Long story


Top  newinfomainclap*res






 リビングに入ると、キッチンに立っていた睡蓮が顔を上げた。
 夏フェスへの意気込みが見えるいつもと違うその髪型は、ヘッド様仕様の華蓮に似せたものだ。間違いなく人目を引くに違いない。

「おはよう秋兄、随分と遅かったね」
「……おはよう」

 キッチンに着くと、もう味噌汁が完成していた。グリルから焼き魚の匂いも漂ってくる。手にしているフライパンでは卵焼きか、もしくはだし巻き玉子が焼かれているのだろう。
 これを見た限り、睡蓮の料理スキルももう秋生に近いほどに上達していると思えてくる手際の良さだ。

「どうしたの?楽しみすぎて寝れなかったとか?」
「…うん、まぁ」

 適当に返事をしてから冷蔵庫のホワイトボードに目を向ける。ここには翌日の朝食リクエストが各自書き込まれてある。この制度は桜生の案だが、起きてからリクエストを聞いていた頃よりも驚くほどに効率が上がっているので桜生様々だ。
 そんな画期的なホワイトボードだが、華蓮以外のライブメンバーは前日から会場の近くに泊まっていることと、更に李月は深月の影武者として昨夜から家の仕事に行っていることもあって本日は空白が多い。
 しかし起床時間のロスがあるのであまり余裕はないなと思いつつ、まずは春人リクエストのホットケーキの生地でも作ろうかと動き出すと…リビングの入り口の向こう側のから「うわっ」と声が聞こえた。

「夏川先輩っ、本当に起きたんですか!?じゃあ今日は吹雪になるんですか!?」

 続けてどこか叫ぶようにそう声をあげた春人は、リビングの扉を開けながら「雪で中止は!それだけは!」と更に続けた。
 それに対して華蓮が「黙れ」といつものトーンで凄むと流石の春人も黙るかと思いきや「でもこの夏フェスだけは!」と、それでもどこか嘆くように続けながらリビングへと入ってきた。

「春くん大袈裟…って言いたいところだけど、僕も同感です」

 リビングから庭へと続く窓から桜生が顔だけ覗かせる。どうやら春人と桜生は一緒に洗濯物を干していたようで、桜生が1つめの籠の中身を干している間に春人は2つめの籠を取りに向かっていたようだ。
 春人よりも落ち着いた様子で華蓮に視線を向ける桜生に、秋生の隣にいた睡蓮も「僕も!」と声をあげた。

「どこかの馬鹿が快適に寝ようとしてる俺に全体重をかけたりしなければ、予定通り快適に寝てるはずだったんだがな」

 多分もう怒っているわけではない。それは分かっている。
 ただ単に秋生に嫌味を言いたいだけだ。
 華蓮はそれから「暇だから」と春人から洗濯籠を受け取った。ついでに桜生の分も引き受けて、華蓮が庭へ出るのと同時に桜生はリビングへと足を踏み入れた。
 侑から指示された集合時間的に暇をもて余す余裕なんてないはずだが、それも秋生への当て付けに違いない。

「秋生、めいちゃんダイブやったんだ。成功したんだね〜」

 成功か失敗かと言われれば、結果を見ただけでは成功に見えるだろう。確かに、結果としては成功しているのだから当然だ。
 しかし、終わりよければ全てよしという言葉なんてくそくらえだと秋生は思う。

「もう二度としない」

 それがどれだけ重要なライブであっても…いやその時はやむを得ないかも…いややっぱり断固として。
 と、頭の中でぐるぐる考えながら、手にしていた泡立て器をぐるぐると回す。

「え、何があったの?」
「ノーコメントで」
「…めいちゃんダイブって何?」
「ノーコメントで」
「それは教えてあげてもいいでしょ〜」

 桜生の疑問をバッサリ切り捨てた秋生に代わり、春人が“めいちゃんダイブ”について説明をする。
 その内容を聞いた桜生はあろうことか「面白そう」と笑みを浮かべたではないか。

「僕も今度いつくんにやってみようかな」

 何とも軽はずみなことをいう桜生に、秋生は思わず泡立て器を投げ捨ててソファに座るその前に移動する。

「……桜生」

 そして、その名を呼び掛け。
 自分とそっくりな顔が驚いているのもお構い無しに、その両手をぎゅっと握った。

「えっ、何!?」
「自分の身を案ずるならやめておけ」

 切実な言葉だった。
 桜生の手を握った自分の手――右腕に微かに見える、ふわふわと漂いながら巻き付いている煙のようなものに一瞬視線が取られる。それを目にして今一度「自分を案ずるなら」と桜生に向かって強く言い、秋生はキッチンへと舞い戻った。

「……本当に何があったの?」
「それはノーコメントで」

 ビシッと答えるその言葉は変わらない。これ以上は何を聞かれても、これで押し通す気だ。
 桜生も春人もそれを悟ったのだろう。それ以上秋生を問い詰めるようなことはせず、テレビの電源を入れそちらに視線を向けた。


「ぎゃああ!まっず!すっぱ!!」
「……どうしたんだ?」

 テレビを視界に入れつつ生地作りに集中しようとしたところで、睡蓮の悲痛な叫びに手が止まる。
 顔を向けると、口を押さえた睡蓮がだし完成した巻き玉子を指差して再び「まずい!」と声をあげた。しかし、見た目は普通に美味しそうなだし巻き玉子だ。
 秋生は首を傾げながら、睡蓮が手にしていた箸を受け取りだし巻き玉子の端をつつく。そしてそれを口に入れた瞬間、口一杯に尋常ではない酸味が拡がり思わず眉を寄せた。

「…………これ、何入れたんだ?」
「秋兄が起きてこなかったらと思って…時短のために市販の出汁を」

 と、プラスチックボトルを持ち上げる。
 大きく「酢」と書かれた、プラスチックボトル。

「睡蓮…調味料はよく見てから使えって……」

 何度言えば、と続けようとしたが。それに関しては人にとやかく言える筋合いはないので控えた。それにもしかしたら漢字が読めなかったのかもということも踏まえて、声のトーンも控えめにした。
 秋生の言葉に手にしたプラスチックボトルに視線を向けた睡蓮は、途端に目を見開いた。その様子から、少なくとも漢字が読めなかったわけではないらしい。

「え?…ぎゃあ!これ酢だ!!」
「酸味の大渋滞にもなるわけだ…」

 料理のスキルは秋生に近いほどに上達していることは確かはずなのに。
 こればっかりは、秋生が転ぶのをやめられないのと同じで治らないのだろうか。もしもそうならば致命的過ぎるので、成長と共に治って欲しいと切に願うばかりだ。

「またやっちゃったぁあ…」

 まるでパターン化されたような展開だ。
 こうなってしまうと睡蓮はいつも落ち込んでしまい、助手もまともにつとまらない。とはいえ、幾度転んでも開き直る秋生よりはいいのかもしれないが。

「春人、睡蓮をどうにかして!桜生、選手交替!」
「あらま〜、すーくんいらっさ〜い」
「桜ちゃん、いっきまーす」

 桜生を助手に迎え料理を再開したところで改めてテレビに顔を向けると、今日の夏フェスが行われる会場が生中継されているところだった。
 寝起きから大失態で始まった今日。散々な目にあい先行きに不安を感じていた秋生だったが、あと数時間もすれば自分達もあの会場に行くのだと思った瞬間、嘘のように不安は吹き飛んでいった。


[ 2/5 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -