Long story


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 ぐるっと1周回って、桜生の顔の前まで戻ってきた。見渡した景色は一面緑で多い尽くされていて、その中で桜生が身に付けている真っ赤なshoehornのロゴ入りのT若干が映える。桜生からすれば赤地のアイラブヘッド様Tシャツを身に付けている秋生が同じように目立つ存在となっているだろう。
 日の光が木々の隙間から漏れているが、殆どが陰になっているためにかなり薄暗い。日の光があまりないせいで湿気が多く、じめじめと蒸し暑い。
 例のよって女子高生が着るような装いの2人。夏フェスということでスニーカーなのはもちろんのこと、春人経由で世月さんに紫外線対策をきちんとしなさいと言われ、短パンの下にレギンスを履かされたのは正解だった…なんて悠長なことを考えている場合ではない。

「どこなのこの森!?」
「さぁ…あ、でも電波がある!」

 スマホを開いて辛うじて電波があるのを見た秋生は正直驚きを隠せなかった。このような状況になって電波があるなんてお約束に反することは初めてだ。
 桜生も自分のスマホを開き「思ってたのと違う!」と喜びの声を上げた。

「……いや、でも待てよ。繋がるからって…どうすればいいんだ?」
「……あー…確かに、そうだね」

 まず一番に浮かぶ華蓮を含むshoehorn組は今からステージに上がる。李月は家の仕事でおらず、そういう時はスマホは電源を落としていると聞いた。
 つまり、電波があろうがなかろうが状況的には関係ないということになる。

「…まだステージに上がってはないはずだから電話すれば繋がるだろうけど、心配かけたくないし」
「心配どころかステージほっぽり出して来ちゃうよ」
「それだけは絶対にダメだ。ここがどこかも分からないんじゃ、どれだけ時間がかかるかも分からないし」
「どこであれ、今から来て開演までに戻れるわけないしね。…わぁ見て、これはちゃんとご都合主義だよ」

 桜生がアプリでマップをだして現在地を検索しているが「GPSで位置情報を検知できません」という頼りない表示が画面の中央に出ていた。
 なんとも、電波があるというだけで喜んでいたことがバカみたいだ。
 
「いやでも、電波があるなら良狐は呼べるかも」

 夏フェスなんて興味がないからと良狐だけでなく妖怪たちは皆、家で寛いでいる。
 元々秋生の中から出てくることも出来ないほど弱っていた良狐が、日中ずっと外で過ごせるほど回復したことは嬉しくもある。やはり遠出の際には無理矢理でも連れてくるべきだと思いかけて、ふと思い立った。

「妖怪を呼ぶ呼ばないって、電波と同じなの?」
「分からないけど…まぁ物は試しっていうだろ。……良狐、良狐!!」

 声に出さなくても心の中で呼び掛ければいいのだが、つい叫ぶように声が出た。
 とはいえ構いはしない。どうせここは得たいも知れない森の中、誰に迷惑がかかるというわけでもないのだから。

「うるさいのう。人の昼寝を邪魔しおって」

 ふわりと、頭の上に重みと体温を感じた。
 獣の尻尾が視界にちらつく。

「良狐!よかった、呼べた!」
「本当だ!よかった!!」

 思わず頭の上から狐姿の良狐を抱えあげ抱き締める。目の前にいた桜生も興奮して秋生ごと抱き込むように抱きついてきた。
 嫌そうな声をした悪態と、ふわふわの毛並みがこれほど嬉しかったことが今だかつてあっただろうか。…あったかもしれないが、それはそれだ。

「…何じゃ、揃って気色悪いの」

 獣の姿で読み取れない表情でも、それが怪訝に満ちたものだということは分かった。
 そんな良狐を一度定位置の頭に戻し、秋生と桜生はこの謎の森に来るに至った経緯を話した。


「つまり、八方塞がりというわけじゃの」

 溜め息が漏れる。
 これは打つ手なしのそれではなく、きっと呆れてものも言えない方のそれだ。

「どうにかなる?」
「……そうじゃの」

 良狐は再び溜め息を吐く。

「わらわの知る土地ではないゆえ場所は皆目検討もつかぬ。久しく人間も入っていないようじゃし、空気を感じた限りではかなり治安も悪そうじゃ」
「……つまり?」
「今はまだ気付かれていないようじゃが、いつ人間の臭いを嗅ぎ付けて妖怪が襲ってくるやも知らん」
「それって凄くヤバイ?」
「どうかのう…土地が廃れきって人間を襲う活力もないやもしれぬしの。何とも言えぬ」

