Long story


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 加奈子は最近常に蚊帳の外だ。秋生と華蓮以外の人間がいる場所では、ろくに相手をしてもらえない。それは、他の人には加奈子が見えないからだ。それなのにもかかわらず、秋生と華蓮はここ最近、他の人間たちとよく絡む。話を聞いているだけでも退屈はしないが、会話に入れないというのはやはり少し物足りない。

「…つまんない。つまんないつまんないつまんないつまんないつまんない――!」

 さきほどまで深刻な話をしていたから控えていたが、春人が世月といなくなり、秋生が侑といなくなって比較的いつもの空間に近くなった今、加奈子は遠慮しない。最後の叫び声に反応して、窓がガタガタと揺れた。

「黙れ」

 部室に華蓮と深月だけになってから幾度となく華蓮の耳元で念仏のように訴え続けた。華蓮はまるで聞こえていないかのように無視を決め込んでいたが、加奈子の言葉がポルターガイストに近くなった瞬間、反応があった。

「やっと喋ってくれた!」
「怪奇現象を起こすな」
「今日も夏にひっついてるのか、加奈子ちゃん」

 深月がどこを見るでもなく声を出す。

「秋に付いて行きたかったんだけど、あの人、普通の人違いすぎて近くに寄るのに気が引けるの」

 加奈子は深月の言葉に溜息を吐きながら返した。今まであったことのない人種で、性格も今までにあったことのないタイプ。加奈子が話しかけられることはないのだが、近くにいるとなんだか緊張してしまうのだ。

「侑の容姿が日本人離れし過ぎて近くにいるのは気が引ける、だと」
「ああ、なるほど。…まぁ、日本人じゃないんだけど」

 確か、外国人といったか。前に説明してもらったが、加奈子にはいまいち分からなかった。

「ねぇねぇ、あの人みたいに普通と違う人が、今はたくさんいるの?」
「ああ」
「見てみたい!」

 華蓮の表情が歪む。面倒くさいと、表情で訴えているのだ。

「秋生に頼め」
「今知りたいの!今がいいの!」

 訴えると、華蓮の表情がより険しくなった。しかし、加奈子は諦めない。聞いてもらえないならばポルターガイスト作戦に打って出るつもりであった。

「ちょっと待ってろ。……深月、ガムテープと使わなくなったボイスレコーダーはあるか。あと、手ごろな人形」
「何だよ急に」

 加奈子の疑問を深月が代わりに聞いてくれた。
 待っていろと言われたから、てっきり他の外国人でも見せてくれるのかと思いきや。一体に何を始める気なのだ。

「加奈子の通訳をするのが面倒になったからだ。あるのか、ないのか」
「ガムテはそこ。ボイスレコーダーもいくらでもある。…でも、人形はなぁ」

 深月がまず指差した棚にガムテープは無造作に置かれていた。次に立ち上がると、狭い部室内を移動して部屋の隅に置かれている段ボールを漁り始めた。加奈子は深月の後ろに移動して、段ボールの中を覗く。同じような機械が何十個と入っていた。

「まず、ボイスレコーダー」

 何十個もある中から1つを取り出すと華蓮に手渡し、段ボールの口を閉める。そして次に別の段ボールを漁る。今度は用途がさっぱり分からないガラクタが沢山入っていた。深月はその中をガチャガチャと漁るが、しばらくすると口を閉めてしまった。そして次の段ボールに移動。これまた、ガラクタの集まりだ。

「んー…あ、人形じゃないけど、これなんかどう?」

 深月はそう言って華蓮の方を振り返った。加奈子も同じように華蓮の方に振り返ると、華蓮は先ほど深月から手渡された機械を手にし、真剣な表情で見つめていた。加奈子には華蓮の手に物凄く大きな力が集中していて、それが機械に流れて言っているのが見えた。

