Long story


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 新聞部に戻ると、丁度華蓮も帰って来た所だった。華蓮と一緒にいる恋の伝道師を前に寒気を感じた秋生だったが、気分的には大分と回復していたのですぐに腕を消し去ってくれとは思わなかった。
 ここからまたポエム合戦になると話は別だが、そうなる前に双月がどこかに連れていってくれたことで秋生の平穏は保たれた。しかしその反面、自分が助けると豪語したのに、全てを他人に任せきりで申し訳なく思ってしまう。

「案外早かったね。どうだった?」
「………まぁ、それなりだな」

 その返しに違和感を覚えた秋生は、ふと自分の腕に視線を落とす。すると煙のようにゆらゆらと揺れる呪詛が、元の白よりも若干灰色に近くなっているような気がしてとても気がかりだった。
 だが、華蓮は新聞部に足を踏み入れてしまい、問いかけるタイミングを逃してしまった。仕方なく秋生も侑と桜生の後に続き新聞部に入ると、深月と春人が膨大な新聞を机に広げていた。

「こっちはまだ作業中だからノータッチね。てことで、僕たちの結果だけど…惨敗でした」
「ここら一帯を見て回ったが、霊は一人もいなかった。いや…まぁ、霊そのものはいたんだが」
「会う人会う人、お年寄りか超絶クレイジーな人ばっかりで…大変だったね」

 侑の視線に李月が大きく頷く。
 きっと、本当に大変だったのだろう。ますます申し訳なくなってくる。
 そもそも、あの時は勢いで助けると豪語しまったが。この島の人口が2万人弱、その7割以上が高齢者という超高齢社会では霊だって超高齢社会なのは目に見えている。加えて、若い霊となると自殺であれ事故で他殺であれそれこそ現世への未練だらけだろうし、とても恋人を探すような状態ではないだろう。
 あの伝道師に一切の同情がなくなった今になって冷静に考えてみれば、かなり無謀なことをしようとしているのだとよく分かる。けれどやはり、仮に一人で島の外に出て探し回る羽目になっても…助けないという選択肢はないと、そんな風に思ってしまう自分が憎い。

「都合よく伝道師と同じく恋に飢えて現世に止まってる霊がいないかと思って島の外まで…とはいえ入り口付近だが、世の中そんなに甘くはないな」
「むしろ島の外の方がやばかったね…全く、年寄りは平穏でいいよ。……しかし、打開策は見つけました!」

 どこかしんみりと呟いてから、侑はピッと人差し指を立てた。
 それから、その視線が春人に向く。するとそれを待っていたかのように、春人が新聞から顔を上げて口を開いた。

「世月さんから聞いたんだけど、先生の家って沢山霊がいるんだって〜。で、その霊たちっていうのは、時間しか解決しようのない未練を持った霊たちらしいんだよね」
「時間しか解決しようのない未練?」

 桜生と声を揃えて春人の言葉を反復し、首をかしげる。声に出してみても、その意味はよく分からなかった。

「うん。例えば〜、子供の成人式が見たいとか。もう一度日本でのオリンピックが見たいとか。残してきた妻と一緒に天に昇りたいとか…そんな感じの」

 春人の例を聞いて、納得した。
 待っていれば叶う未練。逆にいうと、待つこと以外には方法がない未練というわけだ。
 つまり、時間しか解決しようのない未練。

「で、その中には好きな地下アイドルがデビューするのを見たいって若い子とか、人間が月に旅行する時が来るのを見たいって若い子とか…まぁとにかく、若い子がいるらしくてね」

 何だか普通にはない面白い未練だなと思ったが、秋生は口にはしなかった。
 そんな霊たちを琉生が自宅に滞在させる理由は、ふらふらしているとどこで変な気に当てられて悪霊になってしまうとも分からないからだろう。そういうものを放っておけないのは、琉生らしいと思った。

「まぁ、その辺りのことが叶うのかという疑問は置いておくとしてだ。若い霊であり、時間しか解決しようのない未練を持っているなら…それを待つ間に恋人を作ることも可能だろう?」
「……確かに。待ってるだけで時間をもて余してるなら、恋人くらいいてもいいと思う人もいるかも…」

 桜生が呟く。
 その意見には秋生も同意だ。

「ということで、琉生の家に行くことにしたの。で、それなら僕たちより秋生くんと桜生ちゃんの方がいいかなって」
「……でも兄さん、今も…家にいるんでしょうか?それに、僕たちが行って大丈夫かな…」

 琉生の家がどこにあるのか秋生は知らない。もしかして桜生は知ってるのかとも思ったが、様子からして知らないようだ。
 そしてそれがどこにあるにせよ、今はあのラスボスと行動を共にして…いると勝手に思っているが。とにかく、勝手に押し掛けても大丈夫なのだろうかという疑問と不安がある。

「世月さん曰く、先生今は家には帰ってないらしいよ。その代わりに先生の友達って人が霊ごと管理してる…っていうのは加奈子ちゃんから聞いたって。世月さんも先生がいなくなってから家には行ってないんだよね?…だって」

 だって、と言われても秋生たちには世月の声は聞こえないわけだが。ニュアンス的に、行っていないということは伝わってきた。

「ってなると、やっぱり僕たちより兄弟である2人の方が怪しまれないでしょ?」

 侑は伺いを立てるように秋生と桜生を見る。その視線を横目に、秋生はまた桜生と顔を合わせた。

「…僕たちが兄弟ですって言って、はいそうですかってなるかは分からないけど…取り敢えず行ってみる?」
「…うん。そもそも俺が引き受けたことなのに、ここまで何もしてないから」

