Long story


Top  newinfomainclap*res






「……とても不安なの」

 固く閉じられた防火扉の前に立つ彼女は、その言葉通りとても不安な面持ちだった。その不安を取り除くことが出来ない自分が、どうしようもなく無力に思えた。

 明日、この扉が開かれる。

 長い間閉ざされていたこの扉の向こうに、一体何が待ち受けているのか。
 それは誰にも分からない。もしかしたら、何も待ち受けてはいないのかもしれない。そうあればいいと切に願う。
 けれど、彼女はそうは思えないのだろう。
 そんな彼女に、何と言葉をかければいいのだろう。

「いつもとは打って変わって無口なのね」
「…かける言葉も見つからないからな」

 そう正直に言うと、彼女はくすくすと笑った。

「なんて頼りない人」
「……返す言葉もないよ」

 本当に、返す言葉もない。

「申し訳程度でも、何か慰めの言葉をかけてはくれないの?」

 頼りない相手にそれを求めて申し訳程度でも不安が和らぐのだろうか。
 いや、きっと。決して取り除けない不安を、少しでも感じないようにしたいのだろう。
 それならば、せめて話をしないわけにはいかない。

「………話では、完全に浄化されたと聞いた。十数人がかりの作業だったんだろ?」
「ええ。でも…あの人たちを信用していない訳ではないけれど、完全に浄化されることはないと私は思ってる」
「見えなくても根底に有り続け…そしてまた、何かのきっかけで這い出てくると?」
「その通りよ。そして、ここにはそのきっかけに成り得ることが山のようにある」

 この地は古くからそう在った。そしてこれからも、そう在り続ける。
 その事実はどんなことをしても変えようがない。 この地に染み付いたものは、今や誰にも拭えない。
 全てのものが影響される。
 生きている者も、死んでいる者も。ここに在る全てのものがきっかけと成り得る。

「……止められるよ、君なら」
「そこは貴方が止めてみせると言うところじゃない?」
「いや…そういう柄じゃないだろ。それに、頼りないらしいからな」

 そう言ったのは君だろう?
 続けてそう言うと、彼女はいるまたくすくすと笑った。

「冗談に決まってるじゃない」
「そうは聞こえなかったけど」

 それに実際のところ、自分でもそうだと思っている。
 だから、返す言葉がなかった。

「私はダメ」
「どうして?」
「…私は、肝心な時に自分がどうしたいかが優先で、周りのことを考えないもの」

 ね?と聞かれて、うんと答えられる訳がない。
 どうしたもんかと思っていると、答えるより先に彼女がまた口を開いた。

「けれど貴方は…貴方たちは、そうじゃないでしょう?」
「……貴方たち?」
「分かっているくせに」

 彼女は防火扉に手を添える。
 同じように手を触れてみるが、今は何も悪い気配は感じない。それは彼女も同じだろう。

「君だって、周りのことばかり考えてるから…そんなに不安なんだろ?」

 でなければ、まだ起こり得るとも分からない何かのために、それほど気負いしはしない。
 しかし彼女は「そんなことない」と、首を振った。謙遜しているのではない…彼女は謙遜なんて、そんなことはしない人だ。

「私はいざという時、自分の大切な誰か1人のために大勢を犠牲にすることを厭わない」

 その眼差しには、強い意志があった。

「けれど貴方たちは、どんな手を使っても全員を救おうとする」
「……そんなことないよ」

 彼女の言う「貴方たち」に属する他の人物たちはそうかもしれない。けれど、少なくもの自分はそれほど出来た人間ではない。
 今、目の前にいる彼女の不安も取り除けないような人間に、大勢を救うような大それたものなどない。

「いいえ、貴方は自分が思っている以上に素晴らしい人よ」
「………急に誉められると、何かに取り憑かれたんじゃないかと心配になるな」

 冗談ではなく、これは本心だ。

「もっと自信を持ってよ。本気になれば、貴方は何だって出来るのに」
「ご冗談を」
「馬鹿ね貴方は」

 ピシャッと放たれた言葉に、思わず体が強張った。彼女からこの口癖が出た時は、ろくな目にあわないという前兆だからだ。
 しかし、彼女は意外にも「まぁいいけど」と溜め息を吐いた。今日はどのように言葉巧みに言いくるめられるのかと身構えていたのに、全くの拍子抜けだった。

「本当に何か取り憑いているんじゃないのか?」

 先程は誉められ、今度は罵倒されず。
 普段とは真逆にも近い彼女の態度に、困惑と心配が募るばかりだ。


「あのね、私は本気なの。真面目に聞いて」


 そう言い、彼女は真っ直ぐこちらに向き直った。その表情には、合間に笑っていた笑顔もなければ、扉に向かっていた時のような不安もない。
 ただ、揺るがない強い心が見える。


「貴方の力は本物よ」


「もし仮に…その過程で色んな誰かを傷付けたとしても」


「最後はその誰もを納得させる結果を導けるだけの力を、貴方は持っているの」


「例えその相手が10人でも、20人でも、100人でもね」


 彼女はゆっくりと、呼吸を置きながらそう告げた。まるで幼い子供を諭すような、そんな優しい口ぶりで。

「……それは、」

 それは幾らなんでも買い被り過ぎだ。けれど彼女が本気でそう思っているのは、その真剣な表情からしても明らかだ。
 その真っ直ぐな瞳に答えてあげたいけれど、残念ながら答えれらる自信など毛頭ない。自分ではそう確信しているのに、彼女にそう言われてしまうと、そうならなければいけないという使命感のようなものを感じずにはいられない。
 だから、否定しようとした言葉が途中で止まってしまった。
 そして、彼女がそんなことを口走るということは。それが現実に迫ってきているかもしれないということだ。

「……そんなに沢山の人に影響が出ると思ってるのか?」
「物の例えよ。とはいえ…絶対にないとは言いきれないけれど」

 彼女の表情に、また不安が灯った。



 明日、この扉が開かれる。


 3年1組。

 長く閉ざされていたこの先にあるものを。
 今はまだ、誰も知る由もない。


[ 4/4 ]
prev | next | mokuji


[しおりを挟む]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -