Long story


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 頭の中に情報が渋滞しているが、ひとまず優先すべきは恋の伝道師への対処だ。というより、それを解決する他に秋生に出来ることはない。それすら一人では解決出来ないのだから自分の無力さと来たら…などと、自分を卑下するのは今は置いておこう。
 まずは、春人と桜生、そして世月と共にやって来た琉生の家。この家で恋の伝道師、佐藤の恋人候補を見つけなければならない。この場に佐藤本人を連れて来なかったのは、秋生の拒否反応も去ることながら、まずここで佐藤の性格をのべた上で了承を得てから会わせないと、絶対に上手くはいかないと双月からのお達しがあったからだ。

「ここが…兄貴の家?」
「普通のアパートだね。いや別に、普通がいけないってんじゃないんだけど」
「幽霊っぽい気配も全然しないし」

 桜生の言葉通り、至って普通の2階建てアパートだった。いつか華蓮と乗り込んだ李月の住んでた場所は、高級マンションながらも霊たちがうようよしていたのがよく見えたが。ここは全くそれがない。
 そして、あのマンションよりもかなり庶民的だ――オートロックもないので、羽で飛ばなくてもいいのは実にありがたい。 近寄ってみると庶民的とは言え比較的新しいアパートのようで、外装はシンプルながらもとても綺麗だった。

「……210号室…2階の一番奥だって」

 世月から部屋の場所を聞いたらしい春人に言われて、その部屋へと進む。
 階段を上がり各部屋の前を通って、あっという間に目的の部屋についた。部屋の横に部屋番号と「柊」という表札を目にして、間違いのないことを確認する。

「ピンポーン」
「うわっ」
「桜ちゃん、躊躇ないなっ」

 桜生が声を出してインターホンを押すと、声と同じ効果音が聞こえる。別に何を意気込むわけでないが、何となくまだ心の準備が出来ていなかった秋生と春人は思わず桜生の背後に隠れてしまう。
 桜生は先にインターホンから声でも返ってくるかと思っての行動だったのか、それを越えてガチャンと鍵の開く音を耳にして「わっ」と声を出して春人を押し出すように背後に隠れた。

「よりによって何で関係ない俺!?」
「そんなに近くにいたら扉にぶつかるぞ」
「えっ、あ、すいま……げぇっっ!!」

 押し出された春人が扉の目の前にいることで、扉は少ししか開かれていない。その隙間から覗く顔を見て、春人は人を訪ねるにしては中々酷い声をあげた。
 秋生と桜生は、今日何度めとなるか。またして顔を合わせる。それも、今日一番の驚きの表情で。

「イケメン国会議員…」

 声も揃う。
 ついこの間、テレビでインタビューされていたのを見たばかりだ。あの時、春人から唐突にカミングアウトされたことは忘れもしない。春人の兄であり…そして、琉生の恋人だと聞いたあの時の驚きの再来だ。

「……まさか…先生の友達っていうのが隼人(はやと)のことだったなんて…あっ、世月さん知ってたな!」
「喚くな。あと、ここの管理を任されているのはもう1人だ」

 もう1人というのが秋生と桜生には分からなかったが、春人が振り返り「ガトリング次男のこと」と教えてくれた。そしてまたすぐ扉の方に顔を向ける。
 春人が一歩下がると、扉が大きく開いた。するとテレビで見た時はスーツ姿だったが、今は七分袖Tシャツにジーパンという実にラフな全貌が見てとれる。イケメン議員はスーツではなくともイケメンだった。

「…じゃあ何でいるの?」
「俺が仕事で数日こっちの方にいることを聞き付けて、ならその間は旅行に行くから交代だと押し付けてきた」
「え?旅行?」
「仕事道具は持って行った」
「チッ」

 また盗むつもりだったのだろうか。この間ガトリングで懲らしめられたばかりだというのに…いや、全く懲らしめられてはいないようだ。
 春人が舌打ちをするのを前に、秋生と桜生はまた顔を合わせて苦笑いを浮かべる。本当に、今日は幾度となく顔を合わせている。

「それで、何しにここに来たんだ?」
「ああ、そうだ。まずは、まぁどうせ分かってると思うけど、この2人先生の弟。こっちが秋生でこっちが桜ちゃん。それから2人とも、こっちが隼人…麒麟ガチ勢だよ」

 春人は秋生の腕を引き前に出して名を紹介し、次に桜生の腕を引き前に出してあだ名を紹介した。それに対して桜生は「正確には桜生です」と小声で名を述べる。
 押し出された秋生と桜生を見て、隼人は「友人の扱いが雑だな」と眉を潜めた。そしてその視線は秋生と桜生に向く。

「君が狐憑きで…君が空っぽの聖杯か……」
「え?」

 秋生と桜生をじっと…というほどではなく見て、隼人は呟いた。秋生の狐憑きはともかく、桜生に向けられた「空っぽの聖杯」という言葉にが本人は首をかしげる。
 隼人は「いや」と言ってから、まるでその呟きがなかったかのように「初めまして」と言葉を切り替えた。

「弟がいつも世話をかけてるみたいで」
「い…いえ、俺たちがいつもお世話になってます」
「……あと、兄さんが…お世話になってるみたいで」

 緊張が溶けず、言葉がぎこちない。

「いやむしろかけてる方だから!そのせいで俺は先生から集中攻撃されてたんだから!」
「え?何が?」
「何がかって言うと…」
「玄関で騒ぎ立てるな。…どのみち、ここじゃあ恋人探しにもならないだろう」

 春人の言葉が遮られると同時に玄関の扉が更に開く。
 秋生はここまできてようやく、奥の方に何かが顔を覗かせているのが見えた。それも数人というレベルではなく、少なくとも20人
いる。この人数がいて、今の今まで何の気配も感じなかったことに――見えた今ですら、気配を感じられない驚きを禁じ得ない。

「目的も知ってるし。何が、何しに来たんだーだっての。お邪魔します!」
「……春くん、お兄さんに敵意剥き出しだね。お邪魔します」

 春人と桜生が足を踏み入れる。
 何も見えない2人は、この異様な状況を感じとることは出来ない。かなりの数の霊たちが確かに見えているのに、気配は感じない。
 それは恐怖や警戒心を抱くものではなかった。ただ、奇妙…というか、不安定というか、何とも表現しがたい、感じたことのない空気感だだ。それに怯み、足が前に進まない。

「玄関で中の様子が見えるなか。……ああ、まぁ神使が付いていればそれも不思議ではないな」
「………良狐も…見えるんですね。この…空間も、作ったんですか?」

 この空間に対して作ったという表現が正しいのかも定かではないが、言い表しようがなかった。秋生には、この空間の正体が全く見てとれない。
 見れば見るほど、奇妙なものに見える。

「ここは琉生が出ていく前に結界を張って、それに次男が強度な透視性能を付けて、更に俺が手を加えてある。一端の霊感持ちや悪霊程度には付かれないが、見える者が見ればかなり不安定なものに見えるだろう?」
「……すごく」

 不安定。その言葉は至極的確だと思った。

「君が優秀な証拠だ。これが見えるなら、一個人に逆らえない程度の呪詛も重ね掛けでどうとでもなるだろう」
「これ……でも、自分では解くなって…最初に命令されたんです」

 春人が長男のことを「何でも見える」と表現した言葉は本当だったようだ。それがどういう理屈なのかは秋生には…もしかすると、誰にも分からないのかもしれないが。
 とにかく、文字通り見えているのだろう。そしてそれはきっと、他とは違う見え方をしているに違いない。でなければ、ただ見ただけで呪詛の内容まで見切ることなど有り得ない。

「解くのではなく取り込むんだ。上手くいけば、呪詛を介してその鬼の力も使える」

 つまり、バットを呼び出せるということだろうか。
 前に良狐に武器的なものがあればいいのにと愚痴を溢したら、あれは華蓮だからできる芸当だと言われたことがあるのを思い出す。それは秋生の力量不足ということだが、呪詛を介して華蓮の力を使うのであれば…もしかすると、それも出来るのかもしれない。
 ちょっとだけわくわくした。
 だが、それはきっと、簡単に出来ることではない。もちろん、試したこともない。

