Long story


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 拝啓

 まだ暑さの残る今日この頃、どう過ごしてちるだろうか。僕は君への熱い想いが冷めやらず、まだ真夏の太陽を感じているようだ。
 嗚呼、我が麗しの君。
 君を一目見た時、僕は雷に撃たれたような衝撃を受けた。愛のビッグバンが起こり、君という名のブラックホールに飲み込まれてしまった。
 これを運命と呼ばず何と呼ぶだろう。
 君に出逢った瞬間、これまでの人生は全て君に出逢うためのものだったのだと確信した。君は僕の最初で最後の女神。夜空に輝くどんな星よりも輝いて見える。
 この熱く燃え滾る気持ちをどうか受け取ってほしい。そうすれば君も真の愛を知ることとなるだろう。そして二度と手放すことは出来ないだろう。
 何も怖がることはない。一度触れ合えば、すぐに解き放たれる。そうすれば後もう、この愛の深さに何もかも委ねてしまえばいいだけだ。
 さぁ、僕の手を取ってこの愛を感じてほしい。そして共に愛のブラックホールへと旅立とう。

 敬具


「…どうだ?いいだろう?」
「ああ。今の手紙が本当に紙として存在していたら、即刻シュレッダーにぶち込む程度にはな」
「はぁ、この手紙の良さが分からないとは。青いねぇ」

 華蓮は何も答えなかった。
 そのいけ好かない物言いにも、幽霊の癖にどうやって手紙を認めるのかということにも、愛のビッグバンという理解し難い言葉にも、絶対に突っ込まない。
 そう固く決意していないと、一度突っ込んでしまうと後がない。秋生ように耐えられず爆発する前に、多分、真っ二つにしてしまう。


「俺は嫌いじゃないがな」

 ようやく階段を上りきり、伝道師が思いの丈をぶちまけていたその場所に辿り着こうとしたその時。
 何に興味を持ったのか、華蓮の隣に亞希が顔を出した。

「うわっ…何か出た。……まぁいい。お前には俺の描く言の葉の良さが分かるのか?」

 言の葉を描くという表現がもう寒い。
 どこの小説の中の世界観だと思わずにはいられない。

「内容の良し悪しはともかく、言葉で伝えるということ自体を悪いとは思わない…という話だ。近頃の人間はあまり言葉で想いを伝えるということをしないからな」

 一瞬、亞希と目が合った。

「そう、その通り。愛の囁きをしない」

 愛の囁き。思わず頭の中で反復して、鳥肌が立った。
 どうしてそう、いちいち癪に障る言い方しか出来ないのだろうと思う。

「言葉で伝えること程単純なことはないというのにな」
「そうだとも。愛は言葉で伝えなければ。それが肉声であろうと文であろうと、言わなければ伝わらない」
「……それはどうかな」

 亞希が階段を上りきろうとする佐藤の前に立ちはだかる。愛についての議論など聞きたくもない華蓮は、既に廃病院の屋上に立っていた。
 屋上から下を見渡す。ここならば比較的平地のこの町がよく見渡せる。叫び散らすのにはもってこいだし、ポルターガイストも広く届く。そして町のどこにいても、その発信源がここだと特定するのも容易い。

「何だよ?」
「言葉で伝えるとが単純とは言ったが、それが全てとは言ってない」
「…どういう意味だ?」
「そうだな。例えば、こいつがいい例だ」

 亞希と佐藤も屋上に足を踏み入れたことで、聞きたくもない会話が続けて耳に入る。
 亞希が自分を指差しているのが分かった華蓮だが、そちらに視線を向けることなく町を見渡していた。

「こいつはいかにも言葉で伝えることなどしそうにないし、実際にそうだ。しかし皮肉なことに、こいつの恋人は誰よりも自分が愛されていることをよく知っている。そしてこいつも同じかそれ以上に愛されているし、もちろんそれはお前も分かっているだろう?」

 華蓮は答えなかった。
 いくら自分が話題に出されたとしても、会話に参加する気など毛頭ない。

「どうしてそう言い切れるんだ?」
「根拠はない。ただ、こいつを知る奴らに聞いてみれば全員そう答える」
「……何でこんな…まっくろくろすけにそんな恋人がいて、俺は風邪で死ぬんだ。納得いかない」
「世の中とは理不尽が蔓延るものだ」

