Long story


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 良狐が見つけた方角に向かって道なき道を歩き始めてから、3時間近く時間が経った。
 春人と睡蓮にはshoehornのステージが終わった頃に電話して状況を話し、ステージ後も取材などが目白押している華蓮たちには上手く誤魔化しておくように伝えた。桜生は何度か李月に電話しているが、電源が入っていませんコールが鳴るばかりだ。
 そしてひたすら歩いた。
 歩いて歩いて、とにかく歩いた3時間。
 森の景色はほぼ変わらない。

「ねぇ、本当に着くの?」
「…着くんだよな?」
「着く。いつになるかは分からぬがの」

 良狐はそう言って欠伸をこぼした。
 お世辞にも空気がいいとは言えないこの場所からでは、魂に呼ばれ来るのは簡単でも出て行くことは難しいらしく、良狐も家には帰れない。それを聞いた時には少しだけに申し訳なく思ったが、運命共同体だと思って勘弁して欲しいところだ。

「……そもそも、僕たちはどうやってこんな所に連れてこられたんだろうね」
「そう言えば、手に入れた神の力が…とかなんとか言ってたな」

 いくら秋生や桜生の力を奪い実体を持ったと言えど、所詮は悪霊だ。それがまるで魔法のように一瞬で人間を別の場所に移動させるなんて…それはどんな力なのだろうか。
 桜生の疑問を耳にしてそんなことを考えてから、カレンが去り際に言っていたことを思い出した。

「神の力…それならば人間の1人や2人、簡単にどこへでも飛ばすことが出来ようの」
「でもそんなの、そんなの簡単に手に入るの?だって神様でしょ?」
「神から貰い受けたのでも、奪ったのでもあるまい。神の残り香を吸うたのじゃ」
「神の残り香…?」

 頭の中に思い浮かんだのは、目の前で雷に撃たれたあの姿だった。

「神はその役目を終える時…同時にその地へ残り香を残す。それは本来、神を失ってもその地が末永く豊かで有り続けられるためのものじゃ」
「それを…吸っちゃったの?」
「悪しきものが神の力を得ることはないゆえ、あやつが吸うたのは紛い物じゃ。とはいえそなたらをここまで飛ばせる程度に、それ相応の力ではあったようじゃの」

 やはり、あの時の――あれは、神の成れの果てとでも言えばいいのか。
 あの場で消え去った後に残った決して綺麗ではない残り香は、カレンにとっては格好の養分となったに違いない。

「なんか…どんどん得たいの知れないものになってくね……」
「よもや悪霊というより、妖怪に通ずるものがあるの。同じにされたくはないが…」
「全然違う」

 例え悪霊を超越しているとしても、決して妖怪ではない。人間でもない。神なんてもっての他だ。
 あの時は桜生のテンションに釣られて笑ってしまったが、脅威を忘れる程に人間らしいものだったが。目の前にしたときは、なんとも言えない感情に戸惑ったが。
 今、冷静になった今。いざそう言われると、絶対に違うと断言出来る。
 秋生が強い口調でそう言うと、良狐は「そうじゃの」と同じく強い言葉で返した。




「あっ、ねぇ!見て!」

 神の会話以降これと言って話題もなくひたすらに歩き続けていると、秋生よりも少し先を歩いていた桜生が前方を指差しながら振り返った。足元に気を付けて下ばかりみながら歩いていた秋生はその声に顔をあげ、前を見る。
 遠くの方――数100メートル程度だろうか。薄暗い森が開けて明かりが差し込み、その先に建造物らしきものが見えた。

「とりあえず森から出られる…!」

 秋生がそう言葉を漏らし走り出した時、桜生は既に明かりの中にいた。良狐から「転ぶでないぞ」と言われ足元に気を付けながら走ったものの2度転んだということはなかったことにして、すぐに桜生のいる場所まで辿り着く。
 ずっと暗がりの中にいたため日の光が眩しく一瞬だけ目を閉じてしまう。しかしすぐにかなり近くから水の流れる音を耳にして逸る気持ちを抑えられず、目の上を手で覆いながら再び瞼を持ち上げた。

「これって…」
「ダム……だね」

 広大な場所に聳え立つ壁。塞き止められた水。
 ダム――正にダムだ。

「……でかいな」
「うん、凄く大きい」

 そんな会話を交わしながら、足を進める。
 森を抜けた場所からは旧道のような所に降りることでき、そこから少し歩くとすぐにダムに辿り着いた。
 ダムの名前を確認し検索して場所を特定しようと思ったが、あろうことか名前が刻まれている石造りが壊れていてダムの名前が分からなかった。本当にご都合主義だ。
 
