Long story


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 途中からいなくなると言っていたが、それは大きな語弊だ。何が語弊かと言うと、侑が出ていったのは途中ではなく…最初の挨拶を済ませてすぐのことだった。

「今日は芸能人生徒会長のエスコートは一緒じゃないの?」
「ええ。彼が一緒だと私の美貌がくすみかねないもの」

 親しげに双月に話しかけてきた生徒は、1年生の時からの顔見知りだ。1年から看板娘に抜擢されているだけあって、中々の美人だ。男子生徒だとは思えないほどに赤いドレスが似合っているが――双月ほどではない。

「ふふ、そうね。その点、うちの会長は地味でいいわ」
「……その地味な生徒会長はどちらかしら?」
「他校の会長に自分の顔を売り込んでいるわ」
「ああ…普通は1年に一度変わるものだものね」

 侑は1年の時からずっと生徒会長をしているので、生徒会長が毎年入れ替わるものだということがいまいちピンと来ない。
 そもそも一般的には3年の7月頃には生徒会選挙なるものがあり、新しい生徒会長に変わっているはずだが…この学校ではそれもない。きっと侑は卒業まで生徒会長の座に居座るつもりだろう。

「いつもはどうだけれど…これから3年間はその必要もなさそうよ」
「……1年生なの?」
「ええ、とても優秀な子よ。優秀で、人当たりも良くて……そして顔も可愛い」

 そう言いながら赤いドレスの生徒は双月ではなくその向こう…少し遠くの方を見ていた。

「それは是非お目にかかりた…」

 赤いドレスの生徒の視線を追うように振り向いた双月は、その先にいた人物を目にして思わず言葉に詰まってしまった。
 それが、まるで双月が視線の先の生徒に見とれたとでも勘違いしたのように…赤いドレスが揺れ、笑みが零れた。

「ねぇ?可愛いでしょう?」
「………」

 双月は、その笑みには答えられなかった。赤いドレスが手を振ると、他の誰かと喋っていたその横顔がこちらを向いた。
 男子高校生らしからぬセーラー服。真っ黒なショートボブ。そして…双月のよく知る双子と、同じ顔。

「こちらがうちの高校の生徒会長の…」
「鬼神カレン」

 思わず、紹介される前にその名を答えてしまった。
 いや、それは決してこの男の名ではないと思っている。本人がそれをもう気にしていないとしても、決して。

「あら、知っていたの?」
「……ええ。よく知っているわ」

 視線を向けると、見たこともない笑顔が双月を捉えた。
 侑や深月、そして春人の言っていたような姿とは全然違う。その笑顔は紛れもなく…桜生が笑うときのそれだ。

「こうして会うのは初めてですね、大鳥世月さん」

 声も聞いていたようなものとは違い、桜生そのものだ。
 見えるもの、聞こえるものが全てが桜生なのに…鬼神華蓮を名乗るとは。何とも、奇妙な感覚だった。

「初めまして。私の友人たちとは深く関わってくれているようで…会えるのを心待ちにしていたわ」

 なんて、心にもないことを平然と言えるとは。
 いつ殺されてもおかしくない状況を前にして、自分のメンタルの強さを誉めたいところだ。

「私はあちらに挨拶に行ってくるわね」
「…行ってらっしゃい」

 カレンの言葉を聞き、赤いドレスの女が去っていく。一高校の看板娘ともなれば、気遣いもお手のものだ。

「それで?次の標的は私ということでいいのかしら?」
「ふふ…そんなに警戒しなくてもぉ、今日は僕はぁあ何もしないよぉお」

 これだ、と思った。
 他の面々が言っていた、ねっとりとしたような声質だった。その表情が、見たこともない程に気持ち悪く笑う。

「……貴方、随分と演技派ね」
「それは君もでしょ?」

 また、桜生のような声になる。
 混乱する。そして何より、気色悪い。

「私たちのこと調べ尽くしているのね。優秀なストーカーだわ」
「ストーカーは聞こえが悪いなぁ。ファンとかはどう?」
「私は基本的にどんなファンも受け入れるけれど…貴方だけはお断りだわ」

 それは世月としてではなく、双月としてのことだが。
 双月は例えファンレターに爪が入っていたからといって、そのファンを無下に扱うことはしない。頭のおかしい人間に好かれることに慣れすぎているのか、それを恐ろしいとも気持ち悪いとも――何とも思わないからだ。
 しかし、この男だけはどんな理由があろうと受け入れられない。心底、気持ちが悪いと思う。

「心外だなぁ。でも、僕は別に君たちのことを調べ尽くしているわけじゃない。君のことはお兄ちゃんから聞いたんだよ」
「……琉生は貴方の兄ではないわ」
「今はもう僕の兄だよ。彼の両親が僕の両親となったようにね」

 彼――華蓮の両親を…家族を奪った時のように、秋生と桜生からも家族を奪い取った。
 否、話に聞いた限りでは琉生は自らカレンの手に堕ちた。桜生を助けるために、自らを犠牲とした。
 やはり、奪われたも同然か。
 しかし心まではまだ奪われていないと……それも、聞いた話でしかないが。そうであって欲しいと願っている。

「華蓮は必ず取り戻すわ」
「そんなことさせやしないよ」
「そう言っていられるのも今のうちね」
「ふふふ…君たちのぉ、淡ぁあい希望を、捻り潰す日がぁあ楽しみだなぁあ」

 カッと開いた瞳孔で睨まれ、双月はサッと視線を反らした。一瞬でも眼を合わせると吐き気がしそうだった。
 威圧感に流石に冷や汗が滲むが、冷静さを欠かさないように小さく呼吸をしてから視線を戻す。

「……どちらかに統一してくれないかしら?」
「ふふ、そうだね。今日の僕は優秀な生徒会長だから」

 つまり、比較的気持ち悪くない方に統一することにしたらしい。
 そうするとほぼ桜生なのが不気味に感じるが、それでも気持ち悪いよりはマシだ。

「本当に何もしない気なの?私なんて殺すほどでもないと?」
「そんなに時分を卑下しなくても、そういうわけじゃないよ。ただ単に、今日は僕の出番がないってだけ」
「……どういう意味かしら?」
「それは…」

 双月の問いにカレンが答えるのを遮るように、バチンッという音と共に体育館の照明が落ちた。
 昼間なので真っ暗になることはないが、薄暗い体育館は大勢の人がいてもかなり不気味に感じられる。

「ブレーカーが落ちたのか…し……ら?」

 天井を見上げ言葉を発するが、唐突に呂律が回らなくなった。 
 それからすぐに凄まじい目眩と共に全身の力が抜け、思わず床に膝をつこうとするが…それすらもままなくなってそのまま床に倒れてしまった。
 鈍い痛みを感じるが、苦痛を声に出すことすらできない。

「言ったでしょ?“僕は”何もしないって」

 霞む視界に写ったカレンは、いつの間にかガスマスクのようなものを装着していた。
 それを目にして消え入りそうな意識の中でどうにか視線を動かすと、ガスマスクの集団という物々しい光景が目に入る。
 それからまもなく、双月の意識は途切れた。



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