「それでいい」

 深月の言葉に華蓮が顔を上げて返事をすると、深月はそれを渡した。真っ白いうさぎのぬいぐるみだった。
 華蓮はウサギのぬいぐるみを受け取ると、先ほどの機会をぬいぐるみの胴体にガムテープで巻きつけた。せっかく可愛いウサギなのに、台無しだ。

「加奈子、来い」
「あ…うん」

 加奈子は華蓮の元に向かう。一体何をしようというのか。

「今からこのぬいぐるみにお前を憑依させる」
「…ひょうい?」
「お前の魂をこのぬいぐるみの中に入れる。そうすれば、お前は俺の通訳なしでも深月と会話が出来る。外国人の話は深月に聞け。少し気持ち悪いかもしれないが、我慢しろ」
「…よくわかんないけど、分かった」

 華蓮が何をするのかは全く理解できなかったが、少し気持ち悪いのを我慢すれば直接深月と会話ができるらしい。それならば、少し気持ち悪いことくらい我慢しようではないか――というか、幽霊である自分に気持ち悪いと感じることがあるのだろうか。

「いくぞ」
「う―――!?」

 うん。と答えようとした瞬間、ぐるんと視界が反転した――のかどうかも分からない。思いきり頭を揺さぶられたような何とも言えない感覚。ああこれが“少し気持ち悪い”という感覚だ。加奈子がそう気付いた時には、その感覚はもうなくなっていた。

「……私、どうなったの?」

 自分の声が、機械音のような音で部屋に響いた。

「うわ、うさぎが喋った!……加奈子ちゃん?」
「…聞こえてるの?」
「ばっちし」

 加奈子は思わず飛び上がろうとしたが、重力を感じて思ったほど上に行くことが出来ずに落下してしまった。ぼとっと、机の上に物が落ちる音がする。

「痛い!…え、痛い?」

 何で痛みを感じるのだ。それに、体が異常に重い。不思議に思った加奈子は自分の手を見てみる。何だこの白くて丸い手は。加奈子の手はこんな手ではない。これではまるでさきほどのウサギ―――正に、先ほどのウサギだ。

「……私、あのウサギの中に入っているの?」
「だからそう言っただろう」
「すごい!夏、こんなことできたの!」

 加奈子は楽しげな様子でスキップしている。先ほどは重さにびっくりしたが、慣れればなんてことはない。お腹にまかれているガムテープが不細工だが、文句は言っていられない。

「…でも、こんなことできるなら、もっと早くにしてくれればよかったのに」
「お前はいいだろうが、俺は体力を使う。それと、その状態は3日程度しかもたない」
「そうなんだ…でも、嬉しい!ありがとう、夏!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねて移動し、華蓮に飛びつく。華蓮はうっとうしそうな表情を浮かべたものの、加奈子を引きはがすことはしなかった。