「なんか……凄く水が綺麗だな。普通はもっと濁ってるけど」
「あ、やっぱりそうなの?僕のイメージ違いかと思ってた」

 ダムの水というと、濁っていてゴミが浮いている…というイメージがある。しかし、このダムに溜まっている水はその深さから底こそ見えないが、日の光が差し込むのが分かるほどに澄みきっている。見渡す限りではゴミが浮いている場所もなく、僅かな落ち葉が散っている程度だ。
 秋生はあまりダムを見た経験はないため、桜生と同じで思い違いだったのだろうか。もしかすると、今時のダムというのは皆これほど綺麗なのかもしれない。

「違うの」
「え?」
「思い違いではない」

 手すりに座ってダムの水を覗き込んだ良狐が、ふわりと人の姿に戻った。
 そして再び、ダムの中を覗く。
 こんな所――大人の女性が手すりに立って下を覗いている姿なんて誰かに見られたら、自殺志願者と間違えられて通報されてしまいそうだ。

「………ああ、そうか」

 しばらくじっと下を覗いてから、良狐は何かに納得したような言葉を発した。そして、狐の姿になり秋生の頭の上に舞い戻る。
 秋生も今一度下を覗き見るが、水が綺麗だということ以外は何も不思議な点はなかった。




「あんたたち、こんな所で何してるんだい?」

 これからどうするか。
 しばらく水を眺めてからそんな話を桜生に持ちかけようとした時、どこからか聞き覚えのある声がした。

「ひっ…飛縁魔さん!!」

 声のした方に視線を向け、声が揃う。
 ダムの中心近くまで来ていた秋生と桜生は、声を出しながら既にその入り口付近にいる飛縁魔の元まで走り始めていた。

「あーあぁ、またえらい汚れちまって」

 駆け寄ってきた秋生と桜生を目にして飛縁魔が苦笑いを浮かべる。
 そう言われて始めて、森の中を歩き続けた自分達がかなり泥や草にまみれていることに気が付いた。

「こ、これは色々とあって…じゃなくて!何で飛縁魔さんさんが!?」
「それはあたしが聞いてんだよ」

 桜生が声をあげると飛縁魔は顔をしかめる。そんな飛縁魔に状況を簡潔にかつ分かりやすく説明したのは良狐だ。
 ここに至るまでの話を聞いた飛縁魔は、今度はまた違う意味で顔をしかめた。

「はぁ、また…けったいな所に飛ばされたもんだねぇ。悪い連中には会わなかったかい?」
「幸いの」
「そりゃあよかった。まぁ…この辺りはもうすっかり廃れちまったから、妖怪たちも滅ぶのを待つばかりなのかもしれないねぇ」

 良狐も似たようなことを言っていたが、飛縁魔の言葉はそれよりも重みがあるように感じられた。
 ダムに貯められた水を覗き込むその視線が、どこか物悲しげに感じるのは気のせいだろうか。

「…実に美しい水じゃ」

 唐突に良狐が呟く。
 すると飛縁魔はダムから良狐に視線を移し、とても美しい笑顔を見せた。
 一体なぜ良狐がそんなことを口にしたのかも、その言葉に対する飛縁魔の笑顔の理由も、秋生には全く分からなかった。



「……さて、帰ろうかね。あんたもついでに送って行くよ」
「ええ!?いいんですか!!」
「うるさい子だねぇ。大きい声を出すんじゃないよ」

 桜生が叫ぶように声をあげると、飛縁魔は顔をしかめながら桜生の頬をつねった。桜生は「ふぁい」と間抜けな声を出すと、その手が離れる。
 ここ最近、飛縁魔から色々と習っている桜生はもう随分と仲良くなったようだ。

「近くに迎えを呼ぶから、そこまで歩きな」
「はーい」

 飛縁魔のいう迎えというのががしゃどくろだっと知り、秋生と桜生が物怖じしてしまうのはもう少しあとの話だ。
 そして無事に夏フェスの会場に戻った2人は春人たちと合流し『桜生がフェス飯を食べ過ぎて途方もない腹痛でトイレから出れない。秋生はそれに付き添っている』というかなり無理のある設定でその場を乗り切ることになるのは、更に少し後の話となる。



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