Long story


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 リビングに顔を出すと、テレビに向いていた顔がこちらに向いた。「おかえり」という言葉に「ただいま」と返しながら、その横を通りすぎて冷蔵庫に向かった。
 ただいま。
 またこの家で、こんな会話をすることがくるなんて…思いもしなかった。

「浮かない顔だな」
「……そんなことねぇよ」
「その間が、浮かないですと言っているよううなものだ」

 間があろうとあるまいと、その言葉にどう答えようと答えまいと、こちらの心情などお見通しなのだろう。
 戸棚からガラスコップを出し、冷蔵庫のお茶を一杯に入れ一気に飲み干す。冷たい感覚が喉から食堂に向かっていくのを感じると、自分がまだハッキリと自分として存在していることを実感できた。

「……そっちはどうだったんだ?」

 遅めの朝食を食べている時に、突然急用だと出て行ったというのに。まるでそんなことなかったかのように、優雅にテレビを見ながらティータイムを決め込んでいるとは。実際に手にしているのはティーなんてお上品なはものないが、そこはどうでもいいことだ。
 一体いつ頃戻ってきたのかは知らないが、寛ぎ方から察するに最低1時間以上前にはこの場にいたように思える。

「どうだったと思う?」
「顔に良かったって書いてある」
「そんなに分かりやすいか?」

 実際は顔ではなく行動に…と言った方が正しいか。
 机の上のグラスとほとんど溶けた氷、その横にあるボトル。それを見たときから、答えは明白だった。

「いい大人が昼間からウイスキー傍らにテレビ見てるなんて、余程良いことがあって浮かれてるか余程悪いことがあってそれを忘れたいかのどっちかしかねぇが…あんたは悪いことがあると仕事に当たり散らすタイプだからな」

 つまり、浮かれているということだ。
 琉生の答えに「ちょっとあからさま過ぎたかな」と言ったことから、その行動がわざとだったことが分かる。そして何故か、すっと右腕を差し出した。

「見ろ、この有り様だ」
「あ?……何だこりゃ、すげぇ呪詛じゃねぇか」

 一見ただの腕に見えたが、よく見ると腕に呪詛が巻き付いているのが目に入った。
 高度な呪詛ほど見た目に現れにくいものだが…ここまで精巧なものとなるとその効果も余程のことだろう。

「無駄口を叩いたからと、遠い道程をわざわざ呪いに来る始末だ」
「マジかよ…容赦ねぇな…」

 その言葉の内容から、名前が出ずともその相手が誰かということは分かった。
 一体どんな無駄口を叩いたのかは定かじゃないが。仮にも味方に…しかもかなり本気の呪詛を見舞うとは。

「お陰で腕が全く動かなくて困り者だ」
「どれくらいで解けるって?」
「2週間は覚悟しろと言われたな。その間ろくに仕事もできないとは、死活問題だ」

 そう言いながらも、あまり危機感を感じているようには思えなかった。実際のところ、死活問題という程大袈裟なことはないはずだ。そもそも影響がある仕事は趣味みたいな副業であるし、むしろ本業の方には全く支障はないだろう。
 それに、中古物件とはいえ庭付き一戸建てのこの家を現金一括で買うような男だ。仮に本当に全く仕事が出来なくなったとしても、金は有り余るほど持っていることろ琉生はよく知っている。
 が、今はその無限の財力については置いておくとして。


「……結果は良かったんじゃねぇの?」

 改めて問うと、その表情に今日一番の笑みが浮かんだ。
 それが何を…誰を想っての笑みなのか。普段は見ることのない、本当の優しさの籠ったそれだ。

「名を乗った」

 そう言ってまた、笑う。
 その笑みとは正反対に、琉生は驚愕の表情を浮かべていた。

「…あいつが……自分で?鬼神華蓮って?」

 決して口にすることのなかった名を。
 自分で名乗っているところなど、想像も付かない。目にしたところで、信じられないかもしれないと…そんな風に思ってしまう。

「いや。夏川華蓮と」

 言い換えられた名を耳にし。

「夏川…華蓮…か」

 そしてそれを口し、妙な安定感を感じた。
 もしも目の前でそう名乗られたとしたら、きっと直ぐに受け入れることができるのだろうと思った。そしてそれが、華蓮にとっての答えなのだろうということも。