 それは理不尽とは言わない。
 こじつけも甚だしいとはこのことだ。

「まぁ…仮に、そうだとして。言葉で伝えずどう伝えるんだ?ブラックホールのように深い愛を言葉以上に伝えられる方法があるのか?」

 どうやらこの男は、どうしても愛をブラックホールにしたいようだ。
 そもそもブラックホールを深いと表現するのかも定かではないが、きっと余程お気に入りの単語なのだろうということはよく分かった。

「伝え方など腐るほどあるし…そのどれが正しいということはない。伝え方も、受け取り方も人それぞれだからな」
「……人それぞれか。どのような方法でどれほどに伝えようとしても、受け取り方次第では愛と感じ得ないものもあるということだな」

 要は価値観の問題だ。
 佐藤の表現する愛の形――その言葉が、秋生には全く伝わらないばかりか瀕死の重症を負わせるのはそういうことだ。……いや、佐藤の場合は、不特定多数にダメージを負わせる狂気と言ってもいいのかもしれないが。

「狂気か…」

 華蓮の心を勝手に読んだ亞希が呟く。
 勝手に人の心を覗くなと言いたいところだが、やはり会話に参加したくはないので口をつぐむ。
 いつになればこの下らない会話が終わるのかと思わずにいられない。しかし、その会話を止めるための会話に参加もしたくはない。

「狂気?何が?」
「いや…愛と憎しみは紙一重とはよく言ったものだが、時に憎しみよりも愛の方が狂気になることだって有り得る。愛情を貪欲に求める者は恐ろしいものだ」

 それは長年の経験を元に話しているのか、単に想像される人間の傾向を話しているのか。亞希が何をもって、何を目にして、そんな感想を抱いたのかは分からない。
 ただ少なくとも華蓮は、自分から家族の愛だけでなく…多くのものを奪っていったあの悪霊を思い浮かべていた。



「……さて、戯れ言も程々にして本題に入るか」

 佐藤の前に立ってた亞希が、華蓮の隣にやってきた。
 てっきり伝道師2号として愛について語りに出てきただけかと思っていた華蓮だが。どうやらそういうことではなかったようだ。

「何か目につくのか?」
「いいや、逆だ。何も目に付かなさすぎる」

 廃病院の屋上からぐるっと一周、この地域の全貌を見渡す。
 何の変哲もない町が広がっているだけだ。

「……こんなもんじゃないのか?うちの地域はあの学校のせいで、周りも影響されて集まりやすくなってるだけだろ?」
「それは確かにそうだ。しかし、それにしてもこの地域は平穏すぎるし、この廃病院も異常だ」
「…まぁ…確かに、病院なんていかにも霊が溜まりそうな場所だからな」

 廃病院といえば心霊スポット率はナンバー1と言ってもいい程に霊が定番だ。そして実際に多く存在するものだ。
 しかし、この5階建ての病院でここまで来る間に出くわした霊はいない。いる気配すらしない。

「溜まりそうではなく、溜まって然るべきなんだ。病院なんてものは死者製造機と言っても他言ではないし、死者が多く出るということは必然的に邪気が募らなければならない。しかしここには全くそれがない」
「……つまり、誰かが浄化したってことか?」

 それならば、ここに全く霊がいないことも頷ける。しかし、そうだったとして、それ程深刻になることだろうか。
 華蓮がそんな風に不思議に思っていると、亞希は「それだけではない」と、言葉を続けた。

「仮に誰かが浄化したとしても、また溢れるのが邪気というものだが……ここにはそれが全くないということは、常に浄化し続けているということだ」

 常に浄化し続けている。
 この広い――5階建てにもなる病院を。

「それもこの廃病院だけではなく、この町全体を」

 亞希はそう言って町を見渡した。
 病院どころの話ではない。
 町…この地域は――ここから見渡せると言っても、決して小さくはない。同じ島の中ではあるが…少なくとも、華蓮たちのすむ地域よりは大きいだろう。

「お前の父親はとんでもないな」
「……これを、父さんがやってると?」
「こいつを最初に見つけたのがお前の父ならそうだろうな」
「…そうか」

 それならば多分、間違いはないのだろう。

「しかしこれだけの力があるなら、単に取り憑かれただけの人間を助けることなど容易いだろうが……誰が誰の手の平で踊らされているのか分かったものではない」
「……どういう意味だ?」

 華蓮が問う。
 それに対して、亞希は首を振る。

「それは俺が聞きたいくらいだ。お前の父親は母親を助けられるだけの技量があった。ならばなぜそれをせず、黙って壊れ行く様を眺め、挙げ句の果てに逃げ出したのか…そしてお前がいなくなって後に舞い戻ったのか―――そもそも、お前の母親があの悪霊に狙われたのは本当に偶然だったのか?」

