Long story


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「す、すご…」

 決して狭いアパートではない。しかし、これだけの霊たちがごった返していては…触れることはなければ実際に圧迫感もないのに、とてつもなく窮屈さを感じる。
 まるで見せ物小屋にでも顔を覗かせるように、霊たちはちらちらとこちらを気にしていた。

「この中で…生活してるんですか?」
「まさか。全員、普段は押入れの中で悠々自適に過ごしているからこれ程窮屈じゃない。今は珍しいもの見たさで出てきているだけだ」
「……押入れに…全員?」
「勿論普通の押入れでもない。かの有名な四次元ポケット原理だ」
「はあ…なるほど……」

 成る程と言っておきながら、その原理についてはサッパリ理解はしていなかった。ただ、なんとなく無限の空間があるのだろうな…と、漠然と理解しただけだ。

「秋には何か見えてるの?」
「うん…まぁ、世月さんは何も言ってないのか?」
「それが世月さん、部屋に入ってきてすぐに押し入れの中に行っちゃったから」
「ああ、そうなんだ……」

 春人が後ろを振り返り指差す先に、一見何の変哲もないような押入れがあった。しかし、秋生にはそれが凄まじい異空間のような…この世のもの…ではないのだろうが。何とも説明し難い何かしらの、とてつもないもののように見えた。もし未来に出来るポケットがこんな異様な空気を醸し出すなら、絶対に付けて歩きたくはない。

「秋生、どうしたの?」
「……何も見えないんだよな…」
「…うん。僕には何もなくなっちゃったからね」

 桜生はそう、どこか気力なく呟いた。
 力を根こそぎ奪われてしまった桜生は、残った怪力を駆使することへと意欲を燃やしているが。心のどこかでは、元々あったものを失くしたことを寂しく思っているのだろう。

「何もなくなったというのは語弊だ」
「え?」
「中身は無くとも、まだ器があるからな。……春人」
「…はい、桜ちゃんじっとして!」
「え!?」

 視線を向けられた春人は何を思ったか、桜生の背後に回って羽交い締めにした。桜生の驚く顔を見て、多分自分も同じような顔をしているのだろうなと思う。
 何かアクションを起こした方がいいのかと感がえたが、秋生が固まっている間に桜生の周りに一瞬だけ風が舞ったように見え……それで終わった。目の前にいた隼人は特に何をするでもなく、春人の羽交い締めも終わる。

「なに…何っ?なにっ!?」

 自分の体のあちこちを触りながら、桜生はあたふたと慌てている。その様子に何か変わった所はない。

「心配しなくても、今は何も起こってはいない」
「……い…今は?」
「その辺りは不確定だ」
「へぇ?」
「そのうち分かるよ〜。隼人は超直感型だけど、絶対に外さないから〜」

 何とも呑気な口調だが、春人がそう言うならきっとそうなのだろうと秋生は思う。秋生が春人の口調のように呑気に浮け止められるのは、あくまで他人事だからかなのかもしれないが。

「春くんが言うなら…まぁいいか」

 どうやらそうでもなかったらしい。
 桜生は今一度自分自身を見渡してからそう呟いていた。

「……それで、これからどうしたらいいの?」
「待っていればそのうち出てくる」
「出てくるってだ……うわ!世月さん!ビックリした!」

 秋生には見えないが、春人が後ずさったことからその場に世月が顔を出したということはすぐに分かった。
 きっとこれが、待っていればそのうち出てくるということだったのだろう。

「世月さんが、若い女の子たち連れてきてくれたって」
「へぇ……ああ、本当だ。沢山出てきた」

 桜生の言葉を耳にしてすぐき、押し入れの扉が開くことなくすり抜けるてぞろぞろと人が出てくるのが目に入った。
 全員10代から20代の、文字通り若い女性ばかり。総勢19人。

「よしじゃあ、しっかり説得しないと」
「…頑張る」

 桜生と春人には霊が見えないため、その役割は秋生と世月――主に秋生が引き受けるべきだろう。
 そう思い、一歩意気込んで前に出る。
 この場で今から、佐藤の性格を知って尚も相手をしてくれるような人物を探さなければならない。

「あ、その前に。参考までに伝道師の自作恋文を読んどくね」

 春人がポケットから、事前に用意していたらしい紙切れを取り出してきた。見えないし聞こえないのに誰からその内容を聞いたのか…というのは今はどうでもいい。
 読むのか、あれを。

「拝啓、まだ見ぬ麗しの君へ。その美しい瞳、艶のある肌……」

 冒頭の時点でゾッとした。
 始まった恋文演説に耳を塞ぎつつ女性たちに視線を向けると、誰もが引きつった表情を浮かべていつ。
 幽霊相手に艶のある肌とな何なのだと……そんな突っ込みは入れるまでもなかった。



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