「ああ、確かにそう言った」

 目の前で大きく頷く顔を見て、琉生も思わず笑っていた。笑みを浮かべずにはいられなかった。
 それが、ずっと願っていたことのひとつだったからだ。

「じゃあ…もう、全部知ってるのか?」
「少しだけ何か見せたみたいだが…何も伝えてはいない」
「どうして?」

 名を取り戻した…自分の確固たる意思を確認したのなら、もうそれでいいはずだ。
 真実を知るための準備は終わった。後は、それを目の当たりにした上で…どう受け止め、そしてそれから先を、どうするかだ。


「あれは…明らかに、捩じ伏せるのを楽しんでるだけだろうな。しばらくは続くだろう」
「いや…何してんだよ……」
「ただ捩じ伏せたいだけじゃない。あの人にはあの人なりの考えがあるんだろ」
「本当に?」
「…そう思うより他ない」

 なんと頼りない言葉だろう。
 しかし、頼りないのはいつものことだ。自分でもそう言い切るほど頼りないのに、それでいて決して揺るがない。
 きっと琉生のように、罪の意識を感じて空を仰ぐようなことはしないだろう。

「……どうしたらそうなれる?」

 罪の意識をも払拭してまう、その決意。
 信念…とでもいうのだろうか。
 どうしたら、そこまで強くいられるのだろうか。

「何が?」
「……いや、別に」

 そんなことを聞いて、不安材料を増やしたらまた頼りなさに拍車が掛かってしまう。琉生はそう思い適当にはぐらかしたが、事はすでに手遅れだったようだ。
 どこか困ったような顔で「やめてくれ」と言いながらボトルの酒をグラス一杯に注いだ。

「琉生にそんな顔されたら、巻き込んだ俺があの人に殺される」
「…俺が自分から巻き込まれたんだ。あんたのせいじゃないだろ」

 何もかも全部、自分で決めたことだ。
 だからこそ誰のせいにも出来ず、自分で背負うしかない。

「俺がお前の案を了承して…それをあの人が知った時、どれだけどやされたと思ってる?」
「…うん……まぁ、言ったら絶対に止められるだろうなとは思ってたから…言わなかったけど」
「そうだな。それで俺は危うく呪い殺されるところで……いやまぁ、そんな話はいいか」

 一気に酒を口に含む。その姿が実に様になっているが…間もなく「濃っ」と顔をしかめたことで、全てが台無しになった。
 本当に、いざという時にしか決めれない人だなと思う。しかし、いざという時には絶対に揺るがないからこそ…頼り甲斐がなくても頼られるのだ。

「罪の意識を感じるなと言っても無理だろうな」
「別に罪の意識なんか……」
「だからそれは受け入れるしかない。心が呑み込まれる程に重ねていくその全て罪を、受け入れるしかない」

 人の発言を無視して続けられた言葉は、全てを分かっていての発言だった。
 本当に、何もかも見通している。この人物を相手に嘘や偽りは通用しないと…改めて痛感させられた。

「……罪の意識から…逃げるな、と」
「そうだ。罪を受け入れられないのは、無意識に自分の決断に迷ってる証拠だからな」

 何度も、何度も考えた。
 その度に、やはりこれが最善の策だったと結論付けた。
 それは数日、数週間の話ではない。何年も、何年間もずっと考え続けてきたことだった。
 やっと巡ってきた時に、躊躇いはなかった。そして、その結果に後悔はしていない。
 だから、何度考え直しても同じ道を行ったはずだ。そう言い切れる自分がいる。
 それなのに…これほど何度も同じ結論を出しているというのに。
 その意思に迷いがあると言うのか。
 何度も考え続けることが、迷いの証拠なのだろうか。
 だから…無意識的なもの、なのか。

