Long story


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 ドラマのような展開だな。
 双月はまるで他人事のように、そんなことを思っていた。

「随分と余裕ね」

 赤いドレスが揺れる。
 真っ白な部屋と煌々と白く光る証明を背景に、その赤いドレスはこれ以上ないほどに栄えて見えた。

「騒いでどうこうなるもんでもねーだろ」

 ここがどこなのかは皆目検討もつかないが、もしも騒いでどうにかなる場所ならば猿ぐつわでも噛まされているはずだ。
 天井からぶら下げられるような形で両手を拘束されている双月は、こうなっては世月を演じるまでもないと判断して粗っぽい口調で返した。

「あら、随分と口が悪いのね」
「幻滅して解放してくれる展開?」
「どうせ顔と体しか興味はないもの。口調なんてどうでもいいわ」

 こういう場合は大体中年オヤジのような連中が相手なことがほとんどなので、美人が目の前にいるというのは新鮮さを感じるものだ。
 綺麗に手入れされた手が頬を撫でる仕草に抵抗するでもなくそんなことを思っていると、真っ白い部屋の奥からぞろぞろと他校の連中が顔を出し始めた。

「他の皆もそうですって」

 他の皆。
 体育館にいた連中を全員把握していたわけではないが、多分全員だろうと言える人数だった。
 そうだろうとは思っていたが、大鳥高校以外は全員ぐるのようだ。

「あら、私ってば人気者ね。嬉しくてサービスしちゃうわ」

 声色を変えて、世月のように笑う。
 挑発するようにウインクして見せると、また綺麗に手入れされた手が頬に伸びた。

「強がるのね。素直に怖がりなさいよ」

 双月は鼻で笑う。
 目的は双月を大鳥高校の看板娘から下ろすことなのは明らか。
 そしてその為に精神的に追い詰めることにし、そのために一番効果的であろうことを考え出した。
 確かに、普通の人間ならば効果はてきめんだろう。
 
「やり方を間違ったな」

 他校の生徒から見た世月というは、どういう姿だったのかと考える。
 大鳥グループという誰もが認める大金持ち。その子供であることだけでも一般とは大きく違うというのに。それが誰もが振り返ると美人ともなれば、とにかく大事にされ、可愛がられ、常に守られ、恐ろしい目に遭ったことなど一度もない筋金入りの箱入り娘。
 だからこそ何にも恐れることはなく、常に凛とした面持ちで、女王のように立ち振舞えるのだと……そう思っているのだろうか。

「…どういう意味かしら?」
「貴方たち、私を誰だと思っているの?」

 これほどまでに箱入り娘という言葉が似合わないご令嬢を見たことがない。
 そんな風に言うと、本物の世月は怒るだろうか。いや、きっと笑って「当たり前よ。箱入り娘なんて反吐が出るわ」と言うに違いない。
 だからこそ何にも恐れることはなく、常に凛とした面持ちで、可憐にたち振る舞う――正真正銘の女王なのだ。

「どこまでもいけ好かないわね」
「当たり前よ。それが大鳥世月だもの……でも、そうね」

 世月は決して、屈することはない。
 けれど、こんなことに世月を巻き込む気はない。もちろん、汚す気も。

「お前たちの相手をするのは世月じゃないけど…な!」
「ッツ―――――!!」

 体を後ろにのけ反らせてから前に踏み込んで思い切り蹴りあげた足は、見事急所に命中したようだ。
 悶絶しつつも咄嗟にそこを押さえない辺り、流石一高校の代表として着飾っているだけのことはある。

「このドレスで正解だった。この方がより俺らしいし」

 綺麗なオレンジ色のドレス。
 それは先程までは完璧な世月であったが、今は紛れもなく双月であると主張している。 

「いいわ。そっちがその気ならもう容赦はしないわ」
「そりゃ参ったな。ならせめて、今からズタボロにされる予定の俺に最後のお情けをくれないか?」
「……何ですって?」

 これは今、ふと思い立ったことだった。
 今ここにいる全員を相手に、双月に出来る抵抗はほぼない。しかしその相手がたった一人がならば、一矢報いることは出来るかもしれない。

「もう一度、あんたんとこの生徒会長に会わせてくれよ」
「……カレンに?なぜ?」
「それは会ってみれば分かる。どのみち俺はもうされるがままなんだから、別にいいだろ?」

 腕を振ると、ガシャガシャと鎖が音を立てた。
 満足に身動きも取れないのだから、誰がやって来たところで何が出来ると言うわけでもない。そう主張するが、赤いドレスは顔をしかめて首を横に振った。