 つまりぶっちゃけ分からないということだ。
 良狐が最初に述べた通り、これはほんとうに八方塞がりかもしれない。

「…なんかこう、抜け出す方法とかねぇの?」
「うむ、中々難しいの。外のものと何らかの繋がりがあればそれを探れるやもしれぬが…」
「繋がりって…どんな?」
「もちろん契もその内に入るが…あやつに分かってはならぬのなら使えぬし、他には…そうじゃのう。妖力で深手を負うなり、呪詛を受けるな…」
「呪詛!?」

 良狐の話が終わらぬ前、唐突に秋生は声を上げた。視界の隅でふらふら揺れていた良狐の尻尾がビクッと震えたことから、自分が大声を出しすぎたことを反省する。
 しかし。

「これ、これは!?」

 頭の上の良狐に見えるように、右腕を大きくあげる。
 すると、良狐の鼻が腕に擦り寄ってきた。

「………おぬしらは何をしておるのじゃ」
「え、秋生呪われたの?誰に?」
「……今朝、先輩に」

 話せば長く…はならない、別に。
 春人から伝授されためいちゃんダイブを強行した今朝。目覚めた華蓮の機嫌の悪さがそれはもう言葉には表せないものだった結果、言葉で責められるだけでは済まなかったということに過ぎない。

「あの悪霊に影響をされなかったのはそれのお陰じゃの」

 華蓮の力で出来ているこの呪詛が基因となって、秋生に膜を貼っているような状態らしい。だからあの時、近くにいてもお互いが全く気付くことはなかったのだ。
 あの時のカレンの口ぶりから察するに、それを分かっていたようだったが。知能も力も鰻登りに向上させているのではないかと、懸念してしまう。


「でも呪詛って…それ、大丈夫なの?」
「うん、痛いわけじゃないから」

 この呪詛に良狐が気付かなかったのは、体に直接影響があるものではないからだ。
 華蓮が受けてきた過去3回の内2回の呪詛のように見た目がグロテスクではなく全く目につかないのも、華蓮の技術的なものである前にその用途が異なるからと要っていいだろう。このタイプの呪詛は技量に関わらず見た目も殆どただの煙に近いので漂うオーラに酔いしれることも出来ず、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。

「じゃあ何なの?」
「………先輩に逆らえない」

 じっと見つめられた秋生が観念し答えると、桜生は思い切り顔をしかめた。
 
「そんなことしなくても、夏川先輩には逆らわないじゃん」
「そんなことない。いいか、毎日の寝起きを快適にするためのアラームがデフォルトに戻されて、毎晩の楽しみのテレビでヘッド様検索が禁止されたんだぞ!」

 他にも色々と弊害はあるが、それはまぁいい。
 とにかく一番の大問題はこの2つだ。毎日の始まりを告げる重大なことと、毎日の終わりを締めくくる重大なことを揃って奪われるなんて。おまけに秋生が自分で解こうとする前に「勝手に解くな」と言われ、成す術もなくなるという徹底っぷりだ。
 鬼のようだと思ってから、正に鬼だったと嘆く他なかった。

「夏川先輩、容赦ないというか…秋生をよく分かってるというか……」
「下らぬのう」
「俺にとっては一大事なんだ!」

 苦笑いの桜生と、呆れ果てている良狐。
 納得のいかない秋生が声を荒げても2人の反応は代わり映えを見せなかった。

「何を言われようとどうでもよいが、それが役には立つのは確かじゃ」

 呆れた様子のままの良狐が、今度は鼻ではなく尻尾のひとつを擦り寄せてきた。
 ふわふわの毛並みが気持ちよくも、くすぐったくもある。

「…帰れるのか?」
「正確な居場所は分からぬが、大まかな方角なら分かろう」
「やったぁ!秋生、呪われた甲斐があったね!」
「………素直に喜べないっ」

 桜生は両手を上げて跳び跳ねんばかりに喜ぶが、秋生としては複雑な気分だ。
 この八方塞がりの状況で呪いを受けていたことが唯一の救いとなったことが確かな時日で、桜生の言葉に何も返す言葉かないのが…気持ちの複雑さを更に増した。


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