「その罪を受け入れることで、迷いはなくなる。この罪を背負ってでも成すべきことだったと、胸を張って言えるからだ」

 だから、この人は強いのだろう。
 自分のしてきた全てのことを、胸を張って「成すべきことだった」と言い切る。誰が何と言おうと、その信念を曲げない。
 琉生は目の前の人物を見つめながら自分もそうなれるだろうかと考え…そして、そうなるしかないと自分に告げた。

「でもやっぱり言わせてもらう。…琉生が罪の意識を感じる必要はない」
「……言うのかよ」
「ああ。何度違うと言われても、琉生のせいじゃないと言い続ける」
「…勝手にしろ」

 冗談のように言うそれが、気休めではなく本当に本心から言っている言葉だということは分かっている。しかし、そう簡単に割り切れるものではない。
 だからやはり、罪を受け入れるしかない。
 そう思うと、少しばかり気が楽になったような気がした。

「それと、息抜きも大事だ」
「…息抜き…って」
「例えばほら」

 琉生が訝しげな表情を浮かべていると、グラスを持っていた手がそのままテレビに向けられた。
 何の番組が放送されているかなんて気にもしていなかったが、流れているのはどうやらワイドショーのようだ。

「最近やたらとテレビに出てる国会議員。県議から国会議員になった途端、そのルックスと後腐れない性格が評判になりテレビに引っ張りだこ。議員でこんなの前代未聞だ」

 テレビ画面の中でカシャカシャとフラッシュを浴びているのは、国会議員というには若すぎると思わずにはいられない男性だ。
 議員がフラッシュを浴びる時は大抵悪い話題が多いが、この人物に関しては本当に人気があるだけで追いかけられているというのだから…確かに、前代未聞と言えばそうなのかもしれない。
 しかし、話の糸口が見えない。

「……それが?」
「そんな忙しいイケメンだが、今日から1週間の休暇を貰って実家に帰るらしい」
「……はぁ」

 一体何の話がしたいのか。
 全くと言っていいほど話の先が読めない。

「頑張っている人間ほど休暇が必要ってことだ。そして、お前は端から見ても頑張りすぎだ」
「…だから、休めと?」
「そうだ。あまり頑張り続けると、次第に自分がどうして頑張っているのかを見失う。その結果、迷いが生まれやすくなる」

 だから休め。
 それはアドバイスというよりも、命令に近い口調だった。

「休むって…何をどう休めと?」
「行きたいところに行き、したいことをして、会いたい誰かに会う」
「……そんなの無理だろ」

 何のために全てを投げたして、今ここにいると思っているのだ。
 ここでの生活が今の日常だ。溶け込んだこの日常を、崩すようなことは出来ない。

「無理でもやれ。友達の1人や2人くらいいるだろ?そういう相手と会って、他愛もない会話をするんだ」
「急にそんなこと言われて出来るわけないだろ。…友達がいねぇってわけじゃねぇぞ」

 今度は本当に命令口調だった。それどころか、それ以外に選択肢はないと言わんばかりの口調だった。
 それに反論する琉生に「いいや出来る」と返した言葉は、絶対に何の根拠もなく口走っているに違いないと思った。

「いっそ3日くらい帰ってくるな…そうだ、そうしよう」
「無茶苦茶にも程があるだろ」

 唐突に、いいこと思い付いたぞ。みたいな顔をして何を言い出すのか。
 そう思って顔をしかめるが、その表情はまるで相手の視界に入っていないようだ。

「よし、今から3日間は家に出入り禁止だ。さっさと出て行け」
「そんな理不尽な話があるか。大体、どうやって……」

 ガチャリ。
 会話の途中で聞こえてきた微かな音に、琉生は言葉を止めた。それが玄関のドアノブの音だと認識したのは、口を閉じたすぐ後だ。
 玄関の扉が再びガチャンと音を立てて閉まるのが聞こえた。これから次に聞こえてくるのは、このリビングに繋がる扉が開く音で間違いないだろう。
 その音を待ち構えるかのように、琉生はゆっくりと振り返った。


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