Long story
大鳥グループの自家用ジェット機で華蓮が現地に向かってから3時間後、秋生たちはバスと電車と新幹線を乗り継いでようやく会場へと辿り着いた。
華蓮が時間に間に合ったと侑から電話で感謝されつつ入場の列に並び、無事に入場してからは時間と場所を再確認してから辺りを散策。間に他のステージをチラ見たり、いわゆるフェス飯を堪能したり。そうして待つこと数時間。
「じゃあ僕たちは一番前に行くから!」
「しっかり堪能してくるからね〜!」
「はーい」
「押し潰されないようになー」
いよいよ、shoehornの出番まで残り30分。
睡蓮は前回の学校でのライブが見れなかったので最前列で見ると主張し、春人がそれに付き添うことになった。テンション高めに声をあげて足早にステージに向かっていく2人を見送った秋生と桜生は、会場の真ん中辺りの場所で見るために場所を移動する。
「それにしても、凄い人だね」
「どんどん集まってくるな」
既にステージ前には人だかりが出来ているというのに、続々と人数は増え続けている。学校でのライブともは規模も熱気も全く違う。別世界にいるような気分になってくる。
shoehornが国民的人気バンドということは重々承知のことだが、こうして目の当たりにするとその人気の凄まじさを痛感せずにはいられない。
「いつも見てる人たちなのに、ドキドキしてくるね」
「本当に。いつも見てるのに」
毎日顔を合わせているのに、これ程までに胸が高鳴るなんて不思議な感覚だ。
だからこそ、私生活でどれほど普通に接していてもいちファンとしての気持ちが在り続けるのだろう。華蓮とどれ程親しくなっても、ヘッド様はいつまで経っても夢の存在のように思えて変わらないことも。
「秋生なんてジャケットにもなったのにね」
「ばか、大きい声で…言ってても、よ迷い事だと思われるだろうな」
「よくあるノリだよね。あれ実はわたしぃ的な」
「そうそう」
人が多くなってくると、あちこちで聞こえてくるファンの会話も賑わいを見せてくる。この中で高校生が絵空事のような会話をしていたとしても、誰も耳には止めないだろう。
そうしている間にも周りの人数は増え続けていく。秋生たちのいる場所は人と人の間にまだそれなりと隙間があるが、春人たちが乗り込んだ最前列はきっととんでもない密度になっているに違いない。
「……何、どこって?え?そっちじゃないよ」
「―――え?」
ふと聞こえた声に、秋生は思わず振り返っていた。
周囲から沢山聞こえる声の雑音の中で、その声だけはしっかりと聞き取れた。というのも、その声が先程からずっと…もちろん今も、自分の隣にいる桜生のものだったからだ。
「……うわ、最悪」
目があった。それは桜生だった。
………違う、桜生ではない。
桜生の見た目をし、桜生の声をし、桜生ではない人物。その人物は秋生の視線に気付き、桜生が面倒なことに出会い顔をしかめるのと同じような…全く同じ顔をした。
その人物――鬼神カレンは、誰かと電話をしているようだった。
「ううん、何でもない。すぐ行くから動かないでね」
カレンはそう言って電話を切った。
それはいち高校生の仕草として、何の変哲もないものだった。
悪霊から実体を持ち、まるで普通の人間と変わらず生活をしている。話に聞いていたので知ってはいた。しかし、実際にそれを目の当たりにすると、この何とも言えない感情を言葉に出来ない。
「……どうして気付かなかったんだろう?」
いつか聞いた喉に張り付くような声ではなく、桜生そのものの声色に困惑を隠せない。
しかし、そう問われてみると確かにその通りだ。この間、双子の僕と対峙した時にでさえ動けなくなる程だったというのに、今は本人を目の前にしてもなんともない。
「どうでもいいけど、僕の声で喋んないでよ。気持ち悪いな」
秋生と同じように、桜生もその存在に気が付いていたらしい。そして秋生よりも度胸があるというのか、向こう見ずというのか。桜生はカレンの存在に全く同じず、声まで同じということに腹を立てているようだ。
そんな桜生の態度のおかげで、すっかり困惑しきっていた秋生も少しばかり落ち着きを取り戻す。
「今日は君たちとのお遊びはオフだよ。落胆させたならごめんね」
「冗談。僕たちだってお前に会うためにこんなことまで来たんじゃないよ」
落ち着きを取り戻しても、奇妙な感覚だ。
もちろん見分けは付くのだが、声が全く同じなのでまるで桜生がひとりで掛け合いをしているように見える。
「秋生も何か言いなよ」
「……一人芝居してるみたい」
「何それ、失礼だな」
桜生とカレンの声が揃う。
秋生は思わず吹き出してしまった。
「ちょっと秋生!笑ってる場合?この悪霊は夏川先輩から家族を奪ったやつなんだよ!」
「ご…ごめん。でも、今日は先輩にも散々いじめられたし…大目に見てもらえれば…」
「いじめられた?」
「………ああ、それで気付かなかったのか」
「は?悪霊、何なの?」
「そんなことも見抜けないの?これだから力のないやつは」
「お前が僕の力を奪ったんでしょ!!」
自分で自分をディスり、自分で自分にキレる。
まるでコントのようだ。
秋生はもう笑いが止まらない。
「ちょっと?」
「いやごめん、ごめんって…」
声を揃えて同じ顔に睨まれるなんてかえって逆効果だ。
しかし桜生に言われた通り、目の前にいるのは自分から兄弟を奪い、華蓮から家族も名前も奪った紛れもない本人だ。
それを再度頭に呼び起こし、込み上げる笑いを抑えつけた。
「……とにかく、今日はオフだからこれで解散でいいかな?君たちが華蓮を呼んだって僕は逃げるから意味ないし、どうせ捕まえられないならせっかくの夏フェスに釘を刺したくないでしょ?」
「むーかーつーくー!多分それが今一番の案なんだろうけど、それをお前が言うってのがチョームカつく!」
ずっと体を乗っ取られていた桜生からすれば、カレンには並々ならぬ怒りや恨みがあるに違いにい。
秋生はそんな桜生の気持ちをなんとなく察して、あまり口を出すことが出来ない。それどころか、先程から笑ってしまったことに罪悪感すら感じている。
「あ、でも待って。君たちにうろつかれると都合が悪いな」
「……え?何?やっぱり殺すとかそういう方向になるの?唐突な命乞いパターン?」
「いや殺しはしないよ。大事になってフェスが中止なんて嫌だし」
「あ、よかった。じゃあもっと悪態吐いとこっと。バーカ!!」
やはり笑ってもいいだろうか。
というかこれは完全に笑わせにきているのではないだろうか。
「殺しはしないけど、何もしないとも言ってないでしょ?」
「は?」
「心配しなくても、危害は加えはしないから」
「……逃げる?」
「うん」
桜生と顔を合わせて振り返ろうとした瞬間、耳元で「手遅れだよ」と桜生の声がした。もちろん、それが桜生ではないことは言われずとも分かっている。
しかし情けないことに、もしもカレンが桜生のスマホから電話をかけてきたら気付かないかもしれないと秋生は思った。もっと桜生の声をよく聞き分ける練習をしようと…そんなことを考えている間に、視界が曇る。
「近くにいられると困るから、仲良く遠くに行ってもらうよ」
「な――……」
煙に巻かれるように自分達の周りがどんどん曇っていくのを目にし、秋生は思わず桜生の腕をとった。ほぼ同じタイミングで、桜生も秋生の腕を掴んでいた。
「手に入れたばかりの神の力をもう使えるなんて、嬉しいなぁ…」
その声はまるでどこかとても遠くの方…空からでも聞こえてきたかのように思えた。しかし、どこを見渡しても何も見えない。
どうするとこも出来ず、ただ桜生の腕を握りしめていると…徐々に曇りが晴れてきた。少しずつ視界がハッキリして、周りが見えてくる。
「秋生……」
「桜生……」
瞬きなんかしていない。
一歩も動いてすらいない。
「どうしよう……」
森の中に立っていた。
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mokuji
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