Long story


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 うっすらと見える体育館の中央に、桜生ーー鬼神カレンが立っていた。
 前に見た時と同じセーラー服だが、その表情と声質は以前の寒気がするようなものとは違い桜生そのものだ。片手にガスマスクという高校生には似つかわしくない持ち物を手にしている以外、普通の高校生に見えた。

「ああ、君は…僕が以前殺し損ねた人間だね?」
「……その節はどうも」

 悪霊のはずだが、春人にもはっきりと見えまるで普通の人間と話しているような感覚だ。見えたのは以前も同じだが、以前はここまで…本当に、普通の人間のようには感じなかった。
 何も知らない人間が、この人物を実は悪霊なんですと言われても絶対に信じられない。そんなことを言う方の頭がおかしいと思われても仕方がないほどの仕上がりだった。

「まさか、君があのプリンセスのお守り役?ただの人間である君が?」
「……ラスボスさんがいるなんて想定外だよ。本当は相手もただの人間だけの予定だった」
「相手はただの人間だよ」

 ふわっと、一瞬で春人の目の前にいた。
 しかし春人は怯まない。前と同じおぞましい雰囲気を醸し出していたら腰でも抜かしたかもしれないが、より人間らしくなっていることが項を成した。
 相手が人間だと思えば、それほど怖じ気づくことはない。実際には人間ではなくても、こんなものは気の持ちようだ。

「……どういうこと?」
「今回、僕は傍観者ってこと」

 カレンがガスマスクを床に投げ捨てると、体育館内にカツンと音が響いた。何もない床にガスマスクがぽつんと……という所で春人はハッとした。
 何もない床。他にも沢山の生徒がいたのに、誰も倒れることなくこの場には誰もいない。
 ここにいたのは色々な高校の生徒だ。全員がカレンの手下だということは考えにくい。

「全員で双月先輩を狙ったのか」

 春人の言葉に、カレンはニヤリと笑って見せた。
 人間だと思い込んでいた気持ちが一瞬で吹っ飛ぶ。その気持ち悪さに、危うく腰を抜かしそうだった。

「あの子がいる限りぃい、どの学校もぉお、上には立てないからねぇええ」

 これだ。この感じだ。
 背筋が凍りつきそうに、おぞましい。

「……それで…他校がまるごと手を組んだ…と」

 しかし、怖じ気づいている場合ではない。
 春人はどうにか平静を保ち、腰が抜けそうなところを踏ん張っている。
 
「僕は何をするのかは知らないけれどね。もう二度と外にでも出たくないと思わせるようなことって…どんなことかな?」

 まるで二重人格のようだで気味が悪い。
 しかし、また普通の人間のように戻ってくれたことで抜けそうだった腰が力を取り戻した。

「さぁ、興味がないよ」

 気持ちが落ち着いたうちに、春人はこの場を立ち去るべく踵を返した。このままこの悪霊と話していても時間の無駄だ。
 それに、この悪霊が本当に傍観者で、相手が人間だけというのなら。

「どこにぃい行くのぉお?」

 ふわりと、また目の前に現れた。
 先程とは違い気持ちの悪い声色だが、それでも春人は怯まなかった。

「幽霊相手は役立たずだけど、人間相手には容赦しないって言ったでしょ」

 春人はカレンを押し退ける。
 触れる感触まで、まるっきり人間だった。

「聞いたことないけどぉおお、お手並み拝見といこうかなぁあ?」

 背後ですうっと風が立ち上るような音がする。思わず振り返ると、そこにもう悪霊の姿はなかった。
 人間だが、全く人間ではない。
 本当に奇妙な感覚だが、その余韻を感じている間はない。

「双月先輩、どこに連れて行かれたんだろ」

 いくら人間相手なら容赦をしないといっても、その相手を見つけ出さないことにはどうしようもない。
 春人が体育館の扉を開いた時に流れていた空気はきっと催眠ガスだ。同じ入り口から外に連れ出したのなら、もっとガスは薄くなっていたはずだ。
 ならば違う出口が奥にあるのだろうか。それとも他の方法を使ったのだろうか…とりあえず奥に出口があるか確認するしかない。
 こうやってひとつひとつ可能性を出して潰していくなんて、時間がかかりすぎる。


「春人」
「ふぉおお!?」

 悪霊と顔を合わせたばかりだったので、突然下から聞こえた声に過剰に反応してしまった。
 飛び上がらんばかりに驚いてから視線を向けると、母の元に戻ったはずの湊人が申し訳なさそうに自分を見上げていた。

「ご、ごめん」
「湊人どうしているの?お母さんの所に戻ってって言ったでしょ?」
「……お母さん、どこにいるのか分からなくなっちゃった」
「あー…」

 正確には、いる場所は色で見えるがどうやって行ったらいいのか分からないということだろう。
 こうなると電話をして迎えに来てもらうが得策だが、電波は届かないし何より春人は今急いでいる。
 時間がない。

「ごめんね」
「いや…この場合、美人過ぎる双月先輩が悪くて、おまけに派手な色してる双月先輩が悪……湊人!!」
「はっ…はい!」

 突然強く名前を呼ばれ、湊人は怒られるのかと思ったのか背筋をピンと伸ばした。
 春人はそんな湊人の両肩を掴む。

「綺麗なオンレジ、今どこにある?」
「え…」
「さっきのオレンジ!!」

 湊人なら、どこにいようと双月を見つけ出すことが出来る。
 出口を探しに行く必要もない。

「オレンジ?……ここにいるよ」

 湊人は首を傾げながら、体育館の中を指差した。
 誰もいない。
 悪霊さえもいなくなった、本当に空っぽの体育館がそこにあるだけだ。 

「ここ?…ここって、ここ?」
「……うん。ここがオレンジだもん」

 湊人が嘘を吐くはずがない。その力が正確ではないはずもない。
 体育館のステージの上でここにオレンジがあるという湊人の言葉は紛れもなく真実のはずだ。

「……下か」

 体育館のステージの下には、大抵パイプ椅子をしまうような空間がある。春人は片端から閉まってあるパイプ椅子を引き出し始めた。
 変な所に金をかける学校だ。体育館に地下室があっても何ら不思議ではない。
 そして、夏休みに入り部活動の生徒しか出入りすることない学校内を他校の生徒が隅々まで探索していても気付かれはしない。どこからか大鳥高校の制服を調達することだって容易いだろうし、そうなれば全く気付かれることはなく思う存分に校内を散策出来る。

「ほんっと、都合が良すぎるってもんでしょ」

 端から順番に引き出して行き奥の奥までくまなく見ていくと、床に扉のようなものが付いている場所があった。
 間違いない。
 物置にしたったのか、シェルターでも作ったのか、大鳥グループにとって邪魔な人物の死体でも置いているのか…用途なんてどうでもいいが。
 地下室がある。

「ありがとう湊人」
「?」
「学校の外に出て、これでお母さんに電話して。変なものとか人に付いてっちゃダメだよ」
「…わかった」

 既に母の電話番号を出した状態にしてスマホを湊人に渡し、頷くのを確信して春人は扉に手を触れる。
 そしてふと、思い出す。

「あ、帰ったら伝えといて」
「誰に…?何を?」

 春人は扉を開く。
 鍵でもかかっていたら面倒だったがそんなことはなく、下に繋がる梯子が見えた。

「仕事道具盗んでごめんなさいって」

 湊人が少し驚いたような顔をしたのを見てから、春人は梯子に足をかけた。
 これから使う予定で更にごめんなさいということは、実際に使ってから言うことにしよう。使わなくてもいいのなら、それに越したことはないのだから。


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