Long story


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 力任せに扉を開けると、ガタンッと大きな音がした。
 しかし、そんなことはどうでもよかった。

「先輩!あいつの腕を切り落として下さい!今すぐ、遠慮なく、今すぐ!さぁ!!」

 昼休みの始まりを告げるチャイムと同時に教室を飛び出し、脇目も振らずここまでやってきた。
 先輩組は既に新聞部に勢揃いしており…机に無数の譜面が散らばっていたことから、もしかしてshoehornの新しいシングルかアルバムでも出るのかと思ったが、そんなこともどうでもよかった。

「…待て。今忙しい」

 一人机ではなくソファに座っていた華蓮は、いつも通りゲームを手にしている。その傍らにギターが立て掛けてあるが、それすらもどうでもいい。
 そして未だ解かれない華蓮の命令に逆らえないという呪詛は、この状態の秋生をこれ以上ない程に精神的に追い込んだ。

「今の俺はそう言われたら待つしかないですけど、待つくらいなら保健室にでも飛び込んだ方がマシです!今すぐ保健室に強行してベッドの下にでも蹲ってますので終わったら教えて下さい!」
「…おい、秋生」

 華蓮の顔が上がる。
 それを確認しても、まるであの男の怒濤の勢いが移ったように秋生は止まらない。

「こんなの耐えられません!」
「おい」
「もう無理です無理です無理です!ぜっったいに嫌ですッ!」
「秋生、落ち着け」

 名前を呼ばれながら見上げられ、視線が合う。そして2度目の「落ち着け」という言葉が耳に入るが、そう簡単に落ち着けるものかと思う。
 とはいえ、秋生は華蓮の命令に逆らえない。
 今度は黙れとでも言われるか。もちろんそう言われれば黙るしかないが、それでも何も収まりはつかない。
 しかし華蓮はそれ以上何を命令するでもなく、ゲーム機を窓際に置き秋生に向けて手を伸ばしてきた。腕を引かれ、流されるままに隣に腰を下ろす。そのまま、抱きしめられてその体温を感じると…例え逆らうことが出来たとしても、落ち着くより他はなかった。

「凄まじく荒れ狂ってんな」
「今だかつてない程にな」
「びっくりして鉛筆の芯折っちゃったよ…」
「私なんて紅茶で歌詞がパーだわ」

 小声の会話が聞こえる。
 その内容に落ち着きを取り戻した秋生は若干の申し訳なさを感じるが、それもすぐどうでもよく感じてしまった。
 それでも、何度目かになる「秋生」と呼ばれるその声にだけは反応を見せた。

「どうしたんだ?」

 華蓮の肩元に顔を埋めながら、秋生はこれまでの学生生活で最も苦痛だった午前中の授業を思い出す。
 古典、体育、生物、現代社会。どれも好きな教科ではないが…大嫌いな教科というわけでもない。苦痛だったのは授業の内容ではないし…元より、そんなもの全く頭に入ってくるような状況ではなかった。

「……あの恋の伝道師、無害の幽霊至上最も有害です」

 その名称は秋生の怒りを又聞きした桜生が名付けたものだった。
 全く恋愛経験がないくせに恋の伝道師なんて甚だしいとしか言いようがないが、今の秋生にはそんなこともどうでもいいのだ。あの男をどうにかして欲しいということ以外は、何もかも全てがどうでもいいと言っても他言ではない。

「腕を吹き飛ばす程にか」
「……だって…午前中の授業中ずっと、ずっとですよ?自分の恋愛観と、吐き気がしそうなセリフが…ああもう、思い出したくもないです!」

 思い出したせいでヒートアップしそうになった感情を抑え込むように、秋生はまた顔を伏せた。
 1日中キッチンに立って料理をしていた時にも感じたことのない、酷い疲労感を感じている。もう1ミリたりとも、ここから動きたくはない。

「秋生ー、生きてるー?」

 入り口の方から桜生の声がした。
 やはり、1ミリも動く気はなかった。

「ああ、人目も憚らず死んでる。可哀想に」
「…何があったんだ?」
「恋の伝道師…今朝の幽霊の話は聞いた?」

 桜生が問うと、李月は「大まかには」とだけ答えた。それに対して「俺たちは聞いてない」と深月が答えたことから、桜生はこれまでの経緯について秋生が説明したことをそのまま話した。
 今朝、恋人を探す霊――佐藤に出会い、情けから恋人を探すことになる。授業があるので放課後になるまで待って貰うことにし、その間に勝手に出歩かせるわけにもいかず秋生と行動を共にすることになった。と、そこまではいつもと何ら変わりはない。

