Long story
この島周辺の地域で他校との交流において重要なのは、より多くの高校との親睦を深め互いに刺激を受け切磋琢磨することである――というのは、真っ赤な嘘だ。
そんな言葉は上部だけ。本当に重要な事とは、いかに自分達の学校が各が高いのかを見せつけ、より上の立場に立つことにある。
では、それぞれの学校が何によって各の高さを判断するのかというと、それは学力でもなく運動能力でもなく……一言で言うなら、見映えだ。年に数回、それぞれの男子校が数名の看板娘を率いて集まり、その看板娘の美しさでその学校の各が決まる。
嘘みたいな話だが、それが本当であるために大鳥高校では毎年文化祭でミスコンが行われることが義務化されていて、その上位3名は御三家としてその集まりに参加することが義務化されている。
とはいえ、今年は侑の計らいで優勝者しか発表されなかったために、御三家という枠組みは無くなってしまった。どうして優勝者しか発表しなかったのかの理由については、本人曰く双月がいれば大鳥高校が立場を落とすことはまずないし、いざとなれば自分が出ていけばいいからとのことだったが――察するに、秋生か桜生のどちらか…或いはその2人ともが2位か3位の座についてしまったからだと思われる。
その結果、大鳥高校の立場を一人で死守することとなった双月は、他の学校のどんな着飾りにも負けないほどのドレスを選ぶために家に帰ってきていた。
「白と黒、どっちのドレスがいいと思う?」
「似合ってるのは白だけれど、私は黒が好きだわ。でも、私の好みじゃなくて双月の好きな色にしていいのよ」
そう世月は言うが、その声は双月には届かない。
そして当たり前のことだが、双月が2つのドレスを手にその問いかけをしている相手も世月ではない。
「そうね。白の方が似合っているけれど…貴女は黒が好きでしょう?」
そう言い優しく微笑む母は、世月の好みを熟知している。これまで母が選んでくれたもので世月が気に入らなかったものは何一つない。
それはずっと変わらない。
生きていた頃も、死んでからも。
「ええ。だから迷っているの」
双月はそう言ってドレスを椅子に投げつけ、どかっと音を立てるように別の椅子に座り足を組んだ。
「お行儀が悪いわよ」
長い間、双月は盲目的に世月を演じてきた。母の想像する世月像を、母の望むままに演じてきた。
まるで母のコントローラーによって操られているキャラクターのように、考え方も、言葉遣いも、立ち振舞いも、服を選ぶのも、何もかも。
「誰が見ている訳でもないし、構やしないわ」
しかし最近は違う。
自分の考えを持ち、自分の言いたいことを言い、自分のしたいように振る舞い、自分で服を選ぶ。
それは決して、世月を演じることに投げやりになっているわけではない。
母の望む世月ではなく、自分の想像するより世月らしい世月を演じている――演じることを、心の底から楽しんでいるのだ。
「結局どっちにしようかしら?」
「そうね。決められないならお兄ちゃんたちに聞いてみたら?」
けれど母はそんな双月の心情なんて知る由もない。それ故に、容赦なく変わり始めている双月の心を抉る。
まるで、無意識のうちにそれをさせまいとするように。
かつて世月が悩んだ時に必ず口にした言葉を、当たり前のように、放つ。
「……お兄ちゃんって?」
分かっているくせに。
それでも、問わずにはいられないのか。
「深月と…李月も帰っているのでしょう?」
分かっているくせに。
「……そうね。聞いてみるわ」
双月はそう言うと、椅子から立ち上がり2つのドレスを手に部屋を出た。
楽しんでいても、心のどこかに期待している。だから、聞かずにはいられない。
「お母さん」
世月の声は届かない。
「お母さんは、誰よりも私たちを愛していた。私たち皆を、平等に…愛していたのに」
双月が出ていった扉を見つめ、母は小さく息を吐いた。
そんな母に、世月は問いかける。その声が決して届かぬと分かっていても、止まらない。
「それなのに、どうして双月を消し去ってしまったの?」
母にとって、世月は決してたった一人の特別な存在ではなかった。他の兄弟たちを同じく、特別だった。
それなのになぜ、世月だけが特別な存在になったのか。
どうして、そんなに酷なことを…。
「随分と酷な扱いをするのね」
それは世月の言葉ではなく。確かに肉声としてその部屋に響き渡った。
母の見つめていた扉が、ゆっくりと開く。
「……盗み聞きとは趣味が悪いわね」
先程の双月に対するそれとは打って変わって、低く鋭い声色だ。
世月が死んで、李月が失踪し、母が双月を世月を呼ぶようになって以来…決して聞くことがなくなった……母の一面だ。
「聞かれたくないのなら、防音の強度を増すべきよ」
「貴方の聴覚に合わせていたら、この家をまるごと防音扉にしなきゃいけないわ」
母はそんな皮肉のような言葉を口にしながらも訪れた女性と親しげにハグをして、先程まで双月が座っていた席を勧める。女性は双月とは違い優雅な立ち振舞いでその席に座ると、部屋の中をぐるりと見渡した。
「元気そうで何よりだわ」
「…今の私を見て本当にそう思っているなら、貴女の目は節穴よ」
女性の言葉に、母はどこか項垂れるように答える。
少し気になったが、誰のプライベートも覗きたくない世月はその場を去るべく大人たちに背中を向けた。
「随分と御傷心のようね」
「……傷ついているのが私の心なら、何とも思いはしないわ」
母はそう言い、深い溜め息を吐く。
まるで全てを分かっているかのような…その口ぶりに。
世月は、この場を動けなくなった。
「すれ違った彼は…少なくとも貴女よりは大丈夫のように見えたけれど?」
「大丈夫だとしても、私があの子を…子供達を傷付け続けていることに変わりはない」
母の言葉が、まるで重石のように世月を動かなくさせる。
きっとこれは、世月が聞くべき会話ではない。けれど、重石が邪魔をして動けない。
「ならば打ち明ければいいんじゃないの?」
何の話をしているのか。何を、誰に、打ち明けるというのか。
この女性は何者なのか。一体何を知っているのか。
頭をフル回転させてもその答えは一向に見えず、この場から動くことも出来ない。
「今更そんなことして何の救いにもならないわ。それに貴女も言ったようにあの子は……双月はもう、大丈夫だもの」
母の口から出た、その名前。
記憶から消し去られたはずの、その名前を。
双月。
数年ぶりに、母の口から放たれたその名を耳にして。
まるで、雷に撃たれたかのような衝撃を感じた。
「ええ、私の息子のお陰でね」
女性が、またぐるりと視線を一周させた。
そしてその視線が…世月の前で止まる。
「そうよね?美しいお嬢さん」
それは紛れもなく。
世月に向けての言葉だった。
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mokuji
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