「俺は戻って寝る。聞きたいことは深月に聞け。他の連中が戻ってきたら連絡しろ」
「了解しました!」

 加奈子が上機嫌で敬礼すると、華蓮は一度溜息を吐いてから立ちあがり、そのまま新聞部の部室を後にした。

「ふふふ、これで私も仲間外れじゃなくなるのね!」
「よかったな」

 飛び跳ねる加奈子の耳を(厳密にはウサギのみみだが)深月がつつく。何かに触れられていると感じるのも、随分と久々だ。

「うん!今なら空でも飛べそうよ!」
「元から飛んでたんじゃなかったのか?」
「そういえば、そうだった…」

 加奈子が「えへへ」と苦笑いを浮かべると、深月は笑った。

「で、何か聞きたいことがあったんじゃないのか?」
「あっ…そうなの、そうそう!わたし、外国人を見てみたいの!」

 加奈子は飛び跳ねながら深月の前まで移動する。なんだか、いつもより大きく見えた。自分がいつもより小さくなっているからだろう。

「あなたが嫌ってるあの人の他にも沢山いるんでしょ?」
「嫌ってるって……侑のことか?」
「うん、そうよ。…違うの?」

 深月の侑に対する態度はどこからどう見ても、嫌っているようにしか見えなかった。
加奈子が問うと、深月は苦笑いを浮かべた。

「加奈子ちゃん、いつの時代に生きてたんだ?」
「分からない」

 加奈子は首を振る。今の話の流れで、どうして加奈子の生きた時代の話になるのだろうか。

「じゃあ、分からないかなー。嘘も方便ってやつだよ」
「……うそもほうべん?」

 加奈子の復唱に、深月は軽く頷いた。

「嘘を吐くのは悪いことだけど、時の場合によって嘘を吐くことも必要だってこと。江戸時代にはもう出来てた言葉だけど…どのみち、加奈子ちゃんくらいの子は使わないか」

 つまり深月は侑のことが嫌いではないが、嫌いと嘘を吐いているということか。

「じゃあ、あなたはあの人のことが好きってこと?」

 深月は加奈子の質問には答えない。しかしその表情は、加奈子を相手に楽しんでいるような笑顔だった。

「訂正する」
「訂正?」
「大好きなのね」

 加奈子は負けまいと笑って見せたが、ウサギのぬいぐるみは表情を変えることができない。深月は一瞬驚いたような表情を浮かべてから、再び楽しむような笑顔になった。

「さぁ、どうだろうな」

 そう言って、深月は立ち上がると先ほどガムテープが置かれてあった棚に手を伸ばす。そこから、板のようなものを出しきた。

「なぁにそれ?」
「分からないことは何でも教えてくれる魔法のまな板」

 秋生の持っていた携帯に似ていたが、それよりも大分大きかった。まな板は一つだけあるボタンを押すと明かりがつき、ころころと中の絵が変わる。やはり、秋生の持っていた携帯とそっくりだ。

「これが外国人だ」

 ころころと絵が変わっていき、深月が見せてくれたのは沢山の人間の顔だ。しかし、加奈子の知っている人間の顔とは全然違った。侑に似て目の色が青色の人が何人もいる。肌の色が茶色い人もいる。

「これが、外国人?…私、見たことない人ばっかり」

 本当に同じ人間なのだろうか。加奈子は比べるように自分の手を見るが、ぬいぐるみの手だと気付いて見るのをやめた。

「まぁ、住んでる国が違うからな」
「くに?なぁにそれ」
「地球の中にはいくつも国があって…」
「ちきゅう?」

 知らないがいくつも出てくるため、そのたびに加奈子は聞き返す。

「…ここから説明すると大分長くなるけど……地球のことから詳しく聞きたい?」
「聞きたい!」

 華蓮の場合すぐに相手にしてもらえなくなり、秋生でも聞きすぎると段々説明が適当になってくるのがいつものパターンなのだが。

「じゃあ、頑張ってついてこいよ」
「うん!」

 深月は嫌な顔ひとつせず、魔法のまな板を触り始めた。また絵がころころと変わる。

「まずこれが地球」

 まな板に丸い絵が出てきた。深月がまな板に指を滑らせると、丸い絵がくるくると回った。

「せっかくだから、地動説から説明するか」
「ちどうせつ…?」

 何を言っているかはちんぷんかんぷんだが、新しいことを知るのは楽しい。加奈子はまな板の中の地球を食い入るように見つめた。




「いいなぁ、みんな楽しそうで。どうして僕ばっかり…」


「!?」

 ふと、耳元に声が響いた。加奈子はまな板に向けていた視線を上げる。何もいない、何も感じない。辺りを見回すと、深月も同じように辺りを見回していた。


「……今の、あなたにも聞こえたの?」
「……聞きたくなかったけど」

 そう言って、深月は苦笑いを浮かべた。
 加奈子は深月に苦笑いを返しながら(といっても、実際はウサギが無表情でいるだけだが)再度辺りを見回したが、やはり何も感じなかった。


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