Long story


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 あれから吉田隆の母親に再三お礼を言われ、菓子折りを持たされそうになったのをどうにか断り、そして吉田隆の家を後にした。あとは学校に戻って、何食わぬ顔で新聞部の部室に赴けばいいだけなのだが。



「……ぅえっ」


 凄まじい嘔吐感が秋生を襲う。
 吉田隆がいなくなって体を軽く感じたのは一瞬のことだった。すぐに体は石を背負っているかのように重くなり、おまけに頭痛が発症し、嘔吐感まで襲ってきた。吉田隆が憑依していたことの代償なのだろうが、ここまで酷いとは想定外だった。
 見つけた公園で一休みして、落ち着いたと思ったので歩き出したのはいいが、歩けばすぐに嘔吐感がやってくる。これでは埒が明かないと思い必死に一歩ずつ歩き進めるが、一向に学校は見えない。そもそも、来るときは吉田隆まかせだったためにろくに道を見ていなかった。歩いている方向があっているかも分からないが、それを確かめるすべもないし、何より確かめる余裕もない。


「最悪だ…」

 くらくらとする頭を押さえても頭痛はなくならない。次第に視界がぼやけてきて、これはいよいよやばいぞと感じ始めた。もう一度どこかで休息を取らなければ。そう思い、辺りを見渡すが公園らしきものは見えない。いつの間にか住宅街でもなくなっているし、見慣れない一本道になっている。これは確実に道に迷っている。しかし、今はそれよりも座る場所だ。そう思い、ふらふらと歩いていると少し先に水たまりのようなものが見えた。


「……池だ…」


 池があるということは、近くに公園があるかもしれない。秋生はそう思い、池のある方に向かう。歩くスピードが足腰曲がった老人以下のため、一向に池には近づかないが、そでもひたすらに歩いた。

「おい」

 ふと声を掛けられ振り返る。目の前に現れたのは、いかにも根暗そうな男だ。服はぼろぼろだし、部長ひげを生やしていて、不清潔そうなこと極まりない。ホームレスだろうか。


「……んだよ」
「何か探しているのか?一緒に探してやろうか」
「はぁ?」
「体調が悪そうだぞ。そうだ、休む場所をやろう」
「……いらねぇよ、寄ってくんな」

 新手のナンパにしては下手すぎる。それに、ここは学校内ではない。男が男をナンパすなんてことがそう簡単にあるとは思えない。

「休む場所をやろう。休む場所をやろう」

 全く人の話を聞いてない。それどころか、どんどん近寄ってくる。

「うるせぇな、寄ってくんなって言ってんだ――」



 しまった。



「ヤスムバショヲヤロウ。ダカラ、ソノカラダヲヨコセ」




 人間ではない。と、気付いた時にはもう、ソレとの距離は数十センチもなかった。
 逃げなければ。そう思うが、体が思うように動かない。別に金縛りにあっているわけではない。吉田隆を憑依させた代償のせいだ。



「―――ッ」


 呑まれる。そう感じた瞬間、秋生は恐怖から目を閉じた。




「失せろ」

「ぎゃあああああああ!!」



 秋生が目を閉じた瞬間、聞きなれた声と、秋生に近寄ってきていたモノの寄生が続いた。一瞬のことだったが、秋生が驚いて再び眼を開いた時、秋生を襲おうとしたモノの代わりに別の人物が目の前に立っていた。


「せん…ぱい」

 秋生は目の前によく知る人物を確認すると、腰が抜けてしまいその場に座り込んでしまった。
 華蓮はごみを払うようにバッドを振ると、秋生に視線を向けた。

「馬鹿か貴様は!」
「ひっ」

 視線を向けられたかと思うと、頭上から怒声が響いた。文字通り、頭に響いた。

「悪霊になりかかった霊を憑依させる奴があるか!」
「す、すいません…!」

 華蓮の怒声に土下座の勢いで謝る。一体どこでバレてしまったのだろうか。秋生には皆目見当もつかないが、今はそれどころではない。このままでは悪霊に呑まれる前に、華蓮に殺されてしまう。

