Long story


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「……双月先輩、節操なさすぎ」

 入り口から顔を出した春人の第一声はそれだった。その顔は怒っているというよりは呆れているというものに近い。続けざまに「まぁ知ってましたけど」と言うのを耳にするが、目の前の状況に付いて行けない双月には右から左だった。
 そして、状況に付いて行けてないのは双月だけではない。この場にいる全員が、完全に動きを状態で呆然と春人に視線を向けていた。

「はい、さっさとそこ退いて。邪魔ですよ」
「なっ…何だお前っ」
「だから退いてっててば」

 ダァン!!と、先程と同じような音が今度は室内に響く。
 再び動き出した春人に対し、戸惑いながらも行く手を阻もうとした男の足元に…穴が空いている。そして微かに立ち上るそれが硝煙だということは、コンクリートの床に埋まった実弾を見れば誰でも思い浮かべることが出来る。

「あ…貴方……何…!」

 まだ状況を飲み込めないままに、それでもこのままでは不味いと感じたのだろう。
 赤いドレスが顔を真っ青にしながらも、春人に対して口を開く。しかし、やはり戸惑いが大きいのか、その言葉は途切れがちで上手く言葉にはなっていなかった。

「何って、見れば分かるでしょ?銃ですよ」

 春人はそう言いながら足を進める。
 もう誰も、その行く手を阻もうとはしなかった。

「そんなことして…どうなるか分かっているの!?」
「そんなことって?銃を持ってることに対してですか?それとも、双月先輩をどうにかしようとした人たちをこれから皆殺しにすることに対してですか?」

 ああ、これは。
 これは…かなり、怒っているようだ。
 双月は春人の口ぶりからそう察し、しばらくは何も口にしまいと思った。

「み…皆殺しって…貴方…そんなこと……本気で…」

 やはり途切れがちで、最後まで言い切ることが出来ない。赤いドレスは少しずつ後ろに後退りながら、その怯えた表情を隠すこともしなかった。
 しかし春人はそんな怯えた目を見ても何とも思ってないというように「本気で?」と問いかけるように言ってから

「じゃあ聞きますけど、貴方たち今…表向きではどこで何をしてるんです?こんなことするくらいなら、さぞ立派なアリバイ工作を考えてきたんでしょ?」
「…あ……」

 春人の問いに、赤いドレスが揺れる。
 つまり、今この場にいる春人と双月以外の人物。その全員が、ここではない場所にいることになっている…ということだ。
 こんな大がかりなことを計画したのだから、それは口先だけではないはずだ。替え玉を用意して、どこかの監視カメラに映り込むなど――念入りにアリバイ工作をしているに違いない。

「だからこの場所で貴方たちが殺されても誰も気が付かない。せいぜいお披露目会の会場になった上の体育館が調べられる程度で、隠れてる地下室まで見に来ない。地下数階分はあるから腐っても臭いは上まで届かないし……さて、本気で皆殺しにして俺にデメリットがあります?」

 反論の余地はないように思われた。もしかしたら反論出来るような抜け道はあるのかもしれないが、誰もそんなことを考える余裕もないだろう。
 決して威圧感のある風貌でもなく、ドスの効いた声でもない。それなのに、標的ではない双月ですら背筋がひんやりと感じる程に…目の前にある春人の姿は、恐怖を呼び起こすものだった。

「まぁ、そんな面倒なことしませんけど」

 春人がそう言ってどこか興味なさげに銃を下ろすと、静かな室内に幾つか安堵のため息が漏れる音が聞こえた。
 これで収まるのかと同じように安堵した双月だが…春人の背後を目にした瞬間、込み上げてきたのは焦りだった。

「はる…」

 ズガンッ。
 双月の声より先に耳に入ったそれは、また違った音だった。
 人の肉を介して、また地面に弾が埋まる。
 地面に一筋の赤い線が描かれ始めると、近くから「ひぃ」と小さな悲鳴のような声がした。

「そんなに殺されたいんです?」

 春人を背後から襲おうとした男は、撃たれた太ももを抱えるようにしてその場に踞っていた。問いかけに答えることも出来ず「うぁあ…」と微弱な呻き声を上げる。
 今度こそ本当に、誰も春人に近寄ろうとする者はいなくなった。