「……まぁ、いつものパターンだな」
「確かに。ただ…あくまで僕たちは股聞きだけど――授業中も休み時間もずーっと、恋愛とは何たるかというものを説いてらっしゃって。それだけに止まらず自作のポエム披露と、出会った恋人への恋文の朗読が延々と続かなければ…ね」

 恋愛経験がない人間ほど恋愛を語りたがると、どこかで聞いたことがあるような気もするが。それにしたってこれ程ズレにズレまくって寒々しい人間などいるだろうか。
 そんなことを考えると午前中お経のように流れていた言葉の数々をまた思い出しそうになって、思わず華蓮にしがみついていた。

「加えて、これはこの度分かった新事実。秋生は歯の浮くような愛の囁きが死ぬほど苦手」
「……その結果あのダメージか」
「そ。見ての通り」

 視線が集中した気がしたが、秋生は全くもって動く気にはなれなかった。
 毒をを食らって残りHP1の状態でかつがつ瀕死を免れているような気分だ。もし仮に次の攻撃がなくとも、ターンが回ってきた時点で瀕死になる。
 つまり、もう顔も合わせたくない。

「それで…その伝道師はどこにいるんだ?」
「僕には見えないからなんとも。でもここにいないなら、春くんと一緒にこっちに向かってるのかも」
「……ああ、いるわ。春くんは気付いていないようだけれど」

 廊下を覗いた双月が、そう言いながら振り返った。
 いよいよ瀕死になる時が来たのか。
 秋生は頭の中で漠然と、そんなことを思う。

「…とりあえず中に入れない方がいいか」
「そうね。それなら私が相手をするわ」

 李月とそんな会話を交わした双月は、そのまま廊下に出ていく。
 あれを相手にするなんて勇者か。と思いながらも、やはり秋生はそれを口にすることもなければ動くこともない。

「大丈夫です?」
「歯の浮くような台詞なんて、おじ様たちに腐るほど言われて来たもの。若い男なだけ幾分かマシよ」

 双月が桜生の問いにそう答えてるとすぐに、扉がパタンと音を立てて閉まる。
 かなり失礼かもしれないが、双月のことをこれ程までに尊敬したのは初めてだった。



「どうする?本当に追い出すのか?」

 頭上から華蓮に問われる。
 他のどんな会話を完全にスルーしても、華蓮の問いだけには答えないといけない気になる。もしかすると、これも呪詛の効果なのかもしれない。


「…………………………………ぃぃぇ」

 自分の喉から、搾り取るように発せられた僅かな声。
 いっそのこと良心なんてなくなってしまえばいいのにと、心の底から思った。

「死にかけても秋生は秋生だねぇ。まぁ、午後の授業は午前より短いから…」

 申し訳程度に慰めの言葉をかけられる。
 何の慰めにもならないが、言葉だけはありがたく頂くことにして耳に止める。


「……午後は俺が一緒に行動する」

 頭上から思わぬ言葉が発せられ、思わず顔を上げる。一瞬だけ視線が合うが、すぐに違う方に向いてしまった。

「侑、この辺り一体で当たりの障りない霊を探せるか?」
「よゆーよゆー。ちょろっと飛んで…ああ、双月がいれば性格の良し悪しも分かるから連れてこっと」
「深月」
「はいはい、伝道師の素性な。住んでた場所とか時期とか教えてくれば、春人と一緒に調べとく。どうせどっか行くんだろ?」
「ああ。放課後には戻って来る」
「じゃあ放課後までには」
「そして俺は真面目に授業を受けておく、と」
「だめだよー。僕と一緒にあの死体の面倒見なきゃ。夏川先輩がいなくなったら死んじゃうかもしれないんだから」 

 どんどん話が進む。
 そして秋生が全く蚊帳の外にいるまま、全ての話が終わってしまった。

「…先輩」

 手伝わないと言っていたのに、手伝ってくれるのか。どこかに行くというのは、一体どこに向かうのか。
 そんな思いで見上げると、再び視線が合った。

「お前に死なれたら困るからな」
「……ありがとうございます」

 きっと。
 普段ならこんな所でキスなんてされたら、それが目元だろうと頬だろうと…唇だろうと、それこそ羞恥で死んでしまうのだろうけれど。
 そんなことすらどうでもいいと思えるなんて。自分の受けているダメージが思いの外大きいことを、改めて実感するより他なかった。


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