「謝るくらいなら最初からするな。死にたいのか」
「ご、ごめんなさい!で、でも吉田隆を早く成仏させようと必死でして…」
「いくら成仏させても、貴様が死んだら意味ないだろうが。いくらキチガイバンドの話がしたいからといって命かける馬鹿がどこにいる」
「いや、俺はどちらかというと先輩に認めて欲しくって…」
「もっと悪い!」

 秋生の言葉は最後まで繋がらない。何か言うたびに途中で華蓮の怒号が降ってくるからだ。秋生は何かと言おうとするが、この時点で何を言ってももうダメだと確信し、俯いた。


「……すいませんでした」

 確実に終わった。屑認定の下は一体なんだろう。ゴミクズ認定だろうか。
 もしかして、自分は追放されてしまうのではないだろうか。確実にされるに違いない。最近の数々の役立ずっぷりに加えて、この始末だ。華蓮がここまで声を荒げて怒ったところなど今まで見たことがない。見たら最後と言う奴かもしれない。
 秋生は追放を覚悟しつつ、しかし自分とった行動を心の底から後悔することはできなかった。吉田隆の母親は、吉田隆と直接話せて幸せそうだったからだ。涙を浮かべて、秋生に何度もお礼を言った。あの姿を見てしまったら、後悔しようにもできない。

「はぁ……大丈夫か」
「え…?」
 
 次はどんな罵声が飛んでくるかと待ち構えていたら、溜息とともに予想外の声が飛んできて秋生は思わず顔を上げた。それと同時に、華蓮が秋生に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「拒絶反応が出ているだろう」
「だ…大丈夫です。…いつもより体が重くて、少し頭痛と、吐き気と、眩暈がするだけで」

 華蓮に怒声を浴びせられ、ゴミクズ認定されたことへのショックと比べれば、なんてことはない。

「それを大丈夫とは言わない」

 そう言って、華蓮はまた呆れたようにため息を吐いた。
 ああ、また価値を下げてしまった。一体どういう受け答えをすれば、挽回できるのだろうか。それとも、もうすでに挽回不可能なところまできているということか。
 急に怒声がやんだのも、完全に見放されたということなのだろうか。


「ほんとに…、すいませんでした」

 秋生が勝手に出て来たせいで華蓮は学校の外まで赴くことになったわけだ。どうして追いかけてきたのかを秋生的に考えた結果、秋生が呑まれてしまったらその始末が面倒臭いからだとうと言うことは容易に想像できた。仮にも人より力が強い秋生が呑まれると、厄介であることは自分でもなんとなく分かる。吉田隆は成仏しなければ消せばよかっただけの話だ。それなのに秋生のせいでわざわざ走る羽目になり、おまけにそこらの低級悪霊も消す羽目になり。そして秋生に罵声を浴びせる羽目になり。秋生のせいでしなくてもよかった気苦労がいくつも増えたわけだから、怒るのも無理はない。秋生は申し訳ない思いから再び俯き、いたたまれなくなって今一度謝った。


「吉田隆を成仏させたことは、よくやった」
「え…」

 秋生が顔を上げると、加奈子が褒めてもらっていた時のように秋生の頭に華蓮の手が乗った。かちあった視線は怒っている様子もなく、呆れている様子もなく。今まで見たこともないくらい、優しい目をしていた。
 しかし、それも一瞬のことで、華蓮はすぐに手を離すと視線を逸らし立ち上がった。


「俺…、ゴミクズ認定じゃないんすか」
「何をわけの分からないことを言っている」

「心霊部解雇とかじゃないんすか…」
「何でそうなる」

「先輩の役に立ってますか…?」


「愚問だ」


 それはどちらの意味なのだろうか。
 その言葉からその真意は読み取れなかったらが、吉田親子を見習って役に立っていると勝手に思っておこう。差し出された手を取りながら、秋生は自分の顔がにやけるのを抑えるので必死だった。


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