Long story


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 体育館に行く前に生徒会室に寄ると、いつもは制服を着崩している侑が、シャツのボタンをきちんと上まで留めて悪戦苦闘しながらネクタイを締めている所だった。

「あ、双月いいところに!これやって!」

 侑の手に巻き付いてるそれは、本当にネクタイなのかと問いたくなるほどの有り様だ。
 一体どうやったらそんな芸術的な形になるのか。その過程を見たいほどに可哀想なネクタイを目に、双月は苦笑いを浮かべる他ない。

「ネクタイくらい自分で結べるようになりなさいよ」
「努力はしたよ。でも他の才能に溢れすぎた僕にはネクタイを結ぶ才の…」
「はいはい多才多才」
「ちょっと最後まで言わせてよ!」

 侑の手に絡まったネクタイをほどきながら戯れ言を断ち切る。そしてほどいたネクタイを結び直すと、普段のチャラい外国人というイメージが仕事の出来そうな外国人に様変わりだ。

「後は黙ってれば完璧ね」
「うわー、それひすいにもよく言われる」

 侑は顔をしかめながら、壁にかけてある鏡を見ながら「本当に完璧だね」と呟いた。
 当たり前のようにそういうことを言うから、黙っていればと付け加えられるのだ。

「貴方が喋っても大丈夫な美人なら、休みの日に私がこんな格好でこんなことする必要もないのに」
「いくら僕が喋って大丈夫な美人でも、オレンジ色のドレスは着こなせないよ」
「本当?この色…変じゃないかしら?」
「すごく綺麗だと思うけど…どうして?」
「……本当は白か黒にしようと思ったのだけれど…」

 あの後、母に言われた通り兄たちの元へ行った。
 しかし兄たちは点で役に立たず、同じ顔が声を揃えて「どっちもどっちだろ」と言い放った。そんな言葉に苛立ちを覚えつつ、悩んでいる経緯を話すと深月は「目を瞑ってシャッフルしてから手にした方にすれば?」と、李月に至っては「ゼブラ柄にでもしたらどうだ?」と宣う始末だ。
 こんなどうしようもない兄たちに聞いたのが間違いだったと憤りを感じていると「そもそも白か黒じゃないといけないの?」と、睡蓮から質問が飛んできた。
 いけないわけではないが、世月の好きな色と似合う色で迷っているのだと再度説明すると、今度は秋生と桜生から「双月先輩の好きな色じゃダメなんですか?」と問われる。
 勿論それでもいいのだが、最近の双月は演じるからには完璧な世月になることにプライドを持っている。少し前まではただ盲目的に演じていたので服ひとつに迷うことなど全くなかったが、そんな心情の変化によって(それが良いことか悪いことかは置いておくとして)自分の演じる世月をいかに本物の世月に近づけるかという高みを目指しているのだ。だから、選ぶ服は双月の服ではなく世月の服として選ぶ。
 そう説明して可愛らしい双子が納得した隣で、深月が「だから最近世月が乗り移ってるみたいに似てきたのか」と引き気味に言っていた言葉は褒め言葉として受け取っておくことにした。
 少し話は脱線したが。とにかく、そんなこんなで無駄足を踏んだと思っていると、それまでテレビ画面から一切視線も反らさずにゲームをしていた華蓮が停止ボタンを押してどこか呆れたようにこう言ったのだ。
「大鳥世月という人間なら、例え薄汚れたドブみたいな色のドレスだって当たり前のように着こなすだろ」
 旋律した。正にその通りだった。
 それから家に戻ると母が衣装部屋から誰かと出てくる所だった。急いでいた双月は2人の顔をしっかり見ることなく適当に挨拶を済ませ、そのまま衣装部屋に飛び込んで再度ドレスを探し始めた。するとしばらくも経たないうちに深月が顔を覗かせ、「オレンジ一卓だ」と言いオレンジのドレスをかき集めてきた。そして同じく顔を覗かせた李月が「これだな」と双月が最も好きなマーメードラインのドレスを選んでくれた。

「なるほど、それでか。見ない色だなって思ったんだよね」
「家にはほぼ一通りの色のドレスが用意してあるけれど、こんな色着たのは初めてよ」
「それなら今回もうちが圧倒的なレベルで立場を維持できるは、お兄ちゃんずのお陰だね」
「本人には決して言わないけれどね」

 一番いいことを言ったのは華蓮なので、正しくは「近所のお兄ちゃんWith実のお兄ちゃんず」となるかもしれないが…その辺りはどっちでもいい。
 ドレスを着て鏡で時分を見たときには、頭の中で唱えきれないほどに自画自賛した。しかし自分では自信があっても、他人にどう見えるかはまた別なので…確認がてら侑に聞いてみた次第だ。
 そしてその結果は文句なしだった。

「よし。準備もできたし…ちょっと早いけど行こうか?」
「ええ、そうね」

 時計に目をやりまだ30分以上あることを確認するが、このままじっとしていても仕方がないので侑と共に生徒会室を後にする。
 体育館に着いたら、先にステージに登ってやってくる他校の面々を圧倒するのも悪くない…と考える辺り、性格まで本当に世月に似てきたなと双月は思った。

「そういえば、僕仕事があるから途中から抜けるって話したよね?」
「そうね。今聞いたわ」

 確認だけど…みたいなニュアンスだったが、双月は全くそんなことは聞いていない。
 だから心配性の世月には、侑がいるから大丈夫だと言って押しきって出てきたのだ。そして勿論、本人もそのつもりだった。

「あー、やばいね。てことは護衛なし?」
「ええ…まぁいいわ。平気よ」
「いやいや、ダメだよ。仕事はキャンセルする」
「何バカなこと言ってるの?この前の百鬼夜行騒動の時にキャンセルしまくって大変なんでしょう?」

 おたふく風邪だとか適当な理由で2週間近く全ての仕事をキャンセルしたことは、まだ記憶に新しい。
 それなのにまたキャンセルをして、業界の連中から「少し売れたからといって天狗になった」なんて思われ、そのせいで干され仕事が減ったらどうするのだ。本当に天狗なんだぞなんて、そんな言葉は通じない。

「それはそうだけど…」
「いつもと違ってここは私のテリトリーよ。大丈夫だから、ちゃんと仕事に行って」
「でも…」
「それに、話をした時心配そうにしていたから…きっと世月もその辺にいるわ。あの子がいれば、ここでは最上級のボディーガードよ?」
「……分かった。仕事に行くよ」
「よろしい」

 実際に世月がいるかは定かじゃない。
 家では大丈夫だと言いきって来たから、もしかしら春人と一緒に遊んでいる可能性も大いにある。
 勿論、そんなことは絶対に口にはしないが。

「……でもやっぱり念のために皆に連絡しとこ」
「3人揃って最新ゲームを買いに出掛けたわ」

 珍しいことに、双子ちゃんずは留守番をするらしい。秋生は当面の作り置きとお菓子作りをしたいらしく、桜生はそれを手伝うがてらリビングの掃除をすると言っていた。

「役に立たないお兄ちゃんずだな…でも一応メッセージだけ入れとくからね」
「好きになさい」

 仮にメッセージを見たとしても、目的の物を見つけるまではきっと帰っては来ない。人気のゲームだからもしかしたらかなり遠出しなければ在庫がないかもしれないと言っていたことも含め、当てにはならないだろう。


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