「冗談じゃ…」
「まぁいいんじゃないかな?減るもんでもないし」

 入り口から、あの桜生と同じ声がした。同時に、同じ顔が覗く。
 傍観者ということは、少なくともカメラなのでここの様子を伺っているはずだと踏んでいたが。どうやら、生の場面を傍観する気でいたようだ。

「……でも」
「どうせ何も出来ないよ。ね?」
「ま、この状態じゃあな」

 また腕がガシャガシャと音を立てる。
 カレンが、双月のすぐ目の前までやってきた。

「…で、僕と何を話したいの?」

 目の前までやってくる。
 ここまで手早く、思い通りにいくとは。ふと思い立ったことがあまりに簡単に行きすぎて思わず笑みが溢れるほどだ。

「話したいのはお前じゃない」
「は?」

 瞳を見つめる。
 その奥に、もっともっと奥にある。
 根底を見つめる。

 そして、引き出す。

「お前は何を求めてる?」
「………」

 問いかけると、途端にその目が虚ろになった。瞳の奥にゆらゆらと揺れる、その深層心理を呼び起こす準備が出来た合図だ。
 虚ろな瞳を見つめたまま、双月は静かに口を開く。

「なぜ華蓮から奪おうとするんだ?」

 奥底にある、心の中心に向かって問いかける。
 すると、虚ろな瞳が一際ゆらりと波打つように揺れ…ゆっくりと、その口が開いた。

「………うそつき」
「うそつき?」
「わたしのこともたいせつだっていったのに…」

 違う。
 いつものねっとりとした声色とも、桜生にそっくりな声色とも。全く違う、聞いたことのないものだ。
 まるで、小さな子供が喋っているような…そんな第一印象だった。


「…言った?誰が?」

 じっと見つめる。
 何かを躊躇うような表情を浮かべるが、真っ直ぐ見つめ問いかける双月には逆らえない。

「―――」

 誰かの名を告げたのは分かった。
 しかし、ノイズがかかったような声色でその名を聞き取ることが出来なかった。

「何て?」
「わたしより…おねえちゃんをえらんだ」
「……お姉ちゃん?それは誰だ?」
「やっぱり、わたしよりおねえちゃんがたいせつだったんだ」

 感情の高ぶりを感じる。
 双月の問いに逆らっているのではなく、その問いが耳に入っていない。自分の世界に捕らわれているようだった。

「…だから、うばってやる」
「何を?誰から?」
「たいせつなもの、ぜんぶ。ぜんぶ…ぜんぶ、ぜんぶ!!」


 ぐらりと、瞳がゆれる。


「わたしだけがたいせつなんだ!!」


 カッと、虚ろだった目が見開かれた。
 瞳の奥にあるものが、すっと消えてなくなる。

「……ここまでか」

 流石に普通の人間とは違う。そう上手く話しは進まないということか。
 双月はそれ以上は無理だと判断し、見つめていた瞳から視線を逸らした。それから今一度視線を向けると、カレンが苦痛を訴えるような表情で頭を抱えていた。

「………………お前、僕に何をした?」
「何も。少し話をしただけだ」

 嘘は言っていない。
 この悪霊の根底にある、深層心理と話をした。
 
「調子に乗るなよ」


 ゾッとするような。
 これ以上ない程に、殺意に満ちた表情だった。

「この状態で調子に乗るほど間抜けに見え…ッ!!」

 ぐっと首を捕まれる。息が止まり、体が強張った。
 カレンの言うとおり少し調子に乗りすぎたかと一瞬後悔しかける。しかし、意外にもその手はすぐに離れた。

「…僕はもう帰るよ。気分が悪いから」
「……大丈夫なの?」
「うん。でも…この人には、最高のおもてなしをしてあげてね」

 先程の殺意に満ちた表情とは打って変わって、穏やかな笑顔でそう告げる。本当に演技派だ。
 赤いドレスが頷くのを確認すると、カレンは静かにこの場を去った。もしかすると、もう傍観する気も失せたのかもしれない。こちらとしては、その方が有り難い限りだ。 



「あなた…本当に覚悟なさいよ」

 悪役の常套文句のようなことを吐かれて、双月は思わず笑いそうになる。
 しかしその笑いを堪えて、赤いドレスに向かってどこか見下すような視線を投げつけた。


「上等だ。さぁ、俺を満足させてみろ」

 それが合図だと言わんばかりに、男たちがぞろぞろと群がってくる。そんな光景を前に、最低限の収穫はあったし後は適当にやり過ごすかと悠長に考えていると…。
 突如、外から凄まじい破裂音のようなものが耳に入り、男たちの動きが止まった。


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