「俺は人間相手には容赦しません。全く、何度言わせるんですか」

 それは多分、双月以外は初耳のはずだ。
 しかし、この場でそれを指摘するほど双月は馬鹿ではない。しばらくは何も口にしまいと誓ったことは忘れていない。

「あ…あな…」
「無駄口叩いてる暇があったら、さっさと逃げたらどうですか?別に追いませんよ」

 何かを喋ろうとする赤いドレスに銃口を向けながらそう言った春人は、そのまま入り口に視線を向けた。
 しかし、誰も動かない。
 皆、恐怖で足がすくんでしまっているからだ。動きたくても、動けない。

「はぁ、だらしがないですね。足元に一発撃てば、出ていく気になります?」
「あ…あ…………っ!」

 春人の問いかけに何かのスイッチが入ったのか、赤いドレスが靡く。
 ハイヒールがいち早く駆け出た次の瞬間、残る全員が一斉に入り口に向かって走り出した。しかし、辛うじて2人が通れる通路への入り口へ大人数が一気に押し寄せてスムーズに流れるわけもなく、あっという間に大混乱の大渋滞が巻き起こった。

「あ、忘れものはしないで下さいね」

 肩を捕まれた人物が「ぎゃあ!」と、それこそお化けでも見つけたような声を出した。それに対して春人は「これ」と床に転がっている男を指差した。
 春人に銃口を向けられた男は必死になって転がった男を引きずりながら、入り口の大渋滞に巻き込まれて行く。


「さて、双月先輩」
「……はい」

 まだ全員が出ていないというのに、春人はもうそちらには全く興味がなくなっているようだった。
 またしても呆れた視線に見つめられた双月は、思わず目を反らす。

「こんな目に遭ってるのに、啖呵切ってどうするんですか」
「…ごめん、つい」

 少し怒ったようにそう言う春人は、どこか手慣れた様子で双月を繋いでいる鎖を撃ち切った。
 鎖がほどけた腕が、赤くうっ血している。あまり痛みを感じてはいなかったということは、冷静だったつもりでもアドレナリンが出まくっていたのかもしれない。

「うわ!何ですかこれ!……やっぱりもっと撃っとけばよかった。今から撃つか」
「待て待て!そんな痛くないから平…じゃない。お前それ何だよ!」

 渋滞に振り返ろうとする春人を止め、その手にある普通ではないものを目にして双月は思わず声を上げた。
 普通ではないという点ではこの状況が全て普通ではないと言っていいが、双月が指摘したのはその中でも一際目立つ…普通を通り越して、あり得ない物についてだ。

「ああ、これです?俺の2番目の兄の仕事道具です」
「は?」
「どこかの国の特殊部隊なんです。普通は家族にも秘密にしなきゃいけない程度の組織らしいですけど…あの人そういうの気にしないから。家族も恋人も友人も皆知ってます」
「はい?」
「ちなみにこの銃もどの国の公式なデータには載ってないので、使ってもバレません。あ、でも別にテロ組織とかじゃないですよ?ちゃんとどこかの国に雇われてます」
「……はぁ」

 双月は春人の説明の半分も理解できないままに、結果的に問い返すのをやめて頷いてしまった。それに何度問い返して何度聞いたところで、きっと理解はできない。
 ということで少し考えた結果。とりあえず、春人には銃を普通に持ち歩く規格外の兄が居る。そして春人はそれを持ち出してあまつさえ容赦なく使うやばい弟だ。ということだけ頭にインプットすることにした。

「引きました?」
「……いや、それほど」

 確かに、有り得ないものを当たり前に所持していることには驚いたが。普通なら絶対に引くその常識の範疇を飛び越えることを聞いても、特に何を思うこともなかった。驚いたというなら、ここまで全く何も気にならない自分に対しての驚きの方が大きいかもしれない。
 それはきっと双月にかつて体裁がなかったことを春人が承知の上なのと同じで、春人に情けというものがないことを双月はよく知っているからだ。きっと今までにも、何人もの悪人たちを撃ってきたに違いない。

「まじですか。強靭な精神ですね」
「引いてほしかったのか?」
「いいえ。双月先輩なら引かないと思ってたので遠慮なくぶっ放しました」

 そう言って笑う笑顔と物騒な拳銃とが余りにミスマッチすぎて、双月も思わず笑ってしまう。
 逃げ惑う男達を前に笑う美女と、拳銃を持って笑う少年。それは、これ以上ないほどに混沌とした状況だった。


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