 亞希は一気に捲し立てた。
 華蓮はその速度に追い付かない。ただ最後に聞かれた一言だけは、まるでこびりつくようにしっかりと頭に残った。
 しかし、問われたところで華蓮に答えられる筈などない。それを分かっている亞希は一度溜め息を吐いて、「知る由もないな」と呟いた。


「それはそうとして、これを見ろ」

 亞希はそう言いながら、町のある方向を指差した。しかし、この広い町中ではそれがどこを差しているのかさっぱり分からない。
 そう思いつつも指差す方を見ていると、突然スッと頭の中に、まるでゲームの画面をコントローラーでズームにするような…景色がどんどんと、ある一転の場所目掛けて流れて行った。

 柊、そして鬼神。


 上下に並んだ表札が目の前に表れた。
 そこで、一度ズームが止まる。

「先に進むか?」
「……ああ」

 それはこの先にあるものを――この家庭を、本当に目にしていいのかと、そういう意味だ。華蓮はこの表札の意味を理解しているようで、理解しきれてはいなかった。そのため、この先にある光景がどんなものなのか、想像することは出来なかった。少し考えて、先に進むことに決めた。
 華蓮の返事を聞き、再び景色が動き出す。表札のある門を潜り抜けると、石畳が目に入る。その上を進みすり抜けた玄関の扉には今時には珍しくドアノッカーが付いていた。その中に広がる光景は見たことのないはずだが、なぜか初めて見たような気はしなかった。廊下を突き当たるのかと思いきや突如カーブし、向かったのは縁側と襖。そこで景色の流れがゆっくりになる。人の歩く程度の速さで進み時折左右に動くその場所は華蓮の家にもある縁側と似ていたが、庭に木がないことと池が綺麗なことが目についた。池の脇に、狸の置物が居を構えている。それを横目に襖をすり抜けそこにあった和室を見たとき、今度こそ見覚えのあるその場所にハッとした。
 それに驚く間もなく、景色が急速に進み始める。玄関、襖ときて次は壁をすり抜け、出てきた場所はリビング。いつだったか、秋生が夢だと言っていたアイランドキッチンに誰かが立っている。その目の前にあるダイニングテーブルに、向かい合って座っている人物が2人いた。またしても、ゆっくりと、スローモーションのように近づく。

 家族。

 それは、ひとつの家族だった。


 母が笑っている。その前に父が。
 そして、その向かいに。



 いつか、いつかの光景が甦る。

 自分ではない誰かが、父と母と、楽しそうに手を繋いでいた。
 あの、光景を。
 その幸せそうな家族を見ていられなくて、沸き上がる感情に耐えきれず、逃げ出した。
 逃げても逃げても感情は治まらず、恨みと憎しみばかりに押し潰されそうで。それが怖くて仕方がなかったことを、今一度華蓮は思い出した。
 決して忘れていた訳でない。
 そして今、華蓮が恨みと憎しみに追われ逃げ出すこともない。恨みを晴らすことはもう華蓮の目的ではなく、大切な者を守ること、そして家族を取り戻すことが出来ればそれでいいと思っているからだ。そのための手段は選ばないが、あくまでも恨みや憎しみを糧にしているということではない。
 ただ、今それを取り戻せない自分が見ることしか出来ないことと、そのあまりに幸せそうな家族の風景が目に焼き付いて。言葉では表せない、胸が締め付けられるような感情が立ち上ってくるのを感じた。

 その家族には、家庭には。
 笑顔が、溢れている。



 ふと、父と目があった。
 手にしていたグラスが滑り落ちるのが見える。

 刹那に、バチっと電気がショーとしたような感覚が頭の中を駆け抜けた。あっという間もなく凄まじい速さで、景色がズームアウトしていく。高速の巻き戻しのように、通ってきた道を戻る。その流れに目眩を感じて瞬きをすると、次の瞬間には元の町の景色に戻っていた。
 どうしようもない感情だけが、まだ心の谷中に残っている。華蓮には、その感情をどうにかする術がなかった。恨みでも、憎しみでもない何かに押し潰されそうな気がして、踵を返す。
 結局また、逃げ出すのか。
 そう自分に悪態を吐く自分が、とても馬鹿らしく思えて仕方がなかった。


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