Long story


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「え、何。怖いんだけど」

 李月と共に屋根から降りた世月は、再び飛縁魔にお願いをして双月にも世月が見えるようにしてもらった。
 世月が見えるようになった双月はダイニングの椅子に座った状態で、その前に深刻そうに座る世月を前に顔をしかめている。

「……これ俺絶対関係なくね?出てっていい?」

 春人の持っていた銃を手にし騒いでいた他の面々は、なんとなく状況を察した華蓮に促されてリビングを立ち去っていた。
 その後に家の仕事から帰ってきた深月は、同じく飛縁魔に世月が見えるようにしてもらったのだが、全く部外者気分のようだ。

「貴方も兄弟なんだから聞く義務があるわ。そこに座りなさい」
「いや、俺ってどっちかってーと友達寄りじゃん?兄弟感ねぇじゃん?」
「黙ってそこに座りなさい」

 そう言われると断ることもできず、そこ――
双月の隣に腰を下ろす。
 これはかつて世月が生きていた頃、皆で一緒にあの家に住んでいた頃…4人で食事をとる時に座っていた席順だ。
 そしていつも席に着くのが一番遅い李月が世月の隣に座るのと同時に、家族会議が幕を開ける。

「単刀直入に言うわ」

 世月はそう言ってから、一度息を吐いた。
 そしてすぐさま、口を開く。

「今日、お母さんと話したの」
「は?」

 深月と双月の顔がしかめられる。
 それに対して世月はもう一度「お母さんと話したのよ」と、少しだけ声を大きくして言った。

「……どういうことだ?」
「俺もその経緯は聞いてない」

 深月が李月の方を見ると、李月はそう答えながら首を振った。
 訝しげな視線が、再び世月に向けられる。

「その経緯はどうだっていいの。とにかく私は今日、お母さんと会って話した」
「……それで?」

 尻込みをしてしまってはおしまいだと思っていた。このままの勢いで言い切ってしまうしかないと。
 だから、双月の問いかけに世月はすぐさま答えるべく口を開く。

「お母さんは貴方に嘘を吐いている。貴方が貴方と知りながら、私として扱っているのよ」

 言葉はなかった。
 ただ、自分とそっくりなか顔が…呆然としていた。呆然と、自分を見ていた。
 言ってしまった。
 双月の顔を見てそう思った瞬間に…世月の口からも、それ以上言葉が出てこなくなった。

 沈黙が漂う。


「あ、の…ふたつき、あのね……」

 自分の口から出てきた言葉が、あまりにも覚束ないことに驚きを隠せなかった。
 言ってしまったことは取り返せない。
 けれど、その続き…その経緯について、うまく言葉が繋げない。


「………らしくないな。そんなに…動揺して」

 言葉が上手く出てこずにしどろもどろとしている世月に、双月が静かに声をかけた。
 動揺しているのは双月も同じだ。その表情を見れば一目瞭然だった。
 けれど「貴方も同じでしょう」と、そんな一言すら喉に突っかかって出てこなかった。それなのに、双月から視線を逸らすことも出来ない。

「李月は知ってたのか?」

 世月が黙っていると、双月は一呼吸置いてから今度は李月に視線を向けた。
 そして世月の行き場を失った視線は、俯く他なくなった。机を見つめても、双月がどんな顔をして何を思っているのか…そんなこと分かりはしないのに。

「いや、さっき聞いた」
「……深月は?」
「もし知ってたら、俺の演技力足るやオスカー俳優もんだな」

 深月がそう冗談をかますと、双月は「確かに」と声色から察するに笑ったようだ。
 世月はまだ、顔をあげることが出来ない。
 冷静…なのか。心配させまいと、必死に取り繕っているのか。それとも、現実逃避のようにそんな振る舞いをしているのか。
 きっと顔を上げてその表情を見たとしても、分からない。

「案外冷静だな」
「え?」

 その言葉に、世月は少しだけ視線を持ち上げる。すると、ちらりとこちらを見た李月と視線がぶつかった。

「世月はお前のことを心配して、言うのを随分と渋っていたんだが」
「………」

 世月はあからさまに李月から視線を逸らして、また俯いた。
 どんな表情をしていればいいのか分からない。こんなにも、自分が情けなく思ったことは今だかつてないように思う。

「……いや…まぁ、そんなに冷静じゃないけど…だって、なぁ?」
「だから俺は基本、部外者だから」

 ちらりと目線だけ向けると、どこか困ったような顔の双月がいた。そして一度は適当にあしらうように答えた深月だがすぐに「まぁ、言いたいことは分かる」と同じようにどこか困ったような顔をする。
 世月はその表情の意味が分からず、思わず顔をあげた。

「……お前のせいで興ざめだと」
「……何の話よ?」

 ここでも無駄にお兄ちゃん力を発揮する李月は、双月と深月のあの会話とその表情のせいで全てを察しましたと言わんばかりだ。
 世月のしかめっ面に「その顔のせいだ」と鼻を摘まむような芸当が出来るのも李月だけだろう。普段は世月から逃げることしか考えていないくせに、どこにそんな切り替えスイッチがあるのというのか。

「世月にそんな顔されると心配で、素直に動揺してもいられないんだよ」

 声をかけられ、視線を向ける。
 双月はどこか困ったような顔をしていた。

「……私…そんな…」

 自分がどんな顔をして双月を見ているのか、自分では分からない。
 けれど、あくまで心配しているのは自分だ。自分が双月を心配で仕方なくて…と、そう…思っていた。本当に心配そうな、双月の表情を見るまでは。

「俺の心配し過ぎて逆に俺に心配されるなんて…らしくないな、本当に」
「………だって、双月…」

 ここまで来てもまだ。
 思うように言葉が出てこない。

「母さんが嘘を吐いてたことを話すと、俺と母さんの今の関係が壊れるんじゃないかって…そう思ってるんだろ?」
「………ええ」
「それは母さんと話してみないと何とも言えない。だから…今はどうとも答えられないよ」
「ええ……そうね」

 歯切れの悪い返しをしていると「だかららしくないって」と言いながら双月の手が伸びてきた。
 その手が頬に触れる。
 李月の手を取った時と同じように、その温もりを感じたような気がした。


「俺は大丈夫だから…あんまり心配させんなよ」


 そう笑った双月は。
 寝られない世月と一緒に寝てくれる双月と、同じだった。どこにも行かないから、ずっと一緒にいるから大丈夫だと…そう言ってくれた双月と、同じ顔だった。
 本当に大丈夫なんだと…そう確信した。


「双月……」

 心の中で何かが落ちるような感覚がした。
 抱え込んでいた心配だったのか、不安だっったのか、それが何かは分からない。
 けれどそれは同時に、抑えていた感情を…らしくない自分がいつもの自分に戻ったような感覚もあった。

「なぁ…これ、やばくね?」
「もう手遅れだ」

 世月は徐々に曇っていく視界の中で横目に李月と深月を見、立ち上ってくる感情をひしひしと感じていた。
 しかし曇る視界をどうにかしようとも…溢れる感情を抑えうようとも、思いはしなかった。

「世月、泣くなよ…」

 双月のその言葉は、何の気休めにもならなかった。
 立ち去った面々が驚きの表情と共にリビングに再び集まってくるまで、そう時間はかからないだろう。


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