「……重ね掛けは分かるんですけど…取り込むっていうのは、どうすればいいんですか?」
「それはノリと勢いだ」
「ノリと…勢い……」

 ここまで全てが的確な指摘だったというのに、突然なげやり感が凄いなと秋生は思う。
 しかし、わくわく感が拭いきれず…試してみる価値はあるかもしれないと、少しだけ思った。


「秋ー!!」

 呪詛を見ながらそんなことを思っていると、前方から甲高い声が響く。思わず顔をあげると、ガタガタと見える扉や窓を揺らしながら、和装の子どもが勢いよく突進してくるのが目に入った。
 そして次の瞬間には、もう目の前にいた。

「かな――うわっ」

 ばふっと、胸辺りに何かが当たる。落ちてしまわないように咄嗟に抱き締めるとその場所は透けている。しかし、妙な質感がある。
 そしてパッと明るい顔を目にし、気がついた。加奈子を――幽霊を抱き抱えていると。いつか――初めてトイレで出会った日、華蓮が加奈子を猫掴みにしていたことを思い出した。

「しゅー!ひさしぶり!」
「…………久しぶり」

 そう言えば、加奈子も元はといえば自分で面倒を見るからと無理に追い出さずにいた霊だったと思い出す。いや、あれは華蓮に面倒を見るよう押し付けられたという方が正しいのかもしれないが。
 何にしても、結局のところ自分では面倒を見ずに放っているのだから育児放棄に等しいのではと…今さらながら罪悪感を抱きかける。とはいえ、加奈子もここにいた方が楽しそうでもあるし…これでよかったような気もする。複雑な気分だ。

「加奈子、やたら滅多にポルターガイストを使うんじゃない」
「だって秋に会うのは久々だったから。……はっ、秋!!」
「なっ…何だよ」
「隼人に近寄っちゃだめだよ!殺されちゃうよ!」
「はぁ?」

 迫真の表情で秋生を見上げる加奈子に、秋生は思わずに顔をしかめる。
 すると加奈子は「本当だよ!」と声を大きくして、注意されたばかりだというのにまたしてもガタガタと家具を揺らした。

「琉生はいっつも皆に言ってるの。いつか隼人に殺される日までは面倒見てやるからって」
「……いや、ちょっと…意味が分からない」
「でも本当なんだよ。だから兄弟だってバレたら秋も殺されるかも……あっ、言っちゃった!」

 元より春人から紹介されていたのでそれは構わないし、多分隠していたとしても秒でバレているに違いない。
 そして何より、どうしてそんなぶっ飛んだ話になっているのか秋生には全く理解ができていない。

「誤解を招くようなことを言うな。俺の標的は琉生だけであって、その家族に興味はない」
「…本当に?」
「本当に」
「じゃあ、うさちゃんに誓って本当に?」
「うさちゃんに誓って本当に」
「そっか。…よかったね秋、殺されないって」

 と、向けられる笑顔。

「……いや、だから…全然理解しないままに話が終息してんだけど」

 流石に、これではいそうですかとは終われない。
 うさちゃんに誓われると当たり前のように信じる加奈子についてはまぁ、子どもらしいということにしておくとしても。殺すとか殺されないとかの話については…敢えて触れない方がいいのだろうか。その判断も付かない。

「琉生が戻ってきたら聞いてみればいい」
「………はい、そうします」

 敢えて触れない方がいいということではないようだが。そう言われた限りは、それが一番の選択なのだろうと思った。
 聞いた所で本人が口を割るかは別だが、もし何も答えなかったとしても。それはその時に考えればいい。
 何より、何でも見えているというの人物に…琉生が帰ってきたらと。琉生が帰ってくることを当たり前のことだと――そう感じ取れるような言い方を聞いて、その選択肢を選ばない理由はなかった。

「では本題に移ろうか」
「……ああ、そうだ。忘れてた」

 ここに来た本当の目的を。
 もし今華蓮がいたら、果たしてひっぱたかれていただろうか。そんなことを考えながら、ようやく玄関から足を踏み入れる。
 全身が室内に入り扉が閉められた途端、辺り一面に霊たちが顔を出して来た。小さな子どもからお年寄りまで老若男女…その数20人なんて、そんな生易しい数ではなかった。



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