でも分かっている。

「なら、どうすればいい?……お前なら、どうする?」

 華蓮が問うと、窓の外を向いていた視線がこちらに向いた。

「俺なら良狐に泣きつくかな」
「………泣きつくのか」
「ああ、大袈裟に泣きつく」

 それはそんなに堂々と言うことかと思う反面、当たり前のようにそうあれる関係が羨ましくも思う。そういう関係になれるかどうかはきっと、華蓮次第なのだろうが。
 ただ、仮にそんなことがあったらその時は、華蓮の幼い容姿のままではなく本体で泣きついてくれとだけ助言したい。

「今のお前には無理だろうな」

 それは、心を読まなくても分かりきっているという様子だった。
 華蓮には返す言葉もなく、亞希から視線を逸らし何もない天井を見上げた。しかしその傍ら、その言葉にすこし引っ掛かりを感じた。

「…今の?」

 天井に、自分の顔が写り込む。いい加減慣れたものだが、じっと見つめたいものでもない。
 そう思いながらも見ていると、亞希は「泣きつくは一生ないか」と少しだけ口許を緩めた。それから、言葉を続ける。

「お前が言葉を口にしない分、僅かな変化にも気付くようになるものだ」
「?」
「だからこそ、言葉ばかりが全てではないと言えるわけだな」

 無意識的に、華蓮の前から再び窓へと移動した亞希を目で追っていた。
 容姿そのものはもう見慣れたものだ。しかし、酒を煽るその姿が自分よりも随分と大人に見えるのには、未だに違和感がある。

「…どういう意味だ?」
「それはきっと、そのう…ち」

 亞希の言葉が、止まる。


「ッ」


 ゾワッと、体の中に何かが駆け巡った。



「……亞希?」



 視線を逸らしたつもりはなかった。
 つい、今の今まで窓に座っていた亞希の姿がない。どこにもいない。
 視界の中だけの話ではない。


 自分の中に在るはずの魂の存在を感じない。


「―――亞希!!」


 寝転んでいた体を起こし、咄嗟に声を上げていた。
 バットを引き寄せるときのように、体の中にある…はずの魂を、呼び寄せる。



「―――ッ」

 ドサッと、自分の上に何かが落ちてきた。
 幼い…自分の姿をした、子供。

「亞希!」
「……華蓮…か?」

 亞希が華蓮の名を呼ぶことは滅多にない。普段とは違う呼び方…そこから感じる焦り…その感情を受け、亞希の魂が自分に戻ったことを実感する。
 そして同時に、突然と亞希が消えたことに自分もかなり焦っていたことに気がついた。

「…何だ、今のは」
「分からない。…魂が、引きずり出された…」

 亞希が頭を振って顔をしかめる。
 先程の感覚を思い起こす。魂の存在を感じなくなったのは、文字通り華蓮の中からその魂がなくなったからだった。

「何で、突然…誰が」
「―――取り合えず、リビングだ」
「リビング?どうして?」

 華蓮の問いに亞希は首を振る。
 まだ脳がはっきりしないのか、片手で頭を押さえたままだ。そして、その手は震えていた。

「俺にも何が何だか分からない。ただ、引きずり出された場所がリビングだったことは確かだ」

 華蓮はベッドから降りる。
 部屋の扉を開けると、バタバタと足音が聞こえてきた。

「あっ…先輩!」

 階段の角から、顔が覗かれる。

「しゅ…」
「あ…亞希さん!亞希さんは大丈夫ですか!?」

 リビングに赴くまでもなく。どうやら、犯人は自ら出頭してきたようだ。
 華蓮の言葉を遮って声を荒らげた秋生は、まるでこの世の終わりのような表情を浮かべていた。


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