 断る理由はない。
 自分で続行すると決めた以上は、何かしらの役に立たなければ意味がない。

「よし。じゃあ、案内役の世月と3人でお願いね」
「はい…え?…はぁ…そうなんです?…春くんは?」
「別にいいよー」

 これは多分、世月が何かしらの提案をしているようだ。
 秋生は首をかしげながら、桜生に視線を向ける。ほぼ同時に、桜生の視線もこちらに向いた。

「よく分からないけど、春くんも一緒がいいって」
「てことで俺も同行しまーす」

 新聞紙から顔を上げず、春人は挙手をしながらそう言った。世月が言うことなら間違いはないのだろうが、これだけ大量の仕事は――どちらにしても、秋生が伝道師の恋人探しを引き受けたせいだが。とにかく、これだけの作業を置いて行っても大丈夫なのだろうか。

「それなら、残りがこっちの手伝いな。まじ全然終わんねーから」
「誰かさんが放課後までにーとかカッコつけるからね〜」
「いや、だってまさか、こんなことになるなんて思わねーだろ」
「先の先まで予測して動かないと〜。みつ兄、それでも一端のジャーナリスト?」
「くそ、ムカつくが言い返せねぇ……」

 一体どんなことになったのかは、全てを調べ終えてから明かされるのだろう。ここ最近これといって活動している風ではなかった深月と春人だが、喋りながらも手を止めないその手際のよさを見て秋生は流石に手練れだと思った。
 そして秋生がやはり気になるのは、この一連の会話に一切の口を挟まなかった華蓮だ。基本的に必要なこと以外口にしないのはいつものことだが、その様子は必要ないから口を開かないと言うよりは上の空と言った方が近いような気がする。

「それで、お前はどうだったんだ?」

 秋生が気になって華蓮を見ていると、李月の言葉と同時に他の面々の視線も華蓮に向く。ずっと上の空だったように見えたが、その問いに素早く華蓮の視線が動くのを見ると…自分の思い違いだったのかとも思う。

「佐藤がここに来るようにと勧められた場所…こことは反対側の町に行ってきた」
「…あの伝道師、誰かに勧められてここの来たの?てか、誰がこんなとこ勧めるの?」
「父さんだ」
「は?」

 そう素っ頓狂な声を出したのは侑だったが、全員が似たような顔をしていた。深月と、それから春人も顔をあげて驚いた表情をしている。秋生は出会った段階でそのことを知っていたにで、そこに驚くことはなかったが…佐藤がここに来る前にいた場所がこことは反対側にある地域ということには、多少なりとも驚いた。
 この地域にいると、反対側にある地域に行くことはほぼないと言っていい。島の外に出るのにはそこに行くまでに橋があるし、その地域には町役場の本所こそあるが…役場に用事があったとしても近場の支所で事足りるし、そもそも役場に用事などないし、行く目的がないからだ。
 しかし、秋生はこことは反対側にあるその地域には少なからず思い入れがある。多分それは、桜生も同じだ。

「島の外に出ることはあっても、わざわざあっち方面には行かないから全く気付かなかったが。町全体が浄化されていて、悪霊どころか浮遊霊の1匹もいなかった」
「え?ちょっと待って。それつまり、華蓮のお父さんが浄化してるってこと?」
「亞希曰くな」
「え、でも華蓮のお父さんって……」
「ああ。母さんと、あいつと、普通に暮らしてた。……ああ、一匹いたな」

 どこか他人事のように、華蓮は言う。どこにでもいるような浮遊霊を、そこら辺に見つけた時のような…そんな面持ちで。
 まるで何事もないようなそんな雰囲気に、秋生はまた腕に視線を落とす。やはり、色はグレーに近い。

「……見たのか?」

 思わぬ発言に質問役となっていた侑を含め全員が固まっていると、今度は李月が華蓮に問う。
 少し間の開いたその問いに、華蓮は間をおかず頷いた。

「直接じゃないがな。特に何をするでもなく踵を返して来たわけだが…問題はその家だ」

 それはまるで、逃げ帰ったと言いたいような口振りだった。それを聞いて何となく、このグレー…呪詛が不安定になっている正体が垣間見えたような気がした。しかしそれが分かったところで、秋生にはどうしていいのか分からない。

「家?」
「鬼神の表札の下に、柊の表札があった」

 また、桜生と顔を合わせた。

「……亞希」

 秋生と桜生が目を合わせている隣で、華蓮が名を呼ぶ。すると、誰が現れる訳でもなくふと脳裏に何かが浮かび上がってきた。
 門。そして、「柊」表札がある。門を潜ると洋風の家が見えた。敷かれている石畳を進み…そして玄関がある。今時の家には珍しい、ドアノッカー。ライオンが輪を咥えているあれだ。
 頭に浮かんだそれは写真のようでもあり、映像のようでもあった。それは現在のその家の光景だが、秋生にはもっと古い――建物的には新しい頃の、その家の記憶があった。それはきっと、桜生も同じだ。

「……うちだ…」

 桜生と声が揃う。
 かつて、秋生と桜生が家族と暮らしていた家。両親が死んで、祖父に引き取られてから…ずっと空き家になっていたが。いつだったか、買い手がついたけれど売っていいかと祖父に聞かれたことがある。既に取り戻せない家族を思い出すことも辛かった秋生は、それを二つ返事で了承した。
 まさかその家に…自分から家族を奪い、華蓮からも家族を奪ったものが。家族と暮らしているなんて。そんなこと、考えたこともなかったし…そう言われてもまだ、その光景を想像すら出来ない。
 華蓮は…それを見た華蓮は。
 一体どんな気持ちで、その光景を目にしたのか。やはり秋生には、想像